19世紀末の超人的観察者ラオターボーン

核分裂および細胞質分裂の詳細な観察は、古くはドイツのラオターボーン (R.Lauterborn 1896) によってなされています。彼の著書『珪藻の構造、核分裂と運動についての研究』は光学顕微鏡観察に基づいて書かれたものなのですが,細胞分裂時における核、染色体、紡錘体、中心体、葉緑体、細胞膜の挙動が詳細示されています。今日,珪藻の紡錘体は円筒形であることが透過型電顕観察により確かめられていますが、驚くべきことに彼のスケッチにはそれがはっきりと描かれています。また,核分裂時におけるドーナツ形をした核や、微小管重合中心の動きさえ描かれているのです。

しかし、その後の研究者の不正確な観察のために、核分裂に関しての情報が混乱し、不幸にも彼の研究は重要視されなくなってしまったのです。20世紀中頃のイギリス藻類学の大御所フリッチ (F.E.Fritsch)でさえも、ラオターボーンの研究はおそらく間違いであろうと結論したのでした。彼の研究の正確さが見直されたのは、本の出版後80年もたってからのことでした。

  ラオターボーンの仕事の再評価

現在の珪藻における細胞分裂に関する知見はすべて微細構造の観察に基づいています。初期の研究は1960年代後半よりマントン (I.Manton) 、コワリック (K.Kowallik)、フォン・ストッシュ (H.A.von Stosch) らによって始められました。その後,この分野に大きく貢献したのはのピケットヒープス (J.D.Pickett-Heaps)とティピット (D.H.Tippit)です。

ピケットヒープスは1970年代前半まで緑色植物の細胞分裂を盛んに研究し、緑色植物の系統を大きく変更したことで有名ですが,彼らは1970年代後半から精力的に珪藻の細胞分裂の研究に取り組みました。彼らは透過型電顕に詳細な観察を行いました。そして,まず彼らが知ったことは、19世紀になされたラオターボーンの観察の正確さでした。彼らは1984年に近代的手法によって得られた観察結果を添え、オーストリアのアンナマリア・シュミット (A.-M.Schimd) とともに、ドイツ語で書かれたラオターボーンの論文を英訳して紹介しています。この論文にはラオターボーンの描いたカラー図版の復刻版も含まれており,昔の人のすばらしき観察力を知るうえでも一読の価値があります。


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