木刀を持つことの象徴的にしてマイナスの効果

 大阪での小学校乱入殺傷事件の直後、小中学校の危機管理の一環として、職員室等への木刀の配備が各地で検討されました。

 少なからぬ学校で、実際の配備は見送られたようですが、その主な理由は、暴漢に木刀を奪い取られたらかえって危険である、というものでした。

 しかし、私の経験から言うならば、木刀の配備には、もっと厄介な危険が伴います。それは、不審人物が校内に侵入したからといって、教員が木刀を持って駆けつければ、教員が木刀を持っていること自体が不審人物を刺激し、凶行とは異質のトラブルを招きかねない、というものです。

 私の実家は高校の敷地と隣接しています。夏休み期間中のある時、この高校の敷地内で、午前2時頃、猛烈なエンジン音が聞こえてきたことがありました。

 今でこそ落ち着いていますが、当時その高校は、文化祭のたびに学校周辺に改造車が集まってくるような高校でした。まだ、一部の高校で、現・元在校生が改造車やバイクで校門周辺や校内に乗りつけてトラブルをおこしていた時期です。

 また、その一帯は、近所の幹線道路を暴走していた車両が警察の追跡を振り払おうとして逃げ込んでくるような場所でもありました。

 従って、深夜のエンジン音は、改造車の校内侵入などの「事件」を連想させました。

 窓から様子をうかがうと、校内に駐車してあったキャタピラつきの工事用車両が小刻みに前進と後退を繰り返しているのが見えました。とっさに、不審者が工事用車両を盗みに来た、または動かして遊んでいるのだと判断しました。

 今から思えば、警察にでも通報して対処を依頼するのが賢明でした。しかし、なぜかその時私は、不審者と直談判しようと考えました。おそらく、一刻も早く深夜の騒音から逃れたかったのでしょう。警察が駆けつけるのがとても遅く、しかも駆けつけた後もあれこれ事情を聞かれることを、すでに私は経験的に知っていました。

 不審者が激高して暴力に及んだときに備えて、木刀を持って音源である工事用車両に近づき、運転席の人物に車をとめて下りてくるように要求しました。

 聞こえないのか、無視しているのか、男はしばらく前進・後退を繰り返していましたが、やがて不機嫌そうに下りてきました。

 男の話によれば、彼はその工事用車両を使って校内の工事を請け負っている業者で、翌日朝までに別の現場にその車両を移動させなければならないので、車両を搬送用のトラックに積み込もうとしている、とのことでした。無理なスケジュールで工事をしている下請け業者のようでした。

 夜中にご近所をお騒がせして申し訳ない、の一言でもあれば、こちらも納得のしようがあったのですが、彼は、あんた(私のことです)が夜寝たいのと同じように、自分だって本当はもう寝たいんだ、と開き直りました。謝罪も釈明もなかったことは、事件をいっそう不愉快なものにしました。

 後にわかることですが、彼はきわめてマナーの悪い業者で、その後も工事のたびにやって来ては、近所の路地を我が物顔で爆走し、時々住民とトラブルをおこしていました。

 彼は、自分の非を認めないばかりか、その木刀は何だ? と、逆に言いがかりをつけてきました。彼が態度を硬化させた理由の一つは、自分が親会社の無理をきいてこんな夜中に働いているというのに、まるで泥棒か何かのように木刀なんか持って飛んでくるとは何事だ、ということでした。

 彼が改造車で校内に乗り入れた不審者や、工事用車両を盗みに来た窃盗犯でなかったことは幸いでした。しかし、万一に備えて持っていた木刀が彼に無用の刺激を与え、頑なな姿勢をとらせたことは否めません。相手が凶器を所持した暴漢でなかった場合、こちらが武器を持つことは、かえってよくない結果を招くことがあるのです。

 不審者侵入の報を受けて、教師が念のために木刀を持って駆けつけたにもかかわらず、不審者が凶器を所持しておらず、暴行を働く意図はなかったと主張したならば、同様の事態が発生するでしょう。木刀を持った教員に迎え撃たれた地域住民は、学校が自分を殺人者扱いした、と怒り、学校への不信を露わにするでしょう。地域住民の不信は、学校の運営にわずかですが決定的な悪影響を与えるはずです。

 従って、職員室に配備された木刀は、明らかに凶行が行われていると判明してからでなければ持ち出せないことになります。当然、最初の犠牲者が出るのを防ぐことはできません。

 木刀は、たとえ使いこなせる教員がいたとしても、全教員が木刀の使い方を徹底的に練習したとしても、きわめて限られた場面でしか使えないものなのです。


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