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UMAギャラリーの入り口。

 モンゴルのアートシーン

 ウランバートル市(UB市)の中心地には、僕が知る限り、少なくとも3カ所の有名なアート・スポットがある。国立近代美術館、ザナドゥ・ギャラリー、そしてUMAギャラリーだ。その中でもUMAギャラリーはとりわけ新しい世代のアーティストの作品を展示することで知られている。UMAはユニオン・オブ・モンゴリアン・アーティスツのイニシャルだから「モンゴル芸術家連合」とでもいうような意味になるだろう。UMAのメンバーには、僕のモンゴル人の知人の何人かも名を連ねている。そのUMAがプロデュースするギャラリーがUMAギャラリーなのである。市内の美術教師やデザイン教師もモンゴルのアートの動向をチェックするためにここをよく訪れると聞くし、僕も人に誘われて頻繁に訪れている。もちろん1人で出掛けることもある。UB市の中心地、スフバートル広場のすぐ近くに位置するせいか、美術関係者ならその黒い建物を知らない人はいない。

 しかしながら、いくら新しい世代の作品が並ぶギャラリーだと言っても、意外なまでに古典的なスタイルを守り続けるアーティストが多いようで、絵画や彫刻などのオーソドックスな表現をよく目にする。日本の現代美術館に展示される巨大インスタレーションのような作品は極めて少ない。もちろん、そのことが退屈だという訳ではなく、テーマ性や意図を読み取ろうとすれば、含蓄のあるメッセージが浮かび上がってくるものも多い。

 モンゴルのアーティストたちのテーマには、いくつかの傾向が見受けられる。例えば、チンギス・ハーンを思い出させる「英雄」というテーマ。それに加えて、英雄と共に戦地を駆け巡る「馬」。力強い人物や馬を激しい筆致で描いたものや、荒々しく削り取られた彫刻はいかにも13世紀の世界覇権国家モンゴルを反映するようで迫力がある。また、「大自然」もモンゴル人が誇りとする代表的なテーマだ。特に美しい夏の草原は様々なアーティストによって描かれている。それぞれによって見つめられた草原の美しさにはそれぞれの特徴があり、決して同じ心境で見つめられている訳ではないのだということに気づかされる。一方で、近年のモンゴルの経済発展を批評的に見つめるような作品もある。ブルドーザーが草原を掘り起こし、小さな労働者がせっせと働く姿にスポットライトを当てている作品を見かけることもある。

 いずれにしても、大自然や英雄の圧倒的な「力」や「美」が大きなテーマになっている。それがモンゴル・アートシーンの特徴だと僕はこれまでの数多くの鑑賞経験から感じてきた。

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ハグワジャウ・ホンゴルゾルさんの作品

 ところが、先日訪れた展覧会の作品は少し趣向の異なるもので、ずいぶん印象的だった。オノン・ウルジンハンド (Urjinkhand Onon) とハグワジャウ・ホンゴルゾル (Lkhagvajav Khongorzul) という二人のアーティストによる展示である。二人はそれぞれ1979年、1980年生まれの女性で、非常に若い世代のアーティストに属していると言えるのだが、彼女らの作品のテーマはそれまでに見たことのないユニークなものだった。家族、女性、現代生活、…。この二人が提示しているものは、多くのアーティストが扱うテーマをことごとく無視し、いま、UB市のどこかのマンションの一室で繰り広げられている、ごく身近な日常生活を切り取っていた。幸福と不安を抱きしめた人々が市街を歩いているようなものもあった。そこには、女性として社会に生きることに対する困難さ、苦しみ、そして喜びがありありと描かれていた。

 この二人に共通する特徴は、そうしたテーマをモンゴルの伝統絵画の手法で描いていることだ。もちろんそれぞれの持ち味は異なり、筆致にも二人には相違点が多くある。しかし、伝統手法を用いながら、テーマには極めて現代的なモチーフを持ち込むという斬新なスタイルは、その緻密な筆の動きと相まって僕の心の中に、なにかしらのメッセージを残していくことになった。

 会場を訪れたとき、オノン・ウルジンハンドさんと偶然居合わせた。僕が美術学校でデザイン教師をしていることを話すと、友人にしか渡していないものなのだけれど、と言って彼女らの作品集をプレゼントしてくれた。生徒の皆さんにも私の作品を紹介してもらえたら嬉しいと言って。どのような作品に興味を持っているか、などといった会話をしているあいだ終始笑顔で和やかな時間が流れたが、ウルジンハンドさんの、実際の年齢よりは少し年上に見えるその外見に刻み込まれた、ときおり見せる厳しい表情が印象的だった。

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オノン・ウルジンハンドさんの作品

 その作品集の冒頭には、彼女の体験したウランバートル市の記憶が手短に書かれている。

「私は、子どもたちと一緒に路上生活をしていたことがあります。幸福、誇り、深い愛、衝撃、悲哀、孤独、退屈、不安、嫉妬、そして恐怖の目で人々が私たちを眺めていたのを感じました。」

 展示された作品をもう一度見渡すと、それらが彼女のメモワールのように思えてきた。彼女の作品は一見、可愛らしい印象を与えるものもあるのだが、それらに込められた主題には、感情の激しい起伏や社会批評、愛などといったものが含まれていたように思う。

 おそらく、彼女らの作風はモンゴルのアートシーンに於いて新しい波の到来を予告している。モンゴルの、脈々と受け継がれたある種の力強さをテーマにした作品に対しては、外国人の僕という立場で強く関心を掻き立てられるのだが、彼女らの作品群には、同世代の僕という立場で、やはり強く関心を掻き立てられた。これは僕にとって非常に新鮮な体験だった。

ようやく東京もお花見日和になりましたね。モンゴルはまだ少し寒いようです。

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桐山 岳寛
Takehiro Kiriyama
1981年生まれ。03年に東京学芸大学卒業。会社勤務を経て2011年3月より国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊プログラムでモンゴルのウランバートルにグラフィックデザイン教員として派遣されている。期間は2年間。
なお、表題の“МОНГОЛ”は「モンゴル」と読む。モンゴルではこのキリル文字が公用文字。


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