絵画を通じた児童臨床の理解

―発達障害に対するアプローチと学校現場における適用―

 

N類カウンセリング専攻 N01-5008 片野由加

 

 

1章 本研究の意義

 

1節 はじめに

 

近年、「キレる子ども」や「不登校」、「学級崩壊」など学校場面における子どもの問題が相次いでいると共に、社会的にも少年犯罪の多発、凶悪化などが問題となっており、「子どもの心のケア」に対する関心が高まっている。それに伴い、教育現場では全国的にスクール・カウンセラーの配置が急速に進められるなどの対策が講じられ、子どもの心を理解するための方法が模索されている。その中の一手段として描画を利用したアプローチがなされるようになり、その重要性・有効性への認識が高まってきている。

 

2節 絵画療法の定義

 

Case&Dalley(1997)によると、「芸術療法とは様々な芸術的な媒介物を使った治療を包括するものである」と定義されている。

日本における芸術療法の先駆者である徳田は芸術療法を「人間の表現活動や創造行為、いわば芸術的なあらゆる分野の所産を心身のケア並びに治療に役立てる試みの総称」と定義している(飯森,2000)

絵画療法は芸術療法のひとつであり、その中心を担っているといえる。芸術療法として統合される領域は他にも、音楽・詩歌(俳句・連句)・文芸・ダンス・箱庭・コラージュ・心理劇・陶芸・園芸など実に様々である。

 

絵画療法の主な適応例は以下の通りである(徳田,1998)

精神分裂病・鬱病・非定形精神病・境界例・不安障害・強迫障害・神経性無食欲症・各種神経症・アルコール依存症・薬物依存症・思春期障害・高齢者や児童の心理的疾患 など

 

3節 本研究の目的

 

描画の利用は、行動観察や言語表現だけでは理解しづらい子どもの内面や心理的背景へのアプローチ法として有効であるとみられているが、学校における心理臨床活動は病院・相談所等とは空間的・時間的枠組みが異なっていることなど、一種の特殊性を有しているといえる。本研究では、学校現場での描画利用の現状と、障害をもつ児童に対して絵画がどのように活用され、またどのようなアプローチが行われてきたのかについて文献を通して概観し、描画の適切な使用に対する理解を深めることを目的とする。

 

なお、絵画療法はart therapyを訳したものであるため、描画療法と表記されていることもある。また絵画療法の中に描画療法及びコラージュ療法が含まれている場合や、絵画療法と描画療法を別個のものとして扱っている場合もある。本稿では各文献の表記をそのまま使用し、art therapyとしての「絵画」と「描画」を同義のものとして扱うこととする。また絵画療法には集団を対象としたものと、個人を対象にしたものがあるが、本稿では個人対象の絵画療法に限定して論を進めていく。

 

 

2章 発達障害と描画

 

1節 発達障害児に対する描画アプローチの意義

 

 発達障害として分類されているもののなかには、その定義や診断基準が曖昧なものもある。また比較的軽度な障害では、周囲の認識が甘く適切な対応がなされないなど、結果として学校場面などにおける社会的適応に困難をきたす場合も少なくない。

 この点に関して石川(1998)は「米国では早くから注目されていたが、社会適応に問題を生じるケースが日本でも出始めている」と述べ、学童期以前の早期発見と迅速な対応の必要性を主張している。さらに、適切な対応がなされない場合の、いじめや不登校などの二次的な情緒障害の問題につながる可能性についても触れている。

末次(2003)も「障害の特殊性に配慮した対応が必要である」として、見過ごされやすい発達障害を早期から追跡し、フォローしていくことの重要性を説いている。その方法として乳幼児検診・就学時検診等での描画利用の検討を提案している。

 

1項 LDと描画に関する研究

 

石川(1998)によれば、LD児を対象に、障害者施設や特殊外来などで人物画テストによる経過追跡を施行しているところは全国でもごく稀であるという。LD児に対する描画は査定の一部として補助的に添えられているにすぎない。しかし石川は、「LDの査定・療育にとって人物画の存在は無視できない」と述べている。

 

川原・小田によれば、「LDの子どもは動作性の中でも視覚構成的(パズル・積木構成・迷路など)なものはほぼ正常レベルであるのに、描画能力が一様に極端に低い」という。この点に関して、「身体を使うことに不器用で手先の巧緻性が劣っているか、body imageが充分に形成されていないことが示唆される」と述べている。さらに「知能テストにおいて言語性と動作性に差があり、加えて人物画が年齢不適応であれば、近い将来書字障害や読字障害を来たす可能性が高い(LDリスク)と考えてよい」のではないかと提示している(石川,1998)

 

森永・野本(2001)は、LDのサブタイプによる人物画の特性について検討・報告している。森永らはLDVLD(verbal learning disabilities;言語性学習障害)NLD(nonverbal learning disabilities;非言語性学習障害)に分類し、Goodenough(1926)による人物画知能検査法をもとに分析を行った。結果、「VLDNLDでは人物画を構成する構成要因が異なり、VLDは全般的に整っている傾向が見られたが、NLDではバランスの不調が認められ、人物のイメージ化が困難である」ことを示唆している。また健常児と比較すると、総体的にはLD児の評価が有意に低かったものの、サブタイプでみるとVLDNLDに比べ極めて健常児に近い絵を描いている。NLDの「バランスの不調」については末次(2003)も同様の報告をしている(頭部分のみの絵や、腕のない絵など)

 

小栗(1998)は、一般的な臨床場面では適切である投影法的視点も、LD児の場合は認知機能等の問題を前提にしないと解釈の妥当性を欠く恐れがあると主張している。またLD児の描画における投影法的解釈の限界を指摘しつつも、実際に報告されている研究は神経心理学的な視点に偏っており、LD児の心的力動機制に着目した投影法的研究が未開拓領域であることにも触れている。描画を用いてLD児を理解するためには、発達的ないしは神経心理学的な視点と、投影法的ないしは力動心理学的な視点との適切な均衡が要請されると指摘している。

 

2項 自閉症と描画に関する研究

 

寺山(2002)は自閉症児の描画表現の特徴として「限られた対象への関心の強さ」を挙げている。これは寺山の縦断的研究及び横断的研究の双方の結果より得られたものである。寺山はこの特徴に関して、DSM-Wの「自閉性障害」の中に示されている「行動、興味及び活動が限定され、反復的で常同的な様式」に当てはまるのではないかと述べている。

 

杉山(2002)は、社会的スキルの学習に描画を役立てた例を紹介している。知的に高い能力を持ちながらも強い社会性障害を抱え、問題行動を多発していた自閉症児が、行動スキルを自作のカードにまとめ、持ち歩くことでトラブルのない生活を送ることが可能となった。「言語的には理解が難しい社会ルールの学習を、描画を通して学ぶことができた実践であり、自閉症児に対する臨床描画の治療的な可能性を広げるものであると考えられる」と杉山は結んでいる。

 

2節 障害をもつ天才美術家たち

 

 重度の障害をもっているにもかかわらず、特定の分野で驚異的な能力を示す者がいる。それがサヴァン症候群である。

 

1項 サヴァン症候群の定義

 

savant」とはフランス語の動詞「savoir(知る)」から派生した名詞であり、「学者・賢者・物知り」などの意味をもつ言葉である。心理学の分野では特殊な用語で、低い知能でありながら特定の分野に限って突出した能力を示すことをいう。初めてこの「サヴァン」について記述したのはL.Down(1887)であり、彼は「idiot savant(白痴のサヴァン)」という言葉で表現した。その当時、白痴とはIQ25以下の人を指す心理学の専門用語であったが、現在では「idiot savant」には差別的な意味合いが含まれているとして、単に「サヴァン」もしくは「サヴァン症候群(savant syndrome)」と呼ばれている(Treffert,1990;Treffert&Wallace,2002)

 

Treffert(1990)によれば、サヴァン症候群(savant syndrome)は「発達障害(精神遅滞)ないしは重篤な精神病(早期幼児自閉症あるいは分裂病)による重度の精神障害をもつ人間が、その障害とはあまりにも対照的に驚異的な能力・偉才を示すこと」と定義されている。早期幼児自閉症は現在では単に自閉症と呼ばれることが多い。また精神分裂病及び精神遅滞の中でも、自閉症的徴候を示す患者がサヴァン症候群の対象となる。

 

2項 サヴァン症候群の概要

 

サヴァン症候群は自閉症患者の10人に1人の割合で、また脳損傷患者あるいは知的障害者の2000人に1人の割合でみられる。自閉症の出現頻度は現在のところ1000人に12人とされており(黒田・小松,2003)、サヴァンの症例がきわめて稀なものであることがうかがえる。1887年にL.Downが初めてサヴァンについて記述してから100年以上が経ったが、報告されているサヴァンの症例は100あまりしかない。「現在生存している天才サヴァンはおそらく50人に満たないだろう」とTreffertは述べている。そのため、この症例には多くの関心が寄せられているものの、医学的研究は少ない。サヴァン症候群は圧倒的に男性に多くみられ、その男女比は61である。IQ4070の人にみられるとされているが、例外的にIQ100以上を持つサヴァンもいる。

 

 サヴァンの特異な能力は美術・音楽・文字読み・数学・記憶力などの分野で現れ、中でも音楽サヴァンがもっとも多く、美術の才能を示すサヴァンは少ない。サヴァンのこうした能力の大半は、左半球の活動に限定されている。このことを受けて、古くから右脳優位に関する研究が行われてきた。 Gecshwind&Galaburda(1987)は「優位性の病理」と称し、脳の一部の発達が停滞した結果として他の部分が補償的に成長し、超越的な発達を遂げることを説明した(次良丸・五十嵐,2002)。近年では左半球仮説を支持する新たな研究結果も出てきていることから、「近い将来、サヴァンに関する神経学的特徴を特定できる可能性がみえてきた」とTreffert et al.(2002)は述べている。

 

3項 国内外における美術家サヴァン

 

ナディア

美術の天分を示すサヴァンの中でも有名なのが、ナディア(Nadia)の症例である。彼女を担当した心理学者であるSelfe(1977)は、自閉症の問題を抱えているナディアが歴年齢を大きく上回る描画の才能を示したことを報告している(Case et al.,1992;Thomas&silk,1996;寺山,2002;杉山,2002)。ナディアは遠近画法を用いて立体的で素晴らしい絵を描いたが、そのような彼女の絵の才能は言語の欠如に対する代償のようであったという。この点に関してSelfeは、「発達段階にある子どもは成長とともに言語が心像にとって代わるために心像が退行するのに対して、ナディアの場合は言語が発達しなかったため、それを補う形で視覚イメージが大きく発達したのではないか」と仮説を立てている。この仮説に従うと、ナディアの言語能力が向上した場合、彼女の描画能力は消滅してしまうことになる。実際、熱心な教育の末に言語が発達したナディアは、天才的な描画の才能をすっかり失ってしまったという(Treffert,1990;中根,1999)

 しかしTreffert et al. (2002)は、「彼らが言葉を覚えたり人々と接したり、身の回りのことができるようになったために、それと引き換えに素晴らしい才能を失ってしまうという残念なケースはほとんどない」と述べている。

 

リチャード・ワウロ

リチャード・ワウロの絵は世界的に有名であり、各国の著名人が彼の作品をコレクターしている。リチャードが3歳の時に、IQ30の中度から重度の精神遅滞児であると診断された。ちょうどその頃から絵画の才能を開花させ、現在までに1600点もの作品を世界中に送り出している。リチャードは油性クレヨンのみを使って絵を描き、完成すると父親と祝いの儀式を行う。ナディアの症例以後、サヴァンに言語や社会性を学習させることを躊躇する傾向にあったが、リチャードがそのためらいを払拭した。彼の場合、美術の才能が伸びるにつれて言語や社会性も発達し、能力の交替は起こらなかったという(Treffert,1990;Treffert et al.,2002)。

 

山下清

「日本のゴッホ」「放浪の天才」などと呼ばれた山下清は、貼り絵においてその特殊な才能を開花させた。多難な幼少時代を経た後、特殊養護施設に収容され、そこで才能が現れ始めたという。著名な芸術家による指導もなされ、日本中の批評家が彼の作品を高く評価した。「放浪の天才」の名の通り、山下清は全国を放浪していく中で見たものを作品に残していった。驚異的な記憶力を実証する作品として「トンネルのある風景」(1949)が挙げられる。この作品は放浪先から戻った後、旅先で見た風景を思い出しながら制作したものであるが、構図・色合いともに忠実に再現されている(山下,2000)

 

山本良比古

 山本良比古は生後6ヶ月の時に、脳水腫に加えて重度の精神障害をもっていると診断された。耳がやや不自由であったために入学した聾唖学校で、山本の才能に気づいた教師・川崎昴は絵を通じて意思の疎通を図ろうと試みた。川崎は山本に、名古屋城のスケッチを版画におこすことを提案し、そこから山本の木版画が始まった。以後、木版画にとどまらず水彩画・油絵・水墨画に至るまでその才能は開花した。山下と並んで、山本の作品は世界的に有名となっている(川崎,1981)

 

 

3章 学校と描画

 

1節 子どもに対する描画アプローチの意義

 

森谷(1995)は「言語表現の乏しい子どもには、言語に代わるアートセラピーが非常に重要な役割を果たすと期待されている」と述べている。例えば、不登校・いじめ・心身症・非行などの子供たちは、表現能力が優れているとはいえないことが多い。寺嶋(2000)も同様に「子どもの言語的な表現能力が発展途上にあることからしても、描画は特に適した方法であると考えられる」としている。心理療法としての役割についてWallon,Cambier&Engelhart(1995)は「絵は子どもの心理療法の中では特別重要な位置を占める。子どもは言葉によって自分の体験をうまく表現できないので、絵がこのハンディキャップを効果的に埋める役割を果たすのである」と述べている。

 

2節 学校現場における描画利用の利点と問題点

 

Wallon et al.(1995)は「絵の教育的機能」を指摘している。学校での描画活動によって、子どもの個人的な表現や集中力、課題の実行、活動亢進状態のコントロールが促進されるという。

学校現場で描画を利用する際の利点は多くの研究者が論じているが、ここでは日高(2000)の論に沿って進めることとする。

 

@  心理的な抵抗が少ない

絵を描くという行為は誰もが経験しているものであり、比較的抵抗が少ない。

A  実施の容易さ

複雑な検査器具は不要であり、専門家だけでなく教師が行うことも可能である。

B  問題行動の予測

一定の方法に従って行った描画テストは他児との比較を可能とし、問題行動の予測・予防に有効な資料となると考えられる。

C  視覚的理解

言語化できない児童の内面を視覚的に把握でき、心理的な援助方針を立てる際の客観的資料となる。

 

しかし「実施の容易さ」という利点が描画の使用及び理解に悪影響を及ぼしている側面もある。

寺嶋(2000)と日高(2000)は、描画による「心理的な浄化作用」のみが注目され、感情の発散という治療的側面だけが独り歩きしていることによって、安易な描画の利用や独断的解釈など不適切な描画の使用がみられる点を指摘している。

 

この点に関して寺嶋(2000)は「描画から得られた情報を教育現場に適用するには、描画の内容を適切に解釈できる専門家(臨床心理士・心理カウンセラー等)の援助が必要である」と述べている。また松井(2000)は、「描画は専門家による直接的援助が不可能な場合でも、担任教諭や養護教諭が専門家に代わって児童に描画を実施すれば、描画を通したコンサルテーションを行うことも可能である」と述べている。しかしスクール・カウンセラーが配置されていない学校や、身近に相談できる臨床心理士がいないなど、専門家の援助を受けることが困難な場合も多い。

 

3節 学校・教師に求められる機能・役割

 

2節で述べた問題点に関して、いくつかの新しい見解が生まれている。

 

寺嶋(2000)は「描画を学校で適切に用いるためには、教員自身が描画テストを実施・解釈できることが重要となる」として、小・中学校の教員を対象に描画研修を行っている。教員が心理臨床活動を行うことに関して高橋(2000)は、子どもの心の適切な理解や健全な成長を促すことに繋がると述べている。また加藤(2000)は「保健室及び養護教諭の役割の増加」を指摘している。保健室は従来の身体的保健だけでなく、生徒の精神保健という心への働きかけが求められているという。また同時に、教職員の描画に対する深い理解も重要となる。教育相談室のようには機能分化していない学校現場において、保健室がプレイルーム化することに教職員側が抵抗を示す場合も考えられる。描画療法及び保健室のあり方に対する周囲の理解が大切であると主張している。

 

 

4章 全体的考察

 

1節 アートセラピーの実例

 

 現在では様々な事件・災害後の心理臨床活動の一環として、実際にアートセラピーが行われている。

 

児童殺傷事件のあった大阪教育大学付属池田小学校では、事件発生から3ヶ月ほど経った後、12年生を対象に傷ついた心のケアを目的としたアートセラピーが行われた。またこの池田小での事件がきっかけで、世田谷一家殺害事件で友達を失った心の傷が再び痛み出してしまった子どもたちに対しても、継続的にアートセラピーが施されているという。

過去には1995年の阪神大震災で心に大きな傷を負った子どもたちのために、ボランティアグループが長期にわたって各地の避難所を回り、アートセラピーが行われたこともある。「自由な色彩表現が心のケアをもたらすものであることを、この活動を通して痛感した」と末永(2001)は述べている。

 

こうした活動が今後も積極的に行われることで、描画の心理的浄化作用に対する理解を深めることにつながるだろう。

 

2節 今後の課題と全体的考察

 

発達障害と描画の意義・特徴について検証してきたが、描画から児童の問題を捉える際に注意すべき点がある。

「子どもの発達障害は、加齢・発達・治療的介入によって病態が大きく変化していくという事実があり、臨床上の曖昧さも考慮すると一時期の描画特徴のみによって断定的に診断名をとらえ、識別していくことには危険がある」と、末次(2003)は指摘する。描画はあくまでも診断の補助にすぎず、絶対的な判断基準ではないことを忘れてはならない。描画から得られた情報を有効に活用するには、面接や他の心理検査の結果と合わせて解釈することが大切となる。

 

学校で心理臨床活動を行う際には、時間的・空間的枠組みの問題が浮上してくる。学校場面においては、「自由にして保護された空間」を確立することが困難な場合もある。特に保健室を利用するのであれば、他の生徒や教員が出入りする可能性も考えなくてはならない。また描画の解釈には絵そのものだけでなく、行われた環境や経過、児童の表情などの情報も重要な要素として関わってくる。しかし怪我の治療を優先させなければならない保健室においては、養護教諭がつきっきりで描画の経過を観察することは実質上難しいだろう。その点相談室であれば、カウンセラーと児童は比較的容易に11での関わり合いをもつことができる。問題を抱える児童が増えてしまった今では、身体的治療が必要な子どもと、精神的治療を求める子どもの両方を保健室で抱え込むことはもはや不可能である。描画を適切に利用・解釈し、子どもの心の理解を深めるためにも、学校現場で可能な限りの機能分化を図る必要があると考える。

また第3章で述べたように、今後は単純に心のケアとしての描画利用にとどまらず、描画という媒体を通したコンサルテーションにも力を入れるべきであるように思う。松井(2000)も、「描画という視覚的資料によって、援助者側の共通認識を得ることができる」と述べている。多くの人間が一生徒に関わる学校において、共通認識を得ることは重要であるといえる。描画を視覚的媒体として利用し、援助者側の方針を定めることは、生徒への適切な対応にもつながることと思われる。

 

 現在、中学校においてはカウンセラー及び相談室の整備が全国的に進められているが、小学校で配置を完了しているところは少ない。発達段階の早い時期から描画を実施する事は、障害の予見や問題行動の予測に必ず役に立つ。発達障害や問題行動を早期に発見するためにも、今後は小学校での臨床活動にも重点がおかれるべきではないだろうか。

 

 

文献

 

1)C.Case&T.Dalley 岡昌之監訳 1997 芸術療法ハンドブック 誠信書房

 

2)Darold,A.Treffert 高橋健次訳 1990 なぜ彼らは天才的能力を示すのか―サヴァン症候群の驚異― 草思社

 

3)Darold,A.Treffert&Gregory,L.Wallace 日経サイエンス編集部訳 精神医学 右脳の天才サヴァン症候群の謎 日経サイエンス20029月号(通巻371号)329号 Pp58-67

 

4)G.V.Thomas&A.M.J.Silk 中川作一監訳 1996 子どもの描画心理学 法政大学出版局

 

5)日高なぎさ 2000 学校現場における描画テストの応用について―3事例を通しての有効性の検討― 臨床描画研究15 Pp41-51

 

6)飯森眞喜雄編 2000 こころの科学92号 芸術療法 日本評論社

 

7)石川元 1998 学習障害(LD)と描画とのチャーミングな関係 臨床描画研究13 Pp3-18

 

8)次良丸睦子・五十嵐一枝 2002 発達障害の臨床心理学 北大路書房

 

9)加藤孝正 2000 「引野・松井氏の学校現場での描画の応用」へのコメント 臨床描画研究15 Pp36-40

 

10)川崎昴 1981 不思議の画家 山本良比古 アディン書房

 

11)黒田吉孝・小松秀茂編 2003 障害児教育シリーズ3 発達障害児の病理と心理 培風館

 

12)松井美奈子 2000 学校現場における描画の応用―摂食障害を呈する中学3年生女子の事例を通じて― 臨床描画研究15 Pp11-22

 

13)森永良子・野本智子 2001 学習障害(LD)のタイプと人物画 臨床描画研究16 Pp43-68

 

14)森谷寛之 1995 子どものアートセラピー―箱庭・絵画・コラージュ― 金剛出版

 

15)中根晃 1999 発達障害の臨床 金剛出版

 

16)小栗正幸 1998 LDとその周辺児童の描画を取り扱う際の問題点 臨床描画研究13 Pp32-40

 

17)Ph.wallon,A.Cambier&D.Engelhart 加藤義信・日下正一訳 1995 子どもの絵の心理学 名古屋大学出版会

 

18)末永蒼生 2001 心を元気にする色彩セラピー PHP研究所

 

19)末次絵里子 2003 発達障害児の心理アセスメントとしての人物画テストとその活用について 臨床描画研究18 Pp196-210

 

20)杉山登志郎 2002 発達障害の臨床における描画の意味―自閉症の描画を中心に― 臨床描画研究17 Pp22-36

 

21)高橋依子 2000 学校で描画を用いるために 臨床描画研究15 Pp99-105

 

22)寺嶋繁典 2000 学校現場への描画の適用―教員を対象とした描画研修を例として― 臨床描画研究15 Pp3-10

 

23)寺山千代子 2002 自閉症児・者の描画活動とその表現 臨床描画研究17 Pp5-21

 

24)徳田良仁・大森健一・飯森眞喜雄・中井久夫・山中康裕 1998 芸術療法2実践編 岩崎学術出版社

 

25)山下浩 2000 家族が語る山下清―夢みる清の独り言― 並木書房

 

参考資料

 

毎日小学生新聞200174

 

毎日新聞2001831日東京夕刊



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