学長室だより

「ロシア語だけの青春」(1)

私が心理学で一番勉強したのは、ソビエトの心理学でした。ロシア語については、大学の授業で取ったことはなく、全然読めないと言っていいのですが、2002年にロシアに行ってからは(この学長室だよりに前にも書いたように、その前にソビエトにも行ったのですが)、ロシア語にも関心をもつようになり、テレビやラジオのロシア語講座を見たり、聞いたりしていました。そうしたロシア語講座で講師をつとめていた方に黒田龍之介さんがいます。この方は、テレビでロシア語を講じている時の所属は東京工業大学で、その後明治大学に移られたのですが、その時には英語の先生になっていました(!)。が、その理由は、その後出された「世界の言語入門」(講談社現代新書、2008)を見て、納得しました。この本は90もの言語の勘所を紹介していて、黒田さんの言葉に対する知識に圧倒されるものでした。ロシア語に限らず、言語の知識が豊富だから英語の先生にもなれるのだと得心したというわけです。

この黒田さんの、「ロシア語だけの青春」(ちくま文庫、2023)という本を文庫で読みました。
この本は、タイトルどおり青春回顧記で、"ミール・ロシア語研究所"というロシア語学校について、黒田さんの高校時代から現在に至るまでの思い出を書かれたものです。このミールという学校は、東一夫さん、多喜子さんというご夫婦が始められたものです。テレビやラジオのロシア語のテキストに広告が出ていたので、私も名前は知っていましたが、ロシア語を正しく教えるということに、かくも情熱を注いでいた学校だったとは知りませんでした。黒田さんは、その情熱に引きつけられ、この学校で学ぶうちに、立場は生徒から講師へ変わり、そして、閉校が決まってからは、授業が不足する分の補講を買って出るまでに深いかかわりとなります。一見涼しげな面立ちの黒田さんがこのように熱い人だと思いませんでした。黒田さんのこの学校に対する思い入れは、半端なものではなく、この学校――代々木の貸しビルの、2部屋だけの学校だそうですが――が、閉校になった直後には、そこを借りることも考えたというから驚きです(そう考えた人が、その学校で学んだ人の中には他にもいたというから、ますます驚きです)。

黒田さんは、高校1年からすでにカルチャースクールなどでロシア語を学び(!)、チェーホフなども原書で読めるようになっていた(!)ものの、ロシア語検定試験に落ちたことを契機に(文法と和訳はまずまずだったが、聞き取りと発音が悪かったそうです)、高校3年の時には、本格的なロシア語学校に通って、満遍なく語学力をつけたいと思い立ち(!)、偶然にも言語学とチェコ語で有名な先生と会う機会を得たときに、ロシア語を伸ばすにはどのような学校で学べばよいか尋ねた(!)ところ、即答で教えてくれたのがミールだったそうです。この黒田少年のbehaviorには、いくつもの"!"がつくもので、これもまた、こうした人が言語学者になるのだと思わされますが、この学校の教授法というのが、きわめてユニーク(とりあえず言っておきますが)なのです。が、それを記すには、すでにかなり長くなってしまいましたので、回を改めて記します。(この稿続く)