映画は好きですか?

私は映画通というほどではありませんが、大好きです。今でこそ映画館に足をはこぶ機会は減ったものの、大学生の頃はハリウッドの大作からヨーロッパの小品まで、あり余る時間と限られた小遣い費やしたものです。

時を経て、ここで縁あって学生さんのいろんな相談にのっていると、あの頃の自分が甦ります。時には、映画達のスイッチが入ります。そこで、最近、再生頻度の多い一作品をご紹介します。家族や友人の中で悩み、目前に迫られた社会への自立に焦る…真面目でぶきっちょな、そんな学生さん達に。ちょっと力を抜いて映画を楽しんでみませんか?

「ギルバート・グレイプ」(原題‥What’s eating GILBERT GRAPE

物語の舞台は、アイオワ州の退屈な田舎町。主人公のギルバート・グレイプ(ジョニー・ディップ)は、家族思いの優しい青年。もう恋人がいてもおかしくない年齢なのに、知的障害の18歳の弟アーニー(レオナルド・ディカプリオ)や、かつて町で一番の美人といわれたのに夫が自殺してから過食症のため動けない200Kgの母親、2人の姉妹の世話に明け暮れています。生まれて24年間、この穏やかで当たり前な生活は、あたかも「音楽のない舞台でダンスを踊るような毎日」…日々、家族を守ることに精一杯で夢や希望なんてありません。その心の縛りに気づくことすらなかったのです。そんな彼の前に、ある日、新しい風が…。旅の途中、たまたまこの町に留まることになった少女ベッキー(ジュリエット・ルイス)との出会いです。彼は転機を迎えます。彼女は優しく問いかけます。”So,what do you what to do?”,”What do you want for you?” そこから、ギルバートの心の葛藤が始まります。「本当はベッキーと一緒に町を出たい。でも、家族の面倒は誰が見る?アーニーはどうなる?」心優しいがゆえに悩むギルバート…このあと、果たして彼は自分の答えを見つけることができるのでしょうか?

最終的に、彼は彼なりの答えを見つけます。それには正解も不正解もない。「自分だったらどうするだろう?」、「彼と同じ選択をするだろうか?」。ギルバートの勇気が強く心に響きました。また、アイデンティティの確立という大きなテーマに向き合う準備のできていなかった20歳の私には、とても新鮮でした。そう、人生にはいくつかの転機が訪れるといいますが、私にとっては、きっとこの作品との出会いが一つの転機になったのでしょう。しかし、大学生の当時にはまだ理解できない部分もあり、今、あの時よりも少し大人になった眼で見直すと、ギルバートの心がより近くに見えてくる気がします。ほんの少し成長したのかなぁ、と思います。

ちなみに、原題の”What’s eating〜?とは、「何が〜をいらいらさせるのか?」という言い回しだそうです。なかなか面白い、納得のタイトルです。

この作品は、その家族愛と自立という青年期心理へのラッセ・ハルストレム監督の視点はもちろんですが、すばらしい俳優さん達の若々しい演技も印象深いです。そして、作品いっぱいにひろがる詩情あふれる美しい映像が、静かに、静かに心優しく響きます。きっと見終わった後には、どこまでも広がる青い空のようにあなたをすがすがしい気持ちにさせてくれるでしょう。もしかしたら、たぶん、ここにもいるだろう現代の悩めるギルバート達に何か新しい風が吹くかもしれない…。”We can go anywhere.”

保健管理センター精神科医 柿澤真知子




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