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木々の色の変化

 ウランバートル市の季節

  ごくまれに、晴れた秋の夕日を眺めていると懐かしい気分になる。昔からそうなのだが、ああ、これはいつか見た光景だなと思う。凡庸なことを言うようだけれど、かつて恋人と歩いているときに見た郊外の情景を思い出すこともあれば、幼少の頃に庭でふと目の当たりにした赤い太陽が脳裏によぎることもある。こういうときは大抵、陽の大きさや色彩とともに、周囲の気温や湿度、そして空気の匂いが大きな影響を及ぼしているような気がする。そして、こうした説明のつかない感覚的な記憶がどういう訳か僕を寂しい気分にさせる。

  夕方、チェルリというスーパーマーケットで買物を済ませたあと外の空気を吸い込んでみたら、冬の匂いがした。紛れも無くそれは冬の匂いだった。ウランバートルの冬は激しい大気汚染に見舞われることでよく知られている。寒くなると郊外に広がるゲル集落が暖房に石炭を燃やすのだが、それから排出される煙が、街中の空を覆ってしまう。人口が密集しているだけに、昼間の晴れた日でも、冬の寒い日は遠くの山が霞みがかったように見える。暖かい夏の間には決して感じることのない、あの独特の臭気がいよいよ、まるで誠実に約束を果たすように、舞い戻ってきたことを知った。知らず知らずのうちに、それだけウランバートルの気温が下がってきた訳だが、季節の変化を僕は結局のところ、空気の匂いで知ることになった。でもこれは暑い夏の日なら嗅いでも気がつかないような微妙なものであって、きっと少しばかりの肌寒さと夕暮れの薄暗さと、そして何より、そこを僕が一人きりで歩いているという事実がその雰囲気を演出していたのだと、今になって思う。例えば僕が歩く横を冷たく歩きすぎる多くの人々の暗い影たちが。

  季節の変化の兆しを僕は少し前に感じていた。川沿いの木々が黄色に染まり、街路樹の下にはずいぶんたくさんの黄色の落ち葉が散らばっていた。野蛮な動物がひと暴れした後のような、慌ただしい散らばりかただった。若しくは、葉を支えていた枝が急にその任務を放棄してしまったような。その葉の上を鋭いハイヒールで颯爽と踏みつけていく女性は薄いコートを羽織っている。夕暮れの訪れが早くなるにつれ、遠くに見える山脈は次第に色褪せていくのが分かる。講義を終えた学生が教室から一斉にいなくなるみたいに、俄に活気がなくなっていく。そういえば、夕方になると吐く息が白い。この瞬間なのだ、僕がどういう訳かもの寂しさを感じるのは。

  でも、夏を過ぎてしまったウランバートル市そのものが寂しさに深く沈んでいるかというとそんなことはない。学生たちは新しい学年に進級し、新入生たちがあどけない表情でどかどかと教室に押し掛けてくる。新任の教師に出会い挨拶を交わす。僕は僕で新しい講義スケジュールをひねり出し、同僚教師らとその内容についてディスカッションをする。講義が始まれば、毎回そのために忙しく準備し、必要なモンゴル語をいくつかの辞書を使って調べておく。ルーティン・ワークのようにそれらをひたすら繰り返すのだ。やはり今年も寂しさを感傷的に味わってばかりいられる訳ではないようだ。

  一年前と状況が違うのは、一年の間に僕には僕なりのコミュニティができあがり、それに伴っていくつかの付き合いや仕事を抱えるようになったことだ。異国の地で静かな生活を送っているつもりでも、それらはゆっくり確実に広がりを見せている。あるときは歓喜とともに迎えられ、あるときは皮膚に広がる不気味な滲みのように広がっていく。あるいは僕の目の前を通り過ぎているだけのものもあるかもしれない。そういったものへ固執することはないが、ひとつひとつを注意深く眺めていると、あっという間に時間が経ってしまう。

  もの寂しく暮れていくモンゴルの夏、そして秋の光景に抵抗するように多くのものごとが動き始め、動き続けるのは、僕たちのような日本人の目には少し奇妙に映る。

  どうしてウランバートル市はこんなにも急いで寒くならなければならないのだろう。そんな気分をなんとなく心に抱きながら、9月を眺めていたら、もう下旬になってしまった。

▼週末から日本も寒くなりましたね。雨も突然激しく降ったり。季節の変わり目なんでしょうか?みなさんは、どんな秋の訪れを感じてますか?

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桐山 岳寛
Takehiro Kiriyama
1981年生まれ。03年に東京学芸大学卒業。会社勤務を経て2011年3月より国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊プログラムでモンゴルのウランバートルにグラフィックデザイン教員として派遣されている。期間は2年間。
なお、表題の“МОНГОЛ”は「モンゴル」と読む。モンゴルではこのキリル文字が公用文字。


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