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■命って何だろう
■生きるってどういうこと?
■死ぬとどこへいくのか
制作 児玉恵美,小林朱美,藤井宏美,新井良美,山ア和美,竹野直紀
■命って何だろう
命について考えたことがありますか?
皆さんはどんなときに、「命(いのち)」に気づきますか?
また、どんなときに、「命(いのち)」を感じますか?
例えば、種をまいて小さな芽が出てきたとき
動物を抱っこしたら、重くてほんのり温かかったとき
赤ちゃんが生まれたとき
飼っていたペットが死んでしまったとき・・・・
このようなときに、私たちは命(いのち)を感じて、安心したり、喜んだり、悲しんだりするのではないでしょうか?
そもそも「命(いのち)」という言葉の意味は?
一般的に使われている辞書に「広辞苑」というものがあります。
その広辞苑では「命(いのち)」はどのように書かれているのでしょうか?
広辞苑によると・・・
いのち【命】
@ 生物の生きていく原動力。
A 寿命
B 一生。生涯。
C もっとも大切なもの。
日本語には、「命(いのち)」を使った言葉や慣用句がたくさんあります。
その一部を紹介しましょう!
- 命(いのち)知らず
- 命(いのち)綱
- 命(いのち)の水
- 命(いのち)長ければ恥多し
- 命(いのち)を削る
- 命(いのち)が縮まる
- 命(いのち)を捧げる
☆ わからない意味は広辞苑でしらべてみてください!
日本語の語源は?
もともと日本で話されていた言葉を「和言葉」といいます。その音に、あとから漢字が付けられました。では、和言葉である「いのち」にはどんな意味があるのでしょうか?
「いのち」には・・・
息の道・息の内・息の根・息の尾
という意味が込められていると考えられています。
みんな「息」という言葉がついていますね。 このことから、日本人は「いのち」を「息をしている状態」と考えていると言えます。
「息」という語を使った言葉を紹介します。
皆さんは「息を引き取る」と言う言葉を聞いたことがありますか?
この言葉は、亡くなられる人の「息」を残された人が引き取り「いのち」を伝えていくという意味があるのです。
つまり、死んでいく人が「息を引き取られる」のは、残された家族や友人に引き取られる、ということなのです。このことから、いのちは消滅したり断絶したりするのではなく、次から次へと伝えられていくものと考えることもできます。
漢字の「命」の意味は?
漢字は古代中国で発生した文字です。日本へは大和の時代に伝わったとされています。
「命」は、「口」と「令」に分解することができます。 そのそれぞれの意味をみてみましょう!
「口」・・・伝達 「令」・・・おふれ・いいつけ・さしず
このことから、「命」という漢字は、上からの命令という意味になり、「天からの命令で生きている状態」を表しているといえます。
この「天からの命令で生きている」=「天に生かされている」という考え方は、もともと仏教の思想です。
仏教で食事のときに、合掌して(手と手をあわせて)「いただきます」といいますが、これは「お命をちょうだいします」という意味なのです。
私たちは主に食べることによって他の生き物の命を自分の中へと取り込んでいますが、仏教ではその相手に対して感謝の心をもつことが説かれています。
命(いのち)については、いろいろな人がいろいろな考え方をしているので、「いのちとはぜったいにこういうものである」という答えを決めることはできません。
しかし、たしかなのは「命(いのち)はひとつの生き物にひとつしかない!」ということです。ひとつひとつの命(いのち)は、何百万年も前から互いにかかわり合い、支えあって、新たな命(いのち)を生み出し、つながってきました。あなたの命(いのち)も、大昔からずっと伝えられてきたものなのです。
■生きるってどういうこと?
生きること・死ぬこと
皆さんのなかには、死ぬことが怖い・いやだという人もたくさんいるでしょう。
でも、生きる先には、必ず死というものがあります。つまり、生きることと死ぬこととは別々のものではなく、 生きることののなかに死ぬことが含まれているのです。
考えてみよう
きっと誰でも一度は「どうして生きているのだろう?」とか「なぜ生きなきゃならないの?」と思うことがあるでしょう。
それはとても自然なことで、またとても大切なことです。自分はなぜこの世に生まれたのか、自分はどうやって生きていくのか、
そもそも自分って何だろう?・・・たくさんの疑問と矛盾(むじゅん)に対する試行錯誤(しこうさくご)は、決してムダにはなりません。
それらの答えになるものは、一つではなく皆さんそれぞれに違っていていいのです。
この機会にぜひ、自分にとっての「生きること」を考えてみてください。
こんな事を言っている人もいるよ
いろんな時代のいろんな人達が残した「生と死」についての言葉(格言)を紹介します。
いつの時代でも、「生きること・死ぬこと」というのは人々が真剣に考えるテーマなのです。
どれか一つでも自分のこころに響くものが見つかるといいですね。
格言集
- どうせ生きているからには、苦しいのは当たり前と思えどうせ生きているからには、苦しいのは当たり前と思え。by芥川龍之介
- 死んでみたところでなんの役に立つのだろうか?
まだ死ぬには早すぎる。せっかく自分のために生まれてきたものを
全部自分のものにしもせずにあの世に旅立つなんて、果たして僕のすべきことだろうか。byS・D・コレット
- お前の人生が戯れ(たわむれ)にすぎなかったのなら、死はお前にとって真剣事であろう。
だが、お前が真剣に生きたのなら、死はお前にとって一つの戯れ(たわむれ)であろう。
byクレッチマン
- 死のうと思っていた。今年の正月、よそから着物一反(いったん)もらった。お年玉としてである。着物の布地(ぬのじ)は麻(あさ)であった。鼠色(ねずみいろ)の細かい縞目が織り込まれていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。by太宰治
- 私の疲れた心よ。生きるということはなんと困難なことだろうか。byアミエル
- 生きるべきか、死すべきか。それが疑問だ。byシェークスピア
- 死とは、私達に背を向けた、光のささない生の側面である。byリルケ
- われわれの生まれ方は一つ。だが死に方はさまざま。byユーゴスラビアの格言
- 人間は生きることが全部である。死ねば全てなくなる。by坂口安吾
- 生死などは何でもない、つまらない事柄なのだ。ただ、生きていく態度が重要なのだ。
by稲垣足穂
- 死者も我々がまったく忘れてしまうまで、本当に死んだのではない。byジョージ・エリオット
- なぜ死を恐れるのですか。まだ死を経験した人はいないではありませんか。byロシアの諺
- 死は生の対極としてではなく、その一部として存在する。by村上春樹
- あたかも良く過ごした一日が、安らかな眠りをもたらすように、
良く生きられた一生は、安らかな死をもたらす。byレオナルド・ダ・ビンチ
- 天が私にあと十年の時を、いや五年の命を与えてくれるのなら、
本当の絵描きになってみせるものを。by葛飾北斎
- 僕が死を考えるのは、死ぬためじゃない。生きるためなんだ。byマルロー
- 最も長生きした人は、最も多くの歳月を生きた人ではなく、 最もよく人生を体験した人だ。
byルソー
- 人生を明るいと思う時も、暗いと思う時も、私は決して人生をののしるまい。byヘッセ
- ほがらかに死んでいくために、私は生きようと思う。byゲレルト
- 生きる、それはじぶんの運命を発見することである。byアルサン・サラクルー
- 私達はいわば二回この世に生まれる。
一回目は存在するために、二回目は生きるために。byルソー
- 一度だけの人生だ。だから今この時だけを考えろ。
過去は及ばず、未来は知れず。死んでからのことは宗教にまかせろ。by中村天風
- なんと大洋の美しいことよ!なんと大空の澄んでいることか!点のような太陽!
何事が起ころうと、この瞬間、生きていることでたくさんだ。byリンドバーグ
- 人生にはただ三つの事件しかない。生まれること、生きること、死ぬことである。
生まれるときは気がつかない。死ぬときは苦しむ。
そして生きているときは忘れている。byラ・ブリュイエール
- 人生のバッターボックスに立ったら、見送りの三振だけはするなよ。by小林茂
- 傷ついたのは、生きたからである。by高見順
- 世の中には幸も不幸もない。ただ、考え方でどうにもなるのだ。byシェークスピア
- 寒さにふるえた者ほど太陽を暖かく感じる。人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る。byホイットマン
- 人生は物語のようなものだ。 重要なのはどんなに長いかということではなく、
どんなに良いかということだ。byセネカ
- 自分が立っている所を深く掘れ。そこからきっと泉が湧きでる。by高山樗牛
- 人生は一冊の書物に似ている。
馬鹿者たちはそれはパラパラとめくっているが、賢い人間はそれを念入りに読む。
なぜなら、彼はただ一度しかそれを読むことが出来ないのを知っているから。
byジョン・パウル
- それをやりにおれが生まれてきた。そのことだけを考えればよい。byヘミングウェー
- 人間は負けたら終わりなのではない。辞めたら終わりなのだ。byリチャード・M・ニクソン
- 生きるとは呼吸することではない。行動することだ。byルソー
- 死の恐怖は、解決されない生の矛盾の意識にすぎない。byトルストイ
- 臆病者は本当に死ぬまでに幾度も死ぬが、勇者は一度しか死を経験しない。
byシェークスピア
- 我は生きようとする生命に取り巻かれた生きようとする生命だ。byシュヴァイツァー
映画の台詞(せりふ)から・・・・
- 立派に死ぬことは難しいことではない。立派に生きることが難しいのだ。
by映画『無防備都市』
- 何かいい物語があって、それを語る相手がいる。それだけで人生は捨てたもんじゃない。
by『海の上のピアニスト』
- 道を知っていることと実際に歩くことは違う。by『マトリックス』
- 十二才の時のような友達はもう二度できない……もう二度と…。by『スタンド・バイ・ミー』
- Don't think,feel.(考えるな、感じろ )by『燃えよドラゴン』
- 意味を求めたってはじまらないよ。人生は欲望だ。意味などどうでもいい。by『ライムライト』
- 諦めるな。一度諦めたらそれが習慣となるby『がんばれ!ベアーズ』
- 恐れてはいけない。大切なのは勇気だ、想像力だ。by『ライムライト』
- 自分を好きになったほうがいい。長く付き合うんだから。by『底抜け大学教授』
- 今日という日は、残りの人生の最初の一日。 by『アメリカン・ビューティー』
■死ぬとどこへいくのか
【部屋ににおいが充満するまでに時間がかかるので、最初からアロマオイル(EARTH&GREEN)を炊いておいてください】
「死ぬとどこへいくのか」
死ぬとどこへいくのか? 私たちは生命である以上「死」から逃れることはできません。大好きだったペットの「死」を経験して「死」を身近に感じたことのある人もいるかもしれません。ではなぜ、生命は死ななければいけないのか、そして生命は死ぬとどこへいくのか、今日は私たちが生きている星「地球」というレベルからみていきたいと思います。
まず、「地球ありき」
まず、地球ありき。今からおよそ46億年前、地球は宇宙の中に存在しました。そして今から大体38億年前に私たちの祖先にあたる生命が地球に存在したのです。
つまり生命が存在してそこに地球が生まれたのではなく、地球が存在していてそこに生命が生まれたのです。
地球から生み出されたもの
生命は地球から生み出されたものなのです。私たち生命はみな現在も地球上のいたるところで生まれ、地球からはなれ、ひとつの生命として生きていこうとしています。生命とは、生きることを宿命付けられた存在なのです。というのも、生(生きること)+ 命(命ぜられたもの)= 生命 という言葉のつくりからもわかることと思います。はるか昔からそのように考えられてきたということですね。
生命の連鎖
はじめは数の少なかった生命も年月を重ねるごとに種類が増えていき、現在では一千万を越えるといわれています。昔はばらばらだった生命も現在はみながほかの生命と複雑に関係しあい、生命のネットワークといえるものを作り上げてきました。それが生命の連鎖というものです。生命はほかの多くの生命とのかかわりの中で生き、死に、廻っているのです。
では蚊を例にとってみてみましょう。
人にとって蚊ってすごくいやな虫ですよね。夏ただでさえ暑くていらいらしているのに「ぶ〜ん」って自分の周りを飛び交うだけじゃなく、血を吸った上にかゆくまでさせてくれる。ひとにとって百害あって一利ないような生命にみえます。
しかし蚊はそれ自体でほかの虫や鳥の食料になりますし、水場で繁殖するかの子供であるぼうふらは水場の微生物の食料になっています。他の多くの生命にとって蚊はいなくてはならない生命なんですね。
このようい生命は他の多くの生命とのかかわりの中で生きています。こうして生命は、地球に生まれ、地球に還っていくのです。
感じてください
ではここでみなさんにご協力を願います。目を閉じてください。そしてみなさん頭の中で大自然を想い描いてください。自分があたかも大自然の中にいるような…。
【ここで音源(森のせせらぎ等の音なら何でもよい)を流してください】
【ここで2〜3分時間をとります】
【音源をきってください】
地球に生まれ、地球に還る
それではみなさん目を開けてください。多くの方が心落ち着かれたことと思います。中には眠くなってしまった方もいらっしゃるのではないでしょうか…。このような思いを感じるのは、みなさんが地球に還りたい、地球と一体化したいという想いを持っているからなんですね。
たまにふっと風に当たりたくなって窓を開けてみたりするとか、グラウンドに寝そべって空を眺めてみたりするときとか、今頭の中で想い描いてもらったときに感じた想い、これは自然に触れることで、そのずっと奥にある母なる地球を感じ取っているのです。生命は地球に還りたい、一体化したいという想いを持っているのです。
どうして人は死ぬのか、これは人もまた生命の連鎖の一部であること、そしてその先にいるのは地球であり、生命は地球に食われるのです。というのは死ぬとどうなるのかにつながっており、死ぬと生命は他の生命に再び宿ったり、土に返ったり…地球を廻るのである。それは地球に再びとりこまれ、また新たな生命となることを意味しているのです。これを仏教では「輪廻転生」といいます。
ではなぜ私たちは生きていくのか
ではなぜ私たちは地球に還りたいという意識を持っていながら生きているのでしょうか?それは生命が地球に還るという意識よりも、生命として生き抜くという意識のほうが強いからです。事実(真実ではない)、生命である「私たち」はこうして地球上に存在し、生きているのです。
仮にもし生命が地球に還るという意識の方をより強く持っていたとしたら、私たちはみな地球に取り込まれ、生命は存在しないでしょう。生命は生き抜き次の生命につながる、そういった方向を持っているのではないでしょうか。
地球には寿命がある
地球には始まりと終わりがあります。宇宙には最初地球という星は存在しなかったし、はるか遠い未来、地球は宇宙に存在していません。地球もまた宇宙の中ではひとつの生命であるという風に見れば、地球にも寿命は存在するということですね。だから地球で生み出された生命である私たちにも寿命が存在するのです。地球から生み出されたのに地球より寿命が長い生命がいたとしたらおかしな話ですものね。
人類の革新とは
では人類の革新とは何なのでしょうか。それは人類の宇宙への進出なのではないかと思います。私たちをはぐくみ養ってきた地球からの脱出、これは人類の生命の連鎖からの脱出をも意味しています。これによって人類は新たな生命としてその第一歩を踏み出すかもしれません。
たとえるならば、今日日本人の平均寿命は81歳くらいといわれていますがこれが200歳くらいになるかもしれません。また宇宙に出た人類は、より「わかりあえる」ようになるかもしれません。宇宙には私たちにとって、計り知れない「可能性」があるのです。
参考図書・文献
参考図書・文献としてあげさせていただきたいのが、ひとつは森岡正博著『引き裂かれた生命』雑誌「仏教」(法蔵館)1995−1998連載です。今回この教材を作成するに当たって大変参考にさせていただきました。本当にありがとうございました。
そしてもうひとつは手塚治虫著『火の鳥』角川文庫です。『火の鳥』だけでなく手塚治虫さんの作品の多くにはそのテーマとして「生命」が大きく掲げられているように思えます。それは手塚治虫さんが生前「生命とは何か」について彼自身よく考え、悩んできたからこそのことだと思います。生命とは何か、についてよく考えさせてくれることと思いますので、参考図書・文献のひとつとして『火の鳥』を揚げさせていただきたいと思います。
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