目次

一.問題意識と課題(承前)

二.分析対象場面の抽出

三.授業終了時の葛藤場面

四.学習指導中の葛藤場面

五.授業者と生徒の葛藤場面

六.総括と今後の課題
 本稿の成果を再確認すれば以下の通りである。
 授業過程において授業者が複数の規範を同時並行的に志向していることから、授業者の特定の指示がそれに先行する授業者自身の指示と矛盾する事態が派生していた。このような場面において授業者は、意図しているといないとにかかわらず、生徒に対してみずからの権力を誇示していた。この成果から、授業過程における教師と生徒の対等な関係は、教育言説上無視し難い影響力を伴って提唱されてきたものの、実践においては実現不可能なのではないか、との疑問が生じる。教師が授業過程において単一の規範を志向することはほぼ不可能であり、また必ずしも望ましいことではないからである。教師と生徒の対等な関係の実現可能性を検証し、実現が可能であるとすれば具体的にどのような関係になりうるのかを追究すること、これが本稿の成果から掘り起こされる第一の課題である。
 さらに本稿においては、諸規範の同時並行的志向が具体的な教授行動(続行中の活動の制止)として顕在化した直接のきっかけが、生徒が授業者の指示に機敏に反応しない、言い換えれば授業者の権力を必ずしも承認していないことであったと明らかになった。つまり、権力の誇示は規範の同時並行的志向から派生した事態であると同時に、授業者自身の権力の動揺から派生した事態という側面を有している。授業者の権力の動揺とは、いいかえれば授業過程において生徒たちが授業者の顔色をうかがわず自主的に活動していることである。この成果から、「生きる力」の育成を標榜する現在の教育改革は、教師がみずからの権力を(非意図的にであれ)生徒に誇示する機会を増加させるものと予想できる。生徒が自主的に行動するならその行動が教師の意図と合致しない可能性が高くなるからである。 にもかかわらず、「指導から支援へ」というスローガンに象徴されるように、一般的には「生きる力」を標榜する授業では教師の権力は弱められるべきであると考えられてきた。本稿の成果は、生徒の自主性と教師の権力の関係に関する教育言説上の「常識」に疑義を呈する。今後、両者の関係についてさらなる追究が待たれる。これが本稿が掘り起こした第二の課題である。筆者はこれを、「生きる力」を標榜する学校教育関係者が真摯に取り組むべき喫緊の課題の一つであると考える。すでに学校教育の場において、教師の権力の弱化が標榜され始めているからである。

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