音楽心理学の動向と音楽が人間に及ぼす影響

 

                        N類カウンセリング専攻3年
                        N00−5016
                        塚本久実子

 

1、 本研究の目的

現在、特に日本においては音楽がありとあらゆるところにあふれている。これは、人々が音楽を必要とし、また音楽があることがあたりまえの生活になんの違和感も感じていないからだといえる。つまり、音楽は人間に大きな影響を与えていると考えられるのだ。現に心理学の領域においても、音楽心理学は今でこそ周辺の領域にあるように思われているが、確立当初はむしろ中心問題であった。(梅本,1996)

*音楽心理学の歴史
1862年にHelmholtz,H.L.F.von(1821-1894)が「音響感覚の理論」を著作(音楽の音色やハーモニーや音階や音調性の問題を科学的な実験をもとにして論じたもの)をきっかけに、1880から1900年代、Wundt,W.(1832−1920)が意識心理学から実験心理学を独立させたり、Stumpf,C.(1848−1936)により和音の研究がなされていた。また、彼はゲシュタルト心理学者たちをそだてもした。1883年Stumpf,C.が心理学所の中の名著であるTonpsychologieを発表するとともに、Helmholtz,H.L.F.vonの弟子であるWundt,W.が心理学実験室を作り、1891年、Wundt,W.の弟子たちにより、音程判断の実験報告がなされた。1900年Kruger,F.(1887-1967)により、2音の協和に関する実験報告がなされ、また同時期にMeyer,M.F.(1873−1967)が旋律知覚や絶対音感の研究を発表するといったようなあわただしい動きを見せていた。
しかし、1940〜1960年代に入ると、当時の心理学は行動主義主体であったため、あまり進展が見られなくなった。そしてこの時期を乗り越え1970年代から、情報理論の発達や認知心理学の興隆により、言語心理学の成功を受けて、アメリカではSociety for Perception and Cognitionが、またヨーロッパではEuropean Society for the Cognitive Science of Musicが設立されるなど、音楽心理学は心理学だけでなく音楽学、音響学、人類学、教育学などの総合学際領域の学問の中心を担うようになる。 
一方日本においては、1926年に「心理学研究」が発刊され、城戸幡太郎が「色および音の調和に対する感情の現れ方」について発表し、またそれに伴い高野瀏(1935)、広瀬(1933)も著作を発表した。心理学者がまだ少なかったこの頃には、音楽心理学の研究者は当時の諸外国に比べて多かった。その一人である松本亦太郎(1865−1943)は自身の芸術心理学に対する関心が弟子たち(兼常清佐、結城錦一、相沢陸奥男、小木曽恩、小島碵心、柳田武夫、玉岡忍など)に大きな影響をあたえたが、松本自身エール大学時代のSeashore,C.E.(1966-1949)から影響を受ていたと考えられる。こうした流れにともない、1964年に音楽心理学懇話会が設立された。1989年に第1階国際音楽知覚認知会議が開催され、音楽知覚認知研究会の発足を促した。

*現在の音楽心理学の動向
今日では、音楽療法、音楽セラピーとして音楽心理学を用いる傾向が強い。日野原重明氏によると、名曲は聞く人の耳から右大脳半球の中枢に伝達され、感性の中枢細胞に快適な刺激を与えるという。そのため、鍼やマッサージを受けている間クラシック音楽を流すことで、生理学的に効果があがり、いらいらする子達にはクラシック音楽を聞かせ、学習に入らせると良い。またボケ防止のためにも、文学や音楽鑑賞を試みると良い。特に、モーツアルトの作曲した曲は、自律神経組織を覚醒させ、心拍数を速め、呼吸の際に胸控を拡張させ、エネルギーを増大させると篠原氏はいっている。ゆえに、人間の耳から脳にエネルギーを与え、人を元気にさせるはたらきをもっているようだ。
アジアの宗教とからめて、例えばインドのアーユルベータ−をやっている人達のように、医療的に精神を安定させてから生理学的に学問に入ったり、毎朝お経のミックスされた音楽を口ずさみながらそれに合わせて木魚を打つことで、自己の心を豊かな楽しいものとし、活気付かせ、体動を起こすのに活用することもできる。
一方、老人ホームでは歌を歌ったり、聴いたりして音楽に触れることを通して、クライエントの関係性の回復、人生の振り返り、生きがいの提供、の3つの点を治療目標とする治療のケースにもちいたり、階層性や方向性が示され、善悪という価値判断や現状との比較というような作業が進行する言語理解の世界において、それらに縛られたままでは過去の想起に終始してしまうが、音楽のような非言語的な媒体を加えることで円環し、豊かな思い出として残す事を可能にしたという事例もある。
他にも音楽療法の働きとしては、知的課程をとおらず直接情動に働きかけること、自己愛的満足をもたらしやすいこと、美的感覚を満足させること、情動の直接的発散をもたらす方法を提供すること、身体的運動を誘発すること、コミュニケーション機能を持っていること、法則性の上に構造化されている点がある。適応範囲が広い点というメリットはあるが、ぎゃくに社会性が要求されるというデメリットもある。
私たちの日常にも音楽による効果は期待できる。例えば心理的にも身体的にも不安定な情多である施設入所者は、一方知覚は過敏になり、不安、恐怖が増幅され、過度になると心気症などが現れる場合もある。特に高齢者のばあいは、視力の低下、近点調節力の低下、により日常の生活に支障をきたす。ゆえに、居室の遮音性、吸音性を高めるような音環境への配慮、生活に必要な変化、リズム等も失わないようなBGMや環境音の導入などの雰囲気づくりといった音楽を用いた心理学的なケアを積極的に行なわれているのである。音楽教育においても、感じ取る・感動するという関わり方をすることで、一人一人の子供らしい様々な感情の表現を育てたり、主体的に学ぶ子供たちのやる気を起こす原動力を育てる子とが出来ると高窪(1984)は言う。
このように、音楽がセラピー効果を期待されながら用いられているのと同時に、研究方面では「人の音楽嗜好」つまり、現代人が音楽を動とらえるかについての研究がなされている。

*音楽の嗜好の研究
熊倉(1990)は音楽という刺激の特徴をこのように挙げている。
1、音刺激は変化する過程を含む。このことは物語の進行を容易にすると同時に物語を限定し、被験者の体験家庭をブロッキングする可能性も含んでいる。また、刺激が変化していく刺激であっても時間的経緯は現在進行形の形にとどまりやすい。
2、音刺激は直感的にイメージが浮かびやすく、過去の記憶を想起させやすい。
3、音刺激は残らないが、被験者の中で視覚的なイメージに置き換えられて記憶され、それをもとに物語が作られる。
4、音刺激の物語には被験者自身が登場人物として導入されやすいが、音で示された人物に対してはIndentifactionを持ちにくい。また、音刺激は被験者、物語の登場人物とも受動的になる傾向がある。
5、音刺激は被験者に受け入れら得やすく、物語の作りやすい刺激である。
6、刺激の多義性の点からは、Feeling Toonでは図版よりもやや多義的では合ったが、物語の内容では音刺激のほうが多義性が低い。また、刺激と被験者とのかかわりの深さや物語の豊かさでは、音刺激は図版刺激に劣る。

安東(1970)は、音楽鑑賞に置いての評価尺度を作成するため、刺激局となる5曲において小学生、中学生、高校生、大学生を被験者として曲の印象を調査した。
バリマックス回転によりその中でも有意味な因子を選んだ結果、58の形容詞尺度は30になり、感情を表す因子(例:面白い−つまらない)、速さと強弱を表す因子(例:せわしい−のんびりとした)、質量を表す因子(例:重い−軽い)、感情を表す因子(例:かわいた−湿った)、性質をあらわす因子(例:暑い−冷たい)の5つの因子が検出された。

中村(1983)は、音楽の情動的性格(つまり、音楽によってどのような感情が促進されるのか)の評定を求めた場合と、音楽の聴衆によって生じた情動(つまり、音楽を聴くことによってどのような感情が生まれるのか)の評定を求めた場合とで、結果に差異が見られるのかどうかの検討を行なった。
音楽学部の学生に刺激となる曲を2曲、それぞれ2回ずつ聞かせ、その際1回は音楽の情動的性格についての評定、もう1回は音楽の聴衆によって生じた情動についての評定をあらかじめ用意した形容詞の中から選択させた。評定に使用した形容詞ごとに、音楽の情動的性格と音楽の聴衆によって生じた情動に評定値の差が出たかを調査した結果、有意な差はみられなかった。
因子分析の結果出た「快い弛緩」「陽気さ」「抑鬱」「緊張・力動性」の4因子ごとに、音楽の情動的性格と音楽の聴衆によって生じた情動に評定値の差が出たかを調査した結果、有意な差はみられなかった。つまり、音楽の情動的性格と音楽の聴衆によって生じた情動とは、被験者に区別されるとはいえないのである。
表―1  中村(1983)の音楽に対しての情動的評価尺度項目
    T         U         V          W

 あたたかい      明るい        陰気な       勇ましい
  安定した      あっさりした     悲しい        緊張した 
  美しい       生き生きした     暗い         好き
 おだやかな     うきうきした      さびしい      力強い
 おちついた      うれしい       地味な       激しい
  静かな       おもしろい      冷たい       はりつめた
  素朴な        軽い         濁った
 なめらかな      元気な        にぶい
 のどかな       さっぱりした     ゆううつな
 のんびりした      楽しい
  優しい       にぎやかな
 やわらかい     ユーモラスな
  優雅な        陽気な
 ゆったりした

野波(1979)は作成した尺度を用いて、小学校5年生、中学校2年生、高校の音楽選択の1年生、音楽専攻の大学生にそれぞれ曲を聴取させた後印象判断を求めた。その結果をもとに、各楽曲の評定の分化度、楽曲間の類似性、各楽曲のイメージについて検討した。
結果、各楽曲の評定の分化度については中、高、大学生で共通してショスタコーヴィッチ、メンデルスゾーンの交響曲が高く、逆にモーツアルトの交響曲は低い値を示した。楽曲間の類似性においてはモーツアルト、ベートーベン、メンデルスゾーンの類似性が強く、これらとブラ−ムスの交響曲とがやや類似性が低くなり、またこれらとショスタコーヴィッチの交響曲とがほとんど類似性がなくなっていた。これは、曲のテンポや作られた年代からも言えることで、被験者はこの違いを判断できることが伺えた。

さらに竹下(1992)は大学生の音楽の嗜好にしぼって研究したところ、次の2つの点において特徴が見られた。
第1に、識別しようとする音楽が、自分にとって共感できるものであるか否か(これを音楽の共感課程とする)、また、その音楽が上品であるか否か(これを音楽に対する美の追求課程とする)をという点において識別し、その上で音のエネルギーを通してどの程度の力強さを生起させるものかについて把握するという手順を踏んでいることが分かる。
また第2に大学生は、祭囃子やポピュラー音楽、わらべ歌、民謡などの日本の音楽を「芸能群」とし、民筝曲、能楽、日本の芸術歌曲などの芸術的機能を持つ音楽を「芸術群」として識別している。特徴としては、「芸能群」は音楽の共感過程の側面が支配的に働き音楽に対する美の追求課程の側面が従属的に働いているのに対して、「芸術群」音楽の共感過程の側面が従属的に働き音楽に対する美の追求課程の側面が支配的に働いているは力強さ面から見てみると、芸能群では祭囃子、民謡などで、また芸術群では能楽などで大きな働きを見せている。
つまり、「芸能群」は人間の感覚的、心的レベルでの快適さ、健康感、喜び、躍動感、親近感、許容性などを大切にした、身近な音楽であり、「芸術群」は人間の精神的レベルでの上品さ、落ち着き、洗練差などを大切にした、日本独自の美意識に基づく、日常生活とかけ離れた音楽なのである。なお、音楽の共感過程、音楽に対する美の追求課程双方の因子得点が低く、どちらにも所属できない演歌は将来その必要性を感じるようになるのであろうが、現在はあまり必要性を感じていないと考えることから理解できよう。

また、Farnsworth(1969)は「音楽の嗜好の形成に働く要因は生物的ないしは自然科学的要因よりもむしろ環境すなわち学習の要因の方が強い」といっている。これゆえに、林(1976)は青年の音楽嗜好に、被験者の持つ文化的背景(音楽文化)の違いがどのように反映されるかについて、「クラシック」「ポピュラー音楽」「歌謡曲」「日本民謡」「沖縄民謡」を刺激として、強い民族アイデンティティを持つ沖縄、西洋的な文化を主流とする本土、その中間に位置する奄美の青年を対象として検討した。
結果、まず音楽イメイジを構成する因子として「親和性」「評価」「力動性」があげられた。そして「クラシック」は知識として頭に納めておく音楽、「ポピュラー音楽」「歌謡曲」は自由に感情移入がなされやすい身近な音楽としてのイメイジが安定されてもたれていた。「日本民謡」と「沖縄民謡」においても、本土青年は沖縄、奄美の青年に比べ「親和性」の面で若干低い値が出たが、さほど際立った違いは見られなかった。
ゆえに、青年に限った音楽の嗜好では、彼らを取り巻く地理的、文化的環境の違いからはさほど影響を受けず、むしろ副次文化としての青年文化を特徴付ける「論理」が音楽嗜好にも反映されていると解釈できる。また、情報網の発達により、音楽嗜好に地域差が出がたくなっているとも考えられる。

しかし野波(1975)は、被験者の集団の平均的嗜好の特徴を判別することは出来ず、音楽の演奏に対する嗜好というのは個人により差があるもので、一概に決めることは出来ないといっている。

これを明らかにすることで、時と場合によって用いるべき音楽が明かになるといえよう。このように、音楽は昔から人々の関心にさらされ、同時に人々に大きな影響を与えてきた。ここでは、特に音楽が精神や生体にどのような影響を及ぼすかに注目し、それらについての先行研究を紹介するとともに、今後の展望について検討していくことを目的とする。

2、 音楽心理学における実験方法
この章では、音楽が人間に及ぼす影響を測定するための方法を紹介する。音楽は「通常の会話では表せないような情動を運ぶ」という機能を持つ。(Merriam 1964)この、音楽と人間の感情の関係を扱う研究には多々種類がある。

まず大きく分けて、情緒的反応が生理的反応と表裏一体の関係のように結びつき客観的に測定する、「音楽に対する情緒的反応を生理的反応によって解釈する研究」と、どのような音楽が美的と感じられ、聴き手の感情を喚起するかについて解釈する「新実験美学」に弁別することが出来る。さらに、新実験美学の中には次のような実験方法が用いられている。

@ 気分を言語で述べさせる研究
主に形容詞のリストを用いて曲の表現をチェックさせることが多い、最もポピュラーな方法である。Gundlach(1935)Hevner(1936)Farnsworth(1954)Asmus(1985)らによって行なわれている。
菅ら(1983)は、他の音楽が情緒に及ぼす影響についての実験において形容詞を使って情緒の評定を行なう場合に、情緒表現語となる尺度が少ないため、広範囲な分析は行なわれていないと考えた。そこで、本実験では171人の被験者自身に自由に2曲を想起してもらい、それによって発起された感情をしめすものとして当てはまるものを、出来る限りおおくの評定尺度(280個)の中から選択させた。
この結果からクラスター分析により尺度相関行列を求めたところ、@客観的な評価A主  観的な評価B芸術、品性についての評価C悪いイメージを想起させる評価D好き嫌いについての評価E非凡性を表す評価Fはかないイメージを想起させる評価の7因子に分かれた。
さらに、音楽の情緒的意味次元の分析(1)で算出された15個のクラスターの相互の類似度をそれぞれ被験者に5段階評価させた。結果、大きく3つの因子に分けることができ、さらに類似度判断において情緒的評価を重視するタイプと芸術性を重視するタイプという個人差が観察された。また、類似度を比較した結果は、分析(1)で得られた小さいグループである29のクラスター間の相関による結果とほぼ一致していた。
つまり、音楽によって生み出された情緒の分類は普遍性があるといえることが示唆できた。

A 音楽作品の意図された意味が聴衆者に伝わるかいなかの研究
Rigg(1937)Hampton(1945)によって行なわれた。最近では、怒りや悲しみなどの基本感情を第3者に伝えられるかどうかについての研究も行なわれている。

B SD法を用いた研究
Eagle(1971)によって、聴き手のその時点の気分が音楽に対する気分反応に影響するかどうかについての研究に用いられた。3章では、松本(2002)、佐藤(1973)、竹内(1998)らがこの方法を用いている。

C 投影法を用いた研究
投影法は1930年代の無意味母音つづりを用い研究に始まり、1950年代には効果音や会話を用いたTATに類似した形式のものが中心となって研究され、また音楽や文章を用いたものも見られたが、いずれも現在臨床的に用いられているものは少ない。投影法が存続していない理由としては、投影法研究の流行の中で後期に研究が始まり、投影法研究の衰退とともに研究が中断されたこと、また刺激や研究結果が研究者間で相互利用されることなく独自にほぼ同時期に研究が行われたため、発展しなかったことがあげられる。
そこで音刺激の有効性を考察するため、音刺激独自の特徴と見比べた結果、投影法を用いるにあたっては、音刺激の直感的、記憶的、受動的なイメージ想起の機能に注目し、治 療現場の中で、治療者にとってはクライエントの心的世界像を理解するための道具として、また被験者にとっては自らの感情面での洞察を深めるための手段として利用するのが望ましいといえる。

D 高さやテンポが情緒的反応にどのように作用するかの研究
宇津木(1993)の研究では個別的な情動を弁別するのに役立つ特定の特性(弁別的素性 Distinctive features)が存在すると考えられることが分かった。その弁別的素性のひとつであるピッチにつてのけんきゅうがいくつかある。Fairbanks,G.& Pronovont,W.は男性俳優に12種の感情表出をさせたところ、「恐怖」「怒り」「悲しみ」「軽蔑」「無関心」の5つの感情においてピッチ周波数による情動の識別率が66%〜88%という高い値をとった。また、Williams,C.E& Stevens,K.N.の研究でも「怒り」「恐怖」「情動的中性」「悲しみ」の順にピッチ周波数が高いことが分かった。Dolgin&Adelsonの研究では「喜び」「悲しみ」「怒り」「恐れ」についてあらわすメロディのテンポ、アーティキュレイトの特徴を表した。これらだけでなく、長調か単調かも、音楽による感情表現においては重要な要素なのである。

例えば富田ら(1990)の実験では、聴取者が音楽を能動的態度で聴く余地がうまれ、聴取者側の音楽に対する積極的な参加がしやすくなり、つまりは聴取者に心理的な活性化を起こさせる可能性が期待できる減衰系の楽器であるピアノ曲を刺激として用い、まず最初に4種類の曲を呈示し、1曲聴くごとに質問紙によって曲の印象を表明させた。次に、ダイナミクスの揺れのみ制御するパターン、テンポの揺れのみ制御するパターン、ダイナミクス揺れとテンポの揺れのどちらも含むパターンの3パターン合計12対の呈示し、どちらの演奏の方がもう一方に比べてどのくらい情動が生じたかを質問紙の項目に従って記述させた。質問紙1は、前述した8つの形容語(落ち着いた・穏やかな・激しい・高揚した・明るい・楽しそうな・ゆううつな・暗い)を用い、一曲聴く度に一つ一つの形容語がその曲にどの程度当てはまるかを5段階尺度で評定してもらった。質問紙2は2つの演奏を比較したときの情動的反応の差を見るもので、被験者には1対聴くごとに1枚の質問紙を渡し、どちらの演奏の方が、どのくらい心が揺さぶられるような感じがしたか、心臓がドキドキするような感じがしたか、を5段階尺度で評定してもらった。
結果、まず印象の異なる4つの曲をパフォーマンス要素を含まない演奏と比べたときに、心が揺さぶられるような感じや、心臓がドキドキするような感じを最も強く与える演奏パターンは、ダイナミックスの揺れもテンポの揺れも含まれた演奏である。特に、テンポの揺れのみを含む演奏の方が、ダイナミックスの揺れのみを含む演奏のよりも反応量が小さい。
また、心が揺さぶられるような感じや、心臓がドキドキするような感じを最も強く与える曲は陰性の強い曲である。また、最も好ましいと感じられた曲は陰性の強い曲で、最も好ましいと感じられた演奏のパターンはダイナミックスの揺れとテンポの揺れのどちらも含む演奏である。
つまり、パフォーマンス要素の含まれる演奏または、聴取者にとって好ましいと感じられる演奏、曲の方が、聴取者の情動を強く喚起させると言うことが証明できる。

E 矢田部ギルフォート検査(Y−G検査)を用いた研究
Y−G検査は、抑鬱性、回帰性傾向、劣等感の強いこと、神経質、客観的でないこと、協調的でないこと、愛想の悪いこと、一般的活動性、のんきさ、思考的外向、支配性、社会的外向、という12個の性格特性(尺度)を測定する目録法(inventory)の性格検査であり、各尺度は10個の設問からなる。被験者に、各設問に対して「はい」、「?」(どちらともいえない)、「いいえ」のいずれかに○をつけさせて、各尺度ごとにプロフィールを描き、その結果から、性格のタイプを、@情緒不安定消極型、A情緒安定消極型、B平均型、C情緒不安定積極型、D情緒安定積極型、に分類する。
しかし、Y−G検査には一般に、
・ 被験者が検査を受けるときに一般に見られがちな、自分をよりよく見せようとする態度を検出する項目が含まれていないため、回答全体の信頼性を測定できない、
・ 「?」の多い被験者への対処がなされておらず、「?」の多い場合には平均型に入ってしまう
・ 1尺度につき10個の質問しかなく、項目数が若干少ない
というような問題点が指摘されている(大岸、1982)。

例えば、音楽を専門とする音楽専攻の大学生に特有な性格の特徴は見られるのだろうか。という、疑問を抱いた林(1974)は、この疑問に答えるために、音大生189名を対象として、矢田部ギルフォード性格検査(以下、Y−G検査と略す)を用いた調査を行った。その結果、男女いずれにおいても、音大生は一般学生よりも優位に、社会的に外交的であった。

Fモーズレイ性格検査(MPI)を用いた研究
 MPIは、Y−G検査の問題点を補足する意味で用いられ始めた。Eysenkのパーソナリティ理論に基づいた目録法の性格検査であり、Jensen(1958)を元に日本版が標準化され、高い信頼性と妥当性が確かめられている。主として、向性(内向的か外向的か)と神経症的傾向の2つの尺度が測定でき、次の点で、Y−G検査の問題点を補いえる。第一に、被験者が正直に回答したかどうか、を調べる虚偽発見尺度(lie scale)を有している。第二に、「?」の回答が20個以上の場合には、結果がゆがむため、再検査が行われる。そのため調査研究では、これらを除去して、集計・分析がなされる。第三に、各尺度について設問が24個ずつあり、Y−G検査よりは設問数が多い。さらに、MPIの向性・神経症的傾向の尺度はおのおの、Y−G検査の社会的外向性・神経質と比較的相関することが知られているため(MPI研究会、1969)、両者の結果は比較できる。

桑田ら(1991)は、音大生は一般大学生よりも社会的に外交的である、という林(1974)の結果が、MPIを用いても再現されるか、を女子音大生を対象として検討し研究を行った。
その結果、女子音大生は、幼児教育学専攻の短大生よりも内向的な傾向にあり、向性と神経症的傾向のいずれにおいても、女子音大生は一般女子大学生と差がない、という、林(1974)の結果を支持しない結果となった。

さらに、概念に統一感がない集団での比較はできるのか、はたして一般化できるかという問題を指摘されたMPIに代わる新しい検査法としてEPIが用いられるようになった。
Gアイゼンク性格検査(EPI)を用いた研究
EPIの長所としては、@2つの独立した平行検査があり、記憶の影響を受けることなく、再検査が可能である。A平易な表現が用いられており、被験者の知能や教育程度に関係なく実施できる。BE尺度とN尺度が独立している。*E(extroversion-introversion)尺度とは、向性を表す尺度で、N(neuroticism)尺度は、神経症的傾向を示すもの。CMPIよりも再検査信頼性が高い、ということが指摘されており、その日本語版の標準化の作業が近年進められている(岸本、1984,1987)。

対して、生理学的な方法としては脳波やGSR、血流量、身体微細運動などが挙げられる。

津田(1988)は集中度を測る課題として、被験者に容易に弁別可能な縦長と横長の2種の楕円の継時弁別をさせた。被験者にモニターディスプレイに映し出された標的図形、非標的図形を無造作の順序で提示し、弁別させる。刺激提示時間は、予備試行では1秒、高集中条件では0.07秒、低集中条件では5秒で、刺激感覚はいずれも3秒にした。

J.A.Sloboda(1989)の、音楽を聴いたときの身体的反応に焦点を当てた研究では、音楽聴取時に伴う身体的反応にはどんなものがあるかを問い、その反応を生じさせる音楽作品を列挙させるとともに、反応の生じる頻度を5段階で評定させた。そして身体的反応と音楽作品の構造との関係を調べたところ、「涙がでる」といった身体的反応は転過音を使ったメロディや反復進行の箇所で生じ易いことが分かった。また「震える」といった反応は急激なダイナミックスの変化や予想外の和音が現われる箇所で、「鼓動が高鳴る」といった反応はアッチェレランドやシンコペーションが反復される箇所で多く生じることが分かった。

また、林(1981)の生理的反応に焦点を当てた研究では、被験者それぞれに異なる音楽を聴かせて、脈波、身体微細振動、および脳波を測定している。
結果、脳波は除波化の傾向を、身体微細振動はβ波増加の傾向を示すことが分かった。また、末梢血流量が増加し、血管運動に大きなリズム変化が認められたり、各楽章に対応してα波とβ波がリズミカルに増減したことから、音楽が自律神経に対して調整的に作用し、中枢神経機構に働きかけ、聴き手にある一定の意識水準を維持させる効果を持つと結論づけている。

3、 音楽が情緒面に与える影響について検討した先行研究
情緒面に与える影響についての研究では、大きく分けて「刺激音を聞くことにより生まれる感情」を検討したもの、「刺激音をきくことにより生まれた感情が作業にどう影響を及ぼすか」について検討したものにわかれた。

谷口(1995)は、各被験者に5曲刺激となる曲を聴取させ、MMS、AVSMによる評定、またその曲か好きか嫌いかについて解答させた。その結果、楽曲の好きか嫌いかについてはMMSの親和と不の相関が見られた。またMMSの抑鬱・不安、敵意、倦怠とAVSMの好嫌との間で正の相関、高揚との間で負の相関が見られた。さらに、MMSの親和、集中とAVSMの親和、荘重杜の間で正の相関が見られ、MMSの敵意、活動的快、驚愕とAVSMと強さ、軽さの間で正の相関が見られた。つまり、ある音楽作品が好きだと回答した被験者は、嫌いであると回答した被験者に比べその局がより感情的に高揚させるものであり、またより親しみやすいものであると認知しているということだ。さらに、倦怠感が少なく、親和性を感じていることから、肯定的な感情状態になっているとも考えられる。

特に悲しみの感情に注目した松本(2002)の実験では、実験前の悲しみの操作によって被験者を強い悲しみを生じた群と弱い悲しみをを生じた群に分け、それぞれに明るい音楽を聞かせる、悲しい音楽を聞かせる、音楽の代わりに図形課題を行なわせるという刺激を与え、刺激の前と後でどのように気分が変化したかを調査したところ、聴取後の快適性や悲しさ、フラストレーションの強さは、聴取前の悲しみの強さではなく、刺激曲を聞くことで一定の気分の強さに収縮した。また聴取後の気分の変化では、聴取前の悲しみが強いほど大きく変化した。さらに、聴取前の悲しみが強いときには悲しい曲を、悲しみが弱いときには明るい曲を聴くと良い影響を及ぼすことが示唆された。
次に悲しみを生じる操作をせずに被験者にそれぞれ明るい音楽、悲しい音楽を聞かせ、刺激前と刺激後の気分の変化を調査したところ、悲しい気分ではないときに悲しい曲を聴くと、悲しい気分やフラストレーションが高まり、明るい曲を聴くと、快適な気分が高まることが確かめられた。

佐藤(1973)は“精神活動における差異適度効率の原理”(得点の点滅光のみえの明るさの増強と、増強効果に伴う反応の変動の増加)が、光を断続音に置き換えたとしても成り立つか否かを調査するため、8条件に分けられた断続音を聞かせながら加算作業を行わせ、その後快・不快評定を行なってもらった。
結果、作業人数の多少、作業量の多少と、快・不快評定の間に相関はみられなかったが、低頻度の断続音に対して快評定が見られた。
つぎに高不安者と低不安者に系列選択反応課題を課し、その後感情形容詞チェック表を用いて、被験者の状態不安の強さについて自己報告をさせた。そのうち、高不安群低不安群とも、統制群と作業の妨げになるであろうノイズを聞かせる群に分けた。結果、高不安群と低不安群の統制群では群差が無かったことから、MASで測定された不安は特性不安でありえても状態不安を規定するものではないことが伺えた。また、低不安者のほうが高不安者に比べて、ストレスの影響を受けやすいことが分かった。

竹内(1998)は、自信喪失、自責的・自罰的思考、将来に対する悲観などといったような心の不全感を伴う「抑うつ性」の程度によって、音楽の特徴に対する反応が、どれくらい影響を受けるのかを調査することを目的とした。これにより、音楽教育が近年心的充実感を得られにくくなってきている児童・生徒のゆたかな心の成長において、特徴的な教育的意義を有していることを明らかにする。
明るく動的な曲は、相反する心的状況を持つ抑鬱性の高い被験者の意欲を減退させ、活動性を低下させてしまった。逆に暗く静的な曲は、相反する心的状況を持つ抑鬱性の低い被験者に「すっきりしない感じ」を強く与えた。暗いが動的な曲、また明るいが静的な曲はともに、抑鬱性の高・低にさほど関係なく、おおよそ同様の印象を与えた。つまり、気分と異質な曲を聴いたときには、その異質な要素が強く意識されてしまうことが分かった。これは、アルトシュラーの「同質の原理(Iso-princicle)」を支持する結果となった。

山内(1987)は感情や情動を表す擬音語・擬態語について多次元的に研究した。
まず、実験者の提示した語の中から感情を表すのに適していない語を被験者に省かせ、省かなかった語について分類させる。この中から、いくつかの語を実験者により抽出し、ぞれぞれの語について失敗感・成功感を5件法により被験者に評定させた。
結果、成功、失敗の条件と成功、失敗の要因によって、異なった感情反応傾向のパターンが見られた。つまり、感情表言語のような言語手がかりが、被験者の感情状態あるいはその変化を測定する有効な測度である事を示唆しているのである。

音楽の意味の違いは連想反応にどのように反映されるかについて調査した林(1973)の研究では、客観的描写曲(自然現象を表現した音楽)、主観的描写曲(感情を表現した音楽)、抽象的描写曲の各2曲ずつを刺激曲として用い、FAG(曲の意味に付いて一切説明しないグループ)SAG(曲の意味について渇感的描写などのカテゴリーだけを説明したグループ)GAG(曲の意味について詳しい説明をしたグループ)の3群に、それぞれ各曲毎に12組の形容詞ついについて5段階評定にて曲の印象をチェックさせた。また、音楽が鳴っている間に頭に浮かんだことを自由に連想させ、所定用紙に記入させた。
結果、まず音楽の情緒性の把握については音楽の意味に関する知識の多少は影響を及ぼさないことが分かった。また、連想の具体度は、何を描写している曲においてもSAG,GAGに比べてFAGでの具体性が低い値を示したことから、音楽の性質の違いよりも音楽の意味に関する知識の量が連想の具体化を左右するといえる。さらに、連想にどれだけ感情移入できているかにおいてはSAG,FAG,GAG全てにおいて客観曲、抽象曲、主観曲がそれぞれ同じような感情移入の度合いを示していることから、連想時にどれだけ感情移入できるかは音楽の性質の違いに影響されていると示唆される。最後に連想内容については音楽の意味に関する漠然とした知識の効果は見られなく、カテゴリーのみの教示では連想を貧弱にさえしている事が伺えた。

好き嫌いに焦点を当てた研究としては榊原(1996)が基本となる和音系列に対し、リズムを3段階に変化させたもの、また3段階に転調させたものの計7曲についてそれぞれ被験者に快か否かを評定させ、同様にリズムの変化と転調を1段階変化させたもの、2段階、3段階について被験者に快か否かを評定させた。
結果、リズムを変化させたものは、初期状態で快感情が最大のものは繰り返しによって 快感情が減少し、それほど快感情が大きくないものほど繰り返しによって快感情が高まった。転調させたものについては、初期状態での快感情が繰り返し聴取させてもそのまま高い水準で維持されていた。さらにこれは、実在の楽曲を使った実験でも成り立つことが証明された。

林(1971)は鑑賞していく音楽の好き嫌いによって感情に差異が生まれるかどうかについて探ることを目的とし、被験者に刺激となる曲が好きか否か、知っているか否か、この曲からどんな感情が生まれるかに付いて回答してもらった。
結果、曲に対して好感を持つ被験者は、「より落ち着く」「ゆったりする」「目がさめる」といった傾向が見られた。また嫌感を持つ被験者は、「よりいらいらする」といった傾向が見られた。更に、これは曲を知っているかどうかには関係なく言えることであるという結果が出た。

人間の発話速度による影響の研究では、内田(2002)が8つのスクリプトを英語と日本語にした計16文において、速さを5段階に変化させて話話させたテープを被験者に聞かせ、その印象を調査した。
結果、速い発話では勤勉性と外向性の評価が高く、普通の速さでは経験への開放性、遅い発話では協調性の評価が高かった。情緒不安定性は発話速度との相関は見られなかった。また、英語音声での印象の評価も、日本語音声と同じ様のモデルで説明できうることが分かった。しかし、日本語を母国語とする被験者にとっては日本語音声のときより英語音声のときの方が性格印象の変容に対して鋭敏になることが想定された。

音量による影響の研究では、中村(1987)が音量に変化を加えたテンポの違う3曲について、被験者の皮膚電気抵抗と呼吸が安定するごとに曲を聴取させ、11の形容詞評定尺度によって評定させた。
結果、音量の効果が有意水準に達した曲は1つもなく、これは人に影響を与えるのは1曲通しての音量の差異ではなく、1曲中での相対的な音量の変化によるものだと考えられる。

被験者の特性によりカテゴリー分けした桜林(1973)の実験では、一般的に音楽科の学生より美術家の学生の方が感情変動が激しく、抽出できる感情を表す形容詞の範囲も広く、また性別で見ると女子より男子の方が感情変動が激しく、抽出できる感情を表す形容詞の範囲が広いことも分かった。

小口(1992)は、音環境が自己開示に及ぼす影響を検討するため、性別を考慮した被験者に、自己開示動機を聞き、また快音条件、不快音条件で自己開示するかいなかを調べた。
結果、被験者が自己開示するのに好ましい音環境は性別により異なっていた。男性は快適な音環境を好んだのに対し、女性は不快な音環境を好んだ。こうした選好に対して、男性は快音響で、女性は不快音響での自己開示が多かった。さらに、この結果は自己開示同期に基づく結果からも支持された。

谷口(1991)は、明るい曲を聞かせた群と暗い曲を聞かせた群とで、被験者に自らの感情を形容詞によって評定させ、さらに提示された語が社会的に望ましいか否かについてなるべく早く、正確にボタンを押してもらうという実験を行なった。
結果、暗い曲を聴いた群の方が形容詞の再生率が高かく、これまで言われてきた抑鬱気分の記銘に対する抑制傾向は見られなかった。さらに、ネガティヴな感情を表す形容詞の再生率も暗い曲を聞いた群の方が多かった。提示された語への反応時間も暗い曲を聴いた群の方がネガティヴな語に対しての反応時間が短かった。ゆえに、音楽によって誘導された記銘時の気分と再生させた単語との間に気分一致効果が見られたと言うことが示唆された。つまり、音楽によって例えば明るい気分が誘導されると、その気分に関する概念が活性化され、その活性化が曖昧語の概念のポジティヴな側面を活性化することによって、何も手を加えない状態ではネガティヴと判断された斧がポジティヴなものに変化するという効果が起こったのではないかと考えられる。ちなみに、ポジティヴな言葉の再生率は曲の明暗による差異はなかった。

とくに集中力への影響を検討した研究として、池田(1992)は、15分間ずつ刺激となる音楽(筝曲、クラシック、効果音、FMノイズ)を流しながら被験者に作業させ者期間中の5秒間において時間評価をさせ、周波数と集中力の関係を探った。
結果、時間評価はいずれの音響刺激下でも被験者に短いと感じさせることが出来た。この過小評価傾向は、すなわち課題遂行の集中度を示すと考えられる。
ここでは、負荷された音響刺激のパワースペクトルが低周波帯にか頼り、快適情動を引き起こすほど、集中を容易にし、時間の過小評価を促し、その勾配も低周波に偏ったため、これは時間評価課題がスムーズに遂行されたことを示している。つまり、音響刺激の情動効果はその音響の持つ周波数成分によってきまるということが考えられた。

また岩田(1975)は、作業への注意の集中度と音響刺激がRT(作業に影響を及ぼす刺激に対しての感受性が高いと思われる反応時間)及びその分散の指標であるσに及ぼす影響との関係について検討することを目的とし、2つの実験を行なった。
実験Tでは、実験条件における教示の違いによって分けられた、作業への集中度が高い群、低い群が、それぞれ統制条件(無音響刺激)と実験条件(テープレコーダーによる音楽提示)の下でRT作業を行なった。刺激を与える時間は10秒、30秒、100秒の3種であった。結果、RTとそのσに関して音響刺激及び時間は有意な要因でなく、またその交互作用も有意ではなかった。しかし、注意の集中度が音響刺激のRT作業の遂行に及ぼす影響に寄与する傾向が認められた。
実験Uでは、実験Tの条件について作業への集中度が異なった3群及び、刺激を与える時間を10秒、30秒、60秒に改め直して実験を行なった。結果、作業への集中度が高い場合には音響刺激がRTを有意に短縮させたが、逆に集中度が低い場合には有意にRTを遅延させた。さらに、刺激を与える時間が長くなるにつれてRTおよびσが増大する傾向が認められた。

逆に音楽の沈静効果に関する富田ら(1993)の実験では、曲調とリズムに関して被験者にその印象を評定させ選定した合計10曲を刺激に用い、被験者側の要因として性別・外向性度・神経症傾向を取りあげ、提示曲を聴いた後の印象や提示された曲を聴いて気持ちが落ち着いた程度などを回答させ、2×3×3(性別×外向性度×神経症傾向)の分散分析を行なった。
結果、音楽を聴いて気持ちが落ち着く程度に関しては、曲調が明るくも暗くもなく、また比較的穏やかなリズムを持つ曲で、内向性群が外向性群と普通群に比べて落ち着く度合が有意に低いことが分かった。また、曲調がやや暗く、比較的躍動感のあるリズムを持つ曲で、男性の方が落ち着く程度が高く、特に神経症傾向の高い男性で落ち着く程度が有意に高いことが分かった。さらにこの研究では、実際に曲を聴いて落ち着く度合について有意な差が得られたのは10曲中2曲のみであったことから、聴き手側の要因によってはそれほど左右されることがなく、かなり一般的に沈静効果を持つと仮定できる曲があることを示唆している。

4、音楽が生体面に与える影響について検討した先行研究
一般的には、音楽提示中の交感神経活動は精神的課題における緊張と性質において異なる(松浦(1998))。脳波を用いた心理現象の調査では、微妙ではあるが様々な情報が現れている。しかし、実際にはきわめて不規則な波動のかたちであり、期待に反して、表示する情報あるいは得られた除法は極めて少ない。(古閑ら)
これらから推測するに、音楽の嗜好といったものは数量化を拒んでいるように思える。しかし、これは音響の物理学低容量を数値化することでいくぶんか解決できる。また、新しい尺度として、SIを用いることが出来うるかもしれない。なぜなら音楽を楽しく鑑賞している状態では、入眠段階に相当するSIが多量に出現するからだ。つまり、意識水準に関する自覚経験が、今起きている状態とは異なることが分かってきた。
さらに、ポピュラーな尺度からも音楽による影響に置いて、情緒面と生体面両方に何らかのつながりが見られた実験もいくつかある。

中村(1984)は、音楽の聴衆時に生じる情動について、言語報告と生理的反応との関係を明らかにするため、11の形容詞尺度を使い、16曲について被験者に評定をさせ、またそのときのGSR値、呼吸数、皮膚電気抵抗値を測定した。
結果、GSR数と、形容詞“静かな”の間に有意な負の相関、形容詞“力強い”の間に有意な正の相関が見られた。また呼吸数の増加と、形容詞“静かな”“憂鬱な”“暗い”との間に有意な負の相関“楽しい”“陽気な”“力強い”の間に有意な正の相関が見られた。特に呼吸数においては、音楽の情緒的意味でほとんど予測可能であることがわかった。

小林ら(1999)は、音楽映像を被験者に鑑賞させて、興味の肯定と音の有無が自発性瞬目に及ぼす影響を調査するため、高興味アーティストと低興味アーティストの各演奏を映像+音楽、あるいは映像のみで提示する条件間で自発性瞬目を比較した。結果、高興味刺激における自発性瞬目率は、低興味刺激よりも有意に低下した。また、映像プラス音楽の鑑賞と比較して、映像のみの鑑賞時には自発性瞬目率は上昇し、その効果は低興味刺激において顕著に表れることがわかった。つまり、自発性瞬目は興味の程度と音楽との相互作用によって影響を受けることが示唆された。

大岩(2000)は特にlateralityにおける音楽機能についてこう言っている。
「音楽を聴取したときの心情形成のlateralityを検討した研究には右半球優位説と左半球優位説の二つがある。Lateralityに影響を与える要因としては、利き手、性別などが上げられる。(Dawe&Corballis,1986)本研究ではその中でも、被験者の方略という要因について注目してみた。Bever&Chiarello(1974)とPeretz&Barai(1992)によれば、旋律を全体的なかたまりとして認識する場合は右半球優位、個々の音程のつながりとして分析的に認知される場合は左半球優位だという。これを踏まえて、Peretzの音楽家と非音楽家を比較した実験を見てみると、音楽家は音程に基づく方略を用いる傾向があることから、左半球の関与が大きいといえる。また、非音楽化群でも音符を頭の中でイメージし、記号化して記憶する方略を用いたものは左半球の関与が大きいと示唆できる。また、作業記憶によるチャンキング(隣接する音を構造的単位として一まとめにすること)を用いた実験、たとえば刺激局が長く個々の音程として捕らえづらいものなどは、右半球優位であることがわかった。
さらに違う特徴として、左半球優位が報告された実験は、難易度の高い抽象的な課題を用いたものが多かったのに対し、右半球優位が報告された実験では現実的な音楽を刺激曲として用いたものが多かった。それゆえに、日常的な音楽活動においては、基本的に右半球優位であると考えられる。」

5、集中力に焦点をおいた生理学的研究
ここで、筆者は特に集中力への影響に興味を持ち、生理的な面からみた注意集中に関する先行研究を調べてみた。

持続的注意を低下させる要因と課題遂行水準も相互影響を及ぼすとはかならずしもいえない(Parasuraman)。自律神経系の変動を生理学的指標とした場合、まず平均心拍数は注意課題遂行中には減少するか変化しない。一方このときの課題遂行成績とは相関が見られない(Griewら、Thackrayら)。もっとも生化学的速度(アドレナリン、ノルアドレナリン、アンフエタミン、カテコールアミン)を用いた場合にはこの関係の解明にかなりの希望が持てる。しかし、一般的に神経系の生理学的速度を用いた場合には、結果に一貫性がなく、さらに中核神経系との関係が判然としない。
しかし、持続的注意の維持というのは上向性脳幹網様体腑活系と密接な関係を持っており(Magoun,Lindsleyなど)、その統制は皮質前頭で処理されているらしい(Jacobson)。また、右半球の方が持続的注意においては優れているというのも分かってきた。

麓(1977)は、注意集中と生理的指標の関係を検討する目的で、追跡動作の学習と連続加算作業、内田クレペリン検査を被験者に行わせた。その際、左手から指尖容積脈波を測定し、その記録から平均皮膚血流量(SBF)、脈拍数(PR)を求めた。
結果、実験試行中PRの値は増加し、SBFの値は減少傾向にあった。また、PRの変化には課題差が見られ、SBFの値は特に顕著に実験回数をおうごとに増加していった。つまり、課題への注意集中による腑活度の変化はSBFの方により忠実であった。

村久保(1999)は、音楽が様々な取り組みを促進するためには、それが「適切」な音楽であることが必要であるという。
まず、音楽は音楽や空間の相対的関係を認識する非言語的能力をつかさどる右脳に働きかける。すると、活動的に働きかけたり外からの働きかけにより物事を把握する具体的体験的学習を促すことができる。また、右脳を活性化させることで日ごろよく使う左脳を休ませ、右脳と左脳のバランスをとる働きもみせる。
それでは、どのような音楽が「適切」といえるのだろうか。1つ目の条件として、音楽が1/fゆらぎを持つことである。1/fゆらぎとは、周波数fに対して振動成分のパワーが反比例し、しかも一定の幅の中で誤差をもつという特徴を示す刺激の周波数である。様々な感覚が授与され、その刺激が脳に伝えられる生体内の情報伝達には1/fゆらぎの傾向があり、また一般に心地良いとされる音楽の周波数には1/fゆらぎが含まれている。こういった1/fゆらぎを持つ音楽は、生体の1/fゆらぎと呼応することで身体的な安らぎをもたらす。ゆえに、人々は1/fゆらぎを好む傾向がある。
2つ目の条件は、アルトシュラ−の提示した「同質の原理」を用いることである。これは例えば、うつ状態の人に初めはその人の気分に近い悲しげなくらい曲(同質の曲)を聞かせ、その後初めとは逆の明るい曲(異質な曲)を聞かせることで治療目的を達成するという方法である。同質の音楽や音は、ある気分を促進し、あるいは持続する音楽や音であれば良い。これは、同時に持続・促進を妨げる、マスキング効果も果たしてくれる。また、どこで異質な曲に転換するかは難しいが、その人の気分や身体の反応に応じて行なわれることが理想である。

6、まとめとこれからの展望
音楽心理学の動向や各研究を紹介するにあたって、まず日本の音楽心理学は心理学研究の中心分野に位置していたこと、現代にいたるにつれてこの学問は人の生活と密接なものなり、また学際的な立場をとるようになった。私たちは知らず知らずのうちに、それを音楽心理学の効果だとは知らず生活の知恵として取り入れているのである。

また、音楽心理学の研究には「音楽の嗜好」について分析するものと、「音楽が人間に及ぼす影響」について分析するものの2つに分かれている。専ら後者のほうが盛んであり、後者の中でも音楽が「感情に変化をきたす要因」と「生態にきたす要因」さらに、音楽が人間に影響を及ぼした結果得られた効果を測定した研究とに分けることができる。

私はその中でも音楽が人間に影響を及ぼした結果得られた効果の測定を行う研究について興味を持った。ほかの2つは同じような研究がいくつも行われており、それをさらに立証するための研究というように、内容にあまり大佐が見られなくなってきている。つまり、研究の目的が大分明らかになっていると考えてよいのではないだろうか。

それに比べ、音楽が人間に影響を及ぼした結果得られた効果の研究というのはまだ先行研究も少ない。また、机上の作業が主な課題で、全身を使った課題というのはあまり行われていないようだ。また、同じ効果でも前例のように作業に焦点を当てたものあれば(岩田(1975)池田(1992))、情緒に何らかの効果を見出した研究もある(小口(1992)谷口(1991)富田(1993))。ただし、いずれの場合においてもこの研究にはParasuramanもいうように持続的注意を低下させる要因と課題遂行水準も相互影響を及ぼすとはかならずしもいえないという問題点がある。この部分も考慮に入れて、研究を進めていくべきであろう。

このように、あらゆる状況下での音楽が人間に及ぼす効果を分析することで、普段何気なく行っている音楽による自己コントロールを科学的に解析し、もっとも有効な方法を探ることは現代社会において人々が生きていく上での重要な課題ではないだろうか。

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心理療法・種々のセラピ-――音楽セラピ-を中心に
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光・音のもたらす心理的影響と空間デザイン(特集 専門職が使う毎日の道具のデザイン)
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音楽 多様な表現への意欲を育てる(子どもの「やる気」<特集>――子どものやる気を育てる授業)
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勉強に集中できる環境づくり――音楽を利用する(特集 勉強がわからない子・にがてな子――学ぶ意欲を育む家庭)
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