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キッチンに置かれたテーブル。朝日が差し込む窓からは春にふさわしい鮮やかな緑色の芝生を望むことができる。

3秒なのか、5秒なのか

  「3秒ルール」とは、たべものを落としても3秒以内に拾い上げれば、それを食べてもよいとするルールである。ルールという言葉はややいかめしいが、3秒以内なら衛生上問題がないという物理の法則とでも言えるのかもしれない。最近知ったことなのだが、イギリスではそれが5秒らしい。しかも、そのまま「5秒ルール(Five-second rule)」と呼ぶ。あるイギリス人が5秒以内に落としたパンを拾って満足げに5秒以内だったぜと言っていたのを先日見た。「It’s the five-second rule」 とネイティブスピーカーならではの洗練されたブリティッシュ・イングリッシュの発音であった。おそらくBBCのニュースキャスターに言わせても同じように言ったに違いない。ところでこのトピックについてはインターネット上にもいくらか解説が掲載されている。忙しくない方は週末にでもご覧ください。さらに暇な方は次の記事をお読みになるとよいかもしれない。ナショナル・ヘルス・サービス(NHS)と呼ばれる英国最大級の医療サービスがウェブサイトで「5秒ルールは本当なのでしょうか?」という質問に答えている。それによると「3秒にせよ5秒にせよ、(中略)、科学に基づいた話ではないとロンドン大学クイーン・メアリー校の微生物学者であられるロナルド・カトラー博士は語っている」としている。実際に実験が行われたようでその結果も掲載されていた。ピザ、リンゴ、そしてバターを塗ったトーストをそれぞれ汚れた地面に故意に落とし、落ちてから拾い上げる時間を何段階かに分け、そのバクテリア付着量を調べるというものである。これによるとゼロ秒台で拾い上げたとしても相当なバクテリアが付着することが明らかとなった。実験は「5秒ルール」は、非常に汚れた場所に落とした場合はほとんど効果がないと結論づけている。

  「5秒ルール」はきっと頭のいい人が考えた冗談なのだろう。食べ物の地面に面した時間とバクテリアの付着量が比例する、という実しやかな説を広めて面白がっていただけのことだ。もしくは、このカトラー博士の実験が行われるまでは、それは学説として受け入れられていたということなのだろうか。NHSのウェブサイトでは、それを明確に否定し「単なる迷信です」と書いている。そして、「もし、たべものを床に落としてしまったときには、ぜひこの実験を思い出してください。そのたべものはあなたの口ではなく、ゴミ入れに放り込むほうが賢明です」としている。より詳しく記事をお読みになりたい方は以下のサイトへどうぞ。

NHSのウェブサイト
NHS. (2013). Does the 'five-second rule' really work?
Retrieved April 15, 2014, from
http://www.nhs.uk/Livewell/homehygiene/Pages/does-the-five-second-rule-really-work.aspx

ホームページのアドレスの前にごちゃごちゃとややこしく書いてある部分は、アカデミックな文章を書くときに必要な参考文献の明示方法に倣ったものだ。そもそもこの文章がアカデミックなものではないどころか雑文の出来損ないのようなものである限り、そんなことをする必然性は皆無なのだが。

  ところで、食べ物を落とすという物質の物理的運動のみならず、その場所についても少し考えてみたい。「現場」も大切な要素なのである。清潔な場所ならばともかく、私の暮らす大学寮には共同のキッチンがあるのだが、そこは、危険度がかなり高いと言わざるを得ないからだ。そのキッチンは、外の明るい光が差し込み、アルネ・ヤコブセンがデザインした一般にセブンチェアと呼ばれる木目模様の椅子が8脚も用意され、一見、見栄えのよい空間なのだが、それで油断してはならない。ふと目を凝らしてみると非常に衛生面から見てよろしくない。正体不明の物質が散乱していたり、張り付いていたりする。乾燥しているものもあれば、乾燥していないものもあり、また、それがあからさまに身体に悪影響を及ぼしかねない雰囲気でそこに鎮座していることがある。引っ越してきた当初は、私にやや神経質な性質があるのか、それらを自主的にときどき掃除していたが、今ではその労働は完全に不毛であると間もなく学習した。掃除をしてもそれは数時間のうちにもとに戻ってしまう。犯人は分からないのだが(察しはついているけれど)男女を問わず、全体的におおらかな性格の人がキッチンを使っているということは間違いがない。私自身はこれまで特別に潔癖であったり、清潔さにこだわりをもってきた訳ではなかったのだが、このキッチン利用者の中では、おそらく異質な存在となってしまっている。とはいえ、同フロアに住むトルコ人女性も、この件について時折ぶつぶつ言っているのだから、私のほうが常軌を逸している、という訳ではないと考えられよう。

  そういう事態を織り込んでのことなのか、週に一度、プロの掃除係がキッチンをきれいに清掃してくれることになっている。私たちのフロアは月曜にその順番が回ってくるようで、週が始まると、国籍不明のおばさんが床を磨いたりしている。ヨーロッパ人には見えない。かといって中国や韓国の人でもなさそうだ。日本人ですと自己紹介したところそれほど関心を示さなかったので、日本人でもないように思う。そもそも日本語が通じない。もちろん世界はヨーロッパと中国と韓国と日本で出来上がっている訳ではない。いずれにせよ、私に十分な教養がないがために想像がつかないだけのことだ。

  私は以前、その掃除係に尋ねてみた。「まさか寮中でこのキッチンが最も汚い訳ではないですよね?」。すると、おばさんは、少し考えてから「いや、もっとすごいところがあるわよ」と口元をにやりとさせた。別のフロアでは、どうやらさらに恐ろしい悪夢が潜んでいるのだと知って、安心してしまった。

▼確かに日本は3秒ルールですね!?それにしても面白い研究があるんですね。落とした物と場所によるとも思うけど、みなさんはどうですか?写真を拝見するかぎり、感じの良い空間ですね。素敵な朝食を味わえそう^ ^

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桐山 岳寛
Takehiro Kiriyama
1981年生まれ。2003年に東京学芸大学卒業。会社勤務の後、11年よりモンゴル・ウランバートルにてグラフィックデザイン教師として活動。13年からは英国の大学院でデザインを学んでいる。

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