出口利定 学長 The Deguchi Times

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2017年4月4日(火) 


入学式式辞



 ただいま入学を認証いたしました教育学部生1,081名、特別支援教育特別専攻科生29名、大学院教育学研究科・教職大学院の課程生50名、大学院教育学研究科修士課程生292名、あわせて1,452名の皆さんに、東京学芸大学教職員を代表しまして、あらためて入学のお祝いを申し上げます。おめでとうございます。また、この晴れの日をともに祝うため、ご家族の皆様にも多数ご出席いただいています。心からお祝いを申し上げます。
 なお、本日、この会場にはいませんが、東京学芸大学連合学校教育学研究科博士課程の学生さんの入学式は明後日、6日に行います。

 皆様のご入学に際し、私から3つのことについてお話ししておきたいと思います。

 まず1つ目はグローバル化ということについてです。

 本学は、1873年、明治6年に東京府小学教則講習所を設立したのが始まりであり、今年で建学144年を迎えました。この間、全国の教育界に多くの人材を送り出し、教員養成において伝統ある大学として発展してまいりました。これまでに我が国の教員養成大学・学部の総本山的な役割を担ってきました本学は、これからは、世界の教員養成大学のリーダーとして各国から期待されています。現在、本学はパリに本部がありますOECD/経済協力開発機構、及び文部科学省と共同して、これからの新しい時代を切り開いていくうえで必要な資質、能力を子どもたちに育むための、次世代対応型教育モデルについて研究開発を行っています。これらの研究開発の成果は、やがては日本はもとより海外諸国における、これからの学校教育のモデルとなります。本学・附属学校での教育実践の成果を世界へ広げたいと考えています。
 また、近年、学術研究において著しい躍進を遂げている中国、韓国の大学と政府が、日本の大学と連携して、自然科学、人文社会科学、教育学など様々な分野で学術交流、人材交流をとおして、相互の大学教育、大学院教育の一層の活性化を促進するプロジェクトが今年度から5カ年計画でスタートしました。これはキャンパスアジア構想と呼ばれていますが、日本からは多数の大学が応募し、その中から本学を含め9つの大学の事業が採択されました。本学では韓国のソウル教育大学、中国の北京師範大学と先月29日に協定を結び、学術研究交流、留学生交流、単位互換、附属学校交流などを推進していきます。ソウル教育大学、北京師範大学ともに国を代表するトップレベルの教育大学であり、ここにおられる皆さん方には、是非、両大学への留学を考えて頂きたいと思います。両大学を訪問しましたが、殆どの在学生が英語でのコミュニケーションは堪能であり、この点において日本の大学生の遅れを感じました。
 英語教育が国語や算数と同様に教科として小学校高学年で始まり、一方、教室においては、海外からの帰国生、及び外国籍の子どもたちの増加など、児童・生徒自身のグローバル化が速いスピードで進んでいます。これから教師になられる皆さんには、皆さんご自身のグローバル化ということも意識していただき、自分なりの勉学のスタイルを確立していただきたいと思います。
 現在、本学と連携協定を結んでいる海外の大学はアジア、欧米などに64大学あります。様々な留学制度を用意していますので、積極的に参加してください。また、約90校ある海外日本人学校では、東京学芸大学の卒業生が来てくれることを希望されている学校が非常に多くあります。本学卒業生の海外での活躍ぶりと、教師としての質が高く評価されていることを物語っていると思います。

 2つ目は、大学での学び、特に教養の学びについてです。

 これについては、この三月の卒業式においても、卒業後の学びについての中で話しました。本学のような教員養成大学に学ぶ学生さんは、教育に情熱があり、子どもが好きであり、子どもへの愛情あふるる方が多くおられます。それ故に教育学部への進学を選択されました。教育現場を早い段階から知り、それによって、教育実践力を高めることが今日の教員養成系大学・学部には強く求められています。自然と、学校訪問、ボランティアや様々な活動を通して子どもへの興味関心が強まり、子どもたちとの時間を共有する割合が多くなってきます。それはそれで大変結構なことです。それに加えて、教員志望の皆さんにお願いしたいことは、専門の枠を越えて異なった分野の本を読み、同様に専門の枠を越え、違った分野の多くの人たちと意識的に交わりをもち、それによって深い思考力を養って頂きたいということです。言い換えれば、教養の学びです。教師を目指すとともに、成熟した大人への成長を期待しています。
 東京学芸大学は、他の10校の国立教員養成大学と異なり、大学名に教育という名称はつけてありません。本学初代の学長である木下一雄先生は、これまでの師範学校の反省に立って、「学芸」を大学に冠することによって、新しい日本の教育の方向性を示そうとされました。学芸、英訳しますとリベラルアーツと、そこから醸し出される教養の重要性に着目されたのです。海外の方々から、TOKYO GAKUGEI UNIVERSITY とは、どういう意味かとよく訊かれます。説明しますと、本学の建学の精神まで理解してくれます。皆さんも、学芸という言葉の意味をしっかりと噛み締め、味わっていただきたいと思います。

 3つ目は、大学生活を存分に楽しむ、ということです。

 本学には、北は北海道から南は沖縄まで、全国から学生が集まっています。郷土自慢の学生との対話は、人文地理学、自然地理学、県民気質、郷土料理、民俗学など、様々な風土記に接することができます。興味がわいたら、直接、その地を訪ねることもいいものです。先程申しました教養の学びの方法の一つです。仲間との多くの時間をともに過ごしてください。
 また、本学には、スポーツ系、芸術系、文科系など多くのサークルがあり、全国レベルの大会、コンクールで活躍している団体や学生も多くいます。是非、皆さんもその一員になって頂きたいと思います。先のリオ・オリンピックでの、女子ラグビー日本代表に、本学現役学生と卒業生の二人が選ばれ、レギュラーとして活躍しました。本日、学部入学の皆さんが4年生になった年である2020年東京オリンピック、パラリンピックに出場が予想されている学生もすでに数人います。
 さらに、大学キャンパスでの生活のみならず、日本の首都・東京で生活することも楽しんでください。地方にいては決して経験することができないイベントなどへも積極的に参加してください。やがては、それらの経験は、有形、無形の形で子どもたちへ好ましい影響を与えることになります。
 親元を離れての東京での一人生活は、楽しくもあり侘しいものでもあります。予期せぬ出来事や悩みなど、自分一人での解決が困難と感じたら、相談窓口へ遠慮なくおいで下さい。ご家族の方々におかれましても、不安なことがありましたら、どうぞ気楽にご相談ください。

 以上、グローバル化、大学での学び、学生生活の3つについて話しました。

 最後になりますが今日、大学構内に入ってこられてお気づきになったかと思いますが、本学には桜の木が多くあります。本学の所在地でありますここ小金井市一帯は、江戸時代より桜の名所として知られ、西の吉野桜、東の小金井桜として、桜名所番付で両者が横綱を張っていました。今日、JR武蔵小金井駅をご利用になった方もおられると思いますが、武蔵小金井駅は、そもそもは花見客のために臨時に設置された駅でした。
 また、本学周辺は武蔵野台地の端に位置するため、台地に浸み込んだ水が湧き出る場所が多くあります。本学の所在地である小金井市貫井北町という地名には井戸の井という文字が2つ使われています。周辺の地名にも多く使われており、本学では構内の地下からくみ上げた水で、大学全体の飲料水などを賄っています。このように、東京都内にあっては、本学は実に自然豊かな環境のもとにあります。この環境保全には、皆様のご協力をお願いします。

 これから始まる学芸大学での生活が充実したものとなり、卒業時において、この大学で学んでよかったと思われるよう、我々教職員一同も努力し、皆さまを支援いたします。健康には十分に留意され、密度の濃い学生生活を送られることを祈念して、お祝いの式辞といたします。

2016年4月4日(月) 


入学式式辞




 ただいま入学を認証いたしました教育学部1,102名、特別支援教育特別専攻科30名、大学院教育学研究科教職大学院の課程38名、大学院教育学研究科修士課程273名のフレッシュマンの皆様、あらためて、東京学芸大学の教職員を代表して心よりお祝いを申し上げます。さらに7日には大学院博士課程の入学式があり、32名の学生が新しく加わります。

 大学構内の桜は2,3日前が満開でしたが、正門の桜並木、この会場へ続く桜のトンネルを楽しんで頂けたでしょうか。小金井は江戸期より桜の名所で、広重描くところの江戸名所図にも多く登場します。今日、JR武蔵小金井駅をご利用された方も多いかと思いますが、あの駅は、もともとは花見客のために臨時に設置された仮設の駅でした。
 また、ここ東京学芸大学の所在地は、武蔵野平野の南の端に位置し、平野に染みこんだ地下水が湧き出る地帯でもあります。本学の住所名は小金井市貫井北町と、井戸の井の文字が2カ所に使われており、近隣には同じ井の文字が付く地名が多くあります。地下水が豊富である証拠です。本学が使用している飲料水などの上水は、大学構内の地下から汲み上げた井戸水です。美味しいです。僅かではありますが、武蔵野の面影を残す本学のこの環境は訪問者からも称賛されています。この自然の保全に皆様のご協力をお願い致します。

 さて、今日から、新しい学生生活が始まります。ご承知のように、本学は幼稚園から大学までの幅広い教員養成を主たる目的とした大学であります。しかし、単なる教育の単科大学ではありません。日本における教員養成系大学・学部の基幹大学、中核的大学と言われておりますが、同時に、教育の総合大学であります。教育の総合大学であるという意味は、教育に関するあらゆる分野の専門家が揃っており、皆さん方の知的好奇心を満たすには十分なスタッフが揃っています。この点において、一般の総合大学とほぼ同じ規模の教育・研究体制を敷いています。
 また、あまり知られていないかもしれませんが、本学特徴の一つに、11の附属学校・園の存在があります。その規模は、大学には約330名の教員がいますが、ほぼ同数の附属学校・園の教員がおり、児童生徒の数は、これも大学に在籍する学生数とほぼ同数の約6000名であります。皆さんは、附属学校園には教育実習をはじめ、様々なフィールド研究でお世話になるかと思います。

 民俗学者に宮本常一という方がいます。人文地理に興味のある方ならご存じかと思います。天王寺師範学校、現在の大阪教育大学の出身で教師経験もあります。

 彼の膨大な数の著書の中には、東京学芸大学がここ小金井の地に移転してきた当時、つまり昭和20年代初頭の武蔵野の自然について、本学が果たしている役割について記述した部分もあります。

 その彼の自伝的な著作「民俗学の旅」に、次のような記述があります。これは旅に出た時の心掛けとして、父親が宮本に教えてくれたものの抜粋です。ご紹介します。

1.汽車に乗ったら窓から外をよくみよ、田や畑に何が植えられているか。育ちがよいか悪いか、村の家が大きいか小さいか、瓦屋根か草葺きか、そういうこともよく見ることだ。駅へ着いたら人の乗り降りに注意せよ、そしてどういう服装をしているか、に気をつけよ。また駅の荷置き場どういう荷がおかれているかをよくみよ。そういうことでその土地が富んでいるか貧しいか、よく働くところか、そうでないところかよくわかる。

2.村でも町でも新しく訪ねていったところは必ず高いところへあがってみよ、そして方向を知り、目立つものをみよ。周囲の山々をみておけ、そして山の上で目を引いたものがあったら、そこへは必ず行ってみることだ。高いところでよく見ておいたら、道に迷うようなことは殆どない。

3.金があったら、その土地の名物や料理は食べておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかる。

4.時間のゆとりがあったら、できるだけ歩いてみることだ。色々なことを教えてくれる。

10. 人の見残したものを見るようにせよ。その中に大事なものがあるはずだ。
(環境教育教員研修モジュール型教材。小泉武栄)

 この父親の教えは、民俗学者としてのなみらず、学問研究を志す者に対する共通する教えではないかと思います。私流に解釈するならば、机上の学問の重要性は言うまでもなく最優先されるべきものですが、五つの感覚、つまり触覚、味覚、嗅覚、聴覚、視覚の感覚をフルに使った学びの勧め、重要性も唱っています。
 5つの感覚を使った学び、言い換えれば、身体で学ぶと言うことです。やや情緒的な響を纏っているように聞こえますが、ヒトの心理的、身体的発達上、身体は重要な学びの装置であり、その身体を通した学びの欠落が及ぼす影響については多くの研究結果が示されています。

 先ほどの教えの中で、「高いところでよく見ておいたら、道に迷うようなことは殆どない」とありました。人生訓として考えられる一方、実際に山で道に迷った時、人間の心理としては、とにかく下山しようとして低い方へと進み、益々道に迷ってしまうことが多いと聞きます。むしろ、迷ったときは、高い方に登れ、が遭難救助の専門家の助言です。

 ここにおられる多くの方は教育者を目指して、あるいは何らかの形で教育に関わる職業に就く方が多いのですが、今の日本においては教育を取り巻く状況は厳しいものがあります。学校、教師はとかく批判の対象になりやすく、言われなきパッシングに出遭うこともしばしばです。今日、居酒屋談義風の教育論が声高に、恥ずかし気もなく堂々とマスコミを賑わしているのは、見慣れた風景でもあります。

 皆さんには、教育者としての揺るぎなき専門性、信念、哲学、教養をしっかりと在学中に身につけて頂きたいと願っています。そのためには、多くの階層の、多くの人と交わり、自分を信じ、多くのことに挑戦して下さい。時代のキーワードは、グローバルです。できましたら在学中に、一度は短期であっても海外留学を経験し、そのための制度を私たちは用意しています。教師としての就職は、日本国内だけではありません。現在、世界には90校近い海外日本人学校がありますが、そこに在籍する児童生徒、保護者の多くが、本学、東京学芸大学で学んだ卒業生を待っています。既に現地で活躍している卒業生の、教師としてのレベルの高さが認められている証であります。

 本学の教育精神である「教育への情熱、知の創造」は、21世紀において、教育と知の創造者であり、開拓者であろうとする本学の姿勢を端的に表現しています。これからの大学での生活、学び、研究においては、時には苦しみ、もがき、悩みながらも、若者らしい、しなやかな思考力と失敗を恐れない勇気でもって、臨んで下さい。

2015年4月2日(木) 

入学式式辞



 ただいま入学を認証いたしました教育学部生1,105名、特別支援教育特別専攻科生29名、そして大学院教育学研究科教職大学院の課程生44名、大学院教育学研究科修士課程生285名の合わせて1,463名の皆さんに、あらためて、東京学芸大学の教職員を代表して心よりお祝いを申し上げます。
 大学構内の桜は満開です。正門の桜並木、この体育館へ続く桜トンネルはいかがだったでしょうか。本日のよき日の演出に一役買おうと、桜も皆さんの入学式に合わせて咲き頃を調整してくれたようです。
いよいよ今日から、新しい学生生活が始まります。ご承知のように、本学は幼稚園から大学までの幅広い教員養成を主たる目的とした大学であります。しかし、単なる教育の単科大学ではありません。日本における教員養成系大学・学部の基幹大学、中核的大学と言われておりますが、同時に、教育の総合大学であります。教育の総合大学であるという意味は、教育を取り巻くあらゆる分野の専門家が揃っており、皆さん方の知的好奇心を満たすには十分なスタッフが揃っています。この点において、一般の総合大学とほぼ同じ規模の教育・研究体制を敷いています。
 また、あまり知られていないかもしれませんが、本学特徴の一つに、11の附属学校・園の存在があります。規模で言いますと、大学には約330名の教員がいますが、ほぼ同数の附属学校・園の教員がおり、児童生徒の数は、これも大学に在籍する学生数とほぼ同数の約6000名であります。皆さんは、附属学校園には教育実習をはじめ、様々なフィールド研究でお世話になるかと思います。
さて、入学に際し、みなさんに一言申し上げます。それは「知識の生きた活用の仕方」を、在学中に学んでほしいということです。この点は、私の経験からして、現在の大学生にやや欠けている点ではないかと思います。「知識の生きた活用の仕方」、いうならば、これまでの高等学校までの勉強の仕方と違い、現在自分が持っている知識、知恵を実社会で生かし、自らが賢く生きる糧とし、さらに自分が社会的存在として他者との交流に生かしてほしいということです。突き詰めて言いますと、知識とか知恵というものが、いったい何のためにあるかということを考えてほしいということです。


 元大阪大学学長で哲学者の鷲田清一先生が著書のなかで、これに関して興味深いことを言われています。ここに紹介します。
 「ある心理学者が自分の子どもの学校での苦い経験として語ってくださった一つのエピソードです。そのお子さんは小学生の時、古い卵と新しい卵とを見分ける方法を授業で習い、黄身が高く盛り上がっているのが新しく、黄身が平べったくなっているのが古いと教わったそうです。多分、皆さんも、今そのように思っておられると思います。割ってから卵の新しさを確かめるというのは、そもそも何のための調べごとかよくわかりません。
 ところが、これが後でテストに出ました。その問いかけは、「図のような二つの卵があります。あなたはどちらを食べますか?」。こうした設問を課せられて、お子さんは迷いなく平べったい方に丸をしたそうです。クラスの大多数は盛り上がっているほうに丸をしました。結果、お子さんの回答は誤答です。お子さんが考えたのは、冷蔵庫から卵を二個取り出して、賞味期限に差があれば、まず古い方をから食べるというのが当たり前でした。それが不正解とされ、彼は考え込んでしまったとのことです。
 「どっちが新しいか?」と問うべきところを「どっちを食べますか?」という問いを立てるというのがそもそも論理的ではありません。が、それはさておき、この問いは、そもそも何のために新しいか古いかを調べるのか、それが判ったら、では次にどうするのかというふうに、日常生活の文脈・コンテクストのうちに位置づけされていません。つまり、設問として孤立しています。両親が共働きのために、自分で料理することが多かったこのお子さんは、まさかそんな無意味な問いが出されるなどとはつゆ思わず、家事という文脈の中で、自分ならどうするかと考えたのです。
 本学をご卒業後、教育の世界に身を置く方が多いわけですが、教育という営みは、様々な能力を身につけさせることであり、それによって、社会の中できちんと生きることができるためであります。とすれば、教育に携わる者が何を措いてもまず問わなければならないのは、人は何を知るべきなのか、何が本当に知るに値するのか、それを知ることが生きるということにとってどういう意味をもっているのか、ということであるはずです。先ほどのテストの設問にはこのような問いはなく、逆に、問われた子どものほうが答えるにあたって、このことをちゃんと視野にいれていたことになります。
 古代ギリシャ哲学の碩学、田中美知太郎は「哲学入門」という著書のなかで、「生活の実際につながりをもつ以前の『知』は、まだ『知』ではない。医学の知識は、病をいやし、健康をもたらすものであり、建築の知識は、家をつくるものです。病を治さぬ医学の知識、家をつくることができない建築の知識というものは無意味だということになります。」と明確に述べています。大学における知の探究の在り方について、是非このことを念頭に置いて頂きたいと思います。
 知識とか知恵の生きた活用の仕方について述べましたが、一方、大学生としての知識、知恵そのものを、さらに獲得する必要もあります。知識、知恵の量的拡大です。そのためには、自らの活動の振幅を、これまで以上に大きくとってほしいと思います。新しい友人との触れ合い、サークル活動を通しての様々な外部の方との交渉、ボランティア活動、海外留学など、積極的に関わってほしいと思います。本学には、北海道から沖縄まで、全ての都道府県からの新入生の方がいます。首都、東京で学生生活を送ることは、他の地域では経験できない文化、教養社会との触れ合いのチャンスが一杯あります。是非、東京で生活することの利点を最大限に活用して下さい。
 新しい人とのつながりは、新しい学びと体験の場を作ります。具体的な体験から学ぶものは多くあり、リアルな問題意識や問題解決の新しい力の育成を養います。未知の世界へ飛び込み、そこでは皆さんは外来者として振る舞えることは若者の特権です。外来者は新しい文化を持ち込み、新しい実践への刺激を与えてくれます。民俗学者の柳田国男は、「漂泊者が新しい文化をもたらす」という言い方をしています。大学生は格好のよき漂白者です。恐れることなく、賢く、生きた知識の獲得を目指してください。
 現実の社会では、特定の専門家だけではとても解決できないような問題が溢れかえっています。環境危機、生命操作、医療過誤、介護問題、食品の安全、教育問題、家族とコミュニティの空洞化、性差別、民族対立など、これらの現代社会が抱え込んだ諸問題は、もはや政治、経済レベルだけで対応できるものではなく、また特定の地域や国家に限定して処理できる問題でもありません。また、小手先の制度改革で解決できるものでもありません。このような時こそ、生きた知識と教育の力が必要です。どうぞ充実した学生生活を送っていただき、卒業時には、東京学芸大学で過ごした時間はよかった、と思えるような思い出をつくってほしいと思います。


 最後に、本日、この晴れの日をともにと、おいで頂きましたご家族の方へお祝い申し上げます。東京学芸大学は、キャンパス環境の整備に力を入れており、そのことが、学生諸君の勉学、活動への太いベクトルを形成していることを私たちは実感しています。正門前広場のウッドデッキ、競技場のフィールドの人工芝化、全天候型公認トラックの整備、野球場の人工芝化など、国立大学としては、環境整備は進んでいる方です。四季折々に素晴らしい表情を見せてくれるこのキャンパスへ、皆様方もどうぞいつでもおいでください。そして時間が許せば、私含め、学生さんの指導教員との語らいのひと時をもって頂きたいと思います。本学教職員と一緒になって、同じ学芸大学ファミリーとして、皆様のご支援いただければ幸いです。
 以上をもちまして私の式辞といたします。

2014年4月3日(木) 



入学式式辞
本日、東京学芸大学に入学された学部、大学院、特別専攻科の皆さん、改めて、ご入学おめでとうございます。東京学芸大学は心から皆さんを歓迎いたします。キャンパス内の桜も今が盛りで、皆さんのご入学を一緒に祝福しているようです。


 ご入学に際し一言ご挨拶を述べます。


 これから新しく始まる、これまでの学校教育、学部教育とは大きく異なる学びの形、質について、ある面、期待と不安が入り混じった思いでいるかと思います。皆さん、それぞれが所属する選修、専攻での学問領域において、学年進行とともに内容は、当然のことながら高度に専門化していきます。皆さんの知的好奇心を大いに満足させるものと思います。


 この学びにおいては、その多くを専門書や講義・実験、実習等をとおして身に付けていくことになると思います。そこでは、人間が持つ感覚、特に視覚、ついで聴覚のチャンネルを通しての学問の修得が主となるかと思います。この点において、私が強調したいのは、この視覚、聴覚に併せて、他の感覚、つまり、触覚、嗅覚、味覚を合わせた五つの感覚をフルに活用して学んでほしいということです。体全体を使った学びということになります。




この、体全体を使った学びを、今日では「身体知」と呼んでいます。つまり身体、体(からだ)で理解する、あるいは認知するということです。学問に限らず、私たちは、言語の獲得、生きるための知恵、人としての発達、成長を獲得していく上で、身体知という装置を、意識することなく使ってきました。


 ある試みを紹介します。今日では、動物愛護、倫理の面から、とてもできるものではありませんが、幼いチンパンジーを幼児期から、他の兄弟や同じ年頃のチンパンジーと離して育てます。その際、そのチンパンジーは他の兄弟や同じ年頃のチンパンジーが群れて遊んだり、じゃれあったりする様子をガラス越しに観察することはできます。他のチンパンジーとは身体接触だけができない状況で、視覚的な交流、視覚を通しての学習、情報収集はできます。


 この様な環境で育ったチンパンジーは、その後の発達、成長の過程で様々な問題を表しました。特に困難であったのは、自分、私の認知です。このチンパンジーの顔にワザといたずら書きをして、その顔を鏡で見せたとき、通常に育ったチンパンジーなら、その顔に描かれたいたずら書きをごしごしと手で擦って消そうとしますが、当のチンパンジーはただ、じっと眺めているだけです。この両者の行動の違いの裏にある自分・私ということについての理解力、認知能力には雲泥の差があります。単に視覚的な観察や学習、情報収集だけでは、発達や学びは成立しにくいということを示しています。


 身近なところでは、空書(くうしょ)があります。「そら」という漢字と「かく」という漢字を組み合わせたものです。私たちは漢字を思い出せない時、よく人差し指を動かして思い出そうとします。これを空書と言います。中国や日本など漢字文化圏で育った人に特有の行動です。非漢字圏の人から見たら、指を動かした軌跡が残るわけでもない、指先をみているわけでもない、なのになぜ動かすか、と実に奇妙な行動としてとらえられています。なぜ人差し指を動かすことで漢字を思い出すことができるのか。これは現代の脳科学分野における研究課題でもあります。何らかの原因で脳損傷を被った患者さんの漢字想起のためのリハビリテーションにも、この空書は使われています。
 将棋の世界の話ですが、プロの棋士はまずは直感的にいい手を選び出し、次なる候補手の読みを深めていくそうです。この直観について、プロ棋士の郷田真隆(ごうだまさたか)九段は、「いい手は指が覚えている」といいました。おそらく、あらゆる領域において、プロと言われている方々に共通する概念ではないかと思います。


 簡単な分かり易い例で、体全体あるいは一部を使うことが脳内活動を支援することを紹介しました。現代の特徴であるネット社会の弊害は多く言われていますが、使いようによっては学びを支えてくれる、実に有効なものです。ただ、ネットをとおして入ってくる情報は視覚優位であり、視覚的情報に接しただけで、私たちは理解できたと錯覚してしまう傾向にあります。実際に現場に立ち現場の空気を吸い、匂いを嗅ぎ、ものに触れ、階層の違う多くの人々と出会い、コミュニケーション、ディスカッションを交えること、つまり行動を起こし、体を動かすことで、学びは厚みを増し、しなやかな思考を獲得し、ひいてはそれが教養教育となっていることに気づいてほしいと願っています。
 一方、そうすることで、新たな悩みを抱えることもありますが、大いに悩んで結構です。
悩むことも人を大きく成長させます。ただ、自らの解決に限界を感じたら、遠慮なく教員、学生相談室、保健管理センターに相談して下さい。


 大学生生活の期間は、人生のなかで最も贅沢な時間と言われています。時間はたっぷりあります。この贅沢な時間を密度濃く上手に消費し、自らの成長に生かして下さい。
以上をもちまして式辞といたします。

2014年4月1日(火)

学長就任にあたって
 村松前学長の後を受け、平成26年(2014年)4月より学長に就任しました出口利定です。東京学芸大学は日本の教員養成大学・学部の基幹大学として、「有為の教育者の養成」を基本的理念に掲げ、開学以来日本の教育界に大きく貢献してきました。東京都をはじめ、全国の学校園・大学、教育委員会、教育関連施設・企業などで、本学卒業の多くの方々が活躍されている姿に接すると、本学-東京学芸大学で学ぶなかで培われた「学芸大マインド」が深く根づいているのを感じ、大変心強く思います。   
 現代日本は少子化、グローバル化の波に洗われ、社会はますます多様化、複雑化、しています。学校を取り巻く状況も、同様に多様化、複雑化、そしてグローバル化が加速度的に進んでいます。こうした社会の変化に柔軟に対応できる学校教員の養成、教員養成システムの在り方が求められています。本学は、こうした課題に真摯に取り組んでいきます。
 学校がそのような社会の変化に対応できる教育をおこなうためには、学校そして教員を側面から支える人材の育成も不可欠です。そうした人材は、ICT活用、帰国生対応、カウンセリング、地域社会との連携、生涯学習などの領域で特に必要とされています。本学はこのような教育を支援する人材、即ち「教育支援人材」の養成にも力を注いでいきます。そして、学校教員を志す者と教育支援人材を志す者との交流を図り、「協働力」をもった、厚みのある人間形成を目指します。
 受験生のみなさんへ。本学には、教育科学、人文・社会科学、自然科学、芸術・スポーツ科学の幅広い第一線の研究者である教員達がそろっています。「学芸大マインド」をもって、これからの日本の教育界で活躍したい、という熱意と意欲をもった人を東京学芸大学は待っています。