学長室だより

「もう一度、教室に」

ちょっと前になりますが、夜間中学に今春再入学した70歳の女性のことが、朝日新聞の「もう一度、教室に」という見出しの記事になっていました(2022年6月26日、朝日新聞朝刊)。この女性、五十嵐登代子さんは、58年前にも中学校に入学したものの、中1の春に同居する祖母が倒れてからは、家庭の事情により彼女が祖母の介護を担わざるを得なかったそうです。夜中に叫ぶ祖母の面倒を見、布おむつを洗濯板で洗ったと言いますから、まさしく「ヤング・ケアラー」です。学校はつかの間の休息の場で、机に突っ伏して寝てしまうこともあったそうです。中3で祖母が亡くなってからは、授業をちゃんと受けられるようになったものの、もう勉強にはついていけず、特に理数系は全く分からなかったそうで、そのため、就職してからお金を扱う時にはずっと胸がドキドキしたと書かれていました。なんともお気の毒なことと思います。

中学時代に勉強できなかったことは、ずっと心に引っかかっていたそうで、今春、福岡市に公立夜間中学「福岡きぼう中学校」が開校することを知り、旦那様にも背中を押されて入学を決めたと言います。この夜間中学には15歳から82歳の男女計30人が入学し、外国籍の生徒もいるそうです。義務教育でこうした学校が必要かと見る向きもあるようですが、まだまだ必要性があることを知らされます。

五十嵐さんは、下校まであっという間に時間が過ぎると言い、新しいことが学べる日々が新鮮で貴重に思えると言います。穏やかなお顔で、近くの公園のブランコに乗っているお写真が載っていましたが、これまでこの方が乗り越えてきたご苦労を思うと、頭が下がります。

学びへの強い思いに突き動かされて学校に通う人たちのことは、これまでも「学長室だより」で書かせてもらってきました。五十嵐さんよりさらにご高齢で小学校に通う、94歳のケニアの女性ゴゴ、また、サバンナの象の群れを避け、草陰に隠れ隠れしながら片道2時間かけて通学(!)する健気な兄妹などです(学長室だより2020年12月24日)

こうした人たちの存在は、学校とは何か、教育の意味とは何かをあらためて認識させ、われわれが、教育に携わることにした初心に立ち返らせてくれます。こうした方々のことを心に刻み、我々の仕事に誇りをもってしっかりとなすべきことに励みたいと思います。