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写真3】街角で見つけた緑色の横顔とピクトグラム。

 ご紹介。モンゴルの斬新なキャラクターたち。

 ウランバートルのスーパーマーケットをのぞくと様々な国から輸入された商品が所狭しと陳列されている。僕のアパートから歩いて1分もかからない場所にある Sora(ソラ)という店にも食料品から生活雑貨までいろいろなものが売られている。モンゴル製の商品はもちろん、中国製、韓国製、ロシア製、ドイツ製、ポーランド製、あるいは日本製のものもある。調べればこれ以外にもあるはずだ。驚くことに、これらはそれぞれの言語で記されたそのままのパッケージで売り出されているために、どんな商品なのかさえ分からないことも多い。僕のモンゴル語の語学力が仮に今後飛躍的に上達したとしても、ハングル文字の商品については理解できないし、ロシア語で書かれた商品もお手上げだ。まれに英語の説明を載せているものもあるがごく僅かな商品に限られている。それに、そもそも僕は英語に堪能な人間でもない。だから包装に印刷された写真を参考にするか、透明で中身の見えるものを選んで買い求めることになる。これは想像以上に苦労の伴うことだ。

 だれもが知っている通り、安いものよりも高いもののほうが商品の品質はたいてい上だけれど、どこから輸入されたものかということもこの国では重要とされているようだ。モンゴルはソヴィエト連邦が崩壊する1991年まで、その政治的、文化的影響を強く受けていた。その名残なのか、いまでも輸入品にはロシア産のものが多い。一般にロシア産の商品は品質がよいとされている。しかし、ロシア産の商品の量を遥かに上回るのが中国産である。あるモンゴル人がこう言っている。「いま中国からの輸入が途絶えるようなことになれば、モンゴルは壊滅の危機を迎えるだろうね」。中国製の品物は安価なうえに多岐に渡っているため、いま、モンゴルのマーケットの大部分を支配していると言っていい。けれど安価であるがゆえに、その中には品質の恐ろしく低いものが混ざっているとも言われている。とはいえ、貧しい人々はそれを買えば当面を生き延びることができるし、それを売る人々も生活の基盤をつくることができる。

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写真1】左からパスタ、アイスクリーム、ウエハース。

 スーパーマーケットの店内を見渡してみよう。例えば韓国の食料品といえば、代表的なものはキムチだ。店内の冷蔵コーナーにはハングル文字で説明の書かれたキムチ(もしくはキムチらしきもの)がずらりと並んでいる。キリル文字でキムチと書かれているものもあるが、それはモンゴル産である。缶詰のコーナーはロシア、ドイツが優勢だ。アメリカの商品もある。お菓子類では中国製、韓国製のものが多い。もちろんモンゴル製の品物も多くて、選択肢は広い。これらを眺めていると日本の商品の在り方との違いが明確になってくる。国産品や国内でアレンジされたものが大半を占めている日本はドメスティックな市場だと言えるかもしれない。それが良いことなのか良くないことなのか、あるいはどうでもいいことなのか。とにかくそんな印象を抱く。

 ところで僕はグラフィックデザインに関わる仕事をしているので、街角の看板やポスター、商品パッケージなど平面に印刷されたデザインをついつい観察してしまう。その中でもひときわ目立つ存在がキャラクターデザインだ。

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写真2】左がパスタ、右上はインスタント・コーヒー、右下はパン。

 【写真1】はどこのスーパーマーケットにも売っているようなもので、左からパスタ、アイスクリーム、ウエハース。左と中央はロシア産で右はモンゴル産である。パスタにはロシア人と思われるマッチョな姿をした白人系のイラスト、アイスクリームにはチョコレート味であることを黒人系の女の子とその周囲のハートマークで表現したデザインが施されている。ウエハースのキャラクターは非常に独特なもので、その髪型等にも個性が滲み出ていることが理解頂けると思う。【写真2】は左がパスタ、右上はインスタント・コーヒー、右下はパン。こちらのパスタはモンゴル製だが、グリム童話「赤ずきん」に登場する少女と思しき人物が描かれている。インスタント・コーヒーもモンゴル産だ。「ザ・クラシック」という名のこのコーヒーはミルク、砂糖、コーヒーがミックスされた粉末をお湯に溶かして飲むもので、王様のような姿をした髭の男がホット・コーヒーを楽しんでいる。いささか軽薄で信頼性に欠ける容貌だけれど。パンのパッケージはメーカーによっては質素なものがあって、この印刷物はそのパッケージデザインの全てである。全く印刷のない袋の中にこの薄いカードがひらりと一枚入っている。一度見たら忘れられなくなりそうな不気味な笑みを浮かべた恐ろしいキャラクターだ。【写真3】は街角で見つけたものである。建物に貼付いた緑色の横顔はこれといって存在理由がなく、見る人に唐突な印象を与えるのだけれど、その表情に悪意はなさそうだ。ちなみに周囲に幼稚園や公園があるわけでもない。右側の標識に描かれたピクトグラム(絵記号)には、かつてミュンヘン・オリンピックのサイン計画でオトル・アイヒャーが開発したデザインのような風格がある、とまで言うつもりはないが、小粋な作品に仕上がっている。このサインの先には川が流れている。【写真4】の左にあるのは再びウエハースのパッケージ。ロシア製である。とぼけた表情をした猪のような動物が、何もそんなに慌てなくてもいいんじゃないか、とたしなめたくなるような姿でウエハースをバリバリと貪っている。最後に載せたキャラクターは僕の大切な友人から提供されたものだ。その親切心を称え、この文章の最後を飾ってもらうことにした。このキャラクターには僕が敢えて説明を加える必要はないだろう。言えるのは、恐らく日本でそう易々と出会うことのできる種類のデザインではないということだけだ。

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写真4】左は再びウエハースのパッケージ。右は説明不要だろう。

 ここで紹介したキャラクターはウランバートルに存在する多くのものの一部に過ぎない。また、これらの中に何らかの共通性を見いだすことも難しいと思う。しかしながら、日本のそれとは明らかに異なる方向性を持っていることにも気づく。僕は日本でデザインの仕事をしていた経験があるが、そのデザインは全て日本人の僕が日本人のために作ったものだった。いまこの街で、時折、日本人ではない人々からデザインを依頼されることがある。その際に最も心配することの一つがその「趣味」もしくは「好み」の違いだ。それを乗り越えることが「視覚言語」という領域を扱うグラフィックデザインの到達すべき最終目的地なのだけれど。

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桐山 岳寛
Takehiro Kiriyama
1981年生まれ。03年に東京学芸大学卒業。会社勤務を経て2011年3月より国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊プログラムでモンゴルのウランバートルにグラフィックデザイン教員として派遣されている。期間は2年間。
なお、表題の“МОНГОЛ”は「モンゴル」と読む。モンゴルではこのキリル文字が公用文字。


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