中西史 先生
Vol.2
自然科学系 基礎自然科学講座 理科教育学分野

先生の専門について教えてください。

 もともとは植物生理学です。

 子どもの頃から生き物が好きでいろんな生き物を見たり、育てたりしていました。その中で「あんなちっちゃいスズメが季節を知って巣をつくり、子育てをちゃんとできるのはどうしてか。花はなぜ時期や時間で一斉にひらくのか。」と不思議に思っていました。他にも、植物を育てていると虫に食われたり病気になったりして枯れちゃったのかな? と思っていると、水をやったらまた芽を出すようなたくましさに驚いていました。そういった身近な自然に目を向け、当たり前のように思われる「なんでだろう?」を突き詰めたいという想いがありました。

 そんな中で、進路選択について考えていた時、ちょうど有吉佐和子さんの『複合汚染』という本に出会いました。人間のあらゆる活動が複合して、自然界の動植物や微生物に大きく影響するのだということを告発する、ノンフィクションのような小説です。

 さまざまな生き物が相互に関わるシステムや現象、それぞれのやり方で生き物が生きていると知ることで、知った人の考え方や行動が変わる。そういった流れに自分も関われないかと、この道に進むことに決めました。植物を研究対象に選んだ当時は、私自身、植物は「動けなくてかわいそう」というイメージをもっていましたが,研究にたずさわる中で「動かなくても生きていける、そういう術をもっているんだ」と考えるようになりました。

理科教育に携わることになったきっかけを教えてください。

 学芸大に来たときには、生命科学分野に所属し、単純に「生物の生きるしくみの面白さ、巧みさについて、これから先生になる学生さんに伝えることができる、それを更に子ども達に伝えていってもらえる」と考えていました。しかし、小学校理科に関する授業で「私は主要4教科の中で、自分がいちばん楽しんで授業を聞いたのは理科だった。自分の専攻は理科以外だけれど、第二専攻として理科は得意教科にしたい。理科専科の先生がいても、自分のクラスの理科は自分で教えて子どもと楽しみたい」という学生の発言がありました。正直、その「こころざし」の高さに感動し、その気持ちに何とか応えなくては、と小学校理科について改めて勉強をはじめました。他にも、沖縄出身の学生から、(沖縄では12 月には咲くのに)「小学生の頃、理科の先生から教科書通り『桜は4月に咲く』と教わったことが子ども心に納得いかなかった」という話をされたことも印象に残っています。「沖縄という地域そのものが、自然や国土の特色に興味を持てる教材として活用できるのに」ともったいなく思いました。また、教員研修で同じ研修を何度も受けて下さり、「昨年の研修を参考に、こんなことをした。もっとこんなことをしたい」と話して下さる先生もいらっしゃいました。その後、理科教育学分野に所属し、今は教員・学生のなまの声を聞くことを通じて、理科教育への興味関心・ニーズに応えていきたい、と思っています。

 授業で、これから先生になる人と話したり議論をしたりすることで、生き物そのものについて考える上でも良い刺激を受けています。

先生が取り組まれているメダカの安定飼育プロジェクトについて教えてください。

 小学校5年生の「メダカの誕生」の単元では、メダカを飼育しながら繁殖行動や受精卵からの発生の様子を観察します。しかし、メダカの飼育がなかなかうまくいかないことに悩んでいる教員がたくさんいます。飼育途中で死んでしまうだけではなく、充分な数の卵が確保できないこともしばしばあるようです。

生き物を飼うのが苦手な学生・先生はいます。もちろん飼う側の知識が不足している場合もありますが、ヒメダカの場合は流通システムに課題があるのも事実です。ヒメダカは学校へ出荷される時期の都合上、産卵し続けた疲れや気温の高さによるストレスで弱った状態で出荷されることが多くあります。また、ヒメダカは大型観賞魚の餌として需要があるため、弱った状態でも構わないとされていることもあるようです。

 先生方がきちんと準備をして、それでも全滅することもあります。先生方が「どうして死んでしまうんだろう」とショックを受けているのを見て、安定した飼育へ向けた取り組みが必要であると感じて本学の理科教員高度支援センターで研修を行っていました。メダカ飼育はコツさえつかめばさほど難しくありません。そんななかで、附属大泉小学校の先生方から「現職の忙しい先生方にとってのハードルをできるだけ低く、時間と手間をかけずに取り組める環境をつくりたい」という提案があり、プロジェクトを立ち上げました。今は、ホームボックスのような大型容器や、秋から春にかけての使用していないプールを活用したメダカの飼育方法の開発や、東京都の小学校の先生方へのアンケート調査などを行っています。

メダカの誕生の単元は、「体ってこういう風にできるんだ」と発生の基礎を学べるまたとない機会です。なんにも形のなかったところから体がだんだんできてきて、目ができて血液が流れだして心臓が動き出す、その過程で子どもは命というものを実感していくことでしょう。生命の連続性というテーマを通じて、理科だけに留まらない学習につなげていけたらと思います。

先生のご自宅にはどんな生き物がいますか?

 植物だと、数年前に数えたときで110個ぐらいの鉢がありました。モミジ、ケヤキの寄せ植え、サンショウ、ウメ、アサガオなどがあります。園芸用よりは山野草が好きです。動物だとクロオオアリ数匹とギリシャリクガメ。あとヒメダカやコリドラスとなどの魚や、近くの用水路で捕まえたグッピーも。用水路を歩いていた時にたまたま斑のある珍しいメダカだと思って捕まえたらグッピーでした。最近では東京にも野生のグッピーもいるみたいです。季節によっては幼虫を捕まえて、ナミアゲハやアオスジアゲハの成長過程を観察しています。縁があったらなんでも飼いますね。

これからの目標は?

 これまで、子どもの生き方や考え方に影響を与えるような教材やカリキュラムの開発をおこなってきましたが、今後は、それらを続けるとともに、普及に力を入れたいと考えています。生きるということをより広い視野で捉えることができるような、子どもたちに伝わる形にすることで、私が進路選択の際に考えたことに近いことができるのだと思っています。 自分が植物生理学の研究でおこなっている植物の生体防御や「いかに効率よく子孫を残すか」というテーマについては、学校教育ではあまり扱われていませんが、そういったものも、学校でもっと扱えるような仕組みも考えたいと思っています。「子孫を残すため、自分を守るためにこんなに頑張ってるぞ」「面白い仕組みを持ってるぞ」という生き物の魅力を伝えていきたいです。

取材/丹野、三島

中西史 先生

Profile

中西史 先生

高知県吾川郡いの町出身.土佐高等学校,筑波大学生物学類・修士課程環境科学研究科・博士課程生物科学研究科で学び,同大学文部技官(生命科学系担当),ヒューマンサイエンス振興財団非常勤職員(厚生労働省医薬品食品衛生研究所薬用植物試験場勤務)を経て東京学芸大学へ.趣味は生き物を観ること育てることと手芸.