学長室だより

WBC日本代表優勝!

いやはや、準決勝と決勝と、なんともすごい試合でした。いろいろなところで言われてますが、漫画や映画でも、こうはならないだろうというような展開でした。大谷や村上という大スターはやっぱり何か持ってるんだなと思わされましたし、ダルビッシュの佇まいには大物感があふれていて、感動しました。野球は筋書きのないドラマなどと言われますが、この14日間、それをたっぷり味わあせてもらいました。

実は本学、このWBCの日本代表チームとは、2つの点で、一方ならぬ繋がりを有しています。

ひとつは、いまさら感もありますが、栗山英樹監督は本学の卒業生です。本学のA類保健体育を卒業されていて、当然本学の硬式野球部の出身者です。栗山さんの名監督ぶりは日本ハム時代からよく言われていたことですが、今回もよくその才を発揮されました。ああいう超一流選手たちを、短期間で、よくまとめたなぁと感心します。栗山さんと比べるのもおこがましいのですが、私の高校・大学の運動部(柔道部)とコーチ等として関わった経験からすると、一流選手ほど、コーチや監督のいうことを簡単には聞かないものです。一流選手は、競技の技術や競技そのものに対して、自分なりのかっちりとした考えがあり、よっぽど力があるか、圧倒されるような競技歴をもっているコーチや監督でないと、すぐには言うことをききません。超一流の選手の集まりを、短期間にワン・チームにまとめ上げた手腕というのは実に見事なものです。きっと人間的にも魅力に富む方なのだろうと思います。

もうひとつの本学と日本代表チームとの繋がりは、あの大谷選手と関わることです。大谷選手は、よく知られているように岩手県の花巻東高校の出身ですが、そこで大谷選手を育てたのは、名伯楽として知られる佐々木洋監督です。この佐々木洋監督こそは、何を隠そう本学の佐々木幸寿理事・副学長の教え子なのです。岩手県の出身の佐々木理事・副学長は、中学から大学まで野球をやり(典型的"野球少年"ですね)、大学は経済学部(東北大学)に進んだものの、高校の野球部の監督になって高校生を甲子園に連れていくという夢を捨てられず、高校の教師になったという経歴の持ち主です。佐々木理事・副学長の高校教師としての約20年間は、もっぱら硬式野球部の指導に捧げられ、あと一歩で甲子園というところまでいったのですが、彼が、黒沢尻北高校に赴任した時の教え子・野球部員に佐々木洋さんがいたのです。佐々木理事・副学長と、佐々木洋監督との両佐々木監督は、今に至るも師弟の間柄として親しくされています。こうしたことからすると、大谷選手は、本学、うちの理事・副学長の佐々木監督の孫弟子ということになるのではないかと、思うのですが、いかがでしょうか?

さて、本学では、2012年、栗山監督就任1年目で、日本ハムファイターズがリーグ優勝した時に、東京学芸大学栄誉賞を授与するとともに、記念碑を野球場に建てました(写真)。その時は、栗山監督にお出で頂きました。今回、こうして日本代表チームをWBCの優勝に導いた栗山英樹監督は、本学の誉れであり、誇りです。このことを、なんとか機会を見つけてお伝えしたいと思っています。

写真は、その記念碑の全体像と、栗山監督のサインが記されている部分のアップです。また、その時のことを報じた新聞記事のリンクと、本学の全国同窓会壁擁(へきよう)会のニュース及び機関誌に、栗山監督関係で載った記事のリンクを張っておきます。

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「東京学芸大に"栗山英樹球場"構想 母校の栄誉賞1号に」
スポニチ Sponichi Annex 2013年12月12日記事 
東京学芸大に"栗山英樹球場"構想 母校の栄誉賞1号に― スポニチ Sponichi Annex 野球

栗山監督に母校が「学芸大栄誉賞」表彰
栗山監督に母校が「学芸大栄誉賞」表彰 - プロ野球ニュース : nikkansports.com

ファイターズ・栗山英樹監督の新年ご挨拶
辟雍NEWS|東京学芸大学 辟雍(へきよう)会 (hekiyou.com)

辟雍会機関誌 第10 号
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