事業概要

現状と課題

 文部科学省調査「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成30年度)」によれば義務教育段階の小中学校(公立)には日本語指導が必要な児童生徒が45,948人(外国籍36,305人+日本国籍9,643人)在籍するが、入学試験を通過しなければ入学できない高等学校の在籍数は4,172人(外国籍3,677人+日本国籍495人)と相対的に少ない。しかし、この10年の増加率に注目すると、小中学校が1.45倍増であるのに対し、高校は2.67倍と急増傾向にある。

 この状況に関わる各種調査結果を簡単に紹介しつつ、外国人生徒等教育の充実の必要性について検討する。なお、「外国人生徒」「外国籍生徒」という呼称の使い分けは、それぞれの調査において利用されている呼称を用いる。それ以外においては、海外にルーツを持つ日本国籍の生徒も含めて「外国人生徒等」とする。

 「都道府県立高校(市立高校の一部を含む)外国人生徒・中国帰国生徒等に対する2021年度高校入試の概要」(外国人生徒・中国帰国生徒等の高校入試を応援する有志の会)では外国人生徒等の高校進学の困難さが読み取れる。学校基本調査から算出した数字であるが、国内の高等学校に在籍する外国籍生徒の在籍は9,655人であるが、それは中学校在籍数(24,830人)の39%に相当することが指摘されている。高等学校への進学率そのものではないが、この数字から外国人生徒等の中学卒業後の進学者の割合は依然として低いことが推察される。

 同会の調査によれば、高校の入試制度にも変化が見られる。2021年度の高校入試では、61都府県・政令指定都市の41自治体で外国人受験者に対する特別措置があり、26自治体で特別枠が設けられている(表1)。高校入試における外国人生徒等への門戸は緩やかにではあるが開きつつあることが報告されている。

表1 2021年度高校入試全国制度調査結果
表1

外国人生徒・中国帰国生徒等の高校入試を応援する有志の会(2021)

 高等学校における外国人生徒等の在籍数は今後も増加が見込まれるが、一方で、その教育については、設置主体である自治体任せの状態であり、十分に整備されているとは言いがたい。その結果、不登校や中退をする外国人生徒等は少なくなく、その実情は報道等においても頻繁に取り上げられている。

 こうした現状に関し、文科省は平成30年度調査(前掲)において、日本語指導が必要な高校生等の中退・進路状況を報告している。中退率は9.6%と日本人生徒1.3%の約7倍である。また、大学・専門学校等への進学率は42.2%(日本人生徒は71.1%)、就職者の非正規雇用率は40%(日本人生徒4.3%)である。さらに、進学も就職もしていない者は18.2%(日本人生徒6.7%)に達している。いずれの数値からも、高等学校における修学・及びその後のキャリアパスに関し、外国人生徒等は日本人生徒とは比較にならないほど深刻な状況にあることがわかる。

 また、外国人生徒等の多くが定時制高校に進学していることにも注目が必要である。多文化共生センター東京(2020)によれば、平成30年度(2018年)、都立高校に在籍する外国籍生徒は1,470人で、生徒全体の1.1%になっている。全日制では全体の0.7%を、定時制では4.8%を外国籍生徒が占めており、定時制への入学者は2012年の調査開始時から1.5倍に増えている。定時制高校に進学する者の増加の要因として、①外国人生徒の募集枠が希望者に比して小さいこと(令和2年度は8校150人の枠に217人の応募)、②一般受験の5教科入試では合格に足る学力が身についていないこと、そして、③家庭の経済状態などが挙げられている。日本語指導の必要性に関しては、外国籍生徒の約半数が必要としているが、その数は2012年の2倍に当たるという。東京都のこの状況は、他の自治体においても一定の共通性があると考えられ、中学校卒業段階で学年相応の学力やそれを支える日本語の力が十分には発達していない生徒が相当数存在すると考えられる。

 高等学校における外国人生徒等への教育・支援の実態に関しては、学校によってその指導体制は大きく異なるが、全体としては、生徒の困難に応じた日本語・教科の指導が十分に行われているとは言い難い状況にある。少し古い資料であるが、外国人集住都市会議(2014)が、岐阜・長野・愛知の15の高等学校で調査をした結果からその実状を示す。日本語指導が必要な生徒は合計約350名であったが、取り出して指導を実施しているのは、日本語指導に関しては5校、教科指導は6校と、全体の約1/3であった。在籍学級での支援や放課後指導はあるものの、教育課程を編成して実施している学校は多くはない。課題として、生徒の日本語能力の低さによる不登校、将来の居住地が不確定なために進路決定が困難、保護者の日本語能力の問題により情報伝達が不十分であること、及び生徒の日本語能力・学力の多様さに対応した指導体制・人員配置が未整備であることなどが挙げられている。

 上記の調査に見られるように、指導体制の整備が不十分な中ではあるが、全国定時制通信制高等学校長会(2019)によれば、定時制高の一部では以下のような取り組みも見られるようになっている。例えば、岡山県立烏城高等学校(昼夜間定時制)では、学習に用いるプリントや定期考査の問題の漢字にふりがなを付けている。福岡県立小倉南高等学校(夜間定時制)では、主要教科(国語、英語、現社)で英語のサポートのためにTTを組んで授業を行っている(全国定時制通信制高等学校校長会2019)。また、総合的な学習の時間に「日本語講座」を開講し、日本語能力試験の受験を目指して取り組ませる例(広島県立海田高等学校夜間定時制)もある。これらの事例からは、それぞれの学校が現行体制の中で可能な支援を模索している様子が窺える。しかしながら、問題に対しては対症療法的で部分的な対応に留まっていると推察され、教育の体系化・組織化が望まれる。

 指導・対応の遅れの要因としては、高等学校が義務教育ではないため、外国人生徒等が入試を通過したことで、各校の入学要件を満たした者と見なされ、日本語指導の必要性に関する認識が十分に形成されてこなかった点が挙げられる。加えて、高等学校で学ぶ外国人生徒等には、家族の都合で来日した者もいれば留学が目的の者もいる。また、定住者の家族等として日本で生まれ育ったという者から、来日間もない生徒まで存在する。来日目的、滞在期間、日本語能力における差異のみならず、その後の在留予定、進路なども合わせて考えなければならず、生徒間の違いは、小中学生以上に大きいと考えられる。他方、受け入れる高等学校側に目を向けても、全日制・定時制・通信制の別、職業高校と普通高校の違い、学校独自の設定科目の有無、独自のカリキュラムの編成と、学校間の制度上の差異も大きい。

 生徒にとっては高等学校の出口である進学・就職は、社会参画のスタートともなる。そのため、地域社会の産業構造や就業機会、進学先の有無等の状況に連動させた実効性のあるキャリア教育の検討が必要となる。これらの要素を、高等学校における外国人生徒等教育・日本語指導では加味する必要がある。生徒のキャリアパスのスタートを形成するために、生徒の多様性と個別性、学校の教育課程の制度上の複雑さと独自性、さらにその地域の社会構造に目配りをして、体制を整備しカリキュラムの編成をすることが求められるのである。

 こうしたニーズに対し、外国人生徒等教育を教育課題として明確に位置付け、学校の制度上の特性を生かして組織的に取り組む①②のような先進事例も見られるようになってきた。

①島根県立宍道高等学校(定時制) 令和3年度より日本語指導体制を整備予定
日本語指導が必要な生徒の受入れのための教員加配、特別非常勤講師の母語ができる日本語指導員を配置し、学校設定科目として「日本語理解I・II」を開設し学習に必要な日本語(基礎)の理解と習得を促す支援を行う予定。(当該高校のWebサイトより)

②群馬県立太田フレックス高等学校(Ⅲ部制) 少人数・選択履修により個に対応
外国籍の生徒が全体の18.8%に達し、授業を少人数(18人程度)の授業形態を多くし生徒の生活スタイルに応じて、科目を選択して履修できるカリキュラムを編成している。「ことばと生活」「ポルトガル語基礎」「webデザイン」等の科目を設定し、社会参画のための力の育成に力を入れている。(当該高校のWebサイトより)

 その他、取り組みの成果として、地域の企業、大学、NPO団体と連携して教育・支援活動を実施している③~⑤のような学校・地域も見られるようになっている。いずれも、外国人生徒等の学習支援のみならず、社会参加や日本人生徒・地域住民との交流を通して、社会の一員としての成長を促すキャリア支援を行っている取り組みである。

③岐阜県東濃高等学校の地域企業との連携によるキャリア教育取り組み(吉田2017)

④神奈川県内の8つの高等学校とNPO法人の協働による学習支援・相談・情報提供の取り組み(Me-net)

⑤東京都立一橋高等学校・定時制の多言語交流部の取り組み(一般社団法人kuriya)

 こうして、①~⑥のような先進的な取り組みが見られるようになってはきたが、外国人生徒等の日本語指導及び進路支援は、高等学校においては喫緊の課題であることに変わりはない。その解決に向けては、まずはさらなる実態把握が必要である。現在、地域・学校単位での調査は見られるものの、全国的な状況についての十分な把握ができているとは言えない。そこで、日本語指導体制や指導内容に関する実態調査を行い基礎資料を得る。その調査結果を踏まえ、外国人生徒等の受入れ・日本語指導体制を構築し、日本語指導を含む外国人生徒教育のカリキュラムを編成するための考え方と方法に関する「手引き」、「ガイドライン」等の開発が求められる。これらの作成に当たっては、文部科学省が開発してきた教材や「JSLカリキュラム」、『外国人児童生徒受入れの手引き』を参照する。ただし、社会参画とキャリア形成のための資質・能力の獲得を軸とした教育・支援内容の構成、高等学校の制度に合致する指導体制の組織化等は、小中学校を対象に検討されてきた上記の成果物では対応しきれない側面である。そこで、本事業の調査を通して把握される現状と課題、先進事例からの示唆をもとに検討を進める。加えて小・中・高における学びの連続性に重きを置き、子どものライフコースを軸に据えた支援・教育のアーティキュレーションの実現のための提案を含むことも重要である。こうして開発される「手引き」と「ガイドライン」の普及を通じて、高等学校における外国人生徒等教育・日本語指導の充実が図れるものと考える。

参考資料