爆弾をつくりたかった僕から、つくってしまった君へ

 2002年7月24日未明、新交通システム「ゆりかもめ」の国際展示場正門駅に仕掛けられた時限式の手製爆弾が爆発、容疑者として16歳の高校生が逮捕されました。

容疑者逮捕の報に接して以来私は、容疑者である高校生に語りかける言葉を持ちたいと思ってきました。それは、私自身が「爆弾を作ってみたい高校生」だったからです。

今も記憶の一部に含まれている「爆弾を作ってみたい高校生」としての私は、実際に爆弾を作ってしまった高校生に向かってこう語りかけようとしています。「いいなあ、よくやったなあ、うらやましいなあ」と。

しかし、もはや教育学者となり、教員養成に携わっている、いわば「体制側」の人間である現在の私は、まさかそうとばかりも言っていられません。かといって、「罪は償うべきである」と言っておしまいにするのでは、昔の自分を裏切るようで気がとがめます。

おりもおり、とある研究会で「教育と悪」の問題について発表があることを知り、何かの手がかりになればと思って出席してみました。配付資料の以下のような文言が目をひきました。

報告の学問的な水準はともかく、これにはとても失望し、またいささか恐怖しました。

まるで、裁判長が判決言い渡しのついでに被告にする説教のようです。「君の知識や好奇心や探求心を、爆弾製作などよりももっと建設的なことに使いなさい」といったところでしょう。「悪」の撲滅に対する恐るべき自信と執念を感じさせます。

いうなれば、爆弾を作りたいという「悪」の衝動は、当時の私の「本性」に属するものであって、そうであるだけに、「悪を行うというのは、その子の本性ではなく」という表現は、報告者のいかなる善意にもかかわらず、当時の私の本性の全否定のように聞こえます。

質疑応答の時間に私は、自分の問題意識を開陳した後こう質問しました。「爆弾を作ってしまった高校生に対するお言葉を賜りたい」と。

報告者はおおむね以下のような趣旨の応答をしてくれました。

これには再び失望しました。「逸脱行動には(必ず)理由がある」という教育言説における俗信の反復に過ぎないように思えたからです。

そして、自分の中ではすでに決まり文句となっている以下のような言葉によって反論しました。

報告者の方は、およそ学的関心とはかけ離れた私の質問や意見に対して誠実に応答してくださいましたが、研究者どうしの会話は、しばしば、報告の背景となっている思想や理論の詳細な解説へと浮遊してゆくのでした。「爆弾をつくった(つくりたかった)高校生」に贈る言葉を探す試みにとって、「学問」の言葉は、潜水夫にむりやりつけられた浮き輪のようなものでした。

一連のやりとりは、司会者の以下のような総括によって締めくくられました。

休憩時間、事態は思いがけない展開を見せました。次の報告者が私のもとにやって来て、それまでの一連のやりとりをふまえて、報告の構成を修正したいとおっしゃるのでした。

報告の中でその方は、「爆弾を作ってしまった高校生に対するお言葉を賜りたい」という先ほどの私の質問が、自分自身への質問であるかのように報告を進め、直接的な応答としておおむね以下のように言うのでした。

この具体的な応答もさることながら、随所に私の発言を引用しながら、私の問いにこたえるかのように、あるいは私と問いを共有するかのように進められる報告自体が、「爆弾を作りたかった私」への語りかけであるように感じられました。

結局、元「爆弾を作りたかった高校生」にして今は教育学者である私が、爆弾を作ってしまった彼に語りかけるべき言葉は、この研究会では見つかりませんでした。しかし、この研究会で、「(元)爆弾をつくりたい高校生」として発言し続けた私に対して、何人かの教育学者が、真摯に誠実に語りかけるという出来事が生起していたことを、とてもありがたく感じました。

今、私は、あの日の報告者の方のように、あの容疑者の高校生に対して、今の自分が言えることだけを言おうと思っています。

高校を卒業してから何年も経って、その何年もの間に色々なことがありましたが、ある時四〇度近い高熱が一週間近く続き、回復したときに、「爆弾を作ってみたい」に類する破壊的、破滅的な衝動が、自分の中からきれいに消えていることに気づきました。その後私は、その一大転機を一貫して同じ言葉で呼んでいるのですが、「爆弾を作りたい高校生」の先輩たる私が、爆弾を作ってしまった彼のために言えることは、今のところその言葉だけであるように思います。多少わかりにくい表現ではありますが、冗長な説明はかえってリアリティを失わせてしまいます。リアルなことは、伝達には馴染まないのかもしれません。

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