小西公大 先生
Vol.1
人文社会科学系 人文科学講座 地域研究分野

先生の専門について教えてください。

文化/社会人類学です。フィールドワークという調査を通じて、多様な人々がどうつながって、そのつながりがどんな形で維持されているのか、包摂と排除はいかに起きるのかといった、人間社会を支える根本的なメカニズムを解明しようと努めています。 私の場合は、インド北西部パキスタン国境付近のタール沙漠で生活する、トライブと呼ばれる部族民について研究しています。カースト社会からも外れた周辺的な、日本でいう少数民族のような人々です。彼らと生活や活動を共にすることで、インド社会における人々の営みや、彼らが関係性を維持していく仕組みを調査し続けてきました。かれこれ20年以上インドへ通い続けていて、最長で2年間も、電気も水道もガスもない沙漠の中で過ごしたことがあります。

タール沙漠を縦断する長距離バス
タール沙漠を縦断する長距離バスが出発する。中が混めば、上に登ればいい。

なぜインドという国を選ばれたのですか?

大学に入った当初は民俗学に興味を持っていました。これまでの日本では特別「伝統」文化のようなものは尊重されてきたけれども、私たちが生きている一般的な社会の在り方や生活の知恵のような広い意味での文化は、近代化の中で置き去りにされてきた。そういった、これまでに切り捨てられてきた日本の基層文化について学ぶ必要性を入学当初は強く感じていました。しかし、大学の教授に相談してみたら、「日本を勉強するなら世界を知れ」「日本と世界とを相対化できるような視点を持つべきだ」「第三世界に飛び出してまずは自分の価値観ぶち壊してこい」と言われました。なるほどなあ、と思ったものです。

教授の言葉を受け止めて、「自分にとって一番自分をぶち壊してくれそうな文化・他者とはなにか」について考えたとき、最初に思いついたのがインドでした。インド人が一番わかりあえなさそうだ、と思ったので(笑)。それで、大学一年生の夏に日本を飛び出し、40日間かけてインドを一周して、以来ずっとインドに関心を持ち続けています。あのときインドに行っていなければ、今の人生はなかったと思います。

最初のインドでの旅はどのようなものでしたか。

 大学1年生の時のインドでの旅でもっとも貴重な経験だったのは、ジャイサルメールという沙漠のオアシス都市でのことです。そこで一人のトライブの青年と出会いました。出会ったとき、彼はうずくまって泣いていました。

 彼はトライブ(部族民)の家族の長男として家族を支えなくてはいけない中で、一人で観光業をやっていこうと、城塞の上に店を構えて孤軍奮闘していました。カースト上位の人々から蔑まれ、言葉だけでなく暴力を振るわれ、毎日がつらくて辛くて仕方がなくて、泣いていた。毎日通って話を聞いていると、いったん店を畳んで村へ帰るというので、私は一緒について行きました。

 彼の家族はお年寄りも小さい子も含めて12 人もいて、明日食べるものにも困るほどの極貧 生活を送っていました。

 私は彼との交流を通じて、トライブという存在そのものを知ったし、カーストの差異による実際の抑圧の在り様を思い知りました。この貧困や抑圧をどう解決すべきかという問題や、トライブのように社会から排除された人々はどのように助け合いの関係性を築いているのか、どういったネットワークを使って生活を切り盛りしているのか、そういった課題に強い興味を抱きました。

生活と調査のために購入したラクダ
生活と調査のために購入したラクダ。使い(乗り)こなすまでには大変な時間がかかった。

タール沙漠での調査はどのように行われてきたのですか。

 トライブは沙漠のなかに点々と散らばっているので、そのネットワーク社会を調査するためには私自身が沙漠中を歩き回らなくてはいけませんでした。最初のうちは歩いて調査していましたが、それだと移動だけで次の調査地まで2~3日かかってしまいます。さすがに大変だったので、ラクダ市へ行って9歳のかわいい雌ラクダを買ってからは、調査がはかどるようになりました。ラクダは朝の水汲みから移動手段、調査の機材運びなど、大変重宝しました。ずいぶん後にはバイクを買ってしまったのですが(笑)。

インドでの経験によってご自身に変わったことはありますか?

 人間関係の作り方が根本的に変わったと思います。大学生の頃は自分自身のことでいっぱいだし、自分を他者にうまく表現できず、誰かと関係を築くために一歩踏み込むことが苦手で、悩んでいました。そんなウジウジした自分を変えたくて、無我夢中でインドへ行ったという側面もありました。でも、インドに行ってからはもっとストレートにぶつかればいい、それで拒絶されたら仕方がないと思えるようになりました。インドの方々はとてもストレートなので。今では「もっと包み隠さず腹を割って話そう」と自身から働きかけることの大切さを知っています。

部族ビールの少女
調査地であるタール沙漠に散らばって生活する部族ビールの少女。自分にとって妹のような存在。

学芸大学ではどのようなことを教えられていますか。

 学芸大学では、平成27年度からE類「多文化共生教育コース」が新設されました。多文化状況におけるコミュニケーションの在り方を理解し、かつ関係構築の技術を習得している人材が学校教育の場には絶対必要ですし、広く社会でもますます必要とされることは間違いありません。

 世界のいろんなことに興味がある人や、英語を中心とした多様な言語を使って世界に羽ばたきたい学生が、言葉を学びながらも「他者を理解すること」「他者との関係を築くこと」という基本的なスタンスをちゃんと学べる場を作りたいと日々頑張っています。

取材/粟屋 悠香、竹花 春香(本文中の写真は小西先生からのご提供です)

小西公大 先生

Profile

小西公大 先生

1975年生まれ、千葉県出身。博士(社会人類学)。東大、東京外大での研究員を経て、2015年度より現職(東京学芸大学 E類多文化共生教育コース准教授)。現在は社会人類学的な知見を基盤として、音楽・芸能やフォトグラフィーの持つ力を用いた社会的ネットワークの構築や地域開発の可能性に関する研究と実践に勤しんでいる。フィールドもインドとともに東京や佐渡島に広がっている。主な著作はJaisalmer: Life and Culture of the Indian Desert, D.K. Printworld(共著