ICT ✕ インクルーシブ教育

このプロジェクトは、こんな発想から生まれました

子どもの困りごとに寄り添う

授業の中で、子どもが感じる「困りごと」には多種多様なものがあります。例えば、我々教師はついつい子どもたちに「積極的に手をあげて発言する姿」を求めがちですが、「人の前で話す」ことをとても苦手とする子もいます。そういう子にとっての授業は、教師にあてられないかどうか、常にヒヤヒヤしなければならない辛い時間であったりします。 
 
さて、そういった「人前で話す」ことが苦手な子どもたちを我々はどうすべきでしょうか。もちろん、みんなの前で堂々と話すことができるようになれば、それはそれで素晴らしいことですから、それに向けての指導は行うでしょう。しかし、よく考えてみる必要があると思うのです。「自分はなぜ今、この子に話をさせたいのか」を。 
 
もちろん「人前で堂々と話すことができるようになることを目的としている」時もあるでしょう。しかし、それが第一の目的であることは、実はそう多くはありません。 
 
「その子が物語の登場人物の心情をどう読んだかを他の児童に知らせて、クラス全体で読みを深めていくため。」 
「その子が考えた『合同な三角形の作図』についての教科書には書いていないやり方を他の児童に知らせたいため。」 
「理科の実験方法についてグループで話し合った結果を発表させて、そのグループの実験方法を確かめたいため。」 
 
普通は、そういったことが第一の目的になっているのではないでしょうか。その副次的効果として「人前で堂々と話すことができるようになること」を期待はしているかもしれませんが、それは第一の目的ではない場合も多くあるはずです。そうであるならば、「人前で話すことが苦手」な子につらい思いをさせることなく、設定された第一の目的を果たせる方法を考えてあげる方がよくないでしょうか? 
 

私のクラスでは、Microsoft Teamsというアプリケーションを使っています。色々な機能がありますが、クラス全体でチャットを行えるのが大変、便利です。私が何か質問を子どもたちに投げかけます。それに対して子どもたちが各自の考えたことを書いて送ってきます。例えば、社会の授業で教科書に載っている庄内平野の写真を見せた後で「庄内平野の写真を見てわかったこと、気づいたことなどを書いてみましょう。」とTeamsに送ると、あっという間に子どもたちから様々なコメントが届きます。 
 
私がここでしたかったことは「各自の『庄内平野の写真を見てわかったこと、気づいたこと』をクラスで共有する」ことでしたから、その目的は果たされたわけです。(指名して発言させたら2〜3人の意見しか聞けなかった時間で、クラス全員分の書き込みを集めることができました。) 
 
ご多分に漏れず私のクラスにも「手をあげてみんなの前で発言するのはちょっと…」と思っている子も少なからずいますが、そういう子どもたちもTeamsではとても雄弁で、授業を前に進めるような意見をどんどんと出してくれます。 
 
…これでいいのではないでしょうか? 
 
もちろん、全てこれで済ませれば良いとは考えていません。「人前で堂々と話せるようになる」ことを目指した指導も行っていますが、それは「授業中、いきなり当てて一人で言わせる」ような、それを苦手とする子にとっては敷居の高い方法を取るのではなく、もっとスモールステップで進めるべきでしょう。(みんなで群読をしてみる、とか。) 
 
それはそれとして、教師は授業の中で子どもが感じる「困りごと」に寄り添うべきだと思うのです。そのために「自分はなぜ今、この子にその活動をさせたいのか。何を学ばせたいのか、何を学んで欲しいのか。」をもう一度よく考えてみる。子どもに何かを無理強いすることなく、教師が設定した目的を実現できる授業を設計する。 インクルーシブ教育を考える時、私が常に立ち返って考えるのはこのことです。 
 

ICT は人間の機能を拡張する

 
基本的にICTとインクルーシブ教育の親和性は高いと思われます。なぜならICTは人間の機能を拡張するものだからです。 
 
例えば記憶。各種研究会やセミナーで、講演の発表スライドをスマホ等で撮影した経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。或いはご自身ではされなくても、撮影している人を見かけたことがある、という方は多いでしょう。 なぜ発表スライドを撮影するのか。そのスライドに書かれた情報が重要なもので、自分の記録として留めておきたいからでしょう。記録には留めておきたいけれど、講演者がそのスライドを映しているわずかの時間に全てを記憶することはできない。だから撮影をする。これは記憶力をICTで補完しているということになるでしょう。 
 
小学生はこの記憶の問題にどう対処しているでしょうか。先生が板書したことは記録として留めておきたい。でも、黒板に書かれた文字は次の時間になれば消されてしまう。それまでの間に全てを覚えることはさすがに不可能。そこで子どもたちはノートを開いて鉛筆を持ち、板書されたことを必死に書いていきます。 
 
しかし、中にはこの「書くこと」に困難を感じている子も少なくありません。書くのが遅い。きれいに書けない。書いているうちにどこを書いていたのかわからなくなってしまう。書かれた自分の汚い字を見ていやになってしまう。そもそも書く気になれない等々。 
 

そこで考えてみるわけです。「自分はなぜ今、この子にその活動をさせたいのか。何を学ばせたいのか、何を学んで欲しいのか。」を。板書をノートに書くのが、本当に単純に記録のためだけなら、タブレットで板書を1枚撮影させればそれでオーケーでしょう。でも、例えば「ただ書き写すだけじゃない。板書された言葉を書き写しながら、自分で今日の授業の流れを整理して欲しいのだ」といった場合もあるでしょう。そういった時には、板書の要所要所を撮影させて、それを学習支援アプリやプレゼンテーションアプリを使って、写真の配置を考えさせるなどしてまとめさせれば目的は達成できるでしょう。これなどは「書くこと」の機能をICTが補完したということになるのではないでしょうか。
 
繰り返しますが、ICTは人間の機能を拡張するものです。言い方を変えれば、ICTは子どもが頑張ってもできないところを補うもの、助けてくれるものなのです。私達は、子どもの困りごとに寄り添い、ICTを上手に使って学びを助けていくことを考えて、このプロジェクトを進めています。
 
 
ところで、何度もICTと書いていますが、ICTって何の略だかご存知でしょうか? Information and Communication Technology ? いいえ(笑)。我々は、こう言っています。
 

I(いつも)
C(ちかくで)
T(たすけになる) 
 
文責:鈴木秀樹(東京学芸大学附属小金井小学校教諭)
2019.01.15.

 
東京学芸大学附属小金井小学校におけるインクルーシブ教育の歩み

2016年に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が施行され、国公立の学校では個々の教育的ニーズに合わせた支援が提供されるようになってきました。それに伴い、学習に困難を抱える児童に対するICTを活用した支援が期待されています。これまでに、特別支援学校等ではそうした支援が進みつつありますし研究発表も盛んに行われていますが、通常学級における研究は十分とは言えない状況です。
 
東京学芸大学附属小金井小学校は、平成25〜26年度の文部科学省「インクルーシブ教育システム構築モデル事業」、平成27〜28年度の東京学芸大学特別開発研究プロジェクト「東京学芸大学附属小学校におけるインクルーシブ教育のシステム構築に関するプロジェクト研究」、平成30年度の文部科学省「学習上の支援機器等教材活用評価研究事業」の採択・実施を経て、インクルーシブ教育の実現に向け研究・実践・評価を進めてきました。
 
これまでの実績を踏まえ、「ICTを活用して適切な支援を行うことにより、通常学級でのインクルーシブ教育を実現していくこと」についての研究を進め、その実現方法や必要性を広く社会に訴えていくことは、共生社会の実現に向けた重要な取組みであると私達は考えています。

 
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