松尾研究室ゼミ                                    1998.7.2
動機づけ理論の概観

心理学科 松尾直博



1.動機づけの定義と意義



 行動を始発し、開発したその行動を維持し、さらにその行動を一定の方向に導き終結させる過程の総称。すなわち、行動喚起機能、行動維持機能、行動調整機能、行動強化機能を持つ。心理学は、「人間の行動法則を明らかにする学問」と言われることから、動機づけに関する研究は心理学の中心的課題とも考えられる。

 動機づけのメカニズムを理解することによって、自分や他者の望ましい行動を促進したり、望ましくない行動を抑制することに応用できる可能性がある。したがって、教育や臨床実践の基礎となる研究領域である。

2.代表的な動機づけ理論



(1)本能論

 本能とは、動物の種に固有で、主に遺伝によって決定され、経験によってあまり変容しない固定的な行動のことである。

 今世紀の変わり目頃は、動機づけ理論において本能論が支配的であった。フロイトは、無意識が人間行動に大きな影響を与えていると考え、特に性本能と攻撃本能を強調した。マクドゥガルは、逃走・拒否・好奇・闘争・卑下・自己誇示・保育・生殖・飢餓・群居・獲得・構成本能を人間に備わっている本能としてあげた。ジェームズは、50近い本能をあげている。

(2)動因理論

 動因とは、行動を活性化する、行動を目標に向かって方向づける、動因状態が解消するまで行動を維持する、という3つの機能を持った仮説的概念である。動因は生活体の恒常性の維持(ホメオスタシス)のために必要な生物学的要求(biological need;飢え、渇き、呼吸、苦痛の回避など)と密接に関係している。

 研究方法としては、動物を使い、食物を一定期間与えないなどの剥奪状態をつくり、その状態における行動との関連を検討する手法がとられた。

 動因は以下の2つに分けられる。
@一次的動因:ホメオスタシスより生じるもの(飢え、渇き、体温調節、苦痛からの逃避、呼吸など)・直接にはホメオスタシスと関係ないが、生得的であるもの(活動動因、好奇動因、接触動因、性動因)

A二次的動因:後天的に獲得されたもの(恐怖、不安、承認欲求、愛情、集団所属欲求)

 二次的動因の考え方の導入で、幅広い人間行動へ動因理論の応用が可能になり、1930年代から1960年代の動機づけ理論の中心となった。

(3)達成動機づけ理論、期待−価値理論

 達成動機とは「何らかの卓越基準が適用されると考えられる活動、したがって、活動の結果が成功か失敗で表されるような事態において、自分自身の能力を高め、あるいはできるだけ高いままで維持しようとする傾向」と定義される(Heckhausen,1967;中山,1995より引用)。

 アトキンソンは、人がある達成状況において達成行動を起こす強さを個人特性としての動機の高さと、状況に対する認知の関数としてモデル化した。モデルの構成要素は、@個人特性としての達成動機A主観的な成功確率(期待)B成功の誘因(価値)の3つである。ある課題に対する達成動機の高さは、以下の公式によって表される。

課題に対する達成動機=個人特性としての達成動機×主観的な成功確率×成功の誘因

 このモデルから、個人特性としての達成動機が高い人は中程度の困難度の課題を選択し、達成動機が低い人は極端に簡単か、極端に難しい課題を選択することが予測された。アトキンソンは数多くの実験から、これらの予測の正当性を確認した(図1)。

 アトキンソンの考え方や、それに類する考え方は、動機づけの期待−価値理論と呼ばれる(表1)。

(4)内発的動機づけ理論

 本能論や動因論のように人間行動が生物学的要因によって支配されているという考えや、行動主義の強化のような外的な要因によって行動が形成されるという考え方は、人間をもっぱら受動的、機械的存在であるとみなしている。しかしながら、こうした観点からはとらえられない現象も多くあり、次第に自らの意志で主体的に行動する人間の心理過程にも焦点が当てられるようになってきた。

 たとえば、ホワイトは生体は自己の活動の結果として環境に効果を生み出したり、刺激面に変化をもたらしたいという傾向があるとし、エフェクタンス(動機づけ)と呼んだ。また、知的好奇心のように生物学的要求や外的報酬がないにも関わらず人間に行動を起こさせる心理過程があることが指摘されている。

 このように、外的に与えられる賞や罰によってではなく、活動それ自体によって動機づけられることを内発的動機づけと呼ぶ。教育界において内発的動機づけは、外的な力によって無理矢理何かをやらせようとする教育精神とは異なる、民主的なものとして評価を高めていった。

 内発的動機づけを促進する要因、抑制する要因について数多くの研究がなされている。どのような課題を組み、支援を行い、評価を行えば内発的動機づけを高めることができるかを探索する研究が行われた。桜井(1997)は、内発的学習意欲を高めるものとして「有能感(自分は勉強ができるんだ!)」、「自己決定感(自分のことは自分で決めているんだ!)」、「他者受容感(自分はまわりの大切な人から受容されているんだ!)」という3つの要素をあげている。また、ド・シャームは、内発的動機づけを高める教師の働きかけを「指し手(オリジン)雰囲気」と呼び、6つの下位尺度に基づいた尺度を開発している(表2)。

 反対に、抑制する要因としては、ある活動に内発的に動機づけられているときに外的報酬が与えられると、内発的動機づけが低下する「抑制効果(アンダーマイニング効果;undermining effect)」という従来の学習理論から説明できない興味深い知見が得られている(付録1)。
 
(5)人間性心理学における動機づけ理論

 人間性心理学は、精神分析学、行動主義に続く第3勢力として1960年前後のアメリカで誕生した。その特徴は、人間は無意識によって操られるのでも、外的な罰や報酬によって操られるのではなくて、人間的価値や自己実現に向かって主体的に生きている存在であるととらえる点にある。

 @ロジャースの実現傾向

 ロジャースは、人間には生まれつき実現に向かって生産的に成長するような傾向を持っており、その「実現傾向 actualization」が人間の持つ基本的な動機であると考えた。ただしそれが機能するためには良好な環境条件が必要であり、何らかの原因で実現傾向が機能していない人に対しては無条件の積極的関心、非審判的態度、受容、共感的理解などによって援助を行う。

 Aマズローの欲求の階層

 マズローは欲求を低次から高次へと5つの基本的なカテゴリーに分け、低次の欲求の充足を待って高次の欲求が充足されると考えた。マズローは精神分析学や行動主義は低次の欲求にしか注目しておらず、高次の欲求により注目すべきであると主張した。

 マズローは、最も高次の欲求として自己実現をあげた。自己実現とは、個人が自らのうちに潜在している可能性を最大限に発揮し、実現して生きていることを意味する(図2)。

 Bフランクルの「意味への意志」(諸富,1997参照)

 フランクルは「意味への意志」を人間の根本動機であるとみなした。意味への意志とは、「この人生でなすべきことをしていると思いたい」「人生の本当の意味を実現していえると思いたい」という欲求である。これは、他者や社会の存在とは独立して個人の可能性の実現に焦点を当てる自己実現とは異なり、個を越えた存在から与えられた意味、求められたことに呼応することである。
 
 人に必要とされること、組織や集団の中でできることがあること、何かを創造すること、人や世界から何かを感じ取ること、これらのことによって人は意味の実現を感じることができ、喜びを感じることができる。衣食住に不便が無く、金銭や権力も満たされ、さらに自己実現が達成されたとしても、自分が意味の実現をしているということを感じられなければ、人は虚しさ(実存的空虚)から解放されないと考える。

 経済的にも、地位的にも満たされており、自己実現をしていると思われる人が実存的空虚に悩まされたり、仕事を投げ出してもボランティア活動に熱心に取り組んだり、新興宗教に参加する現象を「意味への意志」という観点からとらえることができる。

(6)動機づけシステム理論(MST)

 フォード(Ford, 1992)によって最近になって提唱された新しい理論。機能的であること、能力が高いことは、個人的・社会的に価値があるとされる目標を達成できるかによって定義されるという考えが基本である。MSTでは、目標を「将来の望ましい状態、あるいは結果に関する考え」と定義している。目標達成(能力の高さ)には、動機づけ motivation、スキル skill、生物学的基盤 biology、応答的環境 responsive environmentという4つの基本的要素が必須である。このうちのどれが欠けても効果的な機能はできないが、生物学的基盤が整い、多くのスキルが獲得されていく児童後期から青年期以降では、動機づけと応答的環境が特に重要であると考えられる。

            動機づけ×スキル
    能力 = −−−−−−−−−−−−− × 応答的環境
             生物学的基盤

 また、動機づけは、個人的目標 personal goals、感情喚起過程 emotional arousal processe、個人的エージェンシー信念 personal agency beliefsの構成パターンによって決定される。個人的エージェンシー信念は、目標を達成するための技術と環境が期待できるかについての信念で能力信念 capability beliefs(自分が技術を持っているか)と文脈信念 context beliefs (支持的、促進的な環境が期待できるか)の2つからなる。

    動機づけ = 目標 × 感情 × 個人的エージェンシー信念

 したがって、動機づけは、望ましい結果に向けて適切な目標を設定できるか、適切な感情が喚起され、不適切な感情が抑制できるか、目標達成のために自分の技術、環境が整っていると信じられるか、という要素の関数であると考えられている。

 MSTは、目標を動機づけにおいて中心的な役割をするものと位置づけ、目標の細かい分類を行っている(表3)。


3.動機づけの関連概念



(1)原因帰属

 事象の原因に関する因果的推論の過程が認知や行動に影響を及ぼすという考え方を原因帰属理論という。
 ワイナーは、人が事象の因果的説明に用いる要因は無数にあるので、それら帰属因を特徴づけ整理するための理論的視座が必要であるとして、3つの原因次元を設定した。1つは、その帰属因が人の内部にあるか外部にあるかという次元であり、内在性次元と呼ばれる。2つめは安定性次元と呼ばれ、帰属因の時間的安定性・変動性に着目した次元である。3つめは、統制可能性次元であり、原因が自分の力でコントロールできるのかに着目した次元である。達成場面における帰属因の分類は表4のようになる。

 また、アブラムソンらの改訂学習性無力感理論では、内在性、安定性、一般性の3次元が想定されている。内在性、安定性はワイナーのとらえ方と同じであり、一般性とは原因がどのような出来事にも共通するのか、それともその出来事だけに当てはまるのか(特殊性)という次元である。

 原因帰属様式が、次に生起する行動に影響を与えること、抑うつ、無気力などと関連があることが明らかになっている。
 
(2)セルフ・エフィカシー

 バンデューラは、行動変容の先行要因としての予期機能には以下の2つのタイプがあるとした(図3)。
 結果予期:ある行動がどのような結果を生み出すかという予期
 効力予期:ある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまくできるかという予期
 自分がどの程度の効力予期を持っているかの認知がセルフ・エフィカシー(自己効力感)と呼ばれる。セルフ・エフィカシーは以下の4つの情報源を通じて発生すると考えられている(図4)。
 
 遂行行動の達成:自分で実際に行ってみること
 代理的経験  :他人の行動を観察すること
 言語的説得  :自己強化や他者からの説得的な暗示
 情動的喚起  :生理的な反応の変化を体験していみること

 恐怖反応の除去、不安の制御、社会的スキルの獲得、ウェイトコントロールなど、様々な行動変容の予測要因としてセルフ・エフィカシーが有効であることが示されている。



(3)外発的動機づけと内発的動機づけの間

外発的動機づけと内発的動機づけは、目的性−手段性の視点で区別される。外発的動機づけは別の目的を達成するための手段として行動が行われる場合(罰をさける、ほめられる、テストでよい点を取るなど)に想定される動機づけである。それに対して、内発的動機づけはその行動自体が目的(おもしろいから、楽しいからやるなど)であり、自己目的性を持つ。

 内発的動機づけ理論が教育界で取り入れられてから、内発的動機づけが善玉、外発的動機づけは悪玉扱いされるようになった。しかしながら、内発的動機づけとはいえないが、単に外的な賞罰によって動機づけられるのではなく、本人の中に内在化された価値によって自己調整を行う動機づけもあることが指摘されるようになってきた。例えば、「きまりだからやる」「自分の将来のためにやる」という動機づけを考えた場合、自己目的性は持たないため内発的とはいえないが、直接の罰や報酬による外発的動機づけとも意味合いは異なるように思われる。

 このような考えから、外発と内発という2分法ではなく、両者は自律性あるいは自己決定性の程度によって連続線上に位置づけられると考えられるようになった。そして、複数の研究者が外発的動機づけと内発的動機づけの間の動機づけの分類を試みている。


桜井(1995)    「外発的動機づけ」「社会化された内発的動機づけ」「内発的動機づけ」
新井(1995) 「賞罰による動機づけ」「規範意識による動機づけ」「自己目標実現のための動機づけ」「内発的動機づけ」
速水(1995)  「外発的動機づけ」「取り入れ動機づけ」「同一化動機づけ」「内発的動機づけ」

       ←自律性低い                         自律性高い→



文献



 新井邦二郎 1995 「やる気」はどこから生まれるか −学習意欲の心理 児童心理,2月号臨時増刊,3-11.

 Ford,M.E. 1992 Motivating human: Goals, emotions, and personal agency beliefs. Newbury Park, CA: Sage.

 速水俊彦 1995 親密な人間関係で自律的動機づけを 授業研究 21,83-87.

 速水俊彦 1998 自己形成の心理 −自律的動機づけ 金子書房.

 茨木俊夫 1997 人間性理論 日本行動科学学会編 動機づけの基礎と実際 第2章 川島書店.

 石崎一記 1995 教室内の内発的動機づけと外発的動機づけ 新井邦二郎編 教室の動機づけの理論と実践 金子書房.

 諸富祥彦 1997 フランクル心理学入門 −どんなときも人生には意味がある コスモライブラリー.

 中山勘次郎 1995 子どもの性格と動機づけ 新井邦二郎編 教室の動機づけの理論と実践 金子書房.

 那須正裕 1997 認知理論 日本行動科学学会編 動機づけの基礎と実際 第2章 川島書店.

 斉藤勇 1996 イラストレート心理学入門 誠信書房.

 桜井茂男 1995 「内発的動機づけ」「外発的動機づけ」を考える 児童心理,2月号臨時増刊,20-27.

 桜井茂男 1995 自己決定と動機づけ 新井邦二郎編 教室の動機づけの理論と実践 金子書房.

 桜井茂男 1997 学習意欲の心理学 −自ら学ぶ子どもを育てる 誠信書房.


参考文献



 新井邦二郎編 1995 教室の動機づけの理論と実践 金子書房.

 速水俊彦 1998 自己形成の心理 −自律的動機づけ 金子書房.

 速水俊彦・橘良治・西田保・宇田光・丹羽洋子 1995 動機づけの発達心理学 有斐閣ブックス.

 日本行動科学学会編 1997 動機づけの基礎と実際 川島書店.

 桜井茂男 1997 学習意欲の心理学 誠信書房.


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