titleback.png

vol_002_bar.png

P1040566.JPG

学校の廊下にて。中央にみえるのがパール。両端にはイーゼルが立てかけてあった。

 言葉ができなくても堂々としていられる理由

 学校の教室に今年もようやく暖房設備が整い、10月に入ってからはとても快適になった。セントラルヒーティング(集中暖房)といって、火力発電所から配管を通じて温水が送られてきて、それが室内暖房設備を通過することで部屋が暖まるという仕組みがある。モンゴルの建物、住宅などのほとんどが採用しているものだ。僕のアパートにもこの設備が整っている。暖房効果は抜群で暑いくらいだ。だから、室内にいるときはずっと半袖で過ごしている。温度調節ができればいいのだけど、調節ハンドルもなく24時間暑い。日本人の感覚からすると勿体ないという気分に襲われるけれど、寒い地域の人々はせめて室内では汗をぬぐって生活したいのかもしれない。このシステムはだいたい5月中旬くらいまで稼働し暖かい季節には停まる。夏は配管の点検や清掃などの期間に充てられる。この夏にも鋭い日差しのもと、道路が至るところで掘り起こされているのをよく見かけたものだ。
 僕の勤務する学校でも教室や廊下などにこの設備が取り付けてある。パールと呼ばれるその設備は鉄でできていて、手で触れてみると暖かい。学校のパールはずいぶん古くからあるもののようで、ほこりや傷がついていて、いたずら書きが書きなぐられているものもある。キリル文字で書かれていて僕にはちょっと理解できないのだが、たぶん、外国人が日常生活で平和に使えるような単語でもないだろう。例えばその言葉の意味を初対面の人に尋ねようものなら、その人との関係はその後とても居心地の悪いものになってしまうかもしれない。
 さて、僕は週に4コマの講義を受け持っている。タイポグラフィに関する講義が3コマとイラストレーターというソフトウェアの使用方法についての講義が1コマだ。タイポグラフィは文字に関するデザインついて考える分野。一方、イラストレーターとは多くのデザイナーが使用するコンピュータソフトウェアだ。学年やコースの異なる教室でそれぞれ教えているから、講義の進め方もまちまちになる。グラフィックデザインコースの2年生ならばイラストレーターの使用法を教えるのにも学生たちの飲み込みはとても早い。けれど入学したばかりの学生にはデザインの概念について理解することにまず苦労がある。それに加えて、そもそも僕はこれまで教えることについてプロではなかったし、外国語で教えるとなると、本当に大丈夫なのかなと戸惑いを覚える機会が少なくない。言葉もまともにできない教師に何を教えられるというのだろう?と。

P1040429.JPG

印刷デザイン科のクラス。イラストレーターの授業のあとで。

 しかし、そんな僕が毎回なんとか講義を正気でやっていられるのにも理由がある。
 実をいうと、モンゴルの学生や教師たちの中には時間を守れない人が少なくない。どこの国でも同じことだが、時間を守ることができる人は授業の時間であれ個人的な約束であれ守る一方で毎回必ず遅刻する者もいる。先日、こんなエピソードがあった。
 僕は金曜日には8時30分に始まる第1時限目を受け持っているのだが、その日は5人ほどの学生が9時頃になってどかどかと入ってきた。いつも同席している担当の男性教師が、彼らの顔を睨みつけながら今日という今日は許さないぞ、という表情で言い放った。「おい、お前ら、いったい何時だと思ってるんだ?」。
 遅刻者たちは黙りこくっていて、助けを乞うような目で僕のほうを見る。時間通りに来て、すでに着席している学生たちにも神妙な空気が流れている。
「お前たちはそこで立っていろ。いらいらさせやがって」。男性教師は今日は虫の居所がわるかったのか、ひどく不機嫌で言葉遣いも荒々しい。出席学生が少ないために授業の開始を待っていた上に、説教のために時間をくい、さらにはその後一向に授業を始められる状況にもない。教師は散々怒鳴り散らしたあと、遅刻者を無視することを決め込み、腕を組んで黙り込んでしまった。その数メートル先にはばつのわるそうな表情で一列になって立ち尽くしている学生たち。その狭間にいる僕もやりきれない。
 このままだと、授業が中止になってしまいかねないなと思った僕は「そろそろ学生たちを座らせてもいいですか」と教師に恐る恐る尋ねてみた。しかし、その問いかけは無視された。学生たちも僕と目線が合うと目を大きく見開いて「おい本気なのかよ」という表情を浮かべている。仕方なく1分くらい待って気を取り直し「そろそろ授業を始めてもいいでしょうか?」ともう一度尋ねた。すると今度は「どうぞ、勝手に始めてください」とそっけない答え。僕は言葉通り勝手に学生を着席させ、勝手に授業に取りかかった。もうどうにでもなれと。これでようやく普段の空気を取り戻すことができた。
 でも僕は鮮明に覚えている。この教師もこの日、15分ほど遅刻してこっそり教室に入ってきたのを。僕はその日、重いデスクトップ・コンピュータを自力で運び、講義室の前の薄暗い場所で待っていたのでよく覚えているのだ。
 こうした事件は日常的に起きている。だからこそ僕は自分の出来の悪さに負い目をあまり感じることなく、ある意味では滅茶苦茶な授業をしても気にしないでいられるのだ、と心に言い聞かせている。

▼Facebookと連動した掲示板を設置しました。桐山さんへのメッセージよろしくお願いします。

bo_pagetop.pngbo_pagetop.png

vol_021_030.pngvol_021_030.png

vol_011_020.pngvol_011_020.png

vol_010.pngvol_010.png

vol_009.pngvol_009.png

vol_008.pngvol_008.png

vol_007.pngvol_007.png

vol_006.pngvol_006.png

vol_005.pngvol_005.png

vol_004.pngvol_004.png

vol_003.pngvol_003.png

vol_002.pngvol_002.png

001_a.png001_a.png

vol_index.pngvol_index.png

portrait.png

桐山 岳寛
Takehiro Kiriyama
1981年生まれ。03年に東京学芸大学卒業。会社勤務を経て2011年3月より国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊プログラムでモンゴルのウランバートルにグラフィックデザイン教員として派遣されている。期間は2年間。
なお、表題の“МОНГОЛ”は「モンゴル」と読む。モンゴルではこのキリル文字が公用文字。


igirisu_barbo.pngigirisu_barbo.png