子どものしつけに関する国際比較

「教育と情報」No.458(1996.5)より


(要約)

 親子の独立性を前提とした欧米型のしつけに対し、アジア型のしつけは家族の強い凝集性と一体感を軸にして、親の子どもへの期待が高いことが特徴である。日本の子どもたちは、急速に進む家族や近隣社会の崩壊と、新しいメディアの出現により、従来のアジア的な養育パターンから急速な転換を余儀なくされている。


 日本の親は子どもに甘いとよく言われる。たとえば、電車やレストランなど公共の場所で、子どもが騒いでいても親はあまり注意しない。目に余るので周りの人が注意でもしようものなら、反対に親からにらみつけられてしまう。その点、欧米では公衆の面前だろうがお構いなしに子どものお尻を叩き、厳しく叱る。

 あるいは、日本では子どもが家族の中心で、休日の外出も遊園地やファミリーレストランなど、親よりも子どものニーズが優先される。一方、欧米では両親だけが連れだって大人同士の社交をする間、子どもは家でベビーシッターと留守番といったように、親子間の境界がはっきりしているようである。

 はたして、外国の親子と比べて本当に日本の親は甘いのだろうか。また、われわれはともすると欧米だけを比較の対象としがちであるが、他の文化、たとえば近隣アジア諸国と比べるとどういう位置づけになるのだろうか。これらの疑問に答えるために、欧米・アジア・日本の親子関係としつけを比較した規模な調査をもとに検証してみよう。

 93年から94年にかけて、東京、上海、ソウル、ロンドン、ニューヨークの各都市の小学校5年生、合計5千人弱に対してアンケート調査を実施した(文献1)。それぞれの地域の一家族当たりの子どもの数は表1に示したとおりである。一人っ子政策の中国は別格として、東京やソウルはロンドンとニューヨーク以上に少子化が進行していることがわかる。一人っ子家族の占める割合はいずれも1割弱と大きな差はないものの、4人以上の子どもがいる多子家族の割合がロンドンとニューヨークに比べて少ない。

表1.子どもの数
東京 上海 ソウル ロンドン ニューヨーク
1人 9.7 93.2 8.8 9 5.9
2人 54 4.9 60.5 35.3 39
3人 30.1 1.9 20.5 30.5 32.9
4人以上 6.2 0 10.2 25.2 22.2


子どもに注意しない日本の親

 表2を見てみよう。これはそれぞれの都市の子どもたちが、歯磨き、起床、テレビ、勉強、家の手伝い、就寝などについて親からどれくらい注意されるかを示したものである。上海では起床、テレビ、勉強について親から言われる割合が最も高くなっている。特に勉強に関しては88%にも達し、他の地域よりも抜きんでて多く、次いでソウルの56.2%となっている。この背景には、これらの地域で親からの教育期待が高いことが理由としてあげられる。また、上海では一人っ子のため、親たちの目が集中することも考えられる。

表2. 親から言われること(「いつも言われる」+「かなり言われる」、%)

東京 上海 ソウル ロンドン ニューヨーク
きれいに歯をみがきなさい 33.4 58.7 42.4 58.7 74.3
朝、自分で起きなさい 13.3 27 25.1 20.1 23.2
テレビばかり見てはいけません 20.8 61 36.6 27 31.3
もっと勉強しなさい 34.8 88 56.2 37 52.4
家の手伝いをしなさい 15.9 27.1 17.7 39.6 48.2
もう寝なさい 42.6 56.5 43.1 50.1 72.3

 ロンドンとニューヨークでは歯磨き、家の手伝い、就寝などについて親から言われる割合が他の地域に比べて高くなっている。歯科衛生や就寝の習慣などの基本的な生活習慣と家庭内の仕事の役割分担については明確なルールを決め、厳格にしつけることがわかる。

 一方、東京ではすべての項目において他の国より最も低く、親が子どものしつけについてあまり注意していないことがわかる。日本でも勉強に対する親の期待は上海・ソウルと同様に高いにも関わらず、「もっと勉強しなさい」と言う頻度は五つの地域の中で最も低くなっている。これは東京の小学校5年生の子どもたちが、既に基本的習慣を身につけているので、親があえて注意する必要がないと考えることもできるが、いずれにせよ日本の親は他の国と比較しても概して子どもにあまり注意しないことがわかる。


家庭内の意志決定

 つぎに、家庭内の意志決定にどの程度子どもの意見が反映されているかを見たのが表3である。親子の意見が食い違ったとき、たとえば「休みの日の過ごし方」「どんなテレビを買うか」などの状況を設定して、親と子とどちらの意見が優先されるかについて尋ねた。ここでも欧米とアジアのしつけ観の違いが如実に表れた。

表3. 家庭内の意志決定:親子の意見が合わないとき、子どもの意見が優先される割合(%)

東京 上海 ソウル ロンドン ニューヨーク
休みの日の過ごし方 47.3 34.7 28.5 25 21.8
どんなテレビを買うか 11.6 8.2 10.7 13.9 18.4
どんなスニーカーを買うか 77.7 62 73.1 79 81.5
学校へどんな服を着ていくか 73.6 46.2 74.4 81.5 85

 ロンドン、ニューヨークでは、「どんなスニーカーを買うか」、「学校へどんな服を着ていくか」といったような子ども自身のみに関わることについては、子ども自身の決定に委ねられている割合が高い。しかし、「休みの日の過ごし方」あるいは「どんなテレビを買うか」といった家族全体に関わる決定事項については親によって決定されている。

 一方、東京、上海、ソウルでは、ちょうどその逆となり、スニーカーや、学校に着て行く服など子ども自身のみに関わることにも親の意見が比較的尊重される反面、「休みの日の過ごし方」や「どんなテレビを買うか」については子どもの意見がより多く取り入れられている。

 これは欧米のしつけの根底の考え方として、子どもの自由に任せる領域と、親の考えが優先されるべき領域が明確に区別されていることがわかる。後者の部分では親の意志決定機能がはっきりしており、子どもはそれに従うことが期待されている。ところが東京、上海、ソウルの場合、このふたつの領域が欧米ほど明確に区別されていない。「休みの日の過ごし方」や「どんなテレビを買うか」というような家族全体に関わる決定事項に子どもの意見が大きく取り入れられ、子どもが家族の中心としてとらえらえていることがわかる。

 また、しつけの際に何を優先させるかということが問題になる。たとえば「風邪をひいて少し咳が出て、頭も痛い」という状況を設定して、その際、親は学校を休みなさいというか、あるいはがんばって行きなさいというかについて尋ねた。親が「がんばって学校に行きなさい」と言う場合が東京、上海、ソウルでは半数以上を占める。これらアジア文化圏では多少無理してでも学校に行くことが重要であり、そのようにしつけていることがわかる。

 反対にロンドンとニューヨークでは「がんばって学校に行きなさい」という判断は1割にも満たず、7割以上が「休んだ方がいい」としている。これら欧米では学校に行くことはそれほど重要ではなく、子どもの健康が優先されるわけである。


親子の一体感

 親が子どもをしつける根底には、子どもが親の気持ちをわかっているか、逆に親は自分の気持ちをわかるかなど、親子の気持ちの共有度ないしは一体感の有無が重要になる。この点についても調査した。「自分がいつも何を考えているか、親はわかっている」と答えたのは上海とソウルに高く、8割以上であるが、ロンドンでは45%、ニューヨークでは61%とと低い。また、「親がどんな気持ちでいるか、自分はわかっている」と答えたのも上海とソウルでは85%と非常に高いのに比較して、ロンドンとニューヨークでは5割に留まっている。一方、東京は上海やソウルよりは低いものの、ロンドン・ニューヨークよりは高く、両者の中間に位置している。

  上海やソウルでは、口に出さなくてもお互いの気持ちが分かるという心理的な親子の連帯意識が強く、密着した親子関係を保っている。その点、ロンドンやニューヨークでは伝統的な核家族の崩壊が進み、親子であってもお互いの気持ちが分かりにくい状況にある。

  また、理想とする親子関係のありかたが異なることも考えられる。上海やソウルなどアジアにおける親子観は、家族としての集合体を形成し、一心同体として物理的・心理的に団結していることが望まれる。一方、欧米では家族という集団よりもひとつの個であることが優先され、たとえ親子であっても世代間には明確な境界線が引かれ、独立した自分の世界を形成することがよしとされる。

  この点、東京が両者の中間に位置するということは、伝統的な密着した親子関係とはかなり変化しつつあるものの、欧米的な親子関係ともまた異なることが言えるだろう。


欧米型のしつけとアジア型のしつけ

 以上概観したように、親のしつけ方は文化によってかなり異なることがわかった。ここで、欧米型のしつけとアジア型のしつけを対比してまとめ、日本のしつけの特徴について考えてみよう。

 中国では文化大革命以降、一人っ子政策が押し進められ、最近変化しつつあるものの、ほとんどの家庭が一人っ子である。また夫婦共働きが原則であるから子育て中の母親も働いており、子どもと接する時間は日本の専業主婦ほど多くはない。韓国では儒教的風土の中で、年長者を敬い、母親は専業主婦として子育てと家族の世話に献身するという旧来からの性役割観が残っている。

 このような社会情勢や性役割の違いにも関わらず、このふたつの文化に共通していることは、親からの教育期待がたいへん高い点である。韓国では低年齢から受験競争熱が盛んで、あまりの激烈さに政府が塾や予備校を禁止するほどである。今回調査した上海は中国の中でも最も市場経済の導入が進み、経済的に比較的豊かな地域である。一人っ子であるために親の子どもに対する期待も大きく、お稽古ごとが加熱している。したがって「学校に行くこと」が何よりも尊重され、しつけもそのことが中心となる。

 また、密着した親子関係が生きている点でも共通している。口に出さなくてもお互いの気持ちが分かるという精神的な親子の連帯意識が強く、結婚後も近くに住み、老後も同居を望むなど、生涯にわたって親との関係を密に保とうとする意識が強い。また、家族の意志決定に子どもの意見が大きく取り入れられることも特徴的である。

 その点、欧米の親子関係の背景には、自分のプライバシーと独立を尊重して、他人を自分の領域に踏み込ませない意識が見られる。家族と過ごす時間を大切にしている一方で、この原則は親子関係にもあてはまり、家族という身内集団の中でも個であることが尊重され、たとえ親子であってもお互いに独立しているという意識が強く働く。その結果、お互いの気持ちが分かりにくい、あるいは結婚後や老後は親とは別の切り放された生活を持とうとするなど、ともすると孤立化してしまう危険性をはらんでいる。

 このような独立性を前提とした家族関係を維持するために、親子関係は基本的に権威の関係であり、親は子どもに対して権威を持たなければならないと考えられている(文献2)。したがって基本的な生活習慣と家庭内の役割分担について、明確なしつけが行われているのである。

 またアジア文化圏の子どもと比較すると、しつけの中で勉強あるいは学校に行くことがそれほど重要視されていない。高度に成熟した社会の中で「学校に行く」ことが将来の幸せのための必要条件として、アジアほど積極的な意味を持たない。

 親密な家族関係を軸とする中国、韓国と、独立した親子関係を持つ欧米を比較する中で、日本の親子関係はどう位置づけられるだろうか。元来、日本は韓国、中国と同じような親子関係であった。しかし今回の調査からもわかるように、上海・ソウルと比較すると、親子の一体感が薄れ、伝統的な親子密着のパターンはかなり崩れていきている。かといって、個を尊重する原則や明確なルール設定は達成されておらず、欧米的な親子関係に近ずいているとも言えない。


日本の養育パターン

 また、日本の親はあまり子どもに注意していない。つまり外国と比較すると子どもに甘いといえる。それがよいか悪いかは別にしても、その背景には日本で伝統的ある「小宝」という思想がある(文献3)。つまり、子どもは本来善きものという性善説に準拠しているので、子どもを自然に育て、本来備わった持つ能力を妨害しなければよい子が育つという考え方である。欧米ではキリスト教的な原罪の思想を踏まえているため、子どもは生まれながらに罪深い存在だとみなされる。図式的に述べるならば、上海やソウルの子どもたちは親密な家族関係を維持することによって、またロンドンやニューヨークでは独立した自我を持つことによって、幸せ感や安定を得ているのかもしれない。

 日本の子どもたちは、従来のアジア的な養育パターンから急速な転換を余儀なくされている。地域・近隣社会の崩壊、核家族化や少子化による家族という枠組みの弱体化、学校機能の縮小など、子どもの成長を育む共同体が崩壊し、「場」の凝集性を高めることによる問題解決はもはや機能しない。その一方で、インターネットなどの電子メディアの急速な発達によってバーチャル・コミュニティーとも言うべき新しい人間関係が出現している(文献4)。そこでは従来の「場」に依存しない、双方向的な個人と個人の関係が可能になる。つまり、独立した自我を育む養育パターンの伝統がないまま、子どもたちは共同体からの決別を迫られているのである。

 多くの子どもたちは、新人類とかオタクなどのレッテルを貼られながらも、このような新しい状況に何とか適応しているように見える。その一方で、十分に適応できない子どもたちは依存するべき安住する場を失い、社会に背を向け、脆弱な自己の殻の中に閉じこもっているのである。


文献

(1) 第4回国際比較調査「家族の中の子どもたち」。モノグラフ・小学生ナウ14(4)、福武書店教育研究所、1994。

(2) 東洋「日本人のしつけと教育:発達の日米比較にもとづいて」東京大学出版会、1994。

(3) 深谷昌志「親孝行の終焉」黎明書房、1995。

(4) 宮田加久子「電子メディア社会:新しいコミュニケーション環境の社会心理」誠信書房、1993。