「子どもの仲間関係に関する研究」

N96-6131 中村陽子

(心理臨床:障害臨床)



第1章 本研究の意義



現在、ほとんどの幼児が3歳頃から幼稚園や保育所に通いはじめている。幼稚園や保育所に通うということはそれまでの母子関係中心の家族から一歩外へ踏み出して、新たな集団に属することで生活空間が広がるという意味を持つ。当然そこではたくさんの同年齢ぐらいの子どもと接触する。適切な仲間関係をもつことができれば、遊びやけんかを中心とする他者とのやりとりを通じて多くのことを体験的に学び、社会的発達が促進されるが、仲間と満足のいく関係を築けない子どもにとっては仲間関係は大変な重圧となる。

今日、子どもの不登校やいじめが社会的な問題として大きな関心を集めているが、仲間関係・対人関係をめぐる問題がこれらの現象の要因の一つであることはよく指摘されていることである。

  したがって本研究では仲間関係を持つことの意義を確認し、仲間とうまくやっていけない子どもをめぐる研究を概観することで問題点を整理することを目的とする。


第2章 子どもの仲間関係



第1節 仲間とのかかわり


 2歳以降、幼児の社会的接触は、次第に家族から近隣社会へと拡大していく。身体・運動的発達により幼児は自分の意志で生活空間を広げていくことが可能になると同時に、親の意向で、3〜4歳から集団保育に所属する幼児が多い。日本における1995年度の幼稚園・保育所在籍率の調査では、3歳児で58.6%、4歳児で90.2%、5歳児で94.9%のこどもが幼稚園や保育所に通い集団保育を受けていることが報告されている。このように組織的な仲間集団に参加し、同年齢の仲間と非常に長い時間を過ごさなければならないこどもにとって、仲間関係はとても重要である。

第2節 仲間関係の重要性



仲間関係をもつということはすなわち仲間集団に参加しているということである。仲間集団の機能としては

1. 仲間付き合い:一緒に時間を過ごし、ともに何かをする
2. 刺激作用:おもしろい情報や興奮・驚きを提供する
3. 物理的援助:友人は助けてくれたり、物を分けてくれる
4. 自我の支持と高揚:友達は自分を励ましてくれるし、自分を有能で価値ある人間としてみとめてくれる。
  その結果、自己評価、自己受容、自尊心が高められる
5. 社会的比較:友人は自分の重要な考えや諸属性を評価する基準を提供する
6. 親密性と愛情:親しい友人との間には強い愛情の絆が存在し、秘密や個人的問題を打ち明け、共有する

の6つがあげられる。このような機能を持つ仲間集団に所属することでこどもたちは生活や発達に大きな影響を受ける。

 斎藤(1986)は幼児期の仲間集団での遊びやけんかを中心とした相互交渉がこどもたちの社会的能力の発達に果たす役割として、次のようなものを挙げている。

@他者理解・共感:
他者の外的行動をただそれとして認めるだけでなく、その背後にある知覚経験、気持ちや感情、意図や動機、思考などの内的特性に気付き、正しく推論し、理解する。さらにその理解に基づいて他者に実際的働きかけを行う。他者の内面を対象化してとらえ、適切な働きかけを選択して他者にするようになることは、子どもが大人や仲間と好ましい相互交渉をするうえで不可欠な条件であるが、この時期の仲間とのむしろ問題のある相互交渉経験(他者への無視、無理解、誤解、共感の欠如)がその発達を促す。

A 社会的カテゴリーの理解:
他者のある行為を理解するため、また自己認知のためにその人の性格、年齢、性別、職業など社会的カテゴリーの知識を基にした推論が行われる。子どもは多くの対人関係を通して社会的カテゴリーをつくりあげていくが、仲間関係は性格特性の多様なカテゴリー(弱虫、いばりやなど)や社会的地位に関するカテゴリー(リーダーとフォロアー)など、年齢、性別以外にも多くのカテゴリーをつくるための経験を与えてくれる。

B 社会的規則の理解:
集団生活を円滑に行うためにあるさまざまな規則の本来の意味を、仲間との相互交渉の中で、不当な圧力や利害の偏りなどを経験することによって考察できるようになっていく。

Cコミュニケーション能力:
仲間との交渉は、大人との交渉に比べ、こどもにより多くの技能や知識が求められ、会話の調整のために各自が積極的役割をとらねばならないのでコミュニケーション行動の洗練の場となる。また仲間との「ごっこ遊び」の中で役割を演ずるとき、それらのさまざまな地位、立場の適切な表現を学ぶ。さらに共同遊びの実現に動機づけられた相互理解のための交渉は、意図の共有の達成を目標とするコミュニケーション行動そのものの実践的訓練といえる。

D自己統制能力:
上記の@〜Cができるためには自他の区別が前提となるが、さらには自分の知覚、思考、感情、動機といった内的経験をそのまま行動に移すのではなく、いったん抑えて客観的に外から捉え直す自己統制能力が必要となる。こうすることではじめて自他を正当に比較し、他者の立場を正しく推論する余裕が生まれる。仲間との相互交渉における対立関係は各自の自己統制の必要性を高め、その発達を促すと考えられる。

このように仲間関係は子どもの社会的発達に多大な影響を与えているわけだが、すべての子どもが良い仲間関係に出会っている、あるいは仲間集団のなかでうまくやっているとはいえない。仲間集団に参加することに困難を感じ、仲間と満足のいく関係を持てない子どもも存在する。


第3章 仲間関係をうまく持てない子どもをめぐる研究




第1節 拒否児・無視児の特徴と仲間関係



 拒否児、無視児はいずれも仲間関係に重大な問題をもつととらえるべきなのか、また問題をもつにしても両者は質的に異なる問題をもつのではないか、それならばどのように異なるかという点について高山ら(1986a)は「ソシオメトリーによって拒否児として分類されるこどもたちは仲間関係で最も問題を持つものであると言える。
 
 これに対して無視児として分類されるこどもたちも一般的には積極的な社会性は示さず、おとなしいと言えるが、一方仲間関係に大きな問題をもたらすと考えられる攻撃性と非社会性はいずれもそう強いものではないといえる。」と報告している。さらに、拒否児や無視児の孤独感、うつ、仲間関係に対する効力感についても自己評定尺度を用いて査定し、「仲間によって拒否される子どもは、他のタイプの子どもよりも情緒的問題を多く抱えているが、無視される子どもにはそのような傾向が認められなかった」ことを明らかにしている。(佐藤・佐藤・高山1986b)

第2節 引っ込み思案児の仲間による評価



 おとなしく、攻撃的でない引っ込み思案傾向の強いこどもは、社会的適応にそれほど問題がないということになるのかといえば、そのような考え方とは一致しない結果が報告されている。佐藤ら(1988)によれば、「拒否児を構成する子どもの行動特徴として最も多いのは、従来から指摘されているように攻撃性の高い子ども」だが、「引っ込み思案の子どももかなりの高い割合で拒否児に含まれている」ことが示されている。
 
 また同研究で、拒否児、その他のタイプの子ども両群をさらに攻撃児と引っ込み思案児に分けてそれぞれの好意性・攻撃性・引っ込み思案得点を比較、分析した結果が示されているのだが、拒否児でもその他のタイプの子どもどちらにおいても「攻撃的な子どもの方が引っ込み思案児よりも好意性得点が高い」ことが読み取れる結果となった。このことについて佐藤らは「攻撃的な子どもが仲間から拒否を受けるかどうかの鍵は、彼らがどの程度優れた社会的スキルを持ちいるかであるが、引っ込み思案児は全般にわたって社会的スキルに欠けているところがあるのかもしれない」と考察している。

第3節 引っ込み思案児の社会的スキル



佐藤ら(1992)は「なんらかの活動中の仲間や仲間集団に対してその後活動をともにしようとする意図が伺えるような行動が活動中の仲間から3メートル以内で観察されるとき」それをエントリー行動とみなし、引っ込み思案の幼児を対象に自然場面におけるエントリースキルを分析した。その結果、エントリー行動の際に引っ込み思案児は高スキル児よりも「言語的スキルの使用が少なく、非言語的スキルやエントリーなしなどの行動が多い」ことが分かった。

 仲間からの受容(ポジティブな反応)率についても「引っ込み思案群の受容率は高スキル群のそれよりも低く、特に彼らが非言語的スキルを用いたときに最も受容率が低い」と報告されている。この研究に続いて言語的なエントリースキルに焦点を当てた研究(佐藤ら 1993)では全体的に引っ込み思案児の受容率が低いがなかでも「他の子どもの注意を自分に向けるようにする」「自分の計画、活動、持ち物、能力についての発言」といった注意獲得のための言語的スキルの受容率に高スキル群との著しい差がみられることが分かった。

 他にも引っ込み思案児の仲間入り行動に関連して、原野(1992a)は、引っ込み思案児は遊びに参加する際「"待つ、うろうろする"といった行動よりもむしろ"じっと見る"という行動の方が多かった。参加するためには(拒否されるかもしれない)高いリスクが必要だが、引っ込み思案の子はリスクの高い段階へと移ることができず、参加するまでに多くの時間を要したと考えられる」と述べている。


第4節 仲間にうまく入れない子の他者認知


原野(1992b)は「なぜ仲間入りがうまくできる子とそうでない子がいるのだろうか」という視点から架空場面を用いて、仲間入りに際しての相手の意図の解釈に関する研究を行った。この結果、架空場面では仲間入りスキルが高いか低いかに関係なく(仲間に入れたいか・入れたくないかという)相手の意図の解釈は正確だということが分かった。

 しかし原野(1992a)では自然場面で「○○ちゃんはあなたと遊びたいとどれくらい思っていますか」と聞くことによって他者認知の正確さを調べているが、ここでは「引っ込み思案児は他児に比べ他者認知が不正確だ」という結果が示されている。したがってこれらのことから「仲間入りがうまくできない幼児は実際の場面では他者の意図が正確に認知できなくても架空場面では正確に認知できている」といえる。
 
 さらに(原野 1992b)では仲間入りがうまくできない幼児は実際の場面では自分と遊びたくないと解釈することが多いことも示されており、相手が仲間に入れたくないと思っていると解釈した後どのような方略をとるのかに関しては「仲間に入れない子ほど、相手が自分と遊びたくないと解釈したとき相手に接近せず回避する方略をとる」ということが明らかになった。この結果に関しても引っ込み思案児と同様、高いリスクの手だてに移る前の段階にとどまっているということが考えられる。

仲間入り場面における相手の意図はいったい何を手がかりとして解釈されるのかということに関しては「仲間にうまく入れない幼児にとっては相手の視線や表情というより、相手が知っている子かどうかがまず問題となる」こと、「相手が知っている子の場合は過去経験と照合して入れてくれないと判断し、自分も遊びたくないと思う」ことが分かった。


第4章 まとめと全体的考察



仲間関係をうまく持てない子どもといってもいろいろなタイプがあり、その特性は一口には言えない。しかし、共通して言えるのは、実際的な場面において他者の内面的なものを正しく解釈し、その場に合った働きかけができないこどもが仲間関係に問題を抱えているということである。したがって、こどもを養育する立場にある大人はこどもが乳児期にあるころからこどもの言語的また非言語的なメッセージを受け取り、適切に働きかけをしていくことが大切なのだということを感じた。


文献


原野明子:「幼児の社会的相互作用過程に関する研究」日心54回大会、1990、19.

原野明子:「幼児の仲間入り場面における他者の意図の解釈」日心56回大会、1992b、93.

原野明子:「引っ込み思案幼児の社会的相互作用の維持に関わる要因」心研、1992a、63(2)、77-84.

原野明子:「幼児の仲間入りの場面における他者の意図の解釈の手がかり」教心35回総会、1993、106.

井上健治、久保ゆかり:「子どもの社会的発達」東京大学出版会、1997.

佐藤正二・佐藤容子・高山巌:「引っ込み思案幼児のエントリー行動」教心34回総会、1992、73.

佐藤正二・佐藤容子・高山巌:「引っ込み思案幼児のエントリー行動 言語的スキルの分析」教心35回総会、1993、103.

佐藤正二・佐藤容子・高山巌:「拒否される子どもの社会的スキル」行動療法研究、第13巻、第2号、26-33、昭和63年.

佐藤正二・佐藤容子・高山巌:「仲間関係に問題をもつ子ども(2) 自己知覚測度による分析」1986b.

清水一彦・赤尾勝巳・新井浅浩・伊藤稔・佐藤晴雄・八尾坂修:「教育データランド'98−'99」時事通信社、1998.

S・R・アッシャー、J・D・クーイ編著、山崎晃・中澤潤監訳:「子どもと仲間の心理学 友達を拒否するこころ」
北大路書房、1996.

高橋道子、藤崎眞知代、仲真紀子、野田幸江:「子どもの発達心理学」新曜社、1993.

高山巌・佐藤正二・佐藤容子:「仲間関係に問題をもつ子ども 仲間アセスメントによる分析」1986a.


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