附属図書館の教育勅語が希少な明治謄本と判明。高橋陽一先生インタビューを特別支援教育・教育臨床サポートセンターが行いました。

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附属図書館所蔵の教育勅語が希少な明治謄本と判明したことについて、高橋陽一先生(武蔵野美術大学教授)へのインタビューを、特別支援教育・教育臨床サポートセンターが行いました(2024920日)。

――当センターが9月にWeb 公開した『教育実践アーカイブズ12』誌に掲載された高橋先生の論文の中で、東京学芸大学附属図書館が所蔵してきた教育勅語について「この資料は、教育勅語謄本(明治謄本)である」と論証されています。この論証の持つ意味を教えてください。

高橋 このたびは特別のご配慮で、東京学芸大学附属図書館の望月文庫に関連して保存されてきた貴重な教育勅語謄本や写本などを閲覧できたことに感謝申しあげます。東京学芸大学に謄本が残っているという情報は、教育史研究者の間では伝わっていたのですが、望月文庫の目録には掲載されていないために、従来は研究等の対象にされていませんでした。今回、この謄本が、岩本努氏が『教育勅語の研究』(民衆社2001年)においてで大正震災以後の謄本と区別して名付けた、教育勅語謄本(明治謄本)であることが確認できました。
 教育勅語謄本は戦前日本の学校ごとに公式に配付されていましたので、2万余りの小学校数以上は存在していたことになります。第二次世界大戦の敗戦後に極端な国家主義や宗教的な学校儀式を避けるために学校教育から姿を消していきますが、学校内にそのまま保管されます。1947(昭和22)3月に教育基本法が制定されたのち、翌年619日に衆議院と参議院で教育勅語の排除や失効の国会決議がおこなわれて、625日に文部省が各学校に謄本回収の指示を出して、学校には謄本が存在しなくなることになります。
 しかしながら、何らかの事情で回収されたはずの教育勅語謄本が存在して再発見されるケースがあります。各種図書や展示などで確認されるものは、全国に十数点があると考えられています。そして今回、東京学芸大学附属図書館所蔵の教育勅語謄本(明治謄本)が、新たに追加されたわけです。

――高橋先生はモノとしての教育勅語を調査して研究することが大切と述べられています。なぜでしょう。

高橋 私自身は『共通教化と教育勅語』(東京大学出版会2019年)に記したように教育勅語をめぐる解釈の変遷史という理念や観念を研究してきました。しかし、実際の学校教育では、人間の観念がモノつまり各種メディアを媒介たことで、成立します。仮に教育勅語が一つの情報だとしても、それがチョークで板書されただけなら1時間で消える授業内メディアですが、国定教科書に厳かに印刷されれば単なる情報以上の威厳を持ちます。さらに国から学校に渡された謄本となると、モノ自体が物神的に丁重に扱うことが当然だと思われてくるわけです。歴史研究の対象としての文書というモノはとても正直なメディアで、一つの情報が微妙に異体字などで置き換わることもあり、モノの状態をみることでどんな扱いを受けてきたのかという来歴までも語りかけてくれます。
 今回、明治謄本のほかに、教育勅語と他の詔勅の3つの写本を確認しました。このモノからも戦前戦時下の教師教育に当たった師範学校の緊張感や、戦後アカデミズムのなかの図書資料の扱いなど、教師や図書館員たちの思慮深い行為が伝わってきます。

――教員や教育支援者の養成において、学大図書館の教育勅語謄本はどのように活用されるべきでしょう。

高橋 私は一般書の『くわしすぎる教育勅語』(太郎次郎社エディタス2019年)のなかで、教育勅語を賛否の思い込みだけで扱うのではなく、丁寧に本文を読み解き、歴史のなかで理解して欲しいことを呼びかけました。現在の東京学芸大学が日本の教員養成の拠点校であることは学内外ともに認めるところです。その背景には明治以来の前身校としての師範学校と附属学校の先進的な教員養成の実績があります。この歴史的伝統を客観的に検証するためにも、明治謄本はもちろん、荘厳な写本として伝来した儀式実習用と思われる巻子本の教育勅語写本や、東京高等師範学校創立60周年記念式典勅語写本、太平洋戦争開戦詔書写本も含めて、モノに込められた歴史の明暗を考えていくべきだと思います。
 私自身も教員養成に携わっていますが、近年の教員養成では歴史や理念などの基盤が軽視され、技術的なノウハウへと傾いていることを憂慮しています。仮にこれからの教育はICT活用のためにもメディアのトレーニングを重視するべきだと考えたとしても(私自身も教育メディアを活用促進の立場で何度も政策提言をしています)、メディアに込められた歴史や理念を見抜いていく能力が教師の側になければ、これからの予測不可能な時代のICT活用は前に進まないと思います。
 東京学芸大学ではこれら貴重な資料の保存につとめて、原本でなければ検証できない研究には貴重書閲覧として対応していただき、同時に広く学生教育や社会教育にウェブサイトなどでの情報提供を進めていただきたいと期待しています。

――高橋先生には、本学附属図書館所蔵の教育勅語が明治謄本であることを明確にしていただき、明治謄本が本学附属図書館に残されてきたことの歴史的な背景や意味についても教えていただきました。明治謄本を他の史料とも併せて、どのように大学で活用するべきかについても示唆をいただきました。ありがとうございます。

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附属図書館の教育史料を調査する高橋陽一先生(2024年5月27日)

→ 高橋先生の論文は以下からアクセスできます。
東京学芸大学リポジトリ

→ 東京学芸大学附属図書館の教育勅語謄本は近く目録化され、高橋先生が撮影した写真とともに公表される予定です。附属図書館が所蔵する希少図書閲覧の事前申請については以下をご覧ください。
東京学芸大学附属図書館HP

→ 『教育実践アーカイブズ12』のチラシ

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