警察庁『スクールセキュリティガイド』に思う

 池田小学校の事件から間もなく1年、という時期に、警察庁が「スクールセキュリティガイド」なるものを作成したとの報道を目にしました。

 「来訪者は必ず職員室の前を通るようにすること」という一項目を見て、「またかよ」と思いました。

 九割以上の確信を持って言いますが、このガイドを作った人は、学校建築を真面目に見たことのない人です。開校以来何十年かの間に増改築を繰り返される学校建築がどうなっているのか知っていれば、こんな実行不可能なガイドを作るはずがありません。

 正門が大通りに面していない学校は珍しくなく、最寄りのバス停から学校に入ろうとすると通用門になってしまうこともしばしばです。その場合、職員室どころか玄関すら通らずに教室に入ることはきわめて容易です。その上、玄関の位置がわかりにくい学校がたくさんあります。校舎の入り口が校門と反対側についていて、校舎を大回りしたりトンネル状の通路をくぐったりしなければ入り口にたどり着けない学校もあります。門を入ると児童・生徒用昇降口になっていて、玄関はそこから遠く離れた校庭側についている学校もあります。そういう学校を訪問すると、昇降口で靴を脱いで、スリッパも履かずに事務室や職員室を探してうろうろすることになりかねません。

 さらに、職員室や校長室が二階にある学校、事務室のガラスが磨りガラスになっている学校、受付窓口と事務員の常駐スペースの間に仕切り板がある学校なども珍しくありません。受付窓口に人員を常駐させられるほど、人手に余裕もありません。

 来訪者に必ず職員室前を通ってほしいなら、要所要所に腕章をつけた案内係でも立たせるしかないでしょう。もちろん、悪意のない来校者にそのような案内は不要ですし、悪意ある侵入者の抑止には役立ちません。

 要するに、ガイド作成者のいかなる善意にもかかわらず、このガイドは、「私たちはちゃんとガイドを作ったのだから、あとは各学校でちゃんとやるように」と言っているに過ぎません。今後学校で侵入者による事件が起これば、「ちゃんと」やらなかった各学校の責任になります。しかも大半の学校で「ちゃんと」やることは不可能です。

 日本の組織の悪弊は、旧日本軍に典型的に見出すことができますが、その悪弊の一つに「朝令暮改の机上作戦で徒に兵を消耗させる」というのがありました。

 作戦参謀が「私はちゃんと作戦を立てて(仕事して)いますよ」と証明するためかのように無茶な作戦を立て、そのたびに兵隊は重い荷物を担いで歩かされていたわけです。

 元・零戦パイロットの故・坂井三郎氏によれば、名機の誉れ高い零戦は、照準がつけにくく、すぐに弾が尽きてしまう、しかも被弾すれば誘爆の危険が高い大口径の機銃を装備した欠陥兵器であったとのことです。(『零戦の真実』講談社、1994年)。しかも、そのことは設計段階から飛行士たちによって再三指摘されていたにもかかわらず、海軍上層部で無視されたとのことです。現場からのフィードバックなしに兵器を開発し、作戦を立ててきた末が、かの敗戦でした。

 近年の日本の教育行政は、往時の旧日本軍を彷彿とさせるものがありますが、危機管理行政もまたしかり、ということでしょうか。それとも、警察庁が予算を出して、安全な校舎を建ててくれるのでしょうか。

 「校舎の構造が理想的でなくても、実状に応じて工夫すればよい」という人もいるでしょうが、そういう人は是非、ご自分で、たった一校でもかまいませんから、「工夫」して校内のレイアウト案を立ててみてください。もちろん、予算と人手の手当もお忘れなく。くれぐれも「保護者や地域住民のボランティア」などを安易にあてにしないように。

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