対人不安に対する研究動向

                 N01-5006 大森美樹

  

第一章 本研究の意義

第一節      対人不安研究の意義

   人間は、他の動物とは違い、社会的な動物である。それは、高度な発展を遂げるのに役立った反面、多くの問題もつくりだされた。対人不安もその問題の一つである。人間は社会的な動物がゆえに、他者と全くの関わりなしで生きていくことは、ほぼ不可能に近い。そのため、対人不安をひとたび喚起してしまったら、避けることがとても難しく、不利益を被る可能性も高い。

   木村(1982)によると、日本の大学生501名のうち50.9%が何らかの対人不安を自覚していた。

このように、対人不安は、ある特定の人だけが持つ特殊な感情ではなく、誰しもが持つかもしれないような、身近な感情なのである。

   また、対人不安は、諸外国と比べて、日本に非常に多い。これは、日本の「自己」に対する考え方の特徴によると考えられている。木村(1972)は、「日本的なものの見方・考え方を、自分と相手との間の人間関係」が重要だとし、「自分が現在の自分であるということは、決して自分自身の「内部」において決定されることではなく、常に自分自身の「外部」において決定される。自己の根源は自己の外部にある」とした。さらに、「対人恐怖症の根本的な特徴を、患者の自己の価値が自己自身によって内面から評価されず、他人による外部からのネガティブな評価の対象となってしまっている」とした。このように、日本の文化そのものが対人不安を喚起しやすい文化なのである。

   よって、対人不安についての様々な研究は、人や社会そのものに関わる上での手助けとなり、有用な研究であると考えられる。さらに、日本人の対人不安を研究するのは日本人の対人場面の特徴自体を知る手掛かりとなる可能性も大いにあり、有意義であると考えられる。

 

対人不安はここ数年著しく発達してきた分野である。そのため、細部については研究が進んでいない。細部の研究を進めるためには、これまでに、どのような研究がなされてきたのかまとめることは意義があると考えられる。よって、本研究の目的は、これまでの対人不安の研究を概観し、考えていくこととする。

 

 

第二節      対人不安の定義

 対人的な原因によると考えられる不安を一般的に対人不安と呼んでいる。しかし、社会心理学的な対人不安の定義は、研究者によって様々である。例えば、Schlenker & Leary(1982)は、「現実の、あるいは想像上の対人場面において、他者からの評価に直面したり、もしくはそれを予測したりすることから生じる不安状態」(向井2001から引用)とし、A.H.Bussは、「人前に出たときに感じる不快感」としている。この他、対人不安を喚起する先行要因に言及したもの、対人状況で感じる不快感に焦点を当てたもの、対人不安が沸き起こった結果起こる行動に言及したものなどその定義は多種多様である。さらに、「シャイネス」「対人恐怖」「対人恐怖心性」など対人不安と類似する用語が多いことも一貫した定義が得られない原因の一つであろう。

 

向井(2001)は、対人不安の多種多様な研究や知見を包括する有用な概念として、菅原(1992)の「対人不安とは対人場面で個人が体験する不安感の総称」という定義を推奨している。本稿もこれに習い、対人不安を上記の通りに定義づける。

 

また、その他の用語について、本稿ではより似た意味を持つ「対人恐怖」「対人恐怖心性」についてふれておく。永井(1994)によると、対人恐怖は、

@     対人緊張…人前で緊張することを気にして悩む

A     赤面恐怖…緊張し赤面することを、人に見られることが恥ずかしく悩む

B     視線恐怖…人の目が気になる場合と、自分の目つきがまわりの人を不快にし  

ているのではないかと悩む場合がある

C     表情恐怖…自分の表情がこわばり、ぎこちなくなり、自然に振舞えない

D     醜貌恐怖…自分の容貌が醜いために周囲の人に嫌な思いを与えているので   

はないかと思い悩む

E     自己臭恐怖…自分の身体から出る匂いが周りの人を不快にしていると思い  

悩む

  といったような、一つの症状につけられた診断名ではなく、以上のような症状群について命名されたものである。「対人恐怖心性」は、対人恐怖を広く捉え、臨床範囲外の一般青年に心理的な傾向としてつけられた症状名である。

以上から、本稿では対人不安を「状態」、対人恐怖心性・対人恐怖を「診断名・傾向」と定義する。

 

 

 

 

第二章      対人不安についての研究

第一章   対人不安の種類について

 堀井・小川(1997)の作成した対人恐怖心性尺度は全体として対人関係における不安意識とそれに随伴しやすい否定的自己意識から構成されている。また、対人恐怖心性尺度は以下の6つの下位尺度を持つとしている。

@     自分や他人が気になる悩み

   この下位尺度は、対人関係において、他者の評価に対する過剰な意識や、同時に他者に評価される自己に対する過剰な意識、すなわち、自他へのとらわれを表す。

A     集団に溶け込めない悩み

  この下位尺度は、集団という対人場面に溶け込んで自由に振舞えないという非社交的側面に関する悩みを表す。

B     社会的場面で当惑する悩み

   この下位尺度は、謝意で引っ込み思案ゆえに生起しやすい臨場的な社会的不安意識を表す。

C     目が気になる悩み

   この下位尺度は、対人接触場面において、他者とまなざしが合うことや他者から見られることに対する恐れを表す。これは目に対するとらわれから生じる悩みであり、視線恐怖心性を表す。

D     自分を統制できない悩み

   この下位尺度は、自らの意思や感情を統制できないことに対する不安や不満感を表す。この悩みは対人意識へのとらわれの中で生じる自己に対する否定的な問題意識の側面を表す。

E     生きることに疲れている悩み

   この下位尺度は、生への充実感が持てず、抑うつ的になり、心身の不調を訴えるというような悩みを表す。このような悩みは、過剰な対人意識や症状へのとらわれによって二次的に誘発されやすい悩みである。

    

   

第二節 対人不安の発達的変化

   対人不安は“青年における悩み”として、記述された研究は数多い。

しかし、エリクソン(19501968)の心理社会的発達段階によると、青年期の発達最

重要課題としては

 @「外から与えられた自分の姿」を客観的に見つめなおし、それが本当に自分自身を表しているのかを吟味し、

A「これから生きていこうとする主体的な自分、つまり、自分が認めた真の自分」を再構成する。

ということを掲げた。対人不安は、自分と他者との対人関係上で起こる不安状態である。したがって、児童期から始まりアイデンティティ課題のある青年期にもっとも発生率が高くなるということが考えられる。

 

堀井(2002)は、林・小川(1981)の制作した対人関係質問票を用い、中学校〜大学まで

の対人不安の発達的変化を量的・横断的研究形式で検討している。それによると、中学から高校にかけて対人不安意識は上昇する傾向にあると考えられる。これは、

1.        第二次性徴による性的衝動の意識化に基づく羞恥の自覚

2.        思春期においての親からの心理的離乳

3.        自己をある程度客体視できるようになったための、劣等感

という3つの視点でみられている。

また、高校から大学にかけては、身体変化の受容、周囲の圧力からの開放などから、

自分や他人が気になる悩み、自分を統制できない悩み、目が気になる悩みについては下降する傾向にあった。一方、集団に溶け込めない悩みは上昇する傾向にあった。これは、学校における集団生活の変化、ソーシャルスキルの要請、ふれあい恐怖といった視点で考察されている。

   

   

第三節   対人不安理論について

   M.R.リアリィ(1990)によれば、対人不安理論は大まかに以下の3つの理論に分類

できる。

F     古典的条件付け

   はじめは不安を引き起こすことのなかった中性刺激が、不安や恐怖を引き起こすような別の刺激と連合したときに恐怖が生じるという理論。脅威刺激と何度もペアにして呈示されていくと、元々は中性であった刺激が次第に不安を引き起こす力を獲得していくのである。

G     スキル欠如

   対人不安はソーシャルスキルの乏しさがもたらした直接的あるいは間接的な結果であるとした理論。他人との関わりを円滑にするには、熟練した上手な方法で相互作用を行う能力を要求される。これができない人は、自分自身に不都合な対人的状況を作り上げてしまうのである。

H     認知的アプローチ

   自分自身に対する認知や対人不安を引き起こすような対人的環境についての「認知」を重視する理論。これは、否定的な自己評価、不合理な思い込み、過度に高い水準という3つの分類がなされている。

 

   渡部(2003)はこれに加え、自己呈示理論を挙げている。この理論は、対人不安とは「他

者に特定の印象を与えようと動機付けられているが、そうできるかどうか疑わしいと

きに生ずる」と仮定されている。つまり、自己呈示への動機付けと自己呈示が成功する

かどうかという二つの変数の動きによって対人不安の生起、強さが変化するというも

のである。

   

 

 

第四節   対人不安と関連する因子について

  向井(2001)によると、自己愛・自尊心という概念は対人不安に関係があるとされている。自己愛とは、「他者より優越しているという感覚に特徴づけられるもの」(Bushman & Baumeister,1998)であり、自尊心とは「自分自身で自己に対する尊重や価値を評定する程度」(Rosenberg1965)と定義づける。つまり、どちらも自己に対する肯定的感覚を指しているが、自尊心があくまで自分自身に対する評価なのに対し、自己愛は他者と比較して自分を(肯定的に)評価するという点で異なっているのである。対人不安の要素の一つとして、「自分や他人が気になる」悩みというものがあるが、自己愛は自尊心とは違い、自他との関係の比較によって成り立っているため、自分では自信を持っているが、その自信は他者からの評価によって容易に崩れてしまうもので(小塩、1998)、さらに、他者からの評価をより過剰に受け止めてしまうのだと考えられる。

 さらに、清水ら(2002)によると、この自己愛もタイプが他者に対して「過敏型」と「無関心型」の2つに分かれていて、前者の周囲を過剰に気にする自己愛的な人は対人不安が平均より高く、周囲に気をかけないような自己愛的な人は、平均より低いという結果が出ている。

  

   また、孤独感との関連も見て取れる。清水(2001)は対人恐怖心性尺度、LSO-U(共感性を計るテスト)LSO-E(個別性を計るテスト)を用い、量的研究を行った。その結果、共感性・個別性共々高度な発達をしている、つまり、実存的な孤独感に気付くことができている成熟したタイプの人間が必ずしも対人不安が低いわけではなく、むしろ、精神的に発達途上(個別性に気付いていない)のタイプより対人不安は高いという傾向が見られた。このことから、対人不安を感じ、対人恐怖心性を示すことは必ずしも不適応的・発展途上な状態像を呈しているとは限らない、というように考えることができる。

  

  

第五節   対人不安の対象について

  私たちは、相手によってその人に合わせた態度をとる。このことから、対人不安も、対象によって相違があるのだろうか。

  角尾(2003)は、「不特定の漠然とした他者一般に対する不安傾向」と「特定の他者に対する不安傾向」とを区別しうるか否かを研究した。その結果から両者の不安傾向は異なるものとして捉えられるという可能性が示俊された。

対人不安と類似した概念である対人恐怖症については、内沼(1977)は「対人恐怖は人前ならばいつでも同じように生じるのではなく、特有の構造を持った対人関係の場ではじめて症状が起こるのがふつう」とし、発生状況に特徴があることが明らかにされている。内沼(1977)は更に、症状が生じやすいと言われている半知りの状態、「中間状況」について構成要素の一つに、対人関係における自と他の意識をあげている。「中間状況」は自と他の意識が過剰になってしまう可能性がそのほかの状況よりも高い。中間状況は親密な人と同じ様に関わる(自他の合体的方向性)ことも、見知らぬ人のように関わる(自他分離的方向性)ことも違和感を持ってしまい、自他共に過剰に意識してしまうのである。このように、対人恐怖症には、相手に合わせた態度をとることが難しく、自他を過剰に意識してしまうこともありうる。このことから、対象により対人不安の質、程度は大きく変わってくると考えられる。

 

 

 

第三章  まとめと全体的考察

 以上の研究より、対人不安は心身ともに発達する青年期の発達課題ととても関係深いものであり、特別な感情ではないということが明らかになった。対人不安が起こる要因としては多種多様ではあるが、全てに共通して言えるのは、他人の目で自分を見、関係性を作っていくという青年期の課題に達していない場合、対人不安は喚起されにくいのである。

それでは、どのようにすれば対人不安は解消されるのであろうか。

対人不安には限局性があり、対象によって対人不安の生起は変化する。そのため、対象への生起の原因を調べていくことが大切であろう。しかし、対人不安と関係する因子についての研究はまだまだ発展途上なため、今後対象と生起要因を照らし合わせ、更なる研究を進めていくことが必要であろう。

 

 今後、対人不安研究はより細部について研究を進めていくことが求められるだろう。さらに、めまぐるしくかわる現代の若者の特徴と対人不安を対応させ、さらなる新しい対人不安像を検討し構築しつづけていくことが必要であると考える。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

引用文献・参考文献

*M..リアリィ 1990 対人不安 北大路書房

 

*遠藤和彦・久保ゆかり・武藤隆 1995 発達心理学 岩波書店

 

*永井撤 1994 対人恐怖の心理−対人関係の悩みの分析− サイエンス社

 

*向井靖子 2001 対人不安の生気・維持プロセスの理論モデルに関する展望−回避的行動と自己愛、他者への関心の葛藤という観点から− 東京大学大学院教育学研究紀要41 p319-326

 

*清水健司 2001 青年期における対人恐怖心性と孤独感との関連 心理臨床学研究19-5 p525-534

 

*堀井俊章 2002 青年期における対人不安意識の発達的変化(続報) 山形大学紀要13-1 p79-94

 

*堀井俊章・小川捷之 1997 対人恐怖心性尺度の作成(続報) 上智大学心理学年報21 p43-51

 

*渡部敦子 2003 対人不安と自己呈示−様々な場面における自己呈示動機付けと効力感について− 東北大学大学院教育学研究科研究年報51 p187-197

 

*清水健司・海塚敏郎 2002 青年期における対人恐怖心性と自己愛傾向との関連 教育心理学研究50 p54-64

 

*中島義明() 1999 心理学辞典 有斐閣

 

*調優子・高橋靖恵 2002 青年期における対人不安意識に関する研究−自尊心、他者評価に対する反応との関連から− 九州大学心理学研究3 p229-236 

 

*木村敏 1972 人と人との間―精神病理学日本論― 弘文堂

 

*木村駿 1982 日本人の対人恐怖  草書房

 

*内沼幸雄 1977 対人恐怖の人間学―恥・罪・善悪の彼岸― 弘文堂

 

A.H.Buss 大渕健一(監訳) 1991 対人行動とパーソナリティー 北大路書房(Arnold H.Buss  1986  Social Behavior and Personality  Lawrene Erlbaum Associates.

 

*小塩真司 1998 青年の自己愛傾向と自尊感情、友人関係のあり方との関連 日本教育心理学研究46 p280-290


メンバーのページに戻る

ホームへ戻る