式辞

令和7年度卒業・修了式式辞

卒業生、修了生のみなさん、ご卒業・ご修了おめでとうございます。新型コロナウイルス感染症は、3年前の5月に感染症法上の位置づけが5類となり、パンデミックは収束しましたが、みなさんの大学生活には、その影響は残っていたと思います。そうした中で、みなさんは、よく学びよく研究し、今日の日を迎えました。その努力に敬意を表したいと思います。ご苦労様でした。

私は、昨年、一昨年の式辞で、自然と人間の共存と、人間同士の共生のことに触れてきました。これらは、みなさんと直接関係がないように見えますが、しかし、これから世に出ていく上で向き合っていかねばならない、世界的な課題です。本学を卒業・修了したみなさんは、教育についてはもちろん、それ以外の分野でも、社会のリーダーとしての役割を発揮することを求められていますので、そうした期待などを含めてお話しさせてもらいました。

それから一年がたちましたが、事態は良いほうに向かっているようには見えず、政治状況などを見ると、むしろ悪化しているようにも思われます。そこで、今年度もこれまでと同様の趣旨の話をし、卒業生・修了生のみなさんに期待することを、あらためて話させてもらいます。

まず、自然と人間の関係についてです。一昨年の式辞では、ウイルスや地震といった自然の猛威に対し、それらを完全に無くすことはできないという前提のもと、いかに備え、共存していくかを探ることが人類の課題であると話しました。そして、昨年は、ウイルスや地震と異なり、人類がもたらしたとも言える異常気象という自然の異変について、対応が急務であると話しました。

しかし、今年の状況はさらに悪化しているように思います。夏には「命に関わる危険な暑さ」と繰り返し言われ、そうした日が続くのが日常となりました。東京の一部の自治体では、半年もの間、学校の屋外行事が禁止されるという事態にもなりました。「線状降水帯」というのも、もはや耳慣れた言葉となり、それによる深刻な水害に見舞われる地域が相次ぎました。また、こうした異常気象に起因するとされる大規模な山火事も常態化しました。さらに、この冬は、記録的な豪雪が観測され、かつてないペースで降り積もる雪は、都市機能を麻痺させ、多くの人々の生活を直撃しました。

こうした極端な気象変動は、生態系にも深刻な歪みをもたらしています。今年は、全国各地で熊が人里に出没し、重大な人的被害が後を絶ちませんでした。それには、保護政策による個体数の増加に加えて、気候変動による餌となる木の実のなどの不作による餌不足や、暖冬でなかなか冬眠に入らず、活動期間が長期化していることなどが関係していると言われています。

これらの異常気象の背景には、地球温暖化があることは、従来から指摘されてきたことで、それは、他ならぬ人間自身の営みがもたらしたものであり、人間の営み自体を見直すことなしには解決できません。これもまた、従来から指摘されてきたことです。対応は、焦眉の課題です。

次に、人間同士の関係、戦争のことです。これまで式辞で触れたウクライナへのロシアの侵攻は4年目に入り、イスラエルとハマスの戦闘も3年目となりました。いずれも収まっていません。

ロシアとウクライナの戦争は、依然として継続中で、複数の前線で激しい戦闘が続いていると言われています。外交面でアメリカが仲介する和平協議が続くものの、双方とも妥協にはほど遠く、停戦は見通せない状況です。

一方、イスラエルとハマスの戦闘は、これもアメリカの仲介で 20251010日に停戦が発効したものの、イスラエル軍の攻撃はほぼ毎日続いており、停戦違反が頻発している状態とされます。これまでの死者数は、イスラエル側の約2,000人に対し、ガザ側では7万人を越えました。イスラエルは、これまでガザへの物資の搬入を許さず、飢餓状態を引き起こし、また、人類が衛生環境の改善につとめた結果、天然痘に次いで絶滅まであと一歩と迫っていたポリオウイルスによる集団感染まで引き起こしました。ポリオは不衛生な環境下で感染拡大が起きるもので、子どもがかかると後遺症として重大な四肢障害を引き起こす疾患です。停戦とされる中で、状況は幾分か改善されたものの、ガザは依然として毎日のように攻撃されており、人道危機は深刻なままと言われています。

この2つの現在進行中の戦争で、一体何人の死ななくてもよい人が死に、苦しまなくてもよい人たちが苦しんでいることでしょうか!この2つの戦争が、人類にとって一層悲劇的で、絶望的とも思えるのは、ガザの多くの無辜の人々をここまで追いつめているイスラエルは、ナチス・ドイツに600万人もの罪のない人々が虐殺された歴史を持つユダヤ民族がつくった国であるということです。そして、そのナチス・ドイツと2,000万人とも3,000万人ともされる世界最大の戦死者を出しながらも戦い抜き勝利したソビエト連邦、その構成国であったロシアとウクライナの間で、戦争が起こっているということです。

他者理解がいかに難しく、人間同士の繋がりがいかに脆いものであるかを痛切に思い知らされます。しかし、であればこそ、粘り強く一層努力を重ねていく必要があると思います。戦争が、戦闘行為が、人を殺し、自分を傷つけ、物を壊し、破壊する不毛な行為であることは言うまでもなく、平和を望まない人はいません。とすれば、言葉の通じる人間同士、なんとか共存していく道を探っていかねばならないと思います。

こうした地球規模で起こっている人類の危機に対して、政治・社会の状況は、残念ながら応えるものにはなっていません。民主主義国家の代表を自認していた大国アメリカは、地球環境に対して無配慮に振る舞い、自国の経済利益を最優先して、パリ協定のような国際的な環境条約から離脱しました。また、最近では、自動車から出る温室効果ガスが健康を脅かすとした政府見解には、「法的な根拠がない」として、従来の自動車の排ガス規制を撤廃しました。また、ロシアのウクライナへの軍事侵攻を厳しく批判していた主要国でありながら、自ら他国への軍事行動を発動させ、軍事力を背景にして他国の主権を公然と脅かす「脅し」を繰り返しています。こうした姿勢・有様には唖然とするばかりです。しかし、翻って、我が国を見るに、私たちの生存を脅かす異常気象は政治的な議論として一顧だにされず、国際秩序を揺るがす紛争は、経済問題として議論されこそすれ、人類存亡に関わる課題としては顧みられません。先般行われた選挙でも争点とはされませんでした。こうした迫りくる危機に対してどう立ち向かい、どう対処していくかという人類の未来について議論がなされる気配はありません。

総じて、ポピュリズムに組みし、強権的で事実を軽視する指導者が、世界的に、我が国を含む民主主義国家にも、台頭していると言わざるを得ません。民主主義の前提は、民度の成熟です。そして、それを保障するのが教育です。現在のような状況が生じたのは、教育が行き届かなかったせいとも言えます。現代社会が求める教育内容や教育方法については、さんざんに議論していましたが、肝心の市民として民主主義を守り、維持していく根本となる感覚・資質を育む点は疎かになっていたのではないかと、これまで教育に関わってきた人間として、忸怩たる思いがぬぐえません。

しかし、人間を変え、社会を変え、そして未来を創り出す力を持つのは、結局のところ、やはり教育です。本学は、我が国の教育者養成を先導するフラッグシップ大学を自負し、また国から指定も受けています。その本学は、「有為の教育者の養成」を使命としてきました。ここで言う「教育者」とは、学校の教師だけでなく、子どもたちの成長を支えるあらゆる「教育支援者」を含みます。一方、「有為」とは抽象的な言葉です。何が、どう有為であるのか、その具体的な中身を込めるのは、みなさんです。

みなさんは、本学で本格的な学問に触れ、高等教育を受けました。そうしたみなさんには、陰謀論や根拠のない情緒的な言説にまどわされず、事実に基づいて考える知性、大局的な視点を持って物事を判断する力を育んでおり、教育に関わる領域ではもちろん、他の領域でも、社会の中でそれにふさわしい貢献をなすことが求められています。自然と人間の共存・異質な他者との共生という、人類が向き合っている大きな問題も視野に入れて、「有為」な教育者としてそれぞれの持ち場で活躍し、「有為」という言葉の中身を充実させていってほしいと思います。くりかえしますが、人間を変え、社会を変え、そして未来を創り出す力を持つのは、教育です。教育を信じ、教育の力によって、生きることをみなが等しく謳歌できる安全で平和な社会をつくり、また、そうした社会を次の世代の子どもたちに手渡していってほしいと思います。

ロシアの革命家トロツキーは、革命を成就させたのち、権力闘争に破れ、国外追放となり、行き着いた果てのメキシコで、権力が放った暗殺者に殺害されましたが、遺書には「人生は美しい」という言葉を残しました。みなさんも、美しい人生を大いに享受してください。そうであることを心から期待していますが、しかし、いろいろうまくいかないこともあるだろうと思います。行き詰まるときもあるでしょう、また、病気になることもあるだろうと思います。そうした時は、本学と本学の教員を思い出してください。私たちは、いつもみなさんを見守っています。そして、みなさんの人生が、みなさんらしく、美しいものであることを祈っています。本日はおめでとうございます。ありがとうございました。

令和8年3月19日
東京学芸大学学長
國分 充

 

令和7年度9月卒業・修了式式辞

卒業生、修了生のみなさん、ご卒業・ご修了おめでとうございます。一昨年、新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけがようやく5類となり、パンデミックは収束しましたが、みなさんの大学生活には、いろいろの影響があったことと思います。しかし、みなさんは、そうした中で、よく学びよく研究し、今日の日を迎えました。その努力に敬意を表したいと思います。ご苦労様でした。

さて、本日は、みなさんの卒業・修了を祝うおめでたい日なのですが、残念ながら世界は、今、平穏とは言えない状況にあります。みなさんも痛烈に感じたように、今年の夏は、昨年にも増して気温が高く、「命に係わる危険な暑さ」、「熱中症警戒アラート」という言葉は、日常的な用語としてすっかり馴染んでしまいました。最高気温が40度に達することも珍しいことではなくなり、旱魃に苦しむところも出ている一方で、「線状降水帯」、これも馴染みの言葉となってしまいましたが、「線状降水帯」による水害も頻発しています。大規模な山火事も、こうした異常気象の影響と言われています。このような気候は、もはや我が国、そして、世界の日常となりつつあります。地球環境に何か重大なことが起こっていることは明らかで、地球温暖化が背景にあると言われています。この地球温暖化は、残念ながら、人間がもたらしたものです。人間がもたらしたものとすれば、人間こそ、対策を考える必要があるのではないかと思いますが、CO2削減などの取り組みはなされていますが、やや遅きに失した感は否めません。今年の夏の異常な暑さは、地球温暖化に対する対策を、一層早く進めることを迫っています。

これは、自然と人間の関係で生じていることですが、人間どうしの関係でも、重大な問題が生じています。戦争です。ウクライナへのロシアの侵攻は、3年半を超えました。ロシアは、ウクライナ東部4州を一方的に併合し、国連で非難されても不法な支配をやめようとしません。最近では、ドローンを飛ばして、ヨーロッパ各国の領空を侵犯するという危険な挑発行為を繰り返しています。イスラエルとハマスの戦闘は、2年を迎えようとしています。イスラエルは、人質を奪還するためとしてガザの人々を追い詰め、テロリストの隠れ家となっているという理由で、無辜の子どもや一般の人々も逃げ込んでいるガザの病院や学校を繰り返し空爆しました。さらに、看過し得ないのは、イスラエルは、補給物資の搬入も妨げ続け、餓死者を、子どもを含めて多数出すような事態をも引き起こしています。こうしたロシア、イスラエルを国際社会は止められずにいます。

今目の前で起こっているこうしたことは、人間の、人類の生存を脅かすことです。求められているのは、自然とも、人間どうしでも、共存・共生の道です。しかし、現在、大国では、強権的であったり、事実に基づかない発言を繰り返す指導者が現れ、大局的な人類の行く末など、視野にあるようにはみえません。わが国でもポピュリズムが勢いづき、異常気象も中東の戦争も政治的な話題として一顧だにされていません。

本学は、"有為の教育者"の養成を使命とし、教育者養成のフラッグシップ大学と自負しています。実際、文部科学省からそうした指定を受けてもいます。そうした本学で、みなさんは、教育の意義を学び、本格的な学問に触れるというきちんとした高等教育を受けました。そういうみなさんは、教育に関わる領域ではもちろん、他の領域でも、社会の中でそれにふさわしい貢献をなすことが期待されています。特に、今言ったような世界情勢・政治情勢の中では、みなさんの役割の重要性、必要性は一層増しています。自然と人間の関係、そして、人間どうしの問題は、簡単には解決に至らない大きな問題だと思いますが、みなさんには、こうした大きな問題も視野に入れて、"有為な教育者"として持ち場持ち場で活躍してほしいと思います。"有為の教育者"の、"教育者"というのは、教師と教育支援者のことです。一方、"有為"というのは、抽象的な言葉です。何にとって、どう"有為"であるかという具体的な中身を込めるのは、みなさんの仕事、みなさんに任されています。社会を変え、未来をつくっていくのは、結局は教育です。教育の力を信じて、平和で安全な中で、生きることをみなが等しく謳歌できる社会をつくり、そうした社会を次の世代の子どもたちに手渡していってほしいと思います。

ロシアの革命家トロツキーは、「人生は美しい」と言いました。みなさんも、美しい人生を大いに享受してください。本日、みなさんは、本学を卒業・修了していくわけですが、ときには本学と本学の教員を思い出してください。私たちは、いつもみなさんを見守っています。みなさんの人生が、みなさんらしく、美しいものであることを心から祈っています。本日はおめでとうございます。ありがとうございました。

令和7年9月30日
東京学芸大学長 國分 充