Tokyo Gakugei University Centre for International Education

研究

松井研究室での近年の研究テーマ

子どものコミュニケーション能力は、言語の発達とともに飛躍的に伸びていきます。幼児期から児童期にかけて発達する言語を媒介としたコミュニケーション力は、目には見えない抽象的な現象、たとえば自己や他者の心理状態を推測することや、未来を予想することを含め、思考力や問題解決力の基盤となります。さらに、たとえば学校での授業で、先生の話のポイントを押さえてよく聞く力や、情報の信頼性を判断する力を含む、学習力の基盤としても重要です。松井研究室では、子どもの言語コミュニケーション能力の発達について、複数の側面から研究を進めていますが、以下にそのいくつかを紹介します。

情報信頼性判断の発達

子どもは2歳くらいから、社会的に伝達される情報の信頼性を判断できるようになることがわかってきました。私たちの研究では、たとえば文末に「~だよ」という表現を使って話す人と、「~かな」と言って話す人がいた場合、3歳児は「~だよ」と言った人の言うことを信頼して、「~かな」と言った人の言うことは信じなかった(学習しなかった)ということがわかっています。

関連論文
  • Matsui, T., Yamamoto, T., Miura, Y., McCagg, P. (2016). Young children's early sensitivity to linguistic indications of speaker certainty in their selective word learning. Lingua, 175-6, 83-96.
  • Matsui, T., Yamamoto, T., & McCagg, P. (2006). On the role of language in children’s early understanding of others as epistemic beings. Cognitive Development, 21, 158-173.

心の理論の発達と言語文化

子どもの自己や他者の心を理解する能力(心の理論)は、どの国に生まれても、どの言語を話していても、同様の段階を経て発達すると考えられています。その一方で、言語を通して現象を理解したり説明したりする人間が、自分の言語文化に独特の考え方や理解の仕方を持つことは自然なことと言えます。そのため、特に言語コミュニケーションの場で相手の心の状態を推測するときに、子どもたちの心の理解に個別の言語文化の影響が見られる可能性があります。私たちの研究でも、日本語を母語とする子どもと、それ以外の言語を母語とする子どもの他者理解には差が見られることがわかっています。

関連論文
  • Mercier, H., Sudo, M., Castelain, T., Stéphane, B., & Matsui, T. (2017).Japanese preschoolers’ evaluation of circular and non-circular arguments. European Journal of Developmental Psychology.
  • Fitenva, S. & Matsui, T. (2015) The Emergence and Development of Language across Cultures. Jensen, L.A. (ed), The Oxford Handbook of Human Development and Culture. Oxford University Press.
  • Matsui, T., Rakoczy, H., Miura, Y., & Tomasello, M. (2009). Understanding of speaker certainty and false-belief reasoning: A comparison of Japanese and German preschoolers. Developmental Science 12, 602-613.

バイリンガル児の言語とコミュニケーション能力の発達

グローバル時代になり、複数言語を獲得する子どもたちが増えています。その子どもたちの中には自閉スペクトラム症などの発達障害を含む子どもたちもいます。また、いくつかの言語を獲得する環境にありながら、どの言語も十分に伸びず、学習や思考につながる言語をひとつも獲得できない状況にある子どもも少なくありません。複数言語を獲得する可能性のある子どもの健全な言語発達と支援のために、松井研究室ではいくつかの基礎研究を始めています。

関連論文
  • Li, H., Oi, M., Gondo, K., & Matsui, T. (In press). How does being bilingual influence children with autism in the aspect of executive functions and social and communicative competence? Journal of Brain Science, 49.
  • 権藤桂子・稲田素子・松井智子(2015)日英2言語環境下で育つ児童の語彙力と文法力に関する一考察.国際教育評論,12,1-17.
  • 松井智子・須藤美織子. (2014). 日本における言語的マイノリティ幼児の言語と社会性の発達. コミュニケーション障害学,31(2), 90-101.

自閉スペクトラム症児の言語とコミュニケーションスキルの発達

自閉スペクトラム症の子どもの言語発達については、まだわからないことが多くあります。高い言語力を持つようになる子どももいれば、言語の表出がほとんどない子どももいます。語彙学習には話をしている相手の意図を理解することが必要ですが、自閉スペクトラム症の場合、この相手の意図を理解することが難しいことが知られています。おそらく自閉スペクトラム症の子どもは何か別の手がかりを使って、語彙を学習しているのだと思いますが、まだそのメカニズムはわかっていません。高い言語力を持つ子どもも、毎日の会話の中で使われる言葉の微妙なニュアンスを理解することは困難です。松井研究室では、自閉スペクトラム症の子どもが言葉の使い方をどのように学習しているのかを調べるために、データを集めてきています。

関連論文
  • Oi, M., Fujino, H., Tsukidate, N., Kamio, Y., Kikuchi, M., Yoshimura, Y., Hasegawa, C., Gondo, K., & Matsui, T. (In Press). Quantitative communicative impairments ascertained in a large national survey of Japanese children. Journal of Autism and Developmental Disorders.

他機関との共同研究

生理学研究所 共同研究 「語用論的解釈の神経基盤-発話における意図的不調和の処理過程に注目して」(研究代表)

関連論文
  • Matsui, T., Nakamura, T, Utsumi, A., Sasaki, A.T., Koike, T., Yoshida, Y., Harada, T., Tanabe, H.C., & Sadato, N. (2016). The role of prosody and context in sarcasm comprehension: Behavioral and fMRI evidence. Neuropsychologia, 87, 74-84.

国立国語研究所 公募研究 「日本語の間接発話理解:第一言語、第二言語、人工知能における習得メカニズムの認知科学的比較研究」(研究代表)