学長室だより

シンポジウム(「優秀な教員志望者を増やす総合政策を考える」)に参加しました。

学校で必要となる教員が足りないという「教員不足」。今学校で生じているこの問題に関連して、連休明けの5月8日、『教職課程』などを出している協同出版が主催するセミナー「協同出版セミナー2023」の第3部のシンポジウム(「優秀な教員志望者を増やす総合政策を考える」)に、シンポジストとして参加しました。この稿末に、セミナーのプログラムを添付しています。

シンポジスト間の討論などに入る前に、2つの論点――、文科省による総合政策の有効性と課題とは何か、と、②教員採用選考試験の「早期化」により期待される効果と現場への影響――について、思うところを10分間程度で述べよということでしたので、まず、1)「教員不足」と言うならぜひもっと学生を採用してほしい、2)小学校の教員志望者の特殊性、3)採用試験の早期化は検討すべき点が多いが、東京都がやろうとしているような複線化は進めてほしいという3点を話しました。その時準備した原稿に加筆修正して掲載します。また、この学長室だよりでは、原稿をつくる上で参照した重要な資料2点(文科省のまとめたもの)も稿末に載せました。

シンポジウムでは、それぞれの立場での率直な意見交換ができ、有意義だったと思います。会場には200人くらい入っていたでしょうか、満席でした。都の外からいらした教員養成大学・学部の関係者の方々のお顔も多数お見受けし、関心の高さがうかがわれました。

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東京学芸大学の國分でございます。教員養成を行っている大学の立場から、少しく意見を申し上げさせていただきます。

まず、「教師不足」ということについてですが、今、これがもっとも露わになっているのは、教員配置における不足かと思います。これについて、養成側としては、それも、いつも採用率の低さが問題とされる国立の教員養成系大学・学部としては、是非とも、もっと教員を採用して頂きたいと思います。志願倍率は、自治体によってかなり差があることは承知しておりますが、この点、自治体の方々には、くれぐれもよろしくお願いいたしたく存じます。

養成側が、当事者として関わることが求められているのが、教員採用試験の志願倍率についてです。つまり、養成側は、もっとちゃんと学生指導をして、もっと多くの学生に受験させよ!ということで、こうした社会的な要請は、まことにごもっともで、われわれは、ちゃんとやらねばならないと、あらためて思っているところではございます。それはそうとして、教員採用試験の志願倍率を新卒者と既卒者とに分けて見ると、既卒者については、小中高3つの校種いずれでも減少していますが、新卒者は、小学校では、この10年ほど、人数としては1万7千から8千人程度、免許授与者の約7、8割くらいで、ほぼ安定しています。このことは、あとでも触れますが、他の校種に比しての小学校の志望者の注目すべき特徴と思います。

 

続いて、文科省の教員採用試験の早期化・複線化を含む総合政策について、私の考えを述べます。

今般の中教審答申には、両免併有の促進のように、教師不足という中でひとつの焦点となっている小学校の免許を出しやすくしているとも思われる内容も含まれています。これは、小学校の教員免許を有する新卒者を増やすことにはなり、それゆえの受験者の増加も見込まれますので、行う意義はあると思います。が、いくつか問題がありまして、例えば、即応的でない手立ては、効果があるとしても4年という時間がかかりますが、その効果が出る頃にも、教員需要は、今と同じ状況にあるだろうかというような問題があります。

次に勤務条件の改善、いわゆる"働き方"改革などによる教職の魅力化ということについては、教職に対する風評被害というべきものにより、教採受験者が減っている面もたしかにあると思いますので、是非進めていくべきだと考えています。特に、勤務時間の長さは、つい先日速報値が明らかになった昨年の教員の勤務実態の調査結果からも明らかで、これについては、改善していく必要があると思います。しかし、先ほど申し上げましたように、小学校の教員志望者については、こうした問題があるなかでも、新卒の教採受験者数は減っていないのです。ということは、小学校の教員志望者は、このところの、教員に対する風評というようなものの影響をあまり受けていないと言えるのではないかと思います。このことは、さきほども申し上げたように、中学校や高校の教員志望者とは異なる小学校の教員志望者の重要な特徴だと思います。一方、中学校は昨年度新卒の志望者が多少増えましたが、全体的には減少傾向にあり、高校は、既卒、新卒いずれも減少を続けています。中学校、高校の志望者は、近年の風潮の影響を受けていると言えるのかもしれません。

また、教員の魅力を高めるという時には、教職は、実利的には恵まれている面もあるということも、きちんと伝えることも大事なのではないかと思います。例えば、教員は、離職率が低く、産休の取得率は高く、有給休暇や育児休暇の取得率は民間企業と同程度です。年収は相対的に高く、確かに残業代は出ないものの、教職調整額分は賞与に反映され、退職金にも反映されています。本学では、こうした面を強調する動画を、公認会計士の方の協力を得て作成し、学生に視聴を勧めています。

 

最後に、総合政策の中の採用試験の早期化・複線化についてですが、もし仮に早期化がなされた場合の、養成側への影響について申しますと、まず、カリキュラムの科目配当を変える必要のある大学が出てきます。特に実習時期という重要なものについてです。というのは、実習を終えてから採用試験という日程を組んでいる大学が多く、また、そうした順序は、学生が自分のキャリアを考えていく上では、重要だからです。早期化された場合、大学では、実習時期を移すため、実習校や教育委員会との日程の調整をしなければならなくなります。これは、かなり困難なことです。この他、もし、採用試験の早期化が、地域により異なるとすると、キャリア支援のスケジューリングが複雑化し、その調整も必要となります。また、採用側には、採用者の取り合いも生じる可能性もあります。

そもそも、この早期化は、教員の採用試験の時期が遅く、そのため合否の結果が出るのも遅いので、その間に学生が民間に流れてしまっているということで提案されているようですが、これは、われわれの実感とは少し異なります。特に、先ほど申しましたように、中学校、高校の志望者はいざ知らず、小学校の教員希望者というのは、風評被害にもめげずに教員を目指している学生が多いのですから、内定時期が遅いからといって、簡単に教員を諦めているというようなことは考えにくいと思います。ですから、採用試験の早期化は、小学校の新卒者については、あまり意味があるとは思えません。ただ、中学校、高校の志望者については、人材確保上、有益である可能性もないわけではないかもしれません。

また、さきほど、今後の教員需要のことを申し上げましたが、自治体の教員採用の見込みは今年がピークで、今後下がっていくことは、文科省がまとめたものでも示されています(下の図)。養成側の学生定員が今のままだとすると、教員採用試験の志願倍率は早晩高まってきます。いずれ志願倍率は回復してくるということが予想される中で、採用試験の日程を動かすという大きな制度改革を行うことには、慎重であるべきではないかと思います。今のこうした状況への対応は、臨時的・即応的に行うべきで、例えば、リカレント事業の実施などが1つのやり方だと思います。本学では、ペーパー・ティーチャーの人が教壇に立つための準備講座や、免許取得を目指す講座などを、文科省の委託を受けて行っていて、受講生も比較的集まっています。需要があるのだと感じました。

以上、総じて、早期化にはさまざまな問題があり、にわかに進めるべきではなく、検討すべき点が多々あるように思います。ただ、東京都が取ることにしたような、3年生から受験できるというような"早期化"="複線化"には、賛成です。この場合、養成側としては、カリキュラムの変更を行う必要がなく、また、学生の負担は減り、2回のチャンスがあることにもなります。自治体側の負担も軽いのではないかと思います。実際、このやり方をとる自治体が増えているのは、こうした点でよく理解できるところです。以上、私から申し上げたいことでございます。ありがとうございました。

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