学長メッセージ
東京学芸大学は、高い知識と教養を備えた創造力・実践力に富む「有為の教育者」の養成を目的として、教育界に多くの人材を輩出してきました。現在、少子化と人口減少、社会構造の変化、AIやデジタル技術の進展により、教育の在り方と大学の役割は大きく転換しつつあります。2040年頃には、これらの変化が現実のものとして顕在化し、大学がどのような機能を担うのかが根本から問われることになります。また、大学を取り巻く経営環境も厳しさを増しており、従来型の組織や教育モデルのままでは、教育の質と大学の持続性を両立することが難しくなりつつあります。
教育系大学においては、新しい教育課程や教員養成の仕組みの在り方などの議論が進んでいることも踏まえる必要があります。また、経営面でも人件費比率が高い特性があるため、本学においても大学や附属学校園の規模を踏まえた組織やカリキュラム、財務・人事などを一体的に見直し、再構築することが必要不可欠となっています。
このような状況のもとで、本学は教員養成を基盤としながら、その枠を超え、公教育システム全体を支える役割へと発展していく必要があります。すなわち、本学が目指すのは、教師や教育支援者などの教育人材における育成の方向性を示し、教育改革を牽引する「総合的・先導的な教育の中核大学」です。
同時に、本学が単独で完結するのではなく、全国の大学、教育委員会、学校、関係機関と連携し、教育人材育成の知と機能を社会に広く展開する「社会的プラットフォーム型大学」としての役割を果たすことも求められています。
本ビジョンは、この二つの方向性を踏まえ、本学の将来像とその実現に向けた具体的な取組を示すものです。本学の教職員、学生、関係者の皆様と共有し、社会との対話を通じてその具体化を図っていきます。
また、本ビジョンは完成されたものではなく、社会の変化に応じて見直し、発展させていくべき指針です。教育の未来を支える大学として、本学が果たすべき役割を自ら問い続けながら、着実に歩みを進めていきます。
2026年6月
東京学芸大学長 佐々木 幸寿
学長ビジョン ~「総合的・先導的な教育の中核大学」をめざして~
(1)策定の背景~社会環境の変化と大学を取り巻く課題~
我が国は2040年に向けて急速な人口減少と社会構造の転換期にある。18歳人口の減少により大学進学者数の縮小は不可避であり、大学の規模や機能の維持が困難となる地域も生じている。一方でAI・DXの進展により教育ニーズは高度化・多様化し、個別最適な学びや協働的な学びの実現が求められている。
この変化の中で、教師や教育支援者などの教育人材には、従来の専門性に加え、学び続ける力や多様な人材と協働する力など、より高度な資質能力が求められている。また、教員不足や働き方改革の進展に伴い、教育人材の在り方自体も大きく変化している。
さらに大学を取り巻く経営環境も厳しさを増しており、学生数の減少やインフレ基調の社会において運営費交付金が実質的に目減りする中で、従来の大学経営では教育研究の質と持続性の両立が難しくなっている。このような環境下では、従来の枠組みを前提とした改善ではなく、大学の機能そのものを再構築することが不可欠である。
このため本学は、教育人材育成の在り方と大学経営を一体として捉え、長期的視点に立った抜本的な見直しを進める必要がある。
(2)東京学芸大学の目指す姿(ビジョン)
(1)に示した環境変化を踏まえると、本学が従来型の組織や教育モデルのみに依拠し続けることは困難である。教育人材に求められる役割の変化に対応するため、教育の対象と方法の双方を見直す必要がある。
本学は、教育人材育成の対象を18歳学生に限定するのではなく、現職教員や多様な教育関係人材へと段階的に広げるとともに、教育機能を「養成」に加え、「高度化」「再教育」を一体的に担うものへと拡張する。これにより、大学は人材を送り出す存在から、教育人材の成長を継続的に支える存在へと転換する。
また、本学は東京都に位置し、入学生の約半数が全国各地から集まるという特性を有している。この強みを活かし、単に教員を養成するだけでなく、各地域において教育改革を主導できるリーダー人材を育成し、地域へと還元する役割を担う。
さらに、本学は単独で機能するのではなく、全国の教員養成大学、教育委員会、関係機関との連携を通じて教育人材育成の基盤を形成する。すなわち、本学は公教育システムの中核として方向性を示しつつ、その機能を広域的に展開する「社会的プラットフォーム型大学」としての役割を担う。
上記の役割を担うとともに、インフレ基調の社会の中で、人件費比率が約8割となる本学においては、従来の延長線上にある大学運営では教育研究の質と持続性を維持することがもはや困難となっている。しかし、こうした状況を単なる財政的な危機として捉えるだけではなく、本学が未来に向けて新しい教育や大学の在り方に挑戦していく大きな転換点だと捉え直す必要がある。このため、本学は教育機能の拡張と並行して、組織の規模や業務の在り方を見直し、中核機能への資源配分の最適化を進めるとともに、教育・研究・連携の在り方そのものを再設計することで、財政基盤の強化や新たな大学像を創造しつつ、持続可能な大学運営への転換を図る必要がある。
これにより、本学は教育人材育成の質的向上を牽引する「総合的・先導的な教育の中核大学」としての位置づけを確立する。
(3)ビジョンの実現に向けた重点的取組
1.基盤としての研究力の抜本的強化
「総合的・先導的な教育の中核大学」としての位置づけを確立するためには、先導的・先端的な研究開発が必要不可欠であるため、研究開発の基盤となる研究力について抜本的に強化する。大学として社会との対話を進め、現代的教育課題に応え、新しい価値を生み出す組織的な研究体制を構築した上で、社会課題と直結した実践型・実装型・共創型研究へ転換し、附属学校園や教育委員会などと連携しながら検証・改善を行う。AIやデータ活用、科学教育等の重点分野に資源を集中し、その成果を教育プログラムや研修に還元することで、教育人材育成などと一体となった先導的な研究開発を推進する。
2.公教育システムのデザイン機能の確立
上記の研究成果を基盤として、教育人材育成にとどまらず、学校や行政、教師の在り方を含めた公教育システム全体を対象としたデザイン機能を確立する。社会や学校を取り巻く環境の変化に対応し、新しい学校の姿、地域における教員養成の仕組み、教育に関わる人々の学びの在り方を一体的に構想する。学部・大学院・研修を接続し、働きながら学び続けることができる柔軟な教育環境や認証の仕組みを整備することで、社会の変化に応じて更新可能な教育モデルを構築する。本学は教育の具体的実践と制度設計の双方の中核的機能を担う。
3.教育人材育成ネットワークの中核化
全国の大学や教育委員会、関係機関との連携を強化し、本学を中核とする教育人材育成ネットワークを構築する。大学院教育や研修機能を広域的に展開し、地域にいながら高度な学びを得られる環境を整備する。全国から学生を受け入れてきた本学の特性を活かし、各地域に教育改革を担うリーダー人材を送り出すとともに、その後の学びを継続的に支える基盤を提供する。量的供給ではなく質的貢献により、我が国全体の公教育の底上げを図る。
4.附属学校園の先導的研究拠点化
附属学校園を教育研究と社会実装の中核拠点として再定義し、役割の明確化と機能の重点化を進めつつ、学校数や学級数などの規模の適正化を図る。また、働き方改革によるウェルビーイングの向上を図るとともに、地区ごとに研究テーマを設定するなど先導的な教育モデルの開発と検証を行う。附属学校園を実証フィールドとして活用し、研究成果を全国の教育現場へ還元することで、本学の教育研究機能を広域的に展開する体制を確立する。
5.持続可能な大学経営の確立
本学が掲げる未来像を実現するためには、それを支える持続可能な大学経営の確立が不可欠である。すべてを等しく維持する経営から脱却し、教育研究、組織、附属学校園、財務・人事を一体的に見直し、資源を中核機能へ戦略的に再編する。社会との連携を前提とした経営を進めるとともに、外部資源の活用や教育機能の多様化を通じて持続可能な基盤を構築し、本学の使命を将来にわたり確実に果たす体制を整える。

