2022年アーカイブ

「わかりやすければよいのだろうか?」

11月5日から7日まで小金井祭を、予約制とはいえ、対面で開催しました。学生諸君はいろいろと大変な思いをしたと思います。よくがんばったと思います。ホームカミングデーの催しも、2年の間をおいて、今年ようやく再開できました。

ホームカミングデーの今年の講演者は、本学教員で物理学者の小林晋平准教授でした(第22回東京学芸大学ホームカミングデー。小林先生は、今や本学の看板教員です。NHK Eテレの番組"思考ガチャ"では、MCを務め、トークも、どこで勉強されたのか、大変に軽妙で実に手慣れています。講演のテーマは、「わかりやすければよいのだろうか?」というものでしたが、これは、難しい現代物理学を非常にわかりやすく解説ができる小林先生にして、はじめて可能なテーマだと思います。小林先生は、スタイルもシュッとして実にテレビ向きで、また髪形もユニークで、本学に赴任された時にはもう少しおとなしめの髪形であったように思うのですが、それも思い出せないほど、今の髪形はよくお似合いです。講演を聞くのを大変楽しみにしていました。

お話は多岐にわたり、簡単にまとめることはできないほどでしたが、特に印象に残ったことを記してみます。

まず、わかりやすい話というのがどういうものかということについて、科学理論の説明を念頭において、小林先生は、次のような点をあげました。"目的が明確である"、"動機と背景が語られている"、"身体感覚に引き寄せた例えがなされている"、"難しさが分解されて再構成されている"。これらは、いずれももっともなことで、特に2番目の動機と背景のことは、お話の中で言われていたように、その分野の科学者同士では自明のことなので、無視されがちで、しかし、それがないと話がわからないということになります。私が専門とした障害児の心理学では、医学的な知見をよく参照するのですが、その中には、なぜ重要な知見とされているかわからないものがあり、その後研究の流れなどを知って、あぁそういう意味だったのかとわかるということが多々ありましたので、よく理解できるお話しでした。

また、わかりやすくということを追求していくと、わかりやすいことしか求めなくなる、いわば、わかりやすさにひっかかることしか話さなくなるとも言われていましたが、これもよくわかることでした。ただ、こうしたお話の中でYouTubeのことや、オンラインや動画配信型の授業について、批判的に触れられたのは、意外でした。というのは、よく知られているように、小林先生は、「24時間で走り抜ける物理という動画を配信されていたこともあり(コロナ禍にあって、聞いている人を励ますような意義があった非常にユニークな試みであったと思います)、上でも言いましたようにNHKの番組にも出演されているので、こうしたメディアの利用にはポジティブなのだろうと思っていたからです。しかし、小林先生は、動画配信では、特にオンデマンド型の授業ということになると、どんどんとつくり込みがなされていき、対面での授業が本来もっている教員と学生の間のやり取りというダイナミズムが失われていく、それは、オンラインでの授業でもそうなりがちで、そうなると、教員自らの知識を確かめていくようなプロセスが失われていくことにならないかと恐れられているように感じました。いまや、動画配信には制限をかけているそうです。小林先生は、この頃言われる「オンラインもいいよね」という物言いを象徴的に挙げ、批判されていましたが、これは、この頃実際私もよく言っていることなので、大いに反省しました。

最後に、小林先生は、難しいことでも、難しいままで伝わる可能性があると言います。ご自身の経験として、吉田松陰の逸話を話した時のことを挙げていました。それは、松陰が外国船への密航を図ったという科で、一旦入ったら出られる見込みがない獄に入れられた時の話です。そこに入れられても、彼は勉強を続けました。そうした彼に、他の囚人たちが、「こんなところで学んで何の意味がある、どうせ生きては出られないのに」と尋ねたところ、彼は、「何のために学ぶのかはわからない、しかし、知って死ぬのと知らずに死ぬのとは違うと思う」と答えたと言います。この逸話を、小林先生は、大人を含めて、子どもたちといろいろな活動した後で話すそうですが、「これからお父さん・お母さんに話すね」といって話し出しても、そこにいる子どもたちは、しぃーんとして聞き入ると言います。難しい話でも、この人は何か大事なことを言おうとしているということが、子どもにはちゃんと伝わると言います。私にも似たような経験があり、そうだよなと思うとともに、これには、講演の中で、何度か小林先生が言われていた対象(話す内容及び相手)に対する敬意が関係しているとも思いました。

期待通りのとても面白いお話でした。お話の内容が実に充実していて、とりあげられた事柄ひとつひとつについてきちんとお話をうかがいたいところでしたが、残念ながらそうするには、時間が足りませんでした。もう少し時間的な余裕のあるところで、じっくりとお話を聞いてみたいと思いました。またの機会があればと思っています。

なお、この講演は、本学と東京学芸大学全国同窓会辟雍会との共催という形で行われました。辟雍会のみなさまには、日頃の大学へのご支援・ご協力に加えて、講演会の準備にご尽力いただいきました。ここに厚く御礼申し上げます。

本学卒業生の角田夏実さんが柔道世界選手権(48kg級)2連覇!

本学出身の柔道家・角田夏実さんが、ウズベキスタンで10月6日から13日まで開催されていた世界柔道選手権の48kg級で、昨年に続いて優勝し、見事2連覇を遂げました(本学HP、News10月7日)。まことに立派なものです。

角田さんは、本学には、スーパーアスリート推薦入試を受けて入学しました。この入試は、高校の大会で優秀な成績を収めた場合に受験できるものです。彼女を有力メンバーの一人とした本学は、2013年の全日本学生柔道優勝大会女子3人制で全国優勝し、私は、生まれてはじめて全国制覇した柔道部の関係者(顧問)となることができました(一般社団法人 全日本学生柔道連盟HP)。また、学生たちが気をつかってくれて、当時監督であった射手矢岬教授(現早稲田大学教授)の他、私のことも胴上げしてくれました。これもまた、生まれて初めての経験でした。彼女を最初に見た時の印象は、おぉ、強い!というもので、それは、以前の学長室だよりでも触れたところですが(学長室だより"オリパラと本学。"2021年9月27日)、その後、彼女は寝技にさらに磨きをかけ、特に関節技を強力な武器とするようになりました。今回の大会でも、寝技と関節技とで対戦相手を圧倒し、5試合すべて1本勝ち、しかも試合時間はかかっても2分ちょっとという完璧な闘いぶりでした。彼女が、本学の卒業生であるということは、まことに誇らしく、この試合ぶりからうかがえる地道に続けているであろう努力精進に心から敬意を表したいと思います。

こうした一流のアスリートの彼女の話をしたところで引き合いに出すのは憚られるところなのですが、私も、学生時代に一応柔道をやっていました。私の大学は、寝技をかなりやる大学でしたが、その経験からざっくりいうと、寝技は、練習量に比例して強くなるもので、逆にいうと、練習しないと強くならないのです。そこが、もって生まれた体格・能力で強いということがあり得る立ち技と大きく違うところです。角田さんが、居並ぶトップ・アスリートを軽々と寝技で仕留めていったということは、彼らを相当に越えた練習を積んだということで(彼女は、もちろん資質にも恵まれていて、それを生かしつつということですが)、これはなかなかできることではありません。彼女の努力精進がうかがえると言ったのはこういうことです。昨年の東京五輪では、いろいろな巡り合わせで代表となることができませんでしたが、次のパリ五輪では、かならずや代表となって、メダル争いに参画してくれると思います。

さて、私のいた大学では寝技をかなりやったと上に記しましたが、それは、柔道界ではちょっと知られていることなのです。そのため、私が学生時代柔道をやり、そして、出身大学――東北大学ですが――を言うと、柔道をよく知る人には、じゃ寝技ができるんですね、などと言われたりするのです(私は、ものにならなかったのに、です)。

この辺りの事情は、日本の学生柔道の歴史と関係していて、また話題としての広がりも多少あり、面白いところもあるように思いますので、稿を改めて記したいと思います。