学長室だより

理性へ 彼女は静かに訴える

 新型コロナウィルスの感染者数・死亡者数についての各国の統計で、目を引くことのひとつは、感染者の多いヨーロッパの中でドイツの死亡者がぐっと少ないということです(感染者約13万人に対し死亡者約3,500人、15日午後6時現在、以下同様)。同等の規模の感染者数のフランスの4分の1(感染者約13万人に対し死亡者約1万5,000人)、感染者数は4万人近く少ないイギリス(感染者約9万5,000人に対し死亡者約1万2,000人)に比しても3分の1程度です。
 妻の友人が、ドイツ人と結婚して現地に住んでいて、このところのLINEのやり取りがもっぱら彼我の新型コロナウィルス対策の違いで、繰り返し繰り返し日本は甘いと彼女は言っていると聞かされていて、生半可にいわゆる「ドイツ的徹底性」というやつだろうなと思っていました。そうしたドイツの新型コロナウィルス対応について、ドイツに住む作家の多和田葉子さんが、朝日新聞に記していました(2020年4月14日朝刊)。
 それによると、日本がまだ夏にオリンピックをやるつもりでいたときに、感染ピークは数週間後、ひょっとしたら6月以降に来ると判断して感染速度を遅らせることに焦点を当てた対策が取られ始めたそうで、多和田さんは、それを、ドイツ人の甘えのない現実主義と評しています。また、感心したこととして、「高齢者や病人などの弱者を守る」ということが目標として常に強調されていたことを挙げ、そして、メディアを通して行動の自由を規制することについて、短期間に、集中的に議論がなされ、みんなが納得するスピードと規制が強まるスピードがほぼ一致していたとします。また、国の予算が赤字になるのは承知の上で、国民の収入に係る不安に応え補助金を出すとし、それは、フリーの俳優、演奏家、作家にも及び、多和田さんのところにも組合から案内が来たそうで、彼女はもらうつもりはないけれど、文化が大切にされていることを実感するだけで気持ちが明るくなったと書いています。また、そういう中で、ポピュリストたちが大幅に支持者を失い、移民受け入れに積極的で支持を失っていたメルケル首相が広い層の信頼を取り戻したとされています。多和田さんは、テレビで視聴者に話すメルケル首相の姿を記して、この記事を結んでいます。「テレビを通して視聴者に語りかけるメルケル首相には、国民を駆り立てるカリスマ性のようなものはほとんど感じられない。世界の政治家にナルシストが増え続ける中、貴重な存在だと思う。新たに生じた重い課題を背負い、深い疲れを感じさせる顔で、残力をふりしぼり、理性の最大公約数を静かに語りかけていた。」と。本稿のタイトルは、この記事のタイトルです。「ドイツ的徹底性」だけではない彼我の違いに思いを致しました。