イベントレポート
ベトナムレポート < 活動実績 < TOP
ベトナム研修レポート 2011

 本プロジェクトでは、社会福祉がわかる教員・教育がわかるソーシャルワーカーの育成を目指し、 広く<子どもの問題>について関心のある学生らで、さまざまな取り組みをしていこうと計画中です。

  第一回めは11月18日から22日にかけて、熊本のベトナム育英会さんのお手伝いとしてベトナムの枯れ葉剤被害を受けた子どもたちへオーダーメイドの車いすをプレゼントしに行きます。その時のレポートを公開いたします。


ベトナムレポート
はじめに
参加者リスト
事前研修
旅行日程
メモ
学生レポート
清水友貴
播磨祥帆
松尾不二子
小池真理
山城実央
永田沙夕
町田咲
小泉悠
佐久間夏未
以前のレポート
[2010.10.23-24]
日本のスクールソーシャルワークは今
[2010.09.25]
子どもを中心とした総合的な支援を目指して
チラシ(PDF)

3年 永田沙夕

障がい児整形外科リハビリセンター訪問について

 障がい児整形外科リハビリセンターは病床が100床ほどある病院で、子どもよりも交通事故でケガをされた大人の方が多く入院されていました。義肢・義足を全てオーダーメイドで作ることのできる施設や、ダウン症や脳性まひなどの1歳~15歳の児童を対象としたデイケア施設、24時間手術可能の整形外科なども併設していました。

今回の訪問で私は2点衝撃を受けたことがあります。

 1点目は、医師・看護師・スタッフの少なさです。100床の病床に対して医師は8人、看護師は10人しかいません。センター内のデイケア施設では、子ども45人に対してスタッフが8人、そこに数名ボランティアスタッフが加わり運営しています。実際に働いている日本人スタッフも人手不足を訴えていました。働いている方の負担はもちろんですが、必要な時に必要なケアが受けられなかったり、患者さん一人一人に目が行きとどかなかったりと、人手不足は双方に大きく問題を与えるのではないかと思います。医師・看護師の少なさは、元をたどれば、医師・看護師を育てる教育プロセスの少なさ、経済的基盤の弱さにもつながるのではないかと感じます。経済的基盤の弱さは地方では多く目にしました。ホーチミン市などの経済発展の目覚ましい都市で安定した職に就いている方もいる一方で、地方ではビール1本分と同じ日当を不安定な雇用の中で働いている方も多くいます。経済格差は現在も大きく広がり、その格差が次の世代に対して大きな格差を生んでいます。一口にいえる問題ではないですが、基盤を整えていくことの大切さを強く感じました。

  2点目は、現在入院されている方よりも重い障害・ケガを負っていても病院に通えず家でこもっている人がいるという現実です。病院には多くの人がオートバイに乗って訪れます。公共の交通機関に乗る運賃を払えず、オートバイに乗ることの出来ないほどの障害やケガを背負った人は病院に来る手段がありません。更に、ベトナムでは医療保険という制度が普及していないため、診療代を支払えず病院に行けないという現実も存在しているそうです。医療費や入院費、義肢・義足代は決して安いとは言えません。貧困のため病院にかかることはできないということは珍しいことではないそうです。ニーズが高ければ高いほど、病院にかかることが出来ないというのはすごく皮肉な話で、その家族が今どうやって生活をしているのかとても不安に思いました。

  入院病棟はプライバシーが守られていなかったり、暑さがしのげない部屋であったりと、患者さんにとってストレスフルな環境だと私は感じていたのですが、貧しい地域では、2人や3人で1つのベッドを利用している現実があるということも教えていただきました。このセンターで働いている人、このセンターに入院している人、そして入院すら出来ず家でこもっている人、どの人にも異なる困難さがあり求めているニーズがありました。それら1つ1つを解決させていくためには、医療保険や日本でいうセーフティネットの確立など、ベトナムの制度自体を変えていく必要性、経済基盤の弱さに対する支援など、広い支援が求められているのかなと感じました。

 衝撃を受けたことが多くあり、今も上手く言葉にすることができません。「どうにかできないのか」と苛立ちに近い思いを感じたこともあります。何が足りないのかというとすべてが相互に影響し合っていて、1つに絞ることができず、何1つすることの出来ない自分がただただ無力に感じ、すごく悔しく思っています。

 今回のツアーを終えて、私は日本と比較して足りない点を見て衝撃を受け、心のどこかで日本に近づけることが理想だと感じていたように思います。そうではなくて、ベトナムの人がベトナムという国の中で困っていること、求めていることが充足され、困難さを抱える人が減り、それぞれの形・価値観で幸せだと思える人が増えることが理想なのではないかと今は感じます。日本でやっていることを同じように行ってもきっと上手くはいかない、国や個人に応じてそれぞれの幸せの形がありそれを尊重し理解して支えることが、本当の支援なのかなと感じました。どこに行っても、どんな障害を持っていても、ベトナムの人の笑顔はキラキラしていてとても輝いて見えました。そんな笑顔が1つでも消えないように、1つでもそんな笑顔が生まれるように、私に何ができるのか未だ答えは出ませんが、想いのある行動を懸命にすることで何か変わることがあるのではないかと思っています。

 

 

ページの先頭へ