東京学芸大学/学長と語るVOL.07

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学長と語るVOL.7

【学長】今回は健康・スポーツ科学講座の松田恵示さんに来ていただきました。文部科学省の生涯学習政策局生涯学習調査官も兼務されているほか、たいへん幅広く活躍されていらっしゃるので、松田さんを通して学芸大の取り組みについて紹介できればと思います。きょうは松田さんが関わっていらっしゃる「学こどモードハウス.JPG芸大こども未来プロジェクト」の拠点となっている「こどモードハウス」で対談させていただいています。学芸の森保育園と同じ建物内にあります。それでは、まず松田さんご自身をご紹介いただけますか?

【松田】学長先生とはこの大学に来る以前から社会学でのつながりがありましたが、今は健康・スポーツ科学講座で主に学校体育の学習指導法の講義を中心にもっています。もともとは、文化社会学、教育社会学の中で、広く遊びを通して社会のあり方とか、コミュニティーの発展とかを研究していました。


《こども未来プロジェクト》

【学長】学芸大にいらしたのは何年でしたっけ?

【松田】2004年だったと思います。

【学長】学芸大においでになる前から存じ上げていましたが、この大学では、後に「こども未来プロジェクト」と名前が付く仕事を始められたときに、私がおしかけていったのが、お会いした最初ですね。

【松田】「こども未来プロジェクト」は、当時図書館長をされていた細江先生をはじめ、村松先生や子どもの遊びに関心のある先生方10名ぐらいが、岡山のおもちゃ王国という会社と、何か面白いことが大学で出来ないだろうかと、領域をこえて産学共同研究を始めたのがきっかけでした。

DSC_5710.jpg【学長】確かこのプロジェクトの名前を決めるときに、私は立ち会っておりまして、「絶対、こども未来よ」と言った記憶があります。

【松田】プロジェクトの名前をどうしようかというときに、いろいろな案があったのですが、村松先生の「子どもの未来だから、こども未来プロジェクトじゃないの」という一声で決まりましたね。

【学長】この「こども未来プロジェクト」がすべての始まりだと思いますので、簡単に紹介してくださいますか。

【松田】子どもの遊びとか子どもの育ちをめぐって、どのような環境を整えればよいのかが問題になっていたのですけれど、大学の知的な財産を、もっと社会との接点をうまく創りながら、積極的に活用してみようということがスタートだったと思います。基本的には、子どもたちと「こと」を生み出していこうということ、子どもたちに関わる「ひと」を豊かに育てていこうということ、子どもたちに関わる面白い「もの」を開発していこうということ、そんなことだったと思います。

【学長】きょうも、この部屋の壁に楽しいちぎり絵のようなものが飾ってありますけれど、これは「こども未来プロジェクト」としての活動ですか?

【松田】関連はあるのですけれど、「子どもとコミュニケーション」という授業で学生が子どもたちとつくったものです。ちょうどこの間の日曜日が父の日だということもありまして、地域の皆さんにも呼びかけて、親子での活動を企画したものですね。

【学長】学生さんも「こどモーダー」になっているのですか?
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【松田】そうですね。「こども未来プロジェクト」を学生と一緒にやっていこうということで、「こどモード」というコンセプトができました。子どものようなモードを、大人でも大事にしようということなんですけど、そういう理念に賛同してくれる学生さんと共に活動しようということで、「こどモーダー」という組織をつくったのが2006年です。今では140名ぐらいの人が活躍をしてくれています。

【学長】この「こどモードハウス」でのプロジェクトの活動や、地域の方に来ていただくイベントは、どれくらい行っているのですか?

【松田】基本的には月曜日と木曜日に地域の方に開いていまして、「こど・ひろば」という0歳から3歳の子どもたち親子の活動と、「こど・クラブ」という就学前の親子の集まりを定期的に行っています。


《教育支援人材の育成事業》

【学長】「こども未来プロジェクト」が素地にあって、「戦略的大学連携支援事業」という形で教育支援人材を育成するプロジェクトに、2008から2010年度まで文部科学省の助成をいただきました。松田さんが代表になって、国立大と私立大が一緒にやりましたけど、それについて紹介していただけますか。

【松田】それまでの活動で、「こと」や「もの」はいろいろな形で生み出していけたのですが、結局大事なのはそれをつなぐ人なんだなという話になりました。学芸大学は教員養成系大学ですから、子どもの主体性や固有性に留意した教育に関わる人づくりはプロ中のプロです。そういう知見をいかして、もう少し広く地域から専門職を支えつつ子どもに関わる人を育てる仕組みづくりをということで、賛同していただいた奈良教育大学、鳴門教育大学、東京成徳大学、白梅学園大学、中国学園大学の5大学と連携して事業を進めてきました。
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 現在、保護者や学校の先生方や専門の職員の方々だけではかかえきれない問題が、教育の現場にはたくさん出てきてます。そのため学校や学校外の教育現場には支援してくれる人を求めるニーズがあります。一方、地域の側にボランティア熱があって、リタイヤした人たちや若い人なども最近はボランティアをやりたがっているのですが、そういう人を教育現場が「だれでもオーケー」という形ではなかなか受け入れられないのが現状です。それは一方で、多様な地域人材を教育に活用していくチャンスをうまく使えていないことにもなります。そこで地域の多様な人材が教育に参画できるように橋渡しをする必要があります。
 その際に大学のもっている社会的信用力を活かし、子ども支援に関わる学びに対して何らかの認証をすることで、教育に関する学びを共有し、多様な方が教育に関われるようにすること、さらには、教師を目指す学生や広い意味での教養教育にも役立つ、学びのベースになるような体験をしてもらうことなどが可能であるようにも、と考えました。それで「教育支援人材」という新しいカテゴリーの創出と、人材養成と活用のための新しいシステムを6大学でつくろうとしてきたのです。
 認証のシステムは、大学の公開講座のように一方向のベクトルで展開していくのではなくて、教育現場や行政のさまざまな方に、企画から参加していただき、カリキュラムをいっしょに開発したり、学びの内容を皆で決めていくものにしました。


《教育支援人材認証協会》

【学長】いろいろな認証の種類の開発もこの事業の中でやってこられましたが、それが今年の教育支援人材認証協会の設立につながったのですね。

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【松田】3年間は助成があったのですが、助成終了後も活動を続けていくために、大学の外に組織をつくることを考えました。そのため2009年に「こども未来プロジェクト」とも関連づけ、こうした研究・開発活動を社会で実践的な事業として展開するためのNPO組織を法人として立ち上げました。大学名を冠したNPOは全国で初めてのことでして、当時文科省からもずいぶん注文が来ましたが、「東京学芸大こども未来研究所」と名付けられました。

【学長】事業を展開していく中で、大学から少し独立した組織が必要だという発想が生まれたのですか?

【松田】大きかったのは持続可能性の問題ですね。事業の持続可能性を担保するためには事業費を安定的に獲得する必要があり、認証というものに収益性を少しもたせて展開していく必要がある。そのためには別法人がどうしても必要になりますが、内容は学芸大学本来の業務と近いものですから、大学がいっしょになって協力できる形でつくろうとしました。

【学長】今、学校は学校だけでは回らなくなっているという認識を共有している人たちがたくさんいます。一方で地域にも学校のことをお手伝いしたいと思っている人がたくさんいます。両方いるのだけど、二つがなかなか結びつかない。そこでこういった認証制度をつくることによって、両者をつないであげるという考え方には、たいへん説得力がありました。それもかけ声だけではなくて、仕組みとしてつくり上げられた点に共感しています。私は学芸大学を教育の総合大学と言っていますが、そうした方向に合致した仕組みだと思いますので、引き続き応援したいと思います。
 この認証協会は6月30日に認可されます。私も理事長を務めることになりましたが、8月にキックオフのイベントをされるのですね。

DSC_5797.jpg【松田】8月6日の土曜日に、設立総会と記念シンポジウムを予定しています。場所は宇宙飛行士の毛利さんが館長をなさっている、お台場にある日本科学未来館です。

【学長】今までのお話を聞いていると、松田さんはネットワーカーなんだなと思います。私も女性たちを中心とする活動をいろいろしてきたので、ネットワークというものが重要だと思っています。たぶんそれで波長があったのだろうと思います。
 産学連携でさらに新しい展開をお考えだとお聞きしましたけど、それについてもご紹介いただけますか。

【松田】地域の一要素としての企業も学校や学校外教育を支援したい、そういう想いが非常に強いことがわかってきました。また学校側もキャリア教育を含めて外部支援を必要としています。この二つをつなげるということがひとつの大きな課題なんだなというのがあります。具体的には株式会社凸版印刷やジブラルタル生命などの企業との共同研究が始まっていたり、これから始まろうとしているのですが、企業内での活動とか、企業としてもっている技術とか、企業理念だとかを、教育プログラムを通して子どもたちに伝えたいと企業は思ってます。そういうプログラムを学校の教育課程や活動にうまくマッチさせる形で開発し、それを教えるトレーニングとして、認証協会での学びを受けた企業の方が、学校の先生と連携して学校に出向き子どもたちに伝えていく。そういった活動のプラットホームづくりや仕組みづくりを考えています。

【学長】それが「こども未来クラブ」なんですね。認証協会にもいろいろな企業が関心をもっているようですし、これからも新しいアイディアが生まれてくるような気がします。
 最初にご紹介しましたけれど、松田さんは文部科学省生涯学習政策局の仕事も兼務されていて、文部科学省もこの認証制度をかなり積極的に支援してくださっていますよね。調査官のお仕事はこうしたことと関係していますか?

【松田】調査官になった当時、文部科学省では「放課後子ども教室」という地域の子どもたちの居場所を学校とは別に地域の人々でつくっていこうとする施策を展開し始めたところでした。ところがこのときの課題として、活動に関わる人材の確保という問題がありました。ちょうどそのときに、先ほどのような教育支援人材育成の話を持ち込みましたので、本来は専門ではありませんが、文科省の方から一緒に仕事を手伝ってもらえないかとお話をいただきました。「新しい公共」といった政策理念の中で、家庭教育や社会教育と学校教育との連携における、人材育成の観点での関連業務に主に取組んでいるという感じです。


《大震災に対する支援活動と教育》

【学長】文部科学省とのご縁もありますし、ご自身の関心もあって、今回の東日本大震災に際しては、かなり早くに文科省の方たちと一緒に現地に入られていました。松田さんご自身は阪神淡路大震災を身をもって経験されているのですよね?

DSC_5814.jpg【松田】阪神淡路大震災のときに勤めていたのは、西宮市にある大手前女子大学です。学校の本棟や学生寮が崩れてしまい、自宅も被災したのですが、大学の体育館が避難所になっていまして、震災当日から1週間そのまま寝泊まりをして、お世話をする経験をしました。

【学長】今回の大震災では、4月のあと、最近ももう一度現地に行ってらっしゃいますが、そうした経験のなかで、何を見られたのか、それをどのようにこれまでの活動とつなげようとされているのか、話してくださいますか。

【松田】文科省では、生涯学習政策局が被災者支援の窓口になったということもありまして、4月にちょっと駆け足だったんですが、岩手と宮城と福島の現地に入りました。当時思ったことのひとつですが、とにかく行政組織が壊滅しているんですね。その中でNPO、市民団体の方が行政組織に代わる働きをなさっていて、結局のところ、人のつながりが緊急事態を支えていました。被災された方に寄り添う中で必要なものをキャッチアップしていく、そういった関わり方が重要なのではないかといったようなことも強く思いました。

【学長】4月に帰られてからすぐご報告をいただきましたが、いろいろ参考になりました。学芸大でも、震災後すぐ学生が学長宛の「意見箱」に、教育のボランティアをしたいと言ってきました。学芸大の学生はまずは東京に避難している小中高校生の学習支援のボランティアから始めており、7月からはそれを宮城県でしようという話になっています。こうしたことを考えていたので、震災直後の状況をお聞かせいただいたのが、役立ちました。松田さんのほうでは、さらに今度は、会津若松で何かやるというお話ですね?DSC_5806.jpg

【松田】被災から3ヶ月近くなりますけれど、支援の内容が緊急時の命をつなげる支援から、生活支援に変わりました。その中で、子どもたちの問題が大きくクローズアップされています。学びだとか遊びだとか、子ども本来の生活が保証されていないですね。そこで学生がボランティアとして入って行って、子どもの学びや遊びをサポートしていくということが求められています。被災地の大学生も動いているのですが、県外から学生が行くことで、被災地の学生と交流しつつ、新しい活力を見出せるのではないかと、文科省やさまざまな団体とも相談をしています。
 それで文科省の支援を受けながら、学芸大学と学芸大NPO、それに地域の教育委員会、さらには国立青少年交流の家をつないで、県外の学生がベースキャンプとして交流の家を利用し、そこから原発から避難されていらっしゃる方々のところにボランティアに行ってもらうという仕組みを、モデル的に6月11日から3週間限定で始めています。

【学長】参加した学生さんたちは帰ってきましたか?

【松田】第一陣は帰ってきました。帰りのバスの中で、全員大泣きをしたらしく、やり遂げた気持ちと、現地で出会ったさまざまな出来事とかに感極まったようです。
 ある学生の言葉ですごく印象に残ったのが、支援されることへの重たさを被災者の方々が感じられていることです。学生がお母さんに、明日どのようなおもちゃをもってきましょうか、と尋ねたらしいんですよ。そしたらお母さんが、私たちはいつまでそんなふうにおもちゃをもらってていいのでしょうかと、言ったといいます。それを聞いて学生も唖然としたらしく、そういう反応を予想していなかったみたいですね。そのときに初めて現地にいらっしゃる方の、ものの見方とか、感じ方に本当に触れたみたいで、そこには自分たちとは違う環境があると実感したようです。それで「どうしよう」と非常に心が動いたという話をしてくれました。

《大震災に学ぶこと》

【学長】実はそれが学生たちにとっても、すごく学びになっているのですね。私はそういう意味では、これほど広域だった震災について、これから学校の先生になっていく本学の学生たちは、なるべく経験させてもらったほうがよいのではないかと思っています。被災地の方に負担をかけてはならないけれど、何かそういうように学ばせていただくことが大事ではないかと思います。

【松田】被災地に見学に行くだけでは意味がないというご意見もありますが、ただ私が現地で感じている範囲では、被災されている方々はその状況をいろいろな人と共有することで、癒されるところもあるという感じです。つまり、いっしょに見てくれるだけでもうれしい、という感じです。教師になるような学芸大の学生たちが、その出来事を共に感じて、それを心の中に埋め込んでおくということは、大事なことだと思います。01.jpg
 また支援された子どもたちには、支援に来ていたお兄ちゃんお姉ちゃんたちが本当にきらきらと輝いて見えて、自分もああいう人たちになりたい、と思うことがあるようです。実際に中越地震のときに、福島大学から来たボランティアの学生にそうしたことを感じて、福島大学に入学してきた学生がいます。ですから、被災地の方にとっては学芸大の学生は希望のモデルにもなりうるので、そういう元気を付けてあげるということも大切ではないかと思います。

【学長】私も先週、宮城教育大学をお見舞いにお訪ねしたときに、仙台市内を見てきました。震災のほんの一端しか見ていないわけですが、どこかで関わっていくことが重要ではないかと思っています。大学としても教育系の大学は何ができるのか、何をすべきなのかを考えるべきだろうと思って、学長のもとに教育復興支援ワーキンググループをつくりました。学校教育の中で、3.11をどのように教えていくのかを考えることは、避けて通れないと思います。これから全学に呼びかけて、研究をやっていただける方を募集しようとしているところです。そういう意味で、これまでのお話ですでに出ているところもありますが、大震災後の教育について、何かお考えがあったらヒントをいただけますか。

【松田】教育というのは、何かしら未来というものを形づくっていく営みという側面が必ずあると思っています。3.11というのは3.10に戻せないし、原発のことにしても、ゼロになることはありません。そういう意味ではこのできごとを抱えての「未来」でしかない。それを、どうやっていくのか、すごくタフな思考が必要ですが、だからこそそれを乗り越えていく新しい可能性は教育から拓かれるのではないかと思うんですよね。
 教育にたずさわる人自身が、これまでの既存のものをベースに考えるのではなくて、むしろいろいろな人とつながりながら、さまざまなネットワークの信頼をベースにして、タフに思考する。そして復旧ではなく復興と言うか、新しく日本の国というものを作り替えていく、そういうエネルギーをもつ必要があるのだろうなと、ちょっと大げさに言ってしまうとそう考えています。
 そういうことがどうしたら可能になるのか。それはさまざまな意味で、外部との接触と言うか、体験と言うか、他者との関係性と言うか、出会いですね、そうしたものを抜きにしては成立しないんじゃないかと思っています。みんなが、積極的に「自」の世界から飛び出していく。そういうことで言うと、学芸大の学生とか、大学の研究とかも内向けではなくて、開かれた形で積極的に外部に働きかけて動いていく、あるいは表現していく、そういうことがより一層必要ではないかと思います。


《これからの教育と学芸大》

【学長】まさにこれまでやってこられたことの出番みたいなところですね。先ほどの教育支援人材のお話でも、ニーズと支援のマッチングを誰かがお手伝いするとうまくいく、というお話がありました。マッチングというのは、たいへんなエネルギーを使うものですが、どこかが機能しなければいけないことです。
 それから出会いとか、つながりを考えるときに、当事者が主体的に関与していけるような社会をつくることが大事だと思います。一人ひとりがコミットした社会づくりですね。これからの時代を自分たちでつくっていく人材を育てなければならない。

【松田】先生もぼくも社会学という共通点があるので、視点と対象を意識することが多いような気がします。つまり、あるものの見方があるから、そう見える現実がある、見方を変えちゃったら全然違うものが見えてくる。つなぐというのは、こんないろいろな視点のありかに気づき、お互いの立場を理解しあうようなことだとも思います。そういう意味では、さまざまなものの見方や考え方があるということを、もっと実感してほしいです。その中でこそ、主体性の立ち位置が見えてくるように思います。この意味では,多様さというものを、どう受けとめられるのかということも、あらためてぜひ皆でちょっと考えていきたいなと思います。

【学長】多様性の尊重というのは、言葉としては簡単に使いますけれど、本当に尊重するということは、けっこうしんどいし、たいへんなことですよね。自分がその場に置かれたら、やはり相手を否定したくなってしまうかもしれないけれど、その中でいかに多様性を尊重していくのかが重要なんだと思います。
 最後に、東京学芸大学そのものや学生に、もっとこうあってほしいというような期待などがありましたらお話ししていただけますか。

DSC_5833.jpg【松田】学長がうちの大学は教育の総合大学だとおっしゃいましたが、あれはぼくも大変共感できますし、心を打つところがありました。教育という問題に関して、さまざまなレベルで総合性をもっているのが、学芸大学の特徴だと思います。このとき、横の広がりの総合性もありますけれど、縦のと言いますか,研究や教育の性質についての総合性もこの大学はもちうると思っています。世俗から離れた純粋な「学問」という意味での研究も大事ですし、一方では社会とつながる「実践」という意味での研究、あるいは活動も大事な気がします。そういうバランスに配慮するといった積極的なスタンスが大学にあればよいなとも思います。そういう点で、社会とのつながりにおいては「実践」という世界が「縦割り」にはならないところがあるので、別な世界の楽しみごととして、先生方がもっともっと気軽に連携し参加していただいて、社会との接点が楽しい形でみなさんに生まれればいいのになと思ったりもします。もっとも、時間がないというのが一方ではあるんですけど。
 学生に関しては、ものすごく能力が高いと思いますが、自分から積極的に自分のテリトリーの外にある人に働きかけたり、支えていく経験が十分ではない気がします。支えられて育ってきた、そういう経験がおおきいのかなぁという感じです。そのあたりのたくましさを育てていったり、あるいは自分から育んでいけるような、4年間のあり方というのが、大事かなと感じます。研究のセンスみたいなものも、このあたりがないと出てこない気もしますので。

【学長】4年間というのは、経験しようと思えばいろいろと経験できますし、育つこともできます。学生には大きく伸びてほしいし、伸ばしたいと思います。「こども未来プロジェクト」は、大学で動いている活動の中でいちばんと言って良いくらいに先生たちが楽しそうに、いきいきとされていらっしゃいますよね。その中に学生たちを巻き込んで、学生がもっとたくましくなるような経験をしてほしい、もっているものを伸ばすような経験をしてほしいと思います。
 きょうはありがとうございました。



〔対談日:2011年6月21日〕

松田 恵示さん(健康・スポーツ科学講座教授)

学芸大こども未来プロジェクト

教育支援人材認証協会

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