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デザインと絵本

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絵本「Carnimal」(新風舎・2005)

 絵本とグラフィックデザインの間には強い親和性が存在すると、私は考えている。それは、世界の名だたるグラフィックデザイナーたちが、本業の傍らで、自由奔放な絵本制作に着手しているからだ。
 ポール・ランド、ソール・バス、イエラ・マリ、エンツォ・マリ、オレ・エクセル、レオ・レオーニ、ディック・ブルーナ、エリック・カール、堀内誠一、和田誠など、あげればきりがない。
 ところで、なぜ彼らは「絵本」を作ろうとしたのか。
 その真意が大変気になるところである。文献等でその根拠を突き止めた訳ではないが、同じデザインにたずさわる者として、私は、そこに何か共通した大きな意義が存在すると感じている。
 もう十数年前になるが、本屋で何気なく「ブルーノ・ムナーリ」の作品集を手に取った時のこと。その名は学生の頃から耳にしていたものの、具体的にどんな作品を手がけている作家なのか、恥ずかしながら良く知らなかった。
 しばらく眺めていると「THE CIRCUS IN THE MIST」をはじめ、かつて目にしたことのある数々の絵本が紹介されていた。どの絵本も卓越したアイデアによる斬新な表現を備えていて、すっかり私はその魅力に取りつかれてしまった。
 他のデザイナーが手がけた絵本にも同質の造形的センスが確認され、あらためて絵本の世界の「多様性」に驚かされた。
 そこで、これまで抱いてきた「絵本」の概念をもう一度問い直してみようと思い、「絵本学会」へ入会。大学に着任して3年目の私は(今年で13年目となるが…)、デザイン教育と研究実践を続けていく上で、じっくり取組めるテーマを探していたところだった。
 これは良い機会だと思い、間近に迫っていた学会大会に向けて、作品発表の準備に取りかかった。こうして完成したのが、「カーニマル」という絵本である。

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絵本Carnimal(新風舎・2005)

(帯文より)

新しい発想の、新しいスタイルの、「未来のゆめ」の絵本が、現われた。
未来の星からやってきたスペースシップ。
降りてきたのはカーニマル。ヒトか動物かクルマか分からない、
フシギで、カッコイイ、カーニマルたち。
いろんなカーニマルがいる。名前をつけてやりたくなる。
あ、パレードがはじまった。あれれ、パレードが行くのは、フシギのくにみたいだ。
フシギのくにの、森や林や町や海。フシギの國の昼と夜。
水に潜ったり空を飛んだり、遊びランドで遊んだり、
じかんをわすれて、いつまでも。みんなではしろう、カーニマル。
楽しい楽しいカーニマル。

佐野 寛(メディア評論家)

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絵本「Carnimal」(新風舎・2005)

 発表当時の「カーニマル」は、言葉がひとつもない、いわゆる「文字なし絵本」だった。読者が絵を眺めながら、自由に物語を創作してもらおうと考えたからである。ところが発表後、多くの会員の方から「言葉が欲しいね」との意見が寄せられた。それは、おそらく次のような解釈が成り立つ。
 「絵本本来の物語性に欠け、このままではイラストレーションの作品集に過ぎないと」
 「本格的な絵本制作は、初めてなので…」との言い訳が頭をよぎる中、なぜ制作意図が伝わらなかったのだろうか、と自問していた。すると、ある会員が、「あなたの絵からは音楽が聞こえてきそうですね」と声をかけてくれた。
 私はその言葉を聞いてはっとした。
 「そうか。断片的にせよ、人は思い思いに絵の印象からイメージを膨らませているんだ。だから、その手がかりとなる言葉を用意すれば、より多くの人たちが、絵に潜む物語性に近づいてくれるのでは?」
 当たり前と言えば当たり前だが、絵本における「ことば」の重要性に気づかされたのだ。
 場面ごとに簡潔な言葉を補えば、読者はそれに触発されて絵をより深く読み取ろうとするに違いない。つまり、絵本における「ことば」の役割は、小説における「挿絵」のごとく、「絵」の世界観へと導く「挿ことば」として機能するのである。
 読者を絵本の世界へと引き込むためには、「絵」と「絵」をつなぐ補助線として、物語を方向づける「ことばの力」が重要だといえる。今回の制作は、絵本における「絵」と「ことば」のバランスについて、いろいろと考えを巡らせる良い機会となった。
 後日、今回の反省を活かし、苦戦しながらも「カーニマル」にオノマトペを駆使した「ことば」を加えた。その甲斐あってか、新生「カーニマル」は、二つの絵本コンペティションで受賞し、嬉しいことに出版されることになった。
 「グラフィックデザイン」は、視覚情報伝達による合目的的なコミュニケーション活動である。したがって、優れたデザインを創造するために、感性豊かな「視覚言語」が必須となる。
 こうした観点を踏まえながら、あらためて「絵本」に触れてみると、「いかに絵本は人を魅了する視覚言語に満ちているか」気づかされる。
 冒頭で述べた絵本とグラフィックデザインとの親和性は、このあたりにその理由が潜んでいるようだ。
 多くのデザイナーたちは、こぞって「絵本づくり」を本気で楽しんでいる。彼らは、「グラフィック=生き生きとした」視覚伝達の実験を試みているのだ。
 私も、そうした感覚を味わいたくて、「絵本づくり」を続けているのかも知れない。まるで子どもたちが飽きること無く遊びに興じるように。

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