教室で戦う、ということ

このようなノウハウが役に立つ日が来ないことを祈りつつ

 ここで私が考えてみたいのは、学校への乱入事件の再発防止策ではなく、不幸にして事件が再発し、しかもその場に居合わせてしまったとき、教師はいかに振る舞うべきか、です。それというのも、事態の再発を完全に封じ込めることは、関係各方面のいかなる努力にもかかわらず不可能であるからです。極論すれば、学校の警備をいかに充実させても、同様の事態が校外学習中に起こる可能性もあります。

 かくいう私は、かつて、学童保育の手伝いのために定期的にある小学校に出入りしておりましたが、その小学校に、自分が訪問する前日に、バットと包丁をもった暴漢が侵入、窓ガラス数枚を破損するとともに教員1名に軽傷を負わせる、という事件が発生したことがあります。放課後で児童の人数が少なかったことと、先生方の迅速な対応のおかげで、被害は最小限に抑えられました。怪我をされたのは、暴漢を取り押さえようとした教員の方であったと伺っております。

 この事件は、私にとって、「自分ならどうしただろう?」と自問するきっかけとなりました。いくつかの偶然が重なれば、児童とともに暴漢と対峙していたのは私だったかもしれない、と思わざるを得ない身近な場所での事件だったからです。

 今回の池田小学校の惨事をきっかけに、「自分ならどうするか」に一応の結論が出ました。それは、「その場にとどまって被害を最小限に抑えるためにあらゆる手を尽くそう」ということです。もしもその場にとどまらなかったら、世間の非難もさることながら、自分自身で「なぜそばにいながら守ってやれなかったか」と一生後悔するに違いないと思えてならないのです。

 ただし、これはあくまでも、大学の教育活動であれ学童保育であれ、あらかじめ自分が指導・監督の役割を担っている場合に限ります。街頭での通り魔事件の現場に居合わせたような場合は、また別の話です。

 もちろん、私と同じ決意を読者の皆さんに強要するつもりはありません。「私は自分の身を守るために一目散に逃げる」と決意する人がいてもかまわないと思います。そういう人にとってはこの先の文章は不必要なものだと思いますので、ここから元のページに戻られることをおすすめします。

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 さて、「あらゆる手を尽くそう」と決意しただけでは不十分です。「「あらゆる手」って例えばどんな手?」と、時々は考えなくてはなりません。さもなくば、いざという時には思考停止状態になって、逃げ出さないまでも動けなくなってしまうことが懸念されます。
では、校内で凶器を所持した暴漢と戦うために、どのような手段が考えられるでしょうか。
まず、暴漢への対処法は以下の四つに大別できます。(1)取り押さえる、(2)追い払う、(3)凶器を取り上げる、(4)時間を稼ぐ、です。そしてその前に確認しておきたいことがあります。(0)警察は間に合わない、です。

(0)警察は間に合わない
 私は、三度110番通報をしたことがあります。それぞれ、自宅前の高校で非常ベルが鳴りやまない、路上で十名前後のけんかが始まった、コンビニの店内で男性が女性をつけ回している、という「事件」でした。その経験をふまえて申し上げるなら、非常事態に際して警察は絶対に間に合うように来てはくれません
 具体的に言えば、110番通報の電話を切るまでに3分程度は経過してしまいます。担当の人は実に執拗に状況を確認してきます。例えばこんな具合です。
 例1「ケンカが始まったのは、K駅東口の、Oデパート向かいのパチンコ屋の前です」「何というパチンコ屋ですか?」「わかりませんけど、東口にパチンコ屋は一軒しかありませんし、Oデパートを目印に来てくれれば迷いませんから」「店名を見てきてくれませんか」「ケンカの現場を通らなければ見に行けませんからイヤです」
 例2「コンビニの店内で、不審な男が女性をつけ回しているんですけど」「どうしてつけ回しているってわかるんですか?」「え? そんなの、一目見ればわかりますよ」「具体的にどうしているんですか?」「え、それは・・・(予想もしなかった質問に絶句)物陰に身を隠すようにして女性を後ろをついて歩いてですね、(キレた)と に か く 明 ら か に 様 子 が お か し い ん で す よ !」(中略)「その男、アルコールとか薬とかの臭いしてますか?」「してなかったと思います」「今どこから電話してますか?」「店の向かいの電話ボックスからです」(以下略)
 間違いなく現場にパトカーを向かわせるためとか、いたずら電話ではないか確認するためとか、きっと理由はあるのでしょうが、現場から通報する者にとってこのやりとりは永久のように長く感じられます。ようやく通報を受理してもらっても、それから警官が到着するまでにさらに数分。警官を現場まで「転送(アメリカのテレビ番組「スタートレック」でおなじみ)」する技術でも開発されない限り、事件が起こってしまったら警察は絶対に間に合いません。それは行政の怠慢でも何でもありません。今ここにいる人々が何とかしなければならないのです

(1)取り押さえる
 池田小の事件では、最終的に二人の教員が暴漢を取り押さえました。これはとてもリスクの高い方法であるだけに、お二人の勇気には感服いたします。というのも、取り押さえるためには暴漢に接近しなければならず、それに伴って受傷する危険性が増すからです。現に何人かの教員は脇の下(付近)に受傷しておられますが、これは腕を上げた状態で、つまり暴漢を取り押さえようとしている最中に受けた傷と考えられます。
 受傷の危険を少しでも小さくするために、(3)凶器を取り上げる、が重要になってきます。

(2)追い払う
 池田小でも、暴漢にイスを投げつけて教室から追い払うことに成功した教員がいたとのことです。私の身近で起こった前述の事件では、教員に組み付かれた暴漢は凶器を捨てて逃走、駆けつけた警官に学校周辺で逮捕されました。これも結果的には「追い払う」型の対処だったといえます。
 しかし今回は不幸なことに、先生方の勇気ある対処にもかかわらず、暴漢は執拗に他の教室に侵入して凶行を繰り返しました。暴漢が手から凶器を離しさえしたなら、との思いは禁じ得ません。追い払うにあたっても、(3)凶器を取り上げる、はとても重要なことだということができます。

(3)凶器を取り上げる
 ここでいう凶器を取り上げる方法には、武道や格闘技における護身術、つまり凶器をもった相手に素手で対処することは含めない方が賢明でしょう。なぜならば、(1)で言及したように、凶器をもった相手に素手で組み付けば、受傷する危険が増すからです。あくまでも、こちらも何か武器を持って対処することを考えたいと思います。
 教室にある「武器」としてとっさに思いつくのは、OHPスクリーンを上下させるためのフック付の棒や、モップ類でしょう。これらは通常のいかなる凶器よりも長く、相手の手の届かないところから相手の身体に攻撃を加えることができます。こづき回しているうちに暴漢が凶器を取り落としてくれればこっちのもの、あとは取り押さえるなり追い払うなりすればよいのです。
 ただし、使用する際の注意点として、振り下ろすな、突け、という点を指摘しておきたいと思います。理由は三つ。
(ア)振り下ろす際に蛍光灯など予定外のものを叩いてしまい、攻撃に失敗することがある。俗に言う「長押を斬って命を落とす」状態です。
(イ)振り上げて振り下ろす、という動作は思いの外時間がかかり、相手の変化に対応しきれないことがある。
(ウ)得物の強度が十分でないと、叩いた拍子に折れることがある。恥ずかしながら私は、中学時代に同級生をモップで殴って職員室に呼び出されたことがありますが、その時モップの柄は一撃で折れてしまいました。

(4)犯行を妨害して時間を稼ぐ
 積極的に攻撃して凶器を取り上げることができないなら、せめて凶行を妨害して助けが来るのを待つ、という方法もあります。
 例えば、イスやバケツ、大きな三角定規などを楯にして児童・生徒と暴漢の間に立ちふさがり、楯で攻撃を避けながら助けが来るのを待つ方法が考えられます。これは、結果的に暴漢を追い払うことにつながるかもしれません。何もなければ傘を開いて楯にすることさえ可能です。これは、郵便配達の際に番犬にかまれるのを避けるための方法だそうですが、人間に効かないと限った話でもありません。
 ちょっと変わったところでは、廊下に置いてある消火器を暴漢目がけて噴射してしまうことも可能です。後始末は面倒ですが、消火剤が目や口に入れば暴漢の動きはてきめんに鈍くなるでしょう。

(5)不幸にして児童・生徒への攻撃が始まってしまったら
 万策尽きて児童・生徒への攻撃が始まってしまったら、一刻も早く攻撃を中止させなければなりません。数少ない利点は、子どもに向かっているなら暴漢は教員に背中を向けている、ということ。教員からは殴り放題です。できるだけ強力な一撃を食らわしましょう。殴るよりは蹴る方がいいでしょうし、素手で殴るよりはものを持った方がよいでしょう。この時、モップや指示棒などの折れやすいものは不適当です。強度や命中精度を考えて、短めで折れにくいものを使いましょう。手っ取り早いのは靴。かかとの部分を持って、靴の裏で耳の穴を狙って殴れば、相当の効果があると思われます。

 校外学習の際なども、これに準じて考えればよいと思います。ただし、おあつらえ向きに武器になりそうなものが見つからない可能性があります。身近なものを武器として使う方法を考案しておくか、武器になりそうなものを普段から携帯することが必要でしょう。
 例えば、丸めた雑誌でもちょっとした警棒程度の強度はありますし、小銭を投げつけるだけでもちょっとした目つぶしになります。小銭入れに紛失防止用のチェーンをつけておく、などの準備をしておけば、いざというときにはチェーンを持って振り回すことができるでしょう。

 とはいうものの、とっさの時に上記のような具体的な行動をとれるものかどうか、正直言って怪しいものです。「冷静に対処しましょう」ではかけ声倒れに終わりかねません。冷静になるための具体的な方法を少々。

(1)大声を出す
 驚きと恐怖で声が出せない時のために防犯ブザーを持つのもよいことですが、驚きと恐怖を克服するために大きな声を出すのはもっと大切なことです。大声を出すことによりおのずから深呼吸することになり、気分が落ち着いてきます。
 なお、「人殺し!」とか「助けて!」とは叫ばない方が賢明だとされています。そんな物騒なところに駆けつける奇特な人は稀だからです。叫ぶなら「火事だ!」 類焼を恐れて多くの人が様子を見に出てくるでしょう。目撃者を増やすだけでも犯人検挙に貢献できます。

(2)相手から視線をそらさない
 「実戦的護身術」を自称する格闘技の講習を受けたおりに散見したのですが、初心者、特に女性は、対戦に際して、悲鳴もろとも対戦相手から視線をそらしたり、時には背中を向けてしまったりすることが時々ありました。視線をそらしても相手は消えてくれません。面と向かって、大声で相手を威嚇し、かつ自分を励ましながら、次に打つ手を考えましょう。

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