「女性のための護身術」に思う

深夜テレビで「女性のための護身術」が紹介されていました。

この手の護身術は生兵法ではかえって危険なため、あえて身につけるのはコストパフォーマンスが低すぎる、というのが私の持論なのですが、今回紹介されたのも、世界何十カ国だかに支部があるとはいうものの(好事家が一軒道場をかまえれば「1カ国」ですから・・・)不合理な点が多々ある眉唾ものでした。

参考までに私の考察を開陳します。件の護身術を参考にしたい方々は、こちらもついでに参考にしていただければ幸いです。

まず、件の護身術の概要を紹介します。

  1. 相手に正対し、掌を相手に向けた両手を胸の前(顎の下)にかまえる。
  2. 相手に向かって、腹式呼吸で「やめろ、よせ、来るな、あっち行け、馬鹿」などと絶叫する。
  3. それでも相手が接近をやめなかったら、掌(厳密には掌底といわれる部分)で相手の鼻を正面から叩き、ついで体重を乗せて金的に膝蹴りを入れる。
  4. なお、動作を紹介する合間に、「性暴力の加害者は顔見知りであることが多い」と有名な女性弁護士の談話が挿入される。
さて、私が特に気になったのは以下の2点です。

1.加害者を撃退するための一連の動作が、「加害者が顔見知り」という場面に限定されている。

相手に掌を見せるのは、「こっちに来るな」という意思表示と、「武器は持っていません」ということを示すためだと説明されていますが、相手が武器を持っていた場合あらかじめ徒手であることを明らかにしてしまうのは不利です。また、相手に正対し、掌底で鼻を突く、という基本動作は、相手との間合いが近くなり過ぎ、相手が武器を持っていた場合危険すぎます。加害者が顔見知りなら徒手でもあり、言葉による威嚇も有効でしょうが、あらかじめ武器を用意したり、複数で自動車に押し込めて連れ去るような手合い(近頃「東の渋谷」と異名をとっているらしい我が郷里の駅前で、そういった事件が頻発しているらしいです)に対して有効かどうかは疑問です。

なお、掌底で鼻を突く際にはテイクバックなしで、と教えられていますが、テイクバックなしに突くのはブルース・リーの「ワンインチ・パンチ」のようなもので、とっさに出せるようになるには相当の練習が必要です。

2.加害者が顔見知りなら、撃退動作自体よりも撃退してよいのかどうかの状況判断である。

加害者が顔見知りであろうとなかろうと、護身術で最も難しいのは、「この人には悪意があるのかないのか」「逃げるべきなのか踏みとどまって戦うべきなのか」「戦うとして痛みを与えるだけにすべきなのか怪我させてしまってよいのか」といった状況判断です。特に相手が顔見知りであれば、「ふざけてるだけかもしれない」とか「相手が本気じゃなかったとしたら大げさに抵抗してあとで気まずくなっても嫌だし」とか「怪我させちゃって訴えられたらどうしよう」とか迷うのがふつうでしょう。撃退動作が強烈であればあるほど、顔見知りをそんな目に遭わせることはためらわれるものでしょう。なお、この流派の場合、顔面を痛打されてのけぞっている相手に体重を乗せて金的に膝蹴りを入れれば、転倒して後頭部を痛打する恐れもあります。最悪の場合、相手は死にます。

ちなみに私は18歳の時に、学生寮の男性警備員に性的暴行を受けかけたことがあります(!)が、事後的に見れば殴り倒しても差し支えないような状況であり、武器に使えるちょっとした道具を携帯していたにもかかわらず、「怪我させるわけにはいかんだろう」と思ってひたすらその場を逃れることに努めました。それ以来、出血を見るような「護身具」は全く信用していません。小学校で、教員が仲裁する喧嘩ではありませんが、「相手に出血させてしまった方が負け」なのが世の中です。

つまりこの流派は、「相手が顔見知りでなければ使えないが、相手が顔見知りなら使うのをためらう」ようなものにしか、私には見えないのです。

暴漢撃退動作という狭義の護身術に意義があるとすれば、「もし逃げ切れなくても私はこの男と戦える」という自信が、パニックに陥ることを防いで対処法を探すための冷静さを保つ助けになる、という点でしょう。まったく無駄ではないものの、死なさぬようになめられぬように塩梅して使いこなせるほど熟練するには相当の覚悟と時間が必要です。その覚悟のある人は止めません。ただ私は、自分の親しい人々から護身術を学びたいと相談を受けたら、すでに武道家や格闘家である人がその技術を転用するのでなければ、事前の状況判断に基づく危険回避力を磨く方が有効だとアドバイスすることに決めています。

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