犬塚美輪 先生
Vol.4
総合教育科学系 教育心理学講座 学校心理学分野

犬塚先生の専門について詳しく教えてください。

 専門は心理学です。と言っても,心理学には色々あるんですけど、その中の教育心理学と認知心理学ですね。教育心理学は結構いろいろな種類の研究テーマを含んでいるんですが、その中でも特に私自身が興味を持ってやっていることは、「文章を理解することについての心理学」ですね。みんなほら、教科書とか読むでしょ?その時、別に分からない字がある訳でもないし、凄く難しい単語がある訳でもないのに「分かった?」と聞かれると「うーん」となることありませんか? あの「うーん」となるのはどうしてなのか、とか「なるほど!わかった!」となるためには、どうしたらいいのかな、ということを調査したり、実験したりして調べています。だから、短く言うと、専門は教育心理学、認知心理学、もう少し詳しく言うなら「文章理解のプロセス」と「指導方法の開発」が専門ということになります。

心理学に興味を持ったきっかけは何ですか?

 最初は、臨床心理学のイメージで、心理学を勉強したら私でもなにか役に立つことができるかもしれないという凄く安易な気持ちでした。でも勉強してみるとなんかちょっと違うなあと思っていました。その時に「認知カウンセリング」という活動をしていた先生がいらして、その先生のところで認知心理学や教育心理学の勉強をしました。「認知カウンセリング」は勉強が分からないという相手に、心理学の知識を活かした「カウンセリング」をして、相手が自分の力でその問題を解決ができるようにサポートしていく、という活動なんですけど、これがやってみると意外と面白くて...。自分の知っていることを活かして、誰かをサポートすることが教育心理学を通して出来るなぁと思ったんです。それで、こういうことをやってみたいなとか、これは面白いな...という感じでなんとなく流されて行くうちに、段々と今の研究に進んできたという感じですね。だから、こういう本を読んでとか、こんな素敵な人に巡り合って進路を決めました、というようなドラマチックなことは私にはあまり起こらなかったです(笑)

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心理学を学んでいて良かったことは何ですか?

 子どもの「賢さ」を見出して感動できるということは、心理学を勉強した人ならでは、なのかなと思います。下の娘が大雑把な性格なんですけど、その雑で乱暴な子が漢字ドリルを頑張って、自分で「100点!」とか,可愛いイラストを描いて「がんばった!」「すごい!」なんて書いたりしてるんです。これは、心理学者の視点から見ると、自分で自分のやる気を維持したり高めたりしようとする非常に優れた戦略を取っているということなんですね。我が子ながら賢いねぇーと感動しましたね(笑)小さいことなんですが、そういう小さい「できた」とか「がんばり」を見逃さないでいられるのは、私にとっての心理学を勉強した個人的な成果じゃないかな、と思うんです。子育てに限らず、私は人と接することに関してあまりセンスがある方ではないと思うんですが、理屈とか知識に助けられて、「ああそういうことかな」「こんな可能性はないかな」と理解しやすくなっているのではないかと思います。そういう意味で、心理学を学んだことが私自身の生活に凄い役に立っていますね。

東京学芸大生に求めること、知っていてほしいことなどありますか?

 教育を学ぶ人に身につけてほしいことは、色んな子がいる、自分とは違う考え方をする子がいるんだ、という知識と考え方です。自分以外の人のことはちょっと想像しただけでは分からないことがたくさんあると思うんですよね。実際に経験したり勉強してみないと、やっぱりわからない、想像の及ばないところがたくさんあるんです。心理学の言い方をしますと、人は自分の知っていることや、イメージ、自分にとっての常識に当てはまるものを見るようにできているんです。自分の持っている「世界」を維持しようとするように、頭と心が働いてしまうんですね。だから自分の持っているイメージや常識といった「枠組み」に合わない子どもを見たときに、その子をちゃんと見ることができない、ということが起こります。自分のイメージや常識に合うようにその子の在り方をゆがめてみたり、そもそも気づかなかったり。だからまずは、枠組みを広げて、色々な子どもがいるということを理解するというのが凄く大切だと考えています。そのためには、まず知識をたくさん持つこと。だから、学校の先生になろうっていう人には、まずはたくさん大学で知識を身に着けてほしい、勉強したことを使って自分の持っている「世界」、考える枠組をできるだけ広げてほしいと思っています。

趣味や癒しはありますか?

 30歳過ぎてから地域のサークルで日本舞踊を習い始めたんです。40歳過ぎてますけど、振袖を着て舞台に立つのはすごく楽しいですね。サークルの一番先輩は90歳なんですが、その方の年まで頑張りたいと思っています。癒しは...ちょっと違うかもしれないんですけど、凄い疲れた時にゾンビを見るのが好きなんです。これね「あー分かる」と言う人と、「何言ってんだろこの人」という顔をする人の大体2つに分かれるんです。多分、分かるって言う人は、全人口の10%ぐらいじゃないかな。なんかもう、ダメだー疲れたーとか行き詰まったって感じの時に、不条理なゾンビの世界を見ると、心が落ち着きます(笑)スッキリっていうか、逆説的なんですけど癒されるというか。人ではないものと戦うみたいな、映画とかドラマとかを見るのが好き、と言えるかもしれません。でも、みなさんに引かれると困るから「映画を観たりするのが好きで、癒されます」ということでどうでしょう(笑)

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おすすめの本などありますか?

 おすすめしたい本はたくさんありますが、広く教育を学ぶ皆さんに、ということで考えると、まずは、子育てについての本で、ハリスという人が書いた「子育ての大誤解 子どもの性格を決定するのは何か」です。子どもの性格形成についてのイメージが変わるんじゃないかと思います。あと、大学生には「クリティカルシンキング」についての本もぜひ読んでほしいです。中でもまず読んでみるといいなと思うのは、「クリティカル進化論」という本です。古いので今売っているか分からないんですけど、4コマ漫画を題材に、日常的な「クリティカルシンキング」を考えようという本で、笑いながら「クリティカルに考えるというのはどういうことか」が学べます。心理学の本に限らず、いろいろな本を読んで、ぜひ自分の世界を広げていってほしいですね。

取材/丹野里沙子、水島幸恵

犬塚美輪 先生

Profile

犬塚美輪 先生

東京都出身。都立戸山高校、東京大学教育学部・東京大学大学院教育学研究科で教育心理学を学び、日本学術振興会特別研究員(PD)、東京大学先端研研究院、大正大学を経て東京学芸大学へ。研究テーマは、読み書きの心理プロセスと指導法開発。現在は、紙に印刷された文章を正しく理解することを超えて、インターネットなど様々な媒体の真偽が不確かな情報をどのように「読む」か、に興味をもって研究を進めている。主な著書「論理的読み書きの理論と実践」(北大路書房)