カウンセリングへの扉


私は、カウンセラーという仕事をしてようやく10年経つが、この仕事をしてから時々、来談者の方に「先生は、私のように悩みは無いのでしょうね」というような事を言われるようになった。しかし、そんなことは無く、私も様々な悩みを抱えながら日々を生きている。ひとつの悩みが、過ぎ去れば、また新たな悩みがやってくる。季節が変わるように、いろいろと悩みも変化をしていく。

 カウンセラーになっても悩みは尽きないが、悩みとの付き合い方は変化した。日常的に様々な人から悩みを聞いていると、多くの人が悩みを持っていて、それは自然なことなのだと思えるようになってきた。だから、悩んでいる自分を、以前より受け入れられるようになってきたのだと思う。

だが、やはり悩みなど無ければ、どんなに楽だろうとも思う。適度に距離がもてる悩みならば、まだよいのだが。特に、日々の生活や仕事に影響を与えるくらいの大きな悩みだと、かなりしんどい。

心身元気な時ならば、ある程度の事は適度に対応できるのだが。例えば、体調が良くない時は、ちょっとしたハプニングが大きなストレスになる。また気が沈んでいる時に、悩む材料があれば、より深く気が沈んでしまう。悪循環である。

カウンセリングで、来談者の方に私自身のストレスや悩みの対応を尋ねられることがあるのだが。まず、日々の心身のメンテナンスに心がけていることを話す事が多い。

体のメンテナンスは有酸素運動を日々行うこと。少し汗ばむ位の運動を30分間するのが目安なのだが。歩くこと、ジョギングやスイミングなど自分が日々続けられること。心と体は一体なので、体調を保つと精神も安定する。ストレス発散にもなるし、脳の働きの活性化にもつながる。それに勉強の効率化という効果もある。良いことばかりだ。だか、それを継続するこが難しい。

私自身、スイミングを長年続けてきたが、この2年間は環境の変化でやらなくなってしまった。やらなくなると、やはり不調を感じてしまう。特にカウンセリングは座っていることが多いので、運動不足や腰痛に成りやすい。仕方がないので、今は通勤で電車の替わりに自転車で通勤している。スイミングのように、全身運動では無いので、ひと泳ぎ終えてシャワーを浴びる爽快感はないのだが、これが今の私の現実の中で可能な事なので仕方がない。

心のメンテナンスは、自分の思いや考え、悩みを話せる人を持つこと。じぶんという存在を、言葉を通して受け止めてもらうこと。基本的には、悩みとは自分でそれと向き合うことが大切だし、立ち上がっていくのも自分自身だ。だが、それではどうにもならない時もある。

運動は、自分一人でも出来るが、自分の思いを話すのは相手が必要になる。それも、誰でも良いわけではなく、自分が信頼できて、自分の気持ちを理解しようと心を開いてくれる相手だ。

しかし、遊び相手はいても、なかなか相談できる相手を見つけるのは難しい。私自身、小、中学生の時に大きな悩みがあり、相談できる人がいなくて苦しんだ。そして、高校生の時にやっと話を聞いてくれる大人が現れて、ずいぶん助けられた。悩みに対して、慰められたり、指導されるのでなく、あるがままの私の話を聞いてもらえた。こんな風に聞いてもらえること、自分の考えを尊重してもらえることが助けになるのだと実感した。

その時の経験もあって、私は現在カウンセラーとして仕事をしているのだとも思う。必要な時には、学生であれば学校のカウンセリングを利用するのも手である。ただ、そうはいっても、私自身は、大学生の時にカウンセリングを利用することが出来なかった。

悩んでいるときは、苦しさはあるのだが、何でそこまで苦しいのか、自分でさえ良く分からない。それを他人であるカウンセラーに説明して分かってもらえるのか不安があった。「心が苦しいのですが、なぜなのか自分でも良く分からないです」と、カウンセリングで言うのも変だなと考えると、何か行くこと自体が不安になり、足が遠のいてしまった。

本当に大変だった時は、心理学の教官や友人に話を聞いて頂いて、乗り越えることが出来た。いま、こうしてカウンセラーの立場でいると、あの時に気軽に行っても良かったなあと思う。

 




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