松尾研究室ゼミ                            1998.8.10
現代の子どもをめぐる心理学的問題

心理学科 松尾直博




1.子どもをめぐる問題の背景にあると考えられる共通要因


(1)目標の喪失

@国家レベル
 経済成長、科学発展が国の目標。物質的豊かさは国民を幸せにする
 → 経済低成長。バブル経済崩壊。公害などの科学発展の弊害。前に進むことが幸せなのか?

A個人レベル
 勉強をがんばり、よい成績をとってよい学校へ進学し、終身雇用の企業に勤めると幸せになれる。

 → 企業の倒産、自分の解雇など、よい学校を出て就職しても、何があるか分からない。そもそも物質的な豊かさが幸せにつながるとは限らない。未来が不確定であり、努力が報われない可能性があると感じると、将来のために今がまんするというという気持ちにはなりにくい。結果として、欲求不満耐性(フラストレーション・トレランス)は低下し、将来に対する漠然とした不安、成長することに対する拒否感などが生じる。また、今楽しければよいという享楽的、刹那的な考えになりやすい。
 
(2)プライヴァタイゼーションによる中間集団機能の弱体化

 プライヴァタイゼーションprivatization は、「公的領域での疎外がおき、私的領域への関心や、そこでの活動の相対的比重が増加していることを示す概念」(樋田,1994)と定義される。プライヴァタイゼーションが進み中間集団(学校、地域、家族)の機能が弱体化した。

・学校は教育目標を生徒に過度に押しつけなくなる
・地域社会から共同体意識が薄れ、他人の子どもを注意しない
・家族も個人の自主性を尊重し、正面から困らせなければ関与しない

 中間集団の弱体化は、ソーシャルサポートの減少、社会的ルールの教育機能の低下につながっていると思われる。

(3)対人技能不全

 経済発展や少子化のため、きょうだい間の葛藤や地域での友だち同士の交流の機会が減少している。また、過保護・過干渉の状況が生まれやすい。このようなことは、子どもが仲間と関わり、良好な関係を形成したり、葛藤を適切な方法で解決するスキルを獲得する上で不利に働くことが考えられる(頼藤,1996;図1)。

2.いじめ



(1)いじめは昔からあったのか

「自分より弱い立場にあるものに対して心理的肉体的攻撃を繰り返し、相手に深刻な苦しみを与える行動。特に教育現場のそれを言う」(日本語大事典,1989)

「自分より弱いものに対して一方的に、身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じている」(文部省が1985年に示した定義)

 1970年代半ばまで、名詞としての「いじめ」という言葉は一般的には使われてはいなかったが、1980年代後半には使用頻度の高い言葉として使われ始めた。「いじめ問題」として論じられるようになったのは1980年代半ばのいじめによる自殺が話題となって以降である(赤田,1996)。

 それ以前に、今で言ういじめのような現象がなかったかと言えば、そうともいえない。それにも関わらず、いじめ問題が最近になって論じられるようになった理由としては、次のようなものが考えられる。

@いじめの発生件数が増加した

 データが1980年代以降になってからしか取られていないのではっきりしたことは言えない(図2)。

Aその他の問題が落ち着いてきたため、問題が表面化してきた

 1980年代前半の校内暴力の問題が沈静化してから、いじめ問題が表面化してきた。非行問題に注目が当てられるようになったごく最近は、少なくともマスメディアは以前ほどいじめの問題について取り上げなくなっている。

Bいじめの質が変化した

 以前のいじめは、いじめる側といじめられる側の関係、階層が明確で、安定していることが多かった。現代のいじめは、いじめられるターゲットが頻繁に変わったり、いじめる側といじめられる側の立場が変わったりと、構造が不安定で、変化が大きい。したがって、多くの人がいじめの当事者になる確率が高くなり、また、自分たちでもその関係をコントロールできないため、エスカレートすることもある。

(2)いじめの原因に関する通説

@フラストレーション−攻撃仮説(ストレス−攻撃仮説)

 「攻撃は、常に欲求不満の存在を前提として起こる。欲求不満は、常に何らかの形の攻撃と結びつく。攻撃の強さは欲求不満の量に比例し、その源泉になったものが最大の攻撃標的となる。また、禁止されても攻撃動因は残り、禁止の原因となったものや禁止罰の弱い対象に攻撃の矛先が向けられる」(社会心理学用語辞典;小川,1987)。

 現代の子どもは学校や家庭で多くのストレスを経験し、欲求不満状態になりやすい。それが、学校においていじめという攻撃行動の一形態として現れている。

A社会的能力の低下仮説

 現代の子どもは社会的能力が低下しているため、仲間とのちょっとしたことが不快なこととして感じられ、また本来ならば話し合いや注意、あるいは対等な立場でのけんかで解決可能なことが、いじめという方法によって処理されてしまう。いったんいじめが始まると、いじめる側、いじめられる側、それを見ている者の3者ともに社会的能力が不足している場合、いじめに歯止めが利かなくなり、さらに悪化していく。

B道徳心・規範意識・思いやりの低下仮説

 価値観の多様化、集団の和よりも個人の権利を求める風潮により、若い世代の道徳心、規範意識、他者への思いやりが低下していると言われている。それにより、ひとをいじめることがよくないことであるという意識が薄れ、いじめを許容する雰囲気ができてしまうと考えられている。


(3)内発的動機づけ理論からいじめをとらえる

 友だちをいじめる理由を聞くと「楽しいから」という回答が何パーセントか得られる。きわめて不謹慎な内容であることから回答率としてはそれほど高くなく、それについて専門家によって論じられることも少ない。しかしながら、この「楽しいから」という回答に、いじめの原因を探るヒントが隠されているように思われる。

 ものごとを「楽しいから」という理由から行うことを動機づけ理論では、内発的動機づけと呼ぶ。内発的に動機づけられた行動は、自律性が高く誰からも言われずに行い、持続性があり、楽しさや満足感を感じることができるため、それが学習行動であれば最も望ましい動機づけであると考えられている。そして、内発的動機づけを高める3つの源として「自己決定感」「有能感」「他者受容感」があげられている。

 学校生活で重要視されている学習と部活について考えてみる。自発的にやるというのではなく、やらされているという感覚は「自己決定感」を低くする。一部の成績優秀者だけが有能感を感じることができる状況においては、ほとんどの子どもの「有能感」は低くなる。そして、成績のよくない者を拒絶し、否定する評価は自分は大切な人から受容されているという「他者受容感」を低下させる。いわゆる偏差値至上主義の学習環境や勝利至上主義の部活動においては、このような状況になりかねない。

 同じ視点からいじめについて考えてみる。いじめという行動についても「楽しいから」という理由で行っているのであれば、内発的に動機づけられていると考えられる。そして、誰かをいじめるという行動は、むりやりやらされているのでなければ、主体性が高く、[自己決定感」を感じることができる行動である。また、いじめによって相手よりも自分の方が力があるという「有能感」を感じることができる。さらに、集団で行ういじめの場合、いじめる側の連帯感が生まれ、いじめることによってみんなに受け入れられているという「他者受容感」を感じることができる。

 学習・部活といじめの両者を比較した場合、学習・部活に対する内発的動機づけが低下し、いじめに対する内発的動機づけが高くなる危険性は十分に考えられる。

(4)いじめに対するシステミック・アプローチ(長岡,1997)

@問題の原因を直線的な因果律でとらえない。一つの原因がある結果を生み、それがまた次の原因にもなっていくという「循環的な因果律」で解こうとする。

A問題の「根本的な解決」というような、できそうもないことをもくろまず、問題を「小さく」解決する。うまくいかなかったときは、それとは違ったまた別の方法を考える。

B問題とされる子どもの過去や将来など、しょせん不確かなことは取り上げない。もっぱら「今、ここ」(here and now)の脈絡から、子どもが当面している「困っていること」を取り上げ、悪循環を生んでいるシステムの問題点に積極的に働きかける。

C相談に当たるものは、いじめられている子にも、いじめている子にも、また傍観者にも、観衆にも、いずれにも同盟するとともに、いずれにも同盟しないという公平な中立的な立場を堅持する。

Dいじめに関わっている子どもの集団にすすんで割って入っていく。そこで必要な助言を行い、また支持・指示する。子どもが自由に感情を表出するのを援助し、行動の変化を促進していく。

E一対一という相談室でのやりとりよりは、日常的な子どもの活動場面(教室、運動場、部活動、学校行事、放課後など)における接触を大切にし、できるだけ集団で話し合う。コトバで表現する練習をする。ディベートを奨励する。

Fとがめられると不安に思っているいじめる子どもを悪者扱いしない。また、いじめられている自信のない子どもに対しては、少しでもよいところがあれば大きくほめ、自尊感情を高める。傍観者・観衆であった子どもたちにそれぞれ役割を与える。いじめる子も叱られることなく、ほめられ、くすぐられたりしながら、自分に気づいていく。

(4)いじめ問題に対応する社会的動き

@スクールカウンセラー(ビデオ教材参考)

Aいじめソリューション・バンク
 いじめの成功事例を蓄積し、社会に対して還元していく活動

 

3.不登校(図4,5)



(1)不登校の定義

「何らかの心理的、環境要因によって、普通学級に登校しないか、登校したくてもできない状態にある児童生徒」(法務省人権擁護局,1989)。

「学校嫌いを理由に30(50)日以上休んだ児童生徒」(文部省が統計に用いる定義)
 用語の変遷: 学校恐怖症 → 登校拒否 → 不登校

(2)不登校の背景にある心理

 不登校については症状による分類、原因による分類がなされているが、決定的なものはない。不登校状態にある子どもに共通して「学校、あるいは学級という集団の中では自分らしさが保てない」という特徴が見られるように思われる。そして、多くの子どもが「自信のなさ」と「他者(教師、同級生)に対する不信感」を訴える。

 つまり、自分は弱いものであり、他者は自分を傷つけるものである。その棘だらけの集団に弱い自分のまま入っていくと自分は傷ついてしまう。傷つかないように周りに合わせたり、殻をつくってしまうのは自分らしさを失うことであり、とても疲労する。したがって、学校や学級集団から離れて、安心できる居場所(家庭、保健室)でひとりっきりか、信頼できる人たちの中で自分らしさをつくりあげたり、自分らしさを取り戻そうとする方法が不登校であるように思われる。

不登校の悪い状態から回復するとき「自分らしさ」「他の人への信頼」「自分の居場所」ということばが聞かれることが多く、これらが不登校の背景にある心理のキーワードであり、援助のキーワードでもあると考えられる。

(3)不登校に対する援助

@対応の難しさ−「そっとしておけばよいのか?」「学校へ行かせればよいのか?」−

不登校は「単なる怠けではない」という考え方が学校や家庭に浸透していくと同時に、「登校刺激はとにかくいけない」という専門家の意見が一般化し、不登校はとにかくそっとしておいて、自然な回復を待つしかないという風潮が一部にある(川島ら,1995)。

 対照的に、「学校へ行けないという行動が問題であり、その他の問題は学校へ行かないことによる付随的なことである。さらに、学校へ行かないことが続くことによって学習面などさらに悪い状況がすすんでいく。したがって、その子どもの心の葛藤や考え方はどうであれ、とにかく学校へ行かせることが先決である」という考え方もある。

 また、最近はフリースクールやホームエデュケイションなど、他の選択肢も拡大し、復学させることが全てではないという社会的価値も生まれている。
 
A対応の原則

・自信を高める

 不登校になったことに対して自己嫌悪感を感じたり、全般的な自信が低下する場合があるので、受容・共感的態度で接するとともに、長所についてきちんと評価し、自尊心の低下を防ぐ。

・他者への信頼感

 不登校の直接となった他者からの危害や、不登校になった後の他者との関係の中で人に対する信頼感が低下している場合がある。それが、「世の中の人は誰も信頼できない」という一般化された他者不信感につながり、固定化しないように援助する。

・居場所の確保

 安心して、のんびりできたり、自分や他者について考えられるような精神的、物理的場所を確保する。少し落ち着いてくると他者との関わりを求めてくる場合もあるので、適切な機会を用意する。

・将来についての情報提供

 状態が落ち着いてくると、自分の今後のことについて考えるようになることが多い。そのときに必要な情報を与えて、いっしょに考える機会をつくる。復学した場合、他の選択肢を選んだ場合など、どのようなことがあり得るかについて情報を与え、しっかりと本人に考えさせる。特に受験が迫っている場合には本人が焦っているが言い出せない場合もあるので、援助する必要がある。

4.非行



(1)非行の定義

犯罪少年:罪を犯した14歳以上20歳未満の者
触法少年:刑事法にふれる行為をした14歳未満の者
虞犯少年:性格、環境などから判断して、将来罪を犯し、または刑事法にふれる行為をするおそれのある20歳未満の者

 「犯罪少年」「触法少年」「虞犯少年」を非行少年といい、その際の行為が非行

(2)非行の原因による分類(中村・中村,1998)

@社会化非行

 反社会的な態度を集団で行動化することで、欲求充足をはかろうとする非行のタイプ。所属集団に対する帰属感や忠誠心が強い。一人一人についての社会的適応能力についてはおおむね問題ない。このタイプの非行は思秋期限りのことが多いが、頭ごなしに叱責するとかえって集団の凝集性を高める結果となり、長期化することもある。

A性格非行

 集団や他者に対して忠誠心や帰属心感をもたない。人や動物に対する残虐性を伴う攻撃性、所有物の破壊、嘘をつくことや窃盗、重大な規則違反が継続している。自分の行った非行に対する他者からの賞賛とは無関係に行われ、個人的な快楽のために行っている。個人としての社会的適応もよくない。

B神経症性非行

 非行という問題行動を通して、自分の中にある葛藤や要求を自分にとって重要な他者に伝えようとしていると考えられる非行。比較的若い少年に見られる。非行が重要な他者に気づかれなくてはならないため、発覚するリスクの高い行動をしたり、友人に犯行を漏らしたりする。背景には、自分の存在を認めてもらいたい、助けてもらいたいという欲求がある。

C精神病性・神経心理学的非行

 精神分裂病、感情障害、薬物(覚醒剤、シンナー、大麻など)使用などが原因となって行われる非行。

(3)日本における戦後の非行の4つの波(図7)

@第一の波(昭和20年代)
 戦後の混乱期。貧困による窃盗など。

A第二の波(昭和30年代後半〜40年代前半)
 学園紛争など、管理に対する非行。

B第三の波(昭和40年代後半〜50年代前半)
 暴走族、遊び型非行、校内暴力。

C第四の波(平成8年〜)
 「きれる」「むかつく」、刃物を使った犯罪。


引用文献


 赤田圭亮 1996 いじめをなくす−学校でできること、できないこと こころの科学 70,56-60.

 樋田大二郎 1994 脱学校、プライバタイゼーション、モラトリアムと逸脱の問題 犯罪と非行 100,79-98.

 川島一夫・西澤佳代・片山洋一・今井康哲 1995 発達段階・登校拒否段階を考慮したタイプ別援助の研究−登校拒否要因のタイプ別分類チェックリストの作成− 筑波大学発達臨床心理学研究 7,95-106.

 長岡利貞 1997 いじめ問題と学校教育相談 今井五郎・島崎政男・渡部邦夫編 学校教育相談の理論・実践事例集 いじめの解明 第一法規出版株式会社.
 
 中村伸一・中村紀子 1998 非行臨床におけるわれわれの理解枠 生島浩・村松励編 非行臨床の実践 金剛出版.

 小川一夫監修 1987 社会心理学用語辞典 北大路書房.

 法務省人権擁護局 1989 不登校児の実態について 大蔵省印刷局.

 頼藤和寛 1996 いじめスペクトラムと現代っ子−いじめ下手といじめ上手 こころの科学 70,36-40.


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