小西 円 先生
Vol.15
留学生センター

先生のご専門について教えてください

 専門は日本語教育です。日本語教育といってもいろいろな切り口がありますが、私は主に日本語という『言語』の切り口で研究を進めています。人が言語を使ってコミュニケーションをする裏には、私たちが自覚していない、いろいろなルールが隠れていて、そのような言語のルールを見つけ出していくことに関心を持っています。日本語教育の観点から言えば、私たちが使っている日本語のルールをあぶりだして、それをどんな風に学習者に伝えていけばいいのかを考えたり、また学習者が二つ目三つ目の言語として日本語を学習する際にそのようなルールをどういう風に獲得していくのか、などが研究テーマになっています。

言語のルールというのは、どのようなものですか?

 私たちは日本語を話せますが、自分の話している言葉をモニターして客観的に分析することはすごく苦手なんですね。産出された日本語の間違いは探せるけれど、それはなぜなのか、多くの人は説明できないのです。
 一つ例をあげると、「食べます」という動詞の否定形で「食べません」と「食べないです」という二つのパターンがあります。どちらも伝わるのですが、学習者に対して最初にどちらを教えたらよいかを考えるために、日本語母語話者はどちらを多く使っているのかという研究がされたんですね。私のまわりにいる人にも聞いてみようと思い、ある日本人にどちらを使うかたずねたら、「『ないです』は使わないですね」と言ったんです。あれ?使ってるよね?って(笑)。
 私たちは自分のことばをモニターするのが苦手なので、データを使って分析する必要があります。無意識に話している言葉を録音してデータ化したものがあって、コーパスというものなんですが、そういうものを使って、母語話者がどういう風に言語を使っているか、日本語学習者にとってどういうところが難しいのかなどを分析しています。

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母語話者が話す言語のルールだけでなく、学習者の視点も分析しているのですか?

 学習者の人たちは日本語をものすごく観察して、自分なりのルールを頭の中でつくっていくんですね。それを中間言語といって、ゼロから目標言語まで変化していく中間言語のルールを、自分でブラッシュアップしながら自分の言葉をつくっていく、その過程を見るのも好きなんです。否定形は初級から習いますが、どのように間違えながらうまく使えるようになるのか、どのくらいのレベルになったら文体の書き分けができるようになるのか、「あのー」「えっとー」というのをフィラーっていうのですが、いつ頃から使えるようになるのか、どんな風に発達していくのかといった学習者の言語の分析も、私の研究テーマのひとつです。

なぜ日本語教育に興味を持ったのですか?

 ちょうど皆さんと同じくらいの頃、学部の2年か3年の時に、短期の英語研修に参加しました。海外の語学学校で、初めて英語で英語を教わる体験をして、すごく面白かったのです。皆さんは英語で英語を習う授業を経験したことがあるかもしれませんが、私の時はそういう授業はあまり多くなかったんですね。私はもともと高校の国語の先生になりたくて文学部に通っていましたが、同じ先生でも国語でなく外国の方に日本語を教える先生になりたいと思いました。それで専門を決める時に、一番日本語教師によさそうなのが日本語学でした。いざ取り組んでみるととても面白くて、結局それをずっと続けています。良い出会いだったと思います。

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日本語教育の課題はありますか?

 日本語教育という分野を大きく捉えると、国際交流や多文化共生の実現のための根っこの部分にあたるもので、とてもやりがいがある仕事だと私は思っているのですが、まだまだボランティアベースでやっている方がとても多く、この仕事で生計を立てられる職業に就いている方が少ないんですね。これから日本にたくさんの外国の方が住むことになれば、共生していくことは絶対に必要になってくるので、日本語教育をあつかう職業はとても重要です。社会全体がそういう仕事を大切に考えてくれたらと思います。そのためには一人ひとりが自分ごととして、留学生や外国人の方とふれあって、言葉の教育のことや、いろいろな国の人が一緒にいるということを、体感してほしいです。どこかの遠い国の話ではなくて、あなたのすぐ隣の話であることを実感できるようになったらいいなと思います。
 最近ニュースでも取り上げられたりしているのですが、「やさしい日本語」って聞いたことありますか?あまり日本語が上手でない方にも伝わるようなシンプルでわかりやすい日本語のことです。お医者さんがそういった方にも大事なことを伝えられるように、医学部でやさしい日本語を学んだりする機会もあるようです。本学の日本語教育コースでも取り上げています。もっと多くの人が、やさしい日本語を使い分けられるようになったらいいなと思います。中学校や高校で教えてくれるようになったらいいですね。

先生は大学でどのような授業をしていますか?

 私は、留学生センターに所属しながら、A類国語科の中にある日本語教育コースを兼任しています。なので、学部の授業も留学生センターの語学の授業も大学院の授業も担当していて、いろいろなタイプの学生さんに授業をしているのですごく楽しいです。留学生センターではいわゆる語学の授業を留学生に向けて行っています。皆さんが第二外国語でやっているような授業の日本語版です。基本的に日本語で全部教えます。学部での授業は国語科の日本語教育コースにいるので、日本語教育概論という一年生必修の授業とか、日本語教育の教材開発論という二年生向けの授業もやっています。そこでは教材について学びながら実践をするという授業を毎年やっていたのですが、今年は留学生を集めて実践をすることができません。しかしこういう時だからこそクロアチアのプーラ大学の日本語科の人たちとオンラインで繋いでみようとしていて、ちょうど、授業計画を立てていくところです。

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学生時代はどんな学生でしたか?

 高校の時にソフトボール部に所属していて、その頃に好きだった言葉が「全力投球」「直球勝負」。そういう感じの人間でした(笑)。曲がったことは嫌い!みたいな感じだったんですけれど、今は大分性格が変わりました。全力投球はしますが、自分の計画通りにならないことや、自分の知らないことが世の中にはたくさんあるんだっていうことをいろいろ学んで、直球勝負は場面によって使い分けなくてはダメだなって。今の座右の銘は「しなやか」という言葉に変わりました(笑)。

ご趣味は何ですか?

 読むことがとても好きなのですが、書くことも職業にしたいくらい好きでした。それから私、お喋りすることがすごく好きなんです。これって言語の四技能だなって気づきました。やっぱり私は「言葉」を使って何かをするのが好きなんですよね。だから「読む」「書く」「話す」「聞く」の言語の四技能が全部好きです、ということにしてください(笑)。

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学芸大生に一言お願いします。

 私の学生時代に比べると学芸大生の皆さんは何でも優秀というか、すごく頑張っているなぁと感心して見ています。あえて言うなら、自分のことを深く知るためには他者との交流、つまり自分と違う価値観との交流というのがすごく大事だと思うんですね。似た者同士ばかりでいると世界が広がらないので、そういう意味で自分のアイデンティティを揺さぶり、見つめ、確立させていくために必要なのが他者との交流だと思っていて、いろいろな人との共生について、私ごととして実感してほしいです。その一歩として学内にいる留学生といっぱい関わってほしいなと思っています。留学生も皆さんと交流したがっています。せっかく日本に来ているのだから、表面的なつきあいではなく、言葉を使って分かり合えた経験や、逆にうまくいかなかった経験、さみしかった経験、そういうことも含めて生の体験をしてほしいなと思っています。今年はオンライン授業がメインなのでなかなか会える機会がありませんが、学内には留学生と交流できるチャンスがたくさん転がっています。留学生をサポートするチューターを国際課で募集していますし、留学生の発表会があったり、Explaygroundに「INTER」という留学生と学生の交流をサポートするラボがあります。また、「多文化共修」という、留学生と日本人学生が共に学ぶ授業も、実はたくさん開講されています。いろいろなチャンスをぜひ見つけてください。

取材/今野由唯、渡部光

小西 円 先生

Profile

小西 円 先生

1977年大阪府生まれ。大阪府立茨木高等学校卒業後、大阪市立大学で日本語学を学ぶ。その後、日本語教師として働きながら、大阪外国語大学(修士課程)、早稲田大学(博士課程)で日本語学と日本語教育学を学ぶ。博士(日本語教育学)。日本語学校や大学等での日本語教育や、国立国語研究所での研究プロジェクトに従事し、2017年から東京学芸大学へ。日々実践に取り組みながら、「言葉」と「言葉の教育」について考えている。