西村圭一 先生
Vol.7
教職大学院 教育実践創成講座(数学教育サブプログラム担当)

先生が研究をはじめたきっかけはなんですか?

 学芸大学を卒業して、八丈島の定時制高校で5年間ほど働きました。私より年上の生徒や外国籍の生徒もいて、実に様々な経歴をもった人が集っていました。小学校の学習内容があやしい生徒もいましたし、「数学なんて勉強しても役に立たない」と言う、私より人生経験が豊富な生徒もいました。授業がつまらなければ帰ってしまうこともありました。そんな中で、どんな授業をどのようにしていけばよいのかといつも悩んでいました。そういう経験が、私の数学教育の原点にあります。

研究内容について具体的に教えてください。

 私はよく授業を見にいきます。小学校でも中学校でも高校でも「やり方」「解き方」をすぐに教えてしまう先生がいます。たとえ説明の仕方がうまくても、その授業を受けている大半の子どもにとっては、新しいことが頭の中に「ぽつん」と入ってきただけの状態なんですね。よい授業は、まず、子どもたちによく考えさせます。そのあと友だちの考えと比べたりさせながら、だんだんとゴールに近づいていきます。そうすると、子どもたちの頭の中では、新たに学んだことが、これまでに学んだことや自分の考え、そして、友だちの考えとつながった状態になるわけです。そういう算数・数学の授業を増やしたいと思っています。
 実は、このような授業は、Problem Solving ApproachやTeaching through Problem Solvingとして国際的にも高く評価されています。日本の先生がそんな授業ができる理由を知りたいという海外の教師や研究者がたくさんいます。その理由は、授業研究にあると考えています。そこで、私の所属する数学教育学分野では『国際算数数学授業研究プロジェクト』というプロジェクトを続けていて、日本の授業研究の神髄を知ってもらうためのプログラムを実施しています。毎年、40名近くの海外の先生方が訪日し、2週間近くかけて、いくつもの学校の研究授業とその後の協議会を見て、自分たちでも議論をして、多くのことを学んでいます。
 それから、国立教育政策研究所のもとで、『OECD/ TALISビデオスタディ』という、数学の授業を国際比較するための研究の授業分析にも取り組んでいます。どういう授業が質の高い授業なのか、数か国の中学校で同一の単元の授業を撮影し、質の違いをデータとして出して、国際比較するというものです。ここでは日本の授業ビデオを分析していますが、生徒が実に生き生きと学んでいる授業もあれば、その逆の授業もあります。教師の授業力によって子どもの学びも変わってくることをひしひしと感じています。
 他に、『附属中・高数学教育研究会』という組織で、附属中・高・中等教育学校の数学科の先生方と研究を進めています。毎年、公開授業研究会をしていて、多くの公立や私立の先生方に参加いただいています。学部生や院生も参加していますよ。

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いまお話しにあったような、よい授業を増やしていきたいということですね。

 はい。ただ、現在の算数・数学の教科書にある問題は「正解」のある問題ばかりです。でも、社会に出たらそんな問題はむしろ少ないですよね。
 この前、北海道の夕張に行って驚いたのですが、夕張高校はクラウドファンディングをしていて、最初の目標が700万円、最終的に集まったのがなんと2355万円。すごいでしょ。その翌週に高知県の四万十の中学校で、ネットショッピングと店舗販売について扱っている家庭科の授業も見たのですが、そのとき夕張高校のことを思い出して、いろいろなことを繋げて考えさせる仕掛けのある授業が大事なんだとすごく実感したんです。社会科の授業では、ネット販売が盛況になるにつれシャッター商店街が・・・みたいなことも学ぶらしいんですけど、家庭科では消費者教育、社会科では過疎化とばらばらに扱わないで、この町にシャッター商店街が増えているけれどどうしたらいいか、ネット販売ならよい物を売り出せば地方にいても商売ができる、ふるさと納税ってそういうことか、じゃあ自分たちには何ができるんだろうって、考える。そういうことがこれからの世の中で求められていく力なんじゃないかなと思いました。
 そして、こういった力の育成に数学教育は関われるのか、社会科や家庭科はある意味、生活に近い教科だからできるけど、数学でやったらどうなるのかなって。数学という教科ではそんなことはやらなくていいという人もいるんですけど。でも、もっと算数・数学にいろいろな関わり方ができるような教育にしなければいけないんじゃないかなと思っています。

そのために何か取り組みをされていますか?

 「ボーランドジャパン」という組織を立ち上げて、イギリスのBowland Maths.というプロジェクトで作られた教材を紹介しています。これは、その中のひとつなんですが、ある町の交通事故の記録がわかるようになっています。事故の時間帯別や年齢別のグラフを表示したりすることもできます。問題は「議会から予算が与えられました。この町の交通事故を減らすための対策を提案してください」というもの。予算が決まっているので、しっかりと、どこにどういう対策をするかを考えないといけません。データを見て、エビデンスに基づいた提案書を作ります。しかもこの問題には正解があるわけじゃないので、クラスでプレゼンして、どのグループが一番エビデンスに基づき、かつ交通事故が減りそうな対策をしているのかを議論する、そんな教材なんです。

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 学校教育でこういった問題解決の力を身に付けさせる授業をもうやっているところがあるわけです。でも、架空のデータを扱っているので切実感がないと、日本の先生は感じてしまうようです。

そういう声に対してどうされているのですか。

 これは、ある小学校で実際にサッカーチームを作る時に「みんなが納得できる方法でチームを分けよう」という問題を出した授業です。自分たちの得点数や100m走の記録のデータを集めてレーダーチャートにして...そうすると、子どもたちの議論が白熱するんですよ。得点は大きい値のほうがいいけど、100m走の記録は小さい値のほうがいいから、いくつからいくつはA、いくつからいくつはB、とすればいいという子どもがいて、それに対して、逆数にすればいいという意見が出たりしました。全員参加のサッカー大会のチーム分けという、自分たちに関わることを本気で考えているので、こうやっていろいろな考えが出てくるんだと思います。みなさんから見るとこれ算数なの?って思うかもしれないけれど、授業をみていると、子どもたちに必要な力なんだと思えてきます。こういう授業を提供していけるような研究も進めています。

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新しい授業を作るための取り組みをされているということですね。うまくいきそうですか?

 テストで良い点数をとれるほうが大事!と言われてしまう。教科書や問題集にある問題を解くことが数学だと思っている大人が多いので...。
 それならば子どもたちに直接デリバリーしようと、さっきのボーランドマスのような問題にグループで挑む『明日の思考力 算数コンテスト』という企画をやりました。この12月に2回目をやったんですけど、都内から100人くらい集まってくれました。そこに保護者の方もいらっしゃるので、どういう問題を扱っているのかを伝えて、大人の視野も広げていきたいと思っています。
 高校の数学の授業では、あのような問題どころか、コンピュータもめったに使わない。入試に出ないから、入試で使えないからやらないんですよ。それなら、入試をコンピュータを使う問題にできないかってなりますよね。国立教育政策研究所の研究官の方に声をかけていただいて、自分でソフトウェアを動かしながら、性質を見つけ、解いていくような問題の開発に携わっています。

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 それから教科書についても。数学の教科書って覚えていますか? 今日お話ししたような切実感のある問題って載っていないですよね。当たり前ですよね、数学なんだから。でも、そう思うのはそういう教科書しか知らないからかもしれないでしょ。それで、『教科書研究センター』というところから委託を受けて8名ほどのチームで、フィンランドやオランダ、ドイツなど、特色のありそうな国の数学の教科書の比較研究をしています。

学芸大学ではどのような授業をしていますか?

 これは2年生のB類数学科の授業で使ったスライドです。これを使って、どういう授業をしますか、というものです。
 これを1番目、2番目とにした時、20番目になったら机は何個で、その時に何人座れるでしょう、みたいな問題を作る学生がいます。そういう授業は、教師が1番目、2番目...と決めているので、関数でいう独立変数xを何にするかを教えてしまっているんです。この図だけ見せて、〇人座るにはどういう形にすればいいか、というように、問い方を少し変えるだけで授業は大きく変わります。お互いに作った授業を比べ、子どもの学びが全然違うものになることを実感してもらうようにしています。

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教育実習の事前・事後指導も担当されていて、教育実習に関する本を出されたと聞きしました。その本について、ご紹介おねがいします。

 

 附属の先生と、本学の数学分野、数学科教育学分野、教職大学院の先生たちで、『中学校・高等学校数学科 授業力をはぐくむ教育実習』という本を出しました。
 「現場に出たら指導案なんて書く余裕ないから、意味ないよ。教科書をぱっと見て授業できるくらいになることが大事だ」というのを耳にしたことがあります。そういう考えの先生が実習生を担当すると、学習指導案をあまり重視しないわけです。けれど学芸大の附属の実習って、これと正反対です。1時間の授業の指導案を作るのにすごい時間をかけるわけです。その授業のことだけではなく、先生になった時にどうやって成長していくか、教材研究、発問の吟味、生徒の考えの見取り、授業の省察などの方法を学ばせているんですよね。目標からして違う。
 こういう本を出すことで、学芸大を卒業した学生が、将来実習生を持つようになったとき、堂々とこういうことが大事なんだよと言えるようになるといいなと思っています。

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学芸大生に対してひとこと!

 最近の学芸大の学生には、今まで自分が育ってきた学校教育を肯定的に捉えている学生が多いような気がしています。自分が育ってきた学校を見て、私もああいう先生になってああいう学校で働きたいって。なので、あそこは直そうとか、新しい時代に合うように変えていこうっていうパッションが意外とないように感じています。教員志望という同じ志の仲間で過ごすからこそ、その中で、これからの教育で、何を大事にしていけばいいのかを議論して、アクティブに行動できる力をつけてほしいと思います。やっぱり同じことの繰り返しでは日本の教育は良くならないので、教育においても、若い力でクリエイティブに、新しいものをデザインしていく力をつけてもらえるといいなと思っています。それには大学自体もアクティブにクリエイティブにならないといけませんね。

取材/米田百花、虫谷涼香

西村圭一 先生

Profile

西村圭一 先生

博士(教育学)。東京学芸大学D類(特別教科教員養成課程)数学科卒業後,東京都立高校,附属大泉中学校,附属国際中等教育学校教諭,この間,在職しながら,本学修士課程及び連合大学院博士課程で数学教育学を学んだ。その後,国立教育政策研究所教育課程研究センター総括研究官を経て,2011年に東京学芸大学数学教育学分野に着任。越境し様々な人とwin-winな関係を築くことを楽しみながら,次世代へいかなるバトンを渡すかを模索中。