アメリカ・ワシントン在住の青木江里子さんからサイトにご連絡をいただきました。小学校1年生の息子さんが通うスティルウォーター小学校でボランティアをしていらっしゃる青木さんは、ご自分が昔生徒だった頃の学校図書館とは全く違う学校図書館の姿に新鮮な驚きを感じたそうです。子どもたちは「図書館は楽しい」と声を揃えます。
図書館&博物館&美術館&科学館といった趣の館内にある様々なモノは、ほとんどが父母からの寄付。「図書館を、子どもたちが目で見て、刺激を受ける場所にしたい。これは何?もっと知りたい、と感じれば自然に本を手に取るから」というのはボランティアで関わっている保護者の言葉です。図書館は保護者の存在抜きには語れないと話す専任司書のメアリー・ロバーツさん(アメリカでの職名はLibrarian Specialist)。保護者からの信頼も厚いロバーツさんは、昨年PTAが贈る「優れた教育者」の賞にも選ばれたそうです。そこで、青木さんからロバーツさんにいくつかの質問をしていただけないかお願いしたところ、以下のようにその回答をまとめてくださいました。
Q.スティルウォーター小学校で、このような学校図書館の取り組みが始まったのはいつごろからなのでしょうか?
―図書館司書のメアリー・ロバーツさんがスティルウォーター小学校の図書館に配属になったのは2010年の9月でした。図書館を見た最初の印象が「嫌だ!」と感じたそうです。プラスティックの本棚、古いテーブルカバーが掛かっているだけの机が置いてあるお話コーナー。何の飾りもなく、ただ雑然と本が置いてあるだけの図書館で、父兄のボランティアも活用していなかったそうです。これではいけない、とロバーツさんはさっそく改善に取り組み始めました。
まずロバーツさんの知人でシアトルにあるAsian Arts美術館のアーツディレクターに来てもらい、ビジュアル的に手をつけるにはどこか観てもらいました。すると、黒色のマグネットボードを館内の主要な箇所に設置するようにアドバイスされました。黒色は雑多な色彩になりがちな図書館を引き締める印象を与え、さらに様々な素材をディスプレイするのに活用できます。このボードはストーリーコーナーの壁面に大きく取り付けられており、また本棚の側面についています。
次にロバーツさんはプラスティックが大嫌いで、できれば色んな素材を取り入れたいと考えていました。父兄ボランティアで裁縫が得意な人に、椅子の背もたれにキルト生地のカバーやクッションを作ってもらいました。書架の上には観葉植物が沢山育てられています。鉄製の戦車や木製の機織り機の模型も飾られています。その他ネイティブインディアンの伝統的な衣類や籠、海辺に打ち揚げられた木材でつくった椅子もあります。私も錦織の和装用のハンドバッグや草履も展示用に提供しました。貴重な展示物はガラスの箱に入っていますが、基本的に子供たちは触ったり、持ち上げたりすることができます。触れることで子供たちに感じ取ってもらいたいとの願いがあるからだそうです。とにかく図書館をわくわくするような場所にしたいと考えています。
Q.そのきっかけとなるようなことがあったのですか?
―以前の図書館が大嫌いだったからだそうです。
Qロバーツさんはどのような資格のもとで働いていらっしゃるのでしょうか?
―アメリカでは、学校図書館司書の資格は教員の免許に合わせて、さらに図書館を運営する知識を大学のコースでとった人がやれるそうです。ロバーツさんの場合は最初の10年を英語教師などとして働き、ワシントン大学でカリキュラム教育やリーダーシップのコースを学びながら、教育委員会で働き、その後スティルウォーター小学校に赴任されました。ここが2回目の学校図書館司書の仕事だそうです。
Q.図書館の運営方針・および選書は誰が責任をもって行っているのでしょうか?
―司書のロバーツさんが一人で決めていますが、彼女の仕事ぶりは毎年校長先生の査定を受けています。本の選定はアメリカやワシントン州の教育省が推薦図書の一覧を毎年作成しており、それを基に行っています。また父兄が図書館に設けてもらいたい本をリクエストしたり、逆に図書館に置いて欲しくない本を指摘することもできます。その際はしかるべきプロセスを経て本の選択、削除を行うそうです。
Q3日に1度ある40分程度の図書の時間は、担任の先生も一緒に関わるのでしょうか?
―.基本的にクラスの担任の先生は図書館の時間に参加することはありません。司書が独自にカリキュラムを設定し、紹介する本や子供とディスカッションするテーマを決めます。ですが、ロバーツさんはカリキュラムの専門家でもあり、各学年でどんな内容の勉強を行い、課題のテーマの情報交換を先生たちと行っているので、図書館の時間に子供たちにクラスの勉強やテーマに合った本の紹介をしています。とくに年間を通した目標はありませんが、ブッククラブや子供ライブラリアンの活動を通して、多くの子供が本に親しんでいます。(写真は地元の公共図書館のライブラリアンが学校図書館を訪れて、パペットショーを行った後に、夏休みもしっかり本を読みましょう!と子どもたちに働きかけている様子です。)
Q.ボランティアの組織作りやとりまとめ役の存在、また組織の維持の方法は?
―.取りまとめ役は存在していません。しかしロバーツさんは、ボランティアの組織作りが今後の課題だと言っています。現状は各ボランティアの自己責任と奉仕の精神で自由に活動に参加しています。ボランティアは強制されることなく自分の空いた時間にできることを率先してやっているといった感じです。
Q.デジタル化の波は、スティルウォーター小学校では図書館や読書になにか影響や変化をもたらしているのでしょうか?
―ロバーツさんはもっと電子図書を購入し、貸し出しを広く行っていきたいと考えていますが、年間の予算に限りがあり、通常の本やオーディオブック、細かいところで、本のカバーの材料などを買ってしまうと、予算がなくなってしまいます。ですのでロバーツさんの個人の出費で電子図書を買い、ストーリータイムで子供たちに読んで聞かせています。電子図書を使うと、大きな画面で見ることができ、また絵を動かしたり、効果音も利用できます。情報も常にアップデートされているし、特に百科事典などの本はこれからインターネットに変わっていくので、デジタル化の波は図書館にとって素晴らしいことだと受け取られています。
Q.図書館は、学校の通常の授業のなかでは、どのような役割を果たしていますか?
―図書館での教育は今のところ通常の授業と離れて行われています。課題解決に図書館を利用すると言うことはありませんが、ロバーツさんがクラスのカリキュラムを事前に知り、授業で役立つだろうと思われる本を教室に持って行ったりしています。
Q.PTAが「優れた教育者」の賞は、スティルウォーター小学校独特の制度でしょうか?また保護者のボランティア活動は、自分にできることを誰でも行っているのでしょうか?それとも、特定の方々に限定されるのでしょうか?
―アメリカ社会は社会に貢献している人や、能力のある人を大いに称える風潮が強いと思われます。学校関係だけでなく、小売店などでも毎月優秀な社員を表彰しています。アメリカでは学校でのPTAの役割がとても強く、先生方と父兄とが同じレベルでお互いに協力し合っています。PTAがよりよい学校にするために、精力的にファンドレージング(資金集めの活動)を行いそのお金で、美術や科学の授業を増やしたり、図書館の本の購入に当てたり、校庭の遊具を新調したりしています。一般的にPTAが活発な学校は質の高い学校だと見られています。
ボランティア活動は自分ができることを進んでやる、といった姿勢で強制されることはありません。成人であり、教育委員会が定める書類を提出し認められれば、父兄でなくてもボランティアをすることができます。図書館で働くボランティアに話を聞くと、一様に学校の図書館とロバーツさんが好きだからやっていると答えが返ってきます。私も本が好きで、子供たちや他の保護者と関わることができるので、ボランティアを楽しくやっているといった感じです。(写真中央が、Librarian Specialistのロバーツさん、左端がレポートを寄せてくださった青木さんです。)
Q 最後に、青木さんが今、アメリカにいて、日本の学校図書館を思い起こし、日本でも、あの取り組みは良かった・・・と思いだすことはありますか?
―私自身はアメリカに永住予定ですが、日本で教育を受け、30歳で渡米するまで日本で生活してきましたので、今でも日本での暮らしがとても恋しく感じます。息子は今一年生ですが、こちらで生まれていますので、アメリカの社会しか知りません。できれば、息子に日本で教育を受けるチャンスをあげたいと感じてもいます。というのは、アメリカの初等教育のレベルは国際的に見て低く、不景気の影響で教育の当てられる予算も毎年カットされています。しかし、アメリカのよいところも沢山ありますので、子供の教育は学校任せにせず、自宅でも宿題をしっかり見たり、子供に知る楽しさを感じてもらえるよう、親としても努力していかなければいけないかなと思っています。残念ながら、日本では名古屋市に在住しておりましたが、学校図書館でのよい取り組みは思い出すことができません。
遠いアメリカから、このようなやりとりができるのも、まさに今の時代ならでは!ですね。アメリカでも、学校図書館事情は、学校によってずいぶん違うということですね。でもどこでもやる気のある人たちのチカラで、どんどん変わっていくのは同じかもしれません。青木さん、ありがとうございました。
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