細胞内共生

  他生物の細胞の中に住む珪藻

最近では多くの動植物の細胞の中に、他の藻類が共生していることがわかっています。珪藻も原生動物の有孔虫アンフィステギナ属(Amphistegina)、グロビゲリネラ属(Globigerinella)やソリテス属(Sorites)の種類の細胞内に共生する種類がいます。有孔虫というのは海に住む原生動物で、さまざまな形をした石灰質の殻を作ります。沖縄の海で「星砂」と呼ばれる砂がありますが、あれは有孔虫の仲間なのです。面白いことに、細胞内に共生している間、珪藻はその最大の特徴である殻を作りません。珪藻に限らず、ほとんどの藻類は細胞内共生をしているときは、原形質が裸で球形をしているのです。

 ソリテス   割ったソリテスの中に見える褐色の共生藻

  透過型電子顕微鏡観察でわかる共生藻の細胞微細構造

すでに20世紀の初頭には、他の生物の細胞内に共生する藻類の存在は知られていました。これらの藻類のうち、緑色をしているものはズークロレラ (zoochlorella)、また黄色のものはズーザンテラ (zooxanthella)(xanthoは黄色の意味)と呼ばれていました。ただ、これらの共生藻は光学顕微鏡観察からは、いったい何の仲間かはわからなかったのです。これがわかるようになったのは透過型電顕で観察をおこなうようになってからで、ズーザンテラはその観察から渦鞭毛藻の共生体ではないかと考えられました。これは、ズーザンテラの核、葉緑体、ピレノイドといった微細構造が渦鞭毛藻のものによく似ていたためです。ところが、1970年代には、有孔虫に細胞内共生している共生藻には、珪藻らしきものがいると思われるようになりました。ただ、珪藻に特徴的な殻がありません。それを珪藻と言うための決定打がなかったのです。

  Leeとその仲間によるクリーンヒット

これが珪藻であることを証明したのはアメリカのリー(J.J.Lee)でした。彼らは底棲で1ミリ以上ある巨大な有孔虫から、ガラス棒とピンセット、そしてクロテンの毛で作ったブラシを用い、巧みなテクニックで有孔虫の石灰質の殻を壊し、中から共生藻の原形質を取り出し、それを培養した結果、殻を作らせることに見事成功したのです。彼らの報告は1979年にイギリスの有名な科学雑誌「Nature」に掲載されました。

  共生珪藻の特徴

彼らは1980年から10年間で2000個以上の共生珪藻の単離に成功しています。共生珪藻はすべて10マイクロメーター以下の羽状珪藻で、有孔虫と共生珪藻との間に強い種間特異性は見られていません。ほとんどの場合、有孔虫1個体に1種類の珪藻が共生していました。また、彼らが単離培養した共生珪藻は20種類におよびますが、単離した共生体の90%は10種類の珪藻によって占められていました。これらはフナガタケイソウ属(Navicula)、ニセクチビルケイソウ属(Amphora)、オビケイソウ属(Fragilaria)、ササノハケイソウ属(Nitzschia)、ツメケイソウ属(Achnanthes)などの種類で、その多くは新種であり、既存の種であっても稀にしか報告されていない種類です。これらの内ササノハケイソウ属の2種類 (Nitzschia frustulum var. symbiotica, Nitzschia pandriformis var. continua) とオビケイソウ属の1種 (Fragilaria shiloi = Nanofrustulum shiloi) は高頻度で有孔虫の細胞内から単離されています。

 ナノフルストゥルム・シロイ

  共生珪藻の不思議

上記の珪藻は、色々な場所から採集された有孔虫の細胞内から単離されています。つまり、一握りの珪藻のグループのみが、いつも有孔虫の細胞内に共生しているというわけです。Leeは採集した有孔虫の回りにいる珪藻の植生も調べていますが、どうしたわけか共生珪藻と同じ種類はほとんど見つかっていません。また、有孔虫はこれら自分の回りに生育している珪藻を捕食し、その細胞を消化してしまうのですが、共生珪藻の場合は少なくとも一定の期間消化せずに、細胞内に生きたまま留めているのです。共生珪藻の光合成産物の一部は宿主である有孔虫に利用されていることがアイソトープ実験から明らかにされています。また、共生珪藻だけが持つ特有のタンパクが電気泳動実験から報告されていますが、この物質は共生珪藻のプロトプラスト表面に存在することが抗原抗体反応から示されています。

  浮遊性の有孔虫からも共生珪藻の発見!

2000年になり、浮遊性の有孔虫からも共生珪藻が発見されました。発見したのは私達のグループで、単離をしたのは私の研究室で当時、卒業研究をしていた栗山あすかさんです。浮遊性の有孔虫のグロビゲリナ (Globigerina sp.) はLeeらが用いた底棲のものと異なり、サイズが小さく200マイクロメートル程度しかありません。ここから単離培養された珪藻は今まで記載されていないニセクチビルケイソウの種類であったため、新種の珪藻として発表されました。学名は共生珪藻の先駆者であるLeeさんを記念して、Amphora leeana と名付けました。

 グロビゲリナ  割ったグロビゲリナから出された共生藻

 アンフォラ・レアーナ

  渦鞭毛藻の葉緑体となった珪藻

一部の渦鞭毛藻の葉緑体は、三重チラコイドラメラをもち、レンズ形をして内部に1本のチラコイドが挿入されたピレノイドが観察されています。これらの葉緑体の特徴は珪藻のものと一致します。そこで、これは渦鞭毛藻が珪藻を細胞内に取り込み、それを葉緑体としてしまったのではないかと考えられていましたが、1990年後半になり、分子系統学の手法を用いた結果、ササノハケイソウに近い珪藻が葉緑体の起源であることが報告されています。渦鞭毛藻については、北海道大学の堀口氏が詳しいホームページ「渦鞭毛藻類の世界」を作っていますので、是非そちらをご参照ください。ここをクリック

  話がややこしくなってきたぞ! ・・・珪藻の細胞内に共生する藻類

今まで、他の生物の細胞内に共生する珪藻の話をしてきました。今度はその逆。珪藻の細胞内に共生する藻類がいるのです。これはすべて藍藻の仲間です。リケリア (Richelia) は棒状で片方の端が小さな球形になった、ちょうどコケシの様な形をした藍藻ですが、沖縄の海では、この藍藻がツツガタケイソウ (Rhizosolenia) の細胞内で共生しているのをしばしば見かけます。また、海産のオウリキュラ属珪藻からも細胞内共生している藍藻が報告されています。淡水産の珪藻ではクシガタケイソウ (Rhopalodia) やハフケイソウ (Epithemia) の細胞内から球形の小さな細胞内共生藍藻が発見されており、これらの藍藻が窒素同化を行っていることも報告されています。

 ツツガタケイソウに共生する藍藻   リケリアの拡大


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