学長室だより

最後のご挨拶

当方の任期はこの3月の末で満了となります。学長任期の6年間を振り返ってみますと、コロナ禍とともに始まり、大学を閉鎖するという経験のない状態からの出発でしたが、その中にあっても、大学教育――履修登録、授業、教育実習、単位認定等――を、担当理事・副学長を中心に、新入生も含めてとどこおりなく無事やり遂げることができたのは、大きな喜びとなりました。本学教職員の底力を見た思いで、大変に頼もしく思いました。また、学長3年目(2022年)には新しくできた制度である教員養成フラッグシップ大学の指定を受けることもできました。これもうれしく、また、誇らしい思い出です。

学長室だよりは、途絶え途絶えしながらもなんとか続けてきました。お読みくださっている方から感想をいただくことは、続ける原動力になりました。特に、教え子の人たちから「読んでますよ」と言われることは大きな励みでした。また、意外な方も読んでくれていることもわかり、不思議な縁を感じました。まことにありがとうございました。

俵万智さんのご本(『生きる言葉』、2025年)の中に、"最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て"という歌がありました。まったくそのとおりです。かつて、2人の娘をお風呂に入れるのが、数少ない私の家事分担でした。毎日毎日、これがいつまで続くのかと思っていましたが、いまやいつが最後だったのか憶えていません。人生で重要な意味をもつはずのこと――父と最後に話をしたのがいつで、何だったか。母とも、そして、恩師とも――の最後もわからなくなっています。以前ここで紹介した永田和宏さんの場合は(2025年10月28日「ありがとうございました」)、永田さんには後悔も残られているようですが、きちんとお別れできたことは羨ましくも思います。

学長室だよりは、きちんと最後のご挨拶ができます。これまでお付き合いいただきありがとうございました。また、学長となってこうした機会に恵まれたことを、まことにありがたく思います。

本学を含め国立大学は、今は財政難に苦しんでいますが、わが国の高等教育の中心を担ってきました。これからもそうであり続けることを、そして、本学もこれまでどおり"有為の教育者養成"を使命とする我が国の教員養成のフラッグシップ大学であり続けることを、半ば確信し、期待しつつ、最後の学長室だよりの結びとさせていただきます。あらためて、これまでお付き合いいただきありがとうございました。またどこかでお会いできることを。

追記:最後のご挨拶をしたところで何なのですが、この文章を、永田さんを取り上げた時にご紹介した本学職員M係長に見てもらったところ(彼女にも見てもらうのもこれが最後です)、木下龍也さんという歌人に「それらしく咲いてくれたらああこれが最後なんだと思えたのにな」という歌があることを教えてくれました。人は「最後」ということに特別な感慨をもち、しかし、つかまえ損なって残念に思うことも多いので、こうした歌も詠まれているのだと思います。あらためて、きちんと最後のご挨拶ができることに感謝しつつ、今度こそ正しく筆をおきます。

gakucho_photo_202603.jpg卒業式の次の日の正門