東京学芸大学/学長と語るVOL.05

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学長と語るVOL.5


【学長】新年第1回目の「学長と語る」ですので、本学の先生の研究や教育活動についてお聞きしたいと思いまして、よく知られている先生のお一人である、歴史学の大石教授に来ていただきました。
私も大石さんのお話を地域連携の公開講座などでお聞きしていますし、オープンキャンパスでは特別講義が大変好評を博しているということです。今日はよろしくお願いいたします。

《テレビドラマの時代考証》

IMG_2155.jpg【学長】大石さんといえば、テレビドラマや映画の時代考証の実績がたくさんおありです。これは、本学の歴史学の名誉教授で、現在、江戸東京博物館の館長をされている竹内誠先生から引き継いでいらっしゃるんですよね。

【大石】そうですね。私が本学の学部2年の時にゼミ分けがあって、1年の時の授業で印象に残っていた竹内先生のゼミに入りました。そうしたら、先生の専門が、江戸時代だった。ですから、江戸時代が好きというよりは、先生の学風といいますか、スタイルが知的で興味深かったので、江戸時代ということになったわけです。

【学長】NHKの大河ドラマの時代考証が有名ですが、3作なさったとか。最初は何ですか。

【大石】最初は「新選組!」、そして「篤姫」、今回の「龍馬伝」です。

【学長】みんな視聴率の比較的高いものですね。

【大石】幕末をテーマとする大河は意外と苦戦すると言われています。それでも「篤姫」の視聴率は高かったです。

【学長】実は、私は、大河ドラマはあまり観てなかったのですけれども・・・。大学に移る前にいたNHK放送文化研究所で「テレビドラマの描く女性像」という研究をしたことがありますが、「篤姫」は主人公が女性ということもあり、珍しくほとんど全部観ました。視聴習慣って定着するので、その後はなんとなく観ています。「篤姫」の貢献は大でした。

【大石】そうですか。昨日「江(ごう)」を観たのですが、「篤姫」と同じ作者、同じ音楽家や題字の書道家、プロデューサーも篤姫のデスクをつとめた人です。第1回を見て今回もヒットするのではないかなと思いました。

【学長】それ以外にも、「蝉しぐれ」とか、「陽炎の辻」とかの時代考証をなさっていますね。

【大石】ずっとNHKの時代劇の考証を続けています。今放送している「隠密八百屋町」も担当しています。

【学長】「龍馬伝」では本学を1998年に卒業された福岡利武さんという方が、助監督のお一人でした。
【大石】大河では、制作演出(助監督)も交代で演出を担当します。若い人を育てようとしているようですね。それで、彼も第44回を1人で担当しています。

【学長】そうですか。「龍馬伝」では大友啓史さんというプロデューサーが有名でしたが。

【大石】福岡さんは大友さんの下で動いていました。その様子は学内報の『TGU』Vol.209号に掲載されたインタビューで話しています。

【学長】大友さんがとても有名になったけれども、福岡さんと大石さんという学芸大学コンビも働いていたのですね。この後もNHKの番組の時代考証の予定がおありですか。

【大石】4月からのNHK時代劇「新選組血風録」の時代考証の仕事をすすめています。かつて「新選組!」を担当した演出家がこれも担当します。

《もともとの研究テーマは「吉宗」》

IMG_2169.jpg【学長】大学のホームページの教員紹介で拝見すると、幅広くいろいろな業績が載っていますが、もともとの研究テーマというのはどのようなものですか。

【大石】江戸幕府の八代将軍「吉宗」が研究テーマです。かつて、享保の改革という吉宗の政治については、政治史や経済史の研究が主体でした。それを私は「国家と地域」の問題として読み替えたいと思ったのです。国家政策が地域にどういう影響を与えているか、地域は国家にどういう役割を果たしているかと読み替えてみると、吉宗の改革は今日流に言うと、「大きな政府」だと言えます。社会の隅々まで規制は多いし、税も重い。でも平等だし、ドロップアウトする人も少ない。高負担高福祉の政治と自分なりに位置づけました。
以前、ちょうど10年間名古屋の大学にいたのですが、その間、吉宗のライバルで、御三家尾張藩の宗春(むねはる)という藩主を研究しました。宗春は、「減税すべき、規制緩和をすべき」と言って吉宗の享保改革を批判しました。「小さな政府」の主張です。今日の名古屋の発展の基礎がこの宗春という藩主によってできたのです。最後は吉宗との政争に負けて、隠居させられてしまうのですが、その争いを追いかけて行くうちに、享保改革の本質が見えてきました。今でも人間というものを考えてみると、一方では平等、みんなと一緒というのをほしがるし、他方では自分は自分という自由をほしがるし、その両様がはっきりと吉宗と宗治の政争の中に出ているのです。

《地域史の掘り起こし》 

【学長】自由と平等の関係という、まさに現代的なテーマにつながっているのですね。
それから、ホームページを拝見すると、ご専門として地域史と書いてあります。私も公開講座で、武蔵野の新田開発などの話をうかがった記憶がありますが、本当に具体的な地域の歴史を掘り起こすということをやっていらっしゃいますよね。

IMG_2151.jpg【大石】地域史、フィールドワークは、学芸大の学生時代から始めました。江戸時代を研究する人は大量の古文書と格闘し、5年6年かけて研究します。私にとって武蔵野は、とても重要なフィールドです。享保改革の際に、吉宗に命じられて、大岡越前が町奉行をしながら開発を担当して、都心と多摩地域という今日の東京都の元をつくりました。現在の東京が見えてくる時期はやはり享保期なのですね。
今でも学生と一緒に、江戸周辺地域や金沢・信州高遠などを対象に調査をしています。地域史の視点を失うと歴史学は砂上の楼閣になってしまう。

【学長】かつて私が学校で学んだ歴史というのは、権力者などが中心の表面的な歴史でしたが、その後社会史の研究が活発化してきました。私のイメージでは社会史に近いのかなと思いますが、地域史研究ができるというのは、比較的近世なのでしょうか。

【大石】古代の古墳の発掘とか中世の荘園の研究など地域史研究は活発ですが、やはり近世は古文書がいっぱいある分、また、庄屋さんの子孫がいたり、村ごとに寺や神社があったり、由緒や伝承なども多くあり、情報は多いですね。

【学長】東京学芸大学出版会から発行された先生の著書『江戸の教育力』は、出版会のベストセラーですけれども、これで拝見しても、江戸時代というのは、女の子も男の子も農民も識字率が高く、そういう文化的な基盤があったからこそ、史料も残っているのでしょうね。

【大石】そうですね。来日した外国人たちがみんな驚いて、「なんで日本人はあんなに文字が書けるのか」「手紙を書くのか」と言っています。世界を見て来た外国人が驚いて記録に残すくらい、みんなが文字に親しんでいる、そういう社会だったのですね。そこはもう一回見直さないと。だから私には、今までのチャンバラの時代劇を変えたいという思いがあります。文明度の高い社会の中での人の悩みとか苦しみは我々も共感できる。そろそろ時代劇もチャンバラを卒業していいというのが私の主張です。江戸時代の勉強をすればするほど、豊かで多様な社会が見えてきますね。

【学長】NHKは、大河ドラマは歴史ドラマであると言っています。私はチャンバラが好きではないので、時代劇はあまり観ないのですが、大河ドラマを「篤姫」から観たというのは、「ああこういうのもあるんだな」という感じだったからかと思います。

DSC_1100.jpg【大石】『篤姫』では「家族」というのが大きなテーマだったのですが、この家族が日本の歴史の中で成立・発展するのが江戸時代なのです。私たちの系図や墓を遡ってもせいぜい江戸時代までで、それ以前は大家族だったりして家族が十分形成できていない。そう考えてくると、今日の家族の感情とか家族関係、家意識などというものは江戸時代と連続していて理解しやすい。戦国時代以前は兄弟関係も親子関係もだいぶ変わると思うんですよね。ですから私は江戸時代を、現代といわば「地続きの時代」として見られると主張しています。

《現代と地続きの江戸時代》

【学長】「地続き」という言葉も、一つのキーワードみたいですね。なぜ江戸時代を研究するかというきっかけは竹内先生だということですが、実際に長年研究なさって、地続きであることを含め、江戸時代がなぜそんなにおもしろいのかというのをご紹介いただけますか。

【大石】チャンバラ、ちょんまげの時代イメージから、最近読み替えが始まっています。250年間平和を維持し、平和を管理するシステムが、どのように成立し機能したのか、これを追究することがとても魅力的なのです。対外戦争もないし、国内戦争もない。身分制度がきついと言われますが、新選組を見ても、農民が武士になったり、武士の二男坊三男坊が作家や画家になったり、それから龍馬の出た坂本家なども、お金持ちの商家の分家が武士の株を買って成立した家です。身分制とはいうものの結構フレキシブルなのですよ。
IMG_2153.jpg明治になってできた江戸時代像を逆転するおもしろさは大きいですね。歌舞伎とか講談、古い時代劇はこう描かれているけれども、実際はそうじゃないことを明らかにするわけです。東京の中野村の名主の史料なのですが、お見合いの話があり、候補が三人いて、その中から選んでいるんですよ。また、東北の女性では、無理やり結婚させられそうになって嫌で逃げてしまい、家老に訴えて、好きな人と一緒になる人がいたりします。それほどがんじがらめでもないのですね。今日の私たちでも理解可能な人間のドロドロした部分が見えてきて、やればやるほどおもしろいですね。

【学長】新たな江戸時代像ですね。そして、今につながる「地続き」だというのは?

【大石】明治維新というと、今までの暗い時代から解放されて新しい時代がやってきたと考えられてきたのですが、敢えて言うと、意外と大したことないんじゃないか。明治維新では、伊藤博文にしても、西郷隆盛にしても下級の人たちが活躍しますが、下級武士たちは江戸時代を通じて力をつけてきたわけです。
外国人たちも言うんですよね、殿様は子どもでも大丈夫だし、病気でもよい。家老も大したことなくても大丈夫だって。実際藩や家を動かしているのは藩士ら官僚だと。将軍や大名、家老といった上級武士たちがとっぱらわれたというのが明治維新で、実は江戸時代の中で、もう官僚制という近代を準備するパワーができていたのですね。

【学長】ちょっと話が飛ぶのですが、私は東京学芸大学に来る前の職場時代に、1年足らずですがアメリカで研究したことがあります。ハーバード大学は男女共学ですが、当時は女子の学部生は所属だけはラドクリフ・カレッジでした。『ある愛の詩』のヒロインがラドクリフの学生ということになっていましたが、実際はハーバードの男子学生と一緒に勉強しているわけです。そのラドクリフにある女性の研究者のための研究所に行っていました。1983年から84年にかけてです。ちなみに、その研究所ののちの所長が、現在のハーバード大学の初めての女性の学長です。
当時、アメリカは歴史の浅い国というイメージをもっていましたが、ニューイングランド地方、つまり新しいイングランドという意味ですが、その中心地ボストンは、イギリスから来た植民者たちが1630年頃につくった町です。私は、イギリスのケンブリッジ大学に由来するケンブリッジという町に住みましたが、イギリスからの入植者たちが、まず大学をつくらなくてはいけないということで、大学をつくった町です。ハーバード大学ができたのが1636年だそうで、私がいたのが、来年が350周年という時で、「え、大学が350年?」って驚きました。
その頃の私の歴史感覚では、日本は明治維新で新しくなったので、それ以前とは非常に隔絶感があったのですが、ニューイングランドというのは350年一続きだったという話で、ものすごく私の歴史感覚が揺さぶられました。その時の記憶があって、大石さんの江戸の話を読むと、そこから地続きだったっていう話とすごく符合してきます。1600年代というと、江戸の初めのころですよね。

【大石】1636年というと、島原の乱の頃ですね。三代将軍家光の時代です。

【学長】そこから一続きで、自分たちの昔の先輩はという話をしているわけです。アメリカというのは歴史の浅い国といっても、地域によってはそんなことはなくて、一続きなんだなと思いました。
そんなことを思い出しながら、『江戸の教育力』を再読しました。日本の場合は、江戸時代は特定の江戸の文化ばかりでなく、かなり広い地域に文化が伝播していますよね。

《江戸の教育力》

【大石】参勤交代が大きいですね。それと、当時首都だった江戸には260の藩の藩邸にやはり学校があるのです。今まで藩校というと、『江戸の教育力』を書いていたときも領地の藩校ばかり追いかけていたのですが、改めて見直すと、江戸に設けられていた藩校の実態が少しずつわかってきます。江戸では、ある藩に学校がない場合、別の藩の藩邸内の藩校に勉強しに行くのですね。で、別の藩校の先生を自分の藩邸に招いたり、江戸の学者を国元に派遣したり、これもまた、すごくフレキシブルです。明治期になるまで標準語がなかったので言葉が通じなかったなどという話がありますが、あれはおかしくて、江戸時代はみんな各地にどんどん旅行に出かけています。今でも私たちが地方へ行って、お年寄りたちが早口でしゃべるとわからないという経験をします。その程度であって、当時も多くの人が手紙・高札を読めるわけですね。文字や教育のうえでも十分集権化が進んでいるわけです。

【学長】参勤交代というのは大きかったのですね。普通の庶民も比較的よく動いていたのですね。

IMG_2204.jpg【大石】江戸には各地から観光だけでなく、多くの奉公人も来ています。

【学長】私などが学校で学んだ日本史だと、社会が非常に閉鎖されているような感じでいましたが。

【大石】農民が土地にしばりつけられていて、自分の村以外の世界を知らないなどと言われることがありますが、
愛知県刈谷市のある農村では成人男性の5人に1人が江戸で4年以上奉公した経験があります。また、四日市の宿場の史料などを見ていると、たとえば薩摩の島津家が来ると、本陣に島津の殿様が泊り、家老が脇本陣に泊り、あとはみんな旅籠に泊まるわけです。ですから、その一泊四日市宿では薩摩弁が宿場にあふれ、彼らが出て行くと、今度は長州藩が来て長州弁であふれる。今度はオランダ人が来て、さらに琉球人が来る。ですから四日市宿の人たちはいろいろな文化やいろいろな言葉に、居ながらにして接しているわけです。そう考えると交通路の整備って、すごく意味があると思いますね。

《共同研究のおもしろさ》

【学長】研究のおもしろさはほかにもありますか。

【大石】研究スタイルで、共同研究のおもしろさ、楽しさを経験しました。印象論的に言うと、歴史学を研究する文学部出身の人は、どちらかと言うと、ほかの人と違う個性を出すことが自分の存在証明なのですね。作家なんかもそうですが、どうやって人との差別化を行うか、アピールするかに関心があるように思います。ところが教育学部出身の人は、東京学芸大学の学生もそうなんですが、アピール力の弱い基礎的な仕事を嫌がらずにやります。江戸時代研究では、まず史料を整理して目録を作る。次に年貢割付状や検地帳、人別帳といった基礎帳簿をデータ化します。割付状の場合、卷き物になっていて、開いていくと最後の所に数字が出てきます。だからずーっと巻いて戻して、巻いて戻してをくり返して、その数字を全部記録して、基礎データをグラフにするのです。そうすると百姓一揆が起こった時とか、村方(むらかた)騒動が起こった時などが、不作の時と、年貢の動向との関連が見えてくるのです。そういう地道な作業をやることによって、ようやく見えることがあります。で、目録づくりや基礎作業をみんな嫌がらずに、分担してやります。それを集めるとすごいデータができるわけです。
さっきちょっと触れたのですが、四日市宿には、江戸前期から幕末までの宿帳があるのです。それを学生が分担して、誰が何月何日に泊ったのかなどを全部調べると、浅野内匠頭(あさの たくみのかみ)が1684年に本陣に立ち寄り、吉良上野介(きら こうずけのすけ)が刃傷事件の1ヶ月前に立ち寄っていることがわかります。

【学長】おもしろい話ですね。

IMG_2217.jpg【大石】学生がみんなのために仕事をする大事さというのを知っていて、地味な基礎作業をやっていく。で、それを人と突き合わせた時におもしろい発見があり、楽しいんですね。この庄屋さんがここで代替わりしたとか、名前が変わったとか、この時代ある家族が突然お金持ちになったとか、膨大なデータを並べると見えてきます。そうした共同研究をずっと続けてきました。毎年春休みに2泊3日の合宿、これは学生の投票で行く先を決めます。また、夏休みには3泊4日必ず長野の松原湖にこもるのですが、他大学や他学部の先生たちと話をすると、今なかなか2泊3泊の合宿はできない。一緒に同じ部屋で寝るのも嫌だし、アルバイトなどを理由に帰っちゃう。学芸大はよくやるねって言われます。もちろん私だけではなく、この大学全体が、自主ゼミや共同研究をすすめる土壌、パワーがあると思うのですね。教員や学生の総合力と言うんですか、そういう力をもっていると思います。

【学長】それが、教育学部の特徴ということですね。私自身は文学部出身なのですが、社会学だからかもしれませんが、私も共同研究タイプです。それに女性たちはネットワークを組むことが多く、私も共同研究でもっていた部分があります。ただ、文学部と比較しての教育学部の特徴としては、おっしゃるようなことがありうるかもしれませんね。人と関わることができなければ教育はできないですからね。

【大石】みんなといっしょでありたいという共通性、普遍性と、私は私でありたいという個別性、特殊性はだれもがもっているわけでオールオアナッシングではないと思いますが、あえて教育学部の特性という点からみると、このような傾向性もあるように思います。

【学長】教育学部の学生に、なぜ教師になりたいかと尋ねると、良い先生に出会えたからっていうのと、もう一つは子どもが好きだからというタイプがありますね。子どもが好きでなくてはできないから。

【大石】人間が好きというわけですね。

【学長】そもそも、そういう傾向の人たちが教育学部に来ているのでしょう。それと文化とがうまく適合して、教育学部らしさが出ているのかもしれません。

《毎週発行の大石ゼミ会報》

【大石】研究室の新聞というか、会報を持って来ました。私が着任して以来14年間毎週出されています。歴代の学生が作っています。地味な作業ですが、世代を超えての共同作業とも言えます。

【学長】記録をちゃんととるというのは歴史研究のあり方ですね。

【大石】そうですね。アーカイブスになっています。記録をとって、歴史を積み重ねて、昨年末で411号です。

IMG_2177.jpg【学長】すごいですね。

【大石】卒業生が来て、最近では現職の教員でも毎週新聞を出すなどということはなかなかできないと言って、驚いていますね。こういうパワーは、教育学部の学生の場合、やがて子どもたちの学級通信を作る力になっていくと思います。

【学長】大石さんは学芸大の教育学部の中でもずっと教育系の教育組織に所属して、社会科の教員の養成教育に携わっていらっしゃいますね。

【大石】そうですね。ただゼミには教員免許をとらないでもよい教養系の学生も多く来ます。卒論指導をしたり、大学院に進学する学生もけっこういます。ですから教育系、教養系をトータルに教育学部の学生として見たほうが、よいかなぁという気がします。教養系の学生も十分同じパワーでやっていますからね。

《教科専門の立場から》

【学長】教員養成教育にあたる先生方は、専門分野で言うと教育科学、教科教育学、教科専門科学とに分けられますが、大石さんは歴史学ということで教科専門の立場です。その立場から、教員養成について、なにかお考えがありますか。

【大石】よく学生に話すのですが、今のいろいろな教育問題の原因の一つは、やはり教員が勉強をすることのおもしろさや意義を自覚しないまま教員になったり、教師の仕事をしていることにあると思うのです。教員が勉強をすることのおもしろさや楽しさを知っていると、これはいろいろなレベルがありますし、いろいろな分野で違うと思うのですが、子どもたちにもそのおもしろさ楽しさを体験させたいという気持ちになる。ところが、本人がその喜びに接しないまま卒業し、教員になっても、それが伝わらないと思います。そういう意味では学部の4年間に、とにかく何でもよいから勉強のおもしろさを体験してみて、そのおもしろさを子どもたちに伝えたい、という思いをもってほしい。本学のカリキュラムではそうなっているわけで、ただ教員になればよいっていうわけでもないし、ただ教員採用試験に受かればよいっていうわけでもない。そこのところを自覚して、もっとやらないともったいなと思います。勉強のおもしろさというのは、真理を追究するおもしろさ楽しさというのがあって、それを学んでほしいと思いますね。

【学長】学ぶというのは、学び方を学ぶということですよね。もちろん専門知識は大事なのですが、変化の早い今日では、大学で学んだ知識だけでは通用しない。歴史のとらえ方だって、私たちが生きている間に大きく変わっているわけだし、基本的に研究の仕方や学び方ということを学んでおいて、先生になっていくのが大事ですね。

【大石】そうです。それはおそらく教科を越えて、分野を超えて、必要になってくる。

【学長】本学の小学校の教員養成では、全教科を学んでもらうけれども、その中でたとえばとくに社会科なり歴史なりを選んで勉強し、それを通じて研究の方法などを学ぶことが、他の教科などにも応用がきくという形で行ってきています。近世なら近世のことを勉強するのは、ただその知識を得るためではなく、その研究の姿勢とか、どうやって調べるのかという学び方というのが大事ですよね。

【大石】そこで感動があるかないかというのは子どもたちにも伝わりますね。

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【学長】ありとあらゆる知識をもって教壇に立てるわけではないのだから、そういう一つのことを深く極めること自体の経験が、後にきっと生きてきて、いろいろ応用がきくようになるんだろうと思います。

【大石】もっと言えば、技術や知識はあとからでも身につけられると思うのですね。しかし、研究の方法や姿勢、勉強のおもしろさというのは、やはり今がいちばん身につける、経験するチャンスなのだろうと思いますね。

《本学の学生・卒業生》

【学長】大石さんは、歴史学を学ぶ学生とは日ごろ密な合宿をなさったりしていますが、ほかにも、全学向けの教養科目を担当されこともあり、最近は小学校教員になるための教科の科目である「社会科研究」を担当されています。ご自分の専攻の学生だけではなくて、もっと広い範囲の学生も教えていて、本学の学生について、どのようにとらえておいでですか。

【大石】所属する教科の個性が見えておもしろいですね。授業をはじめ、さまざまな場面でそれぞれの発言を聞くと、幼児教育の学生だとなるほどと思うし、美術科、音楽科、体育科の学生もなるほどと思う。教育学部のおもしろさは、それがありますね。一般的には文学部なら文学部の学生、経済学部ならば経済学部の学生同士授業を受けるわけですが、教育学部の場合、さまざまな個性、特性をもった学生が集まっている。そうした環境で学び、生活することも先ほどの共同性、チームワークを育てる機会になっている。教員になって、子どもや保護者、いろんな人と接していくうえでも良いトレーニングになっていると思います。

【学長】私も学外の方には、東京学芸大学は教育学部だけの単一学部だけれども、先生にはお医者さんもいるし、芸術家も、スポーツの専門家もいるし、いわば総合大学だという話をするのです。大きな大学でもサークルなどでは学生間の交流はあるのでしょうが、本学では、学びの場でかなり違う分野の先生にも接するし、学生同士も幅広く接するということが非常にメリットだと思います。

【大石】図書館やいろいろな場所でも、いろいろなものをもったり、いろいろな格好をした学生が見られますね。ある意味、社会の小さい縮図で、自分を鍛えるには良い場所です。

【学長】学生自身が、その良さを十分に吸収して文化を作っているのですが、その一方で、外に向けてはなんとなく覇気がないとか、あまりアピール力がないというか、もう少し元気があるとよいと思うんですけれども。

【大石】一方で、それが良さなのかなとも思うのですね。学校の中で教師間のチームワークは欠かせません。教員ばかりでなく企業に就職する学生もいて、さまざまな大学から来たアピール力のある人たちの中でもまれているようですが、長い目で見てみると、この大学の卒業生がその場にいることによって、チームが保たれているらしい。だとしたら、そういう役割もあるかもしれない。だから教育学部は、もちろん教員になる人が多いのですが、学校をはじめ社会のいろいろな組織や集団の中で必要とされる教育学部的な機能というのは、誇っていいと思います。アピール力は弱いかもしれないですが、さっきも言った共同性みたいなものを地味に下で支えるような、そこのところに力があります。はたから見ると、もどかしいし、もったいないけれども、それで社会や組織が維持される部分があるとすれば、教育学部はもっと大事にされないといけない。こうした人々を育てるというのも教育学部の役割だと思うのですよね。

IMG_2167.jpg【学長】そうですね。今教育は、個人プレーではなくて、学校の内外でいろいろな人が分担して、チームとして教育をやっていかなければいけない時代だろうと言われています。そういう意味では、学芸大学がもっているそういう人たちの力が、発揮できるように、もう少し見る目をもって採用してくれたらよいなと思いますね。

【大石】社会的にもアピール力だけでなく、チームにとって重要な役割を果たすということを見てほしいですね。そういう学生はいっぱいいます。何にも言わなくてもコツコツコツコツと勉強や仕事をする学生が。

【学長】そういう良さをアピールしていくのも、大学の役割かもしれませんね。

【大石】教育の概念を少し広くとると、私のゼミの卒業生にも、大学・中学校・小学校のほか、公務員、教育産業や出版関係の会社、県や市などの博物館の学芸員になったりといろいろな人たちがいます。どのような組織や機関でも学芸大学で身につけた教育力を発揮してくれています。これからもどんどん学芸大学の底力をアピールしていく必要性を感じます。そういう意味では大学は卒業生をもっと丁寧に把握して、卒業生が母校とふれあい、協力してくれるような機会をふやしても良いと思います。

【学長】私も、教員養成だけに限るのではなくて、教養系も含めて、教育の総合大学を目指す方向がよいのではないかと考えています。今、学校だけで教育ができるわけではないというのが共通認識になってきていて、それをまわりから支える人材や、長い人生の中で、学校教育以後の学びにも貢献できる人材の養成もするということが、本学の将来の方向だろうと思っています。だから教養系も必要だし、実際、教養系出身者も教育に直接間接に関わっている人が多いようです。以前に、教養系の卒業生について、数年前まで遡って調べました。おっしゃるように学芸員だとか、科学教育センターや地方自治体の教育委員会をはじめとする職員などで活躍している人も多かったです。私の教えた学生でも、最初ホテルに入ったのですが数年したら、やはり教員になりましたとか、小学校教員養成課程の学生で、先生にはならないと言っていた人が、結局は私立大学の教職課程の事務職員をやっていたりしています。教員免許をもっていることが大事だったり、教育マインドをもっていること自体が、彼らの強みだし、あまり自覚していないかもしれないけれども、外からもそういうふうに見られていますしね。それをアピールしていかなくてはいけませんし、またそれをサポートする大学になっていくことが必要かと思っています。

【大石】教員養成制度がこれからどう変わるかわからないのですが、たとえ教員にならなくても、父母の立場とか地域の人の立場で、教育学部を出たり、教員免許をもっている人が、学校教育や社会教育に接したりすることは、吉宗の享保改革ではないのですが、社会全体のボトムアップにつながると思うのです。エリートばかりをつくって、格差ができて、社会不安や不満が出てくるのでは社会は安定しません。みんなが共働・協力して底上げするような、そういう場をつくっていく必要があると思います。

【学長】こういう時代だからこそ、教育が一つの柱となって、次の世代をつくっていかないといけないんじゃないかと思います。

《大学の発信力》

DSC_1096.jpg【大石】最後に大学の発信力に関して二つお話したいと思います。一つは学問の面で、大学のゼミの卒業生たちが、卒論を発展させたり、共同研究をすすめたりして、何冊か論文集を書いて、学界などで評価されるようになってきました。先輩たちの論文集を学生が取りあげて書評会を開き、著者である先輩に来てもらうこともやっています。さらに、他大学の人も来るような、小さな研究会も運営しています。学芸大学の共同性には、よその人を引っ張りこむ力があるように思います。学芸大学を知ってもらうには学界レベルでの発信力も有益だと思います。一昨年から時代考証学会という新たな学会を立ち上げたのですが、事務局のメンバーは皆卒業生たちです。時代考証学会を立ち上げた時は、音楽・演劇講座の中島裕昭先生に発表してもらいましたが、名誉教授の平野具男先生や、文化財の学生も来てくれたりしました。
そして、もう一つは、学生向けに学修支援やキャリア支援の講座を開設している学芸カフェテリアで、3年続けて「時代考証と歴史学」という講座をやっているのですが、続けて来てくれている人がいて、教育系の社会科の人だけでなく、数学や理科、あるいは教養系といろいろな人が来てくれています。

【学長】みんなリピーターになっているのですね。

【大石】けっこういますね。理科だから、大河ドラマを見ないかと言えば、大好きで、社会科の学生よりよっぽど詳しい。そこで同好会を立ち上げました。職員や教員、卒業生や地域の方も参加しています。

IMG_2203.jpg【学長】時代劇がテーマということなのですね。

【大石】はい。これは、いわば内に向けての発信ですが、所属や世代をこえた一つの「文化的なサロン」として成長していけばうれしいと思います。

【学長】是非それがうまく回り出すことを期待しています。ありがとうございました。

〔対談日:2011年1月11日〕

● 大石学(教授)

人文社会科学系 歴史学講座

● 関連サイト

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