研究テーマ

 植物と送粉昆虫のかかわり合いから,植物の繁殖形質の進化について研究しています.特に,温帯地域の多くの植物が送粉を依存するマルハナバチ(ミツバチ科)に注目し,花形態の多様化メカニズムを明らかにしようとしています.被子植物にみられる多様な花形態は,送粉者との相互作用によってもたらされたと考えられています.そして日本を含む温帯地域では,植物とマルハナバチ類の送粉共生系が植物の多様化をもたらした最も重要な相互作用の一つであると考えられます.さらに,生物多様性の保全にかかわる応用研究も行っています.

マルハナバチ送粉系における植物の花形態の進化

1. クサボタン(キンポウゲ科)と2種のマルハナバチ
 キンポウゲ科クサボタンの花には,時間がたつにつれ花の長さが短くなるという珍しい特徴があります.花の長さの経時的変化は,口の長さの違う複数のマルハナバチ種に対応しているのではないかと考え,送粉効果の野外調査を行いました.その結果,予想通り口吻長の違う2種のマルハナバチが,それぞれの口の長さが対応する時期の花に訪れ,共に効率のよい送粉を行っていることを明らかにしました.つまり,クサボタンの花形態の経時的変化は,2種のマルハナバチを効率良く利用するための適応であることを実証することができました(Dohzono et al. 2004, Am J Bot ).

2. オオバギボウシ(ユリ科)と3種のマルハナバチ
 オオバギボウシの花はラッパ状の形で,口吻の長さが違う3種のマルハナバチが送粉者です.オオバギボウシの花の入り口は広く,マルハナバチは体ごと花冠に入り,蜜を吸います.オオバギボウシの雄しべと雌しべは,花被から飛び出していて,マルハナバチが蜜を吸ったあと,後ずさりして花から出ようとする時,ハチのお尻と雄しべ・雌しべが接触します.3種のマルハナバチによる送粉効果(花粉の持ち出し量と柱頭への花粉付着量)に違いがあるかどうか調べました.その結果,3種のマルハナバチの送粉効果に違いはなく,オオバギボウシの花形態は,マルハナバチ共通の体サイズに対応していると考えられました(Suzuki et al. 2002, Pl Sp Biol ).

3. マルハナバチ送粉系における植物のgeneralization(一般化)
  植物の花形質は一般に,特定の送粉種に対応するように進化する(specialized pollination system)といわれています.これまで調査したマルハナバチ(ミツバチ科)に送粉される植物(クサボタン,オオバギボウシなど)の,花形質と繁殖戦略の進化をまとめて考えてみると,複数のマルハナバチ種に適応した花形質がより一般的であることがわかりました.その進化的メカニズムは,送粉者の地理的・時間的な変動により,花形質に対する選択圧が変動するためだと考えられました ( Suzuki et al. 2007, Pl Sp Biol ).

4. バイカツツジ(ツツジ科)とマルハナバチ
 バイカツツジはツツジ科ですが,花は少し変わった形をしています.バイカツツジの送粉様式と繁殖様式を調べました.バイカツツジは雄性先熟で自動自花受粉はおこらず,他家受粉による結実率が高くなりました.バイカツツジの主な送粉者はマルハナバチでした.調査した2集団では,マルハナバチ種とカースト組成は異なっていました.また,マルハナバチの訪花頻度や送粉効果にも違いがありました.これは,ハチによる蜜や花粉の収集行動の違いが,送粉効果に影響したためだと考えられます( Ono et al. 2008, J Pl Res ).

外来送粉昆虫が生態系にあたえる影響

 セイヨウオオマルハナバチ(以下セイヨウ)は,トマト授粉用の農業用昆虫として1991年に日本に輸入されました.その後1996年に北海道でセイヨウの野生巣が見つかり,野生化個体が増加していることがわかってきました.セイヨウはしばしば,筒状の花の花びらをかみ切って,花粉を運ばずに蜜だけを盗みます.この場合,植物の花粉授受はうまく行われません.そのためセイヨウの野生化は,在来植物の送粉と種子生産に悪影響を及ぼすことが懸念されていました.北海道日高地方のエゾエンゴサク(ケシ科)について,2年間にわたる野外調査を行った結果,外来マルハナバチの盗蜜が在来マルハナバチの訪花を妨げ,結果としてエゾエンゴサクの種子生産を低下させていることを明らかにしました( Dohzono et al. 2008, Ecology ).本研究は,外来送粉者が在来植物の繁殖におよぼす影響とそのメカニズムを,野外において初めて明らかにした例です.エゾエンゴサクのような在来マルハナバチと密接にかかわった送粉システムを持つ植物での実証研究は,外来送粉者が在来植物の存続可能性に与えるインパクトを評価する上で極めて重要であるといえます.