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作品の展示風景。これは革製品デザインの教室。

 大公開。美術学部の期末試験。

 新年になって早々、学校では前期試験が行われた。美術学部の試験は主に次のような内容だ。前期期間に制作した課題、および自主制作の提出。これは、日本でもほぼ同じだと思う。試験の前日になると、学生たちの中には夜を徹して課題作品を一気に仕上げ、間に合わせようとする者がいる。中には、涼しい顔をして、前日までに全てを完成させてしまうような計画的な者もいるが、焦りと不安を抱えながら前日の深夜まで、まるで短距離走の選手が疾走しているときのような厳しい表情を浮かべている者もいる。あるいは、当日、あきらめて姿を現さない者もいた。彼らはどうなってしまうのだろう?分からない。こうした困った学生がしばしばいるのも日本とさほど変わりはない。
 日本のやり方と違う点もある。教室の壁に作品を貼り出して、まるで学生絵画展の会場のようにする。学生たちは、この準備を含めて試験当日の朝までに完了させなければならない。こうした状況になると決まって出てくる台詞が「俺は今日、一睡もしてないぜ」であり、モンゴル人の学生の何人かも誇らしげに僕にそれを報告してくれた。「たいへんだったね」と声をかけてあげるのだけれど、思い返してみれば僕も学生だったころは、自分の睡眠不足を他人に語っていたものだ。眠らなかった体験というのは勲章のように人に見せて回りたくなるものらしい。そして、それは国境を問わないようだ。

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木彫クラスの教室には馬、面の作品が並んでいた。白い札には作者の名前が書かれている。

 僕が所属する美術学部には8つのコースがある。革製品デザイン、グラフィックデザイン、人形デザイン、伝統工芸、木彫、絵画、貴金属デザイン、装飾セラミックデザインだ。それぞれの学生がそれぞれの課題を展示しているので、なかなか興味深い。というのも、僕はデザインの講師ではあるが、木彫のことはまるで知らない。木彫の教室に足を踏み入れてみると、木材のつんとした匂いとともに、動物の模刻が並べられている。伝統工芸の教室では金属を加工した小さな作品が課題に指定されていた。これらはモンゴル人にとってごく日常的な光景かもしれないが、外国人の僕には新鮮に映る。日本ではおよそ見たことのないものが作られているからだ。9月に入学した学生たちも、すでに半年近く専門コースで学んでいるので、いくつかの課題では専門的な分野に踏み込んだ内容を含んでいるのである。そこには少なからず、この国や地域の特色が滲みでていると思う。例えば、この木彫クラスにずらりと並べられている動物作品はいつも馬である。伝統工芸や絵画のクラスではモンゴルの伝統紋様のトレースを見ることができた。もちろん、基礎的な課題として色面構成やデッサンの作品も掲示されている。これらを含めて、一人で十数点を展示することになるのだから、教室では夥しい数の作品が四方の壁から迫ってくるようで不気味だ。
 試験が始まった。美術学部の全ての教師が集まり、各教室をひとつひとつ巡りながら成績をつけていく。こういった作業は日本では珍しいかもしれない。まず、学生たちが教室から追い出されたあと、教師は個々に作品をチェックする。そして、その学期中にもっとも成果を上げた学生の名が担当教員から発表される。そのあと、最も成績の悪かった学生の名も発表される。学期中のクラスの様子等も報告される。そのあと、学生たちが教室に入るように指示され、君はなかなかよくがんばったね、などと評価が言い渡される。一方で、何人かの学生は出席率の悪さや、作品の質の悪さを咎められ、君は落第になるかもしれないな、などと脅される。そして、その言葉に彼らは肩をすぼめて黙り込んでしまう。かわいそうな光景だが僕の責任ではないし、どうしてあげることもできない。

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伝統工芸クラスの作品。モンゴルの伝統紋様をベースに作られている。

 教師の大きな期待を裏切ってしまった場合は、それだけではすまされない。こんな事件があった。普段から人柄のとてもいいことで評判の40歳くらいの女性教師がいる。彼女はいつも彼女の教室でクッキーや紅茶をふるまってくれるし、僕の、この学校での活動を精一杯励ましてくれている。すばらしく分別のある笑顔を絶やさない頼もしい先生なのだ。しかし、この日は様子が少し違っていた。期待していた学生が、再三の注意にも関わらず、9月からの課題をどれ一つとして完成させず、遊びほうけていたというので、この女性教師の逆鱗に触れてしまった。試験中に、描かれた油彩キャンバスを蹴飛ばされ、何枚かのデッサン用紙が投げ捨てられた。もちろん、彼女は学生に手を上げるようなことはしなかったけれど。案の定、学生は肩をすぼめて黙り込み、嵐がやむのをひたすら待っていただけだ。穏やかな性格の女性が怒る姿はどこかぎこちなく、そこに彼女の内面のすべてが滲み出ているようにも見えた。もう一度書くが、この女性教師は本当に品がよく、穏やかで素晴らしい人柄なのだ。彼女がこの学期を最後に、学校を退職するという特別な事情と、それがために学生たちへの期待も大きかった、といえば、このように取り乱した理由にも説明がつくのかもしれない。とにかく僕はびっくりしてしまった。
 こうして、まずまずの結果を残した学生と、そうでない僅かな学生は翌日から冬休みを過ごすことになる。3週間の休暇を経て後期が始まる。彼らはそれまで田舎を旅行したり家族と過ごしたりするようだ。試験の最後に日本の先生から一言話していただきましょう、とある教員が学生の前で言った。僕はありきたりのことを述べた。「休暇を利用して、優れた作品をたくさん見てください。それがみなさんの糧になるでしょう」。試験の疲労感と冬休みへ開放感は、僕の言葉を彼らの耳に正確に届けてくれただろうか。

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桐山 岳寛
Takehiro Kiriyama
1981年生まれ。03年に東京学芸大学卒業。会社勤務を経て2011年3月より国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊プログラムでモンゴルのウランバートルにグラフィックデザイン教員として派遣されている。期間は2年間。
なお、表題の“МОНГОЛ”は「モンゴル」と読む。モンゴルではこのキリル文字が公用文字。


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