荒川 雅子 先生
Vol.13
芸術・スポーツ科学系 養護教育講座 養護教育分野

先生のご専門について教えてください

 養護教諭になる人への教育に携わっているのですが私自身が養護教諭として実際に働いた経験がありますので、実践的なものを研究したり、養護教諭自身の成長プロセスといったものを中心に研究しています。昔は特別支援学校のことを養護学校と呼んでいたので、特別支援学校の先生と間違われることもありますが、いわゆる養護教諭というのは、保健室の先生のことを指しています。

保健室というと体調を崩しがちだったり学校に馴染めなかったりする子どもたちを受け入れてくれる場所というイメージがあります。養護教諭ならではの学校における重要な役割は何ですか?

 養護教諭は授業の評価をしないという部分があるので、学校の成績とは関係なく子ども一人ひとりとの関係性を作れるんですね。そういうところが子どもたちにとっても関わりやすいのかなと思っています。保健室に入りやすかったり、話しかけやすかったりすると、具合が悪くなくても話しに行けたり、自分の体のことを知りたいとか、そういういろいろな望みに応えて支援することで、子どもにとって、学校の中で特別な存在になれるのかなと思っています。

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実際に養護教諭をされていたそうですが、小中高、どの学校に勤められていたのですか?

 千葉県の小学校と中学校で、20年近く養護教諭として実際に働いていました。もともと医療職に興味があったというのもあって、あまり深く考えずにこの世界に入ったのですが、子どもたちが大人になっていく過程でいろいろな健康観や自分の人生観などを養っていく、その段階を支援していけるというのは、非常に素晴らしい仕事だと思っています。子どもの成長って本当に早くて、子どもの人生のドラマひとつひとつに寄り添って、一緒に経験させてもらえるのは、自分自身にとっても本当にやりがいがありました。

小学校と中学校で子どもたちが保健室に来る目的は違ってきますか?

 小学生は何処にあるのか分からないような小さな傷だったり、軽微な怪我も多いですが、中学生の場合は病院に行くようなレベルのものも多く、逆に軽微な怪我は少なくなります。
 あと相談内容では、小学生は自分の体調と精神的なものが全然リンクしていないので、体調が悪いという背景に心理的なものがあることを、あまり自覚していないことが多いです。中学生になると結構悩みを自覚して自分の言葉で話が出来るので、きちんと言葉のやりとりの中で本人の気持ちに寄り添っていく部分が多くなります。ですから関わり方も全然違いますし、やりがいもそれぞれ違って楽しいです。

養護教諭の先生は保健室での児童生徒の対応の他にどんなお仕事をしているのですか?

 保健管理として、健康診断の計画を立てて、最終的に統計としてまとめるまでが大きな仕事の一つです。あとは健康教育の面では、自分で使う保健指導の資料を作るだけではなく、先生方がいろいろな授業で使う資料を作ったり、参考になる情報を提供したりしています。インフルエンザの流行の時期には学校での感染防止の対策方法を先生方に情報提供したり、各クラスの流行状況や地域の感染情報を収集しながら対応を管理職と相談しながら実施し、少しでも感染を減らすようにしています。また、学校の環境衛生検査を定期的に行い、空気や水質を管理したり、食物アレルギーを持つ子どもを把握して、担任の先生に対応の仕方を示したり研修などを行ったりしています。今だったら、新型コロナウイルス対策で学校が再開するにあたり、学校の消毒をどのように実施するか、具合の悪い子どもがいたらどのように対応するかといった、安全面や健康面について他校の情報を収集しつつ検討するなど、忙しくされていることと思います。

中高の保健の授業は養護教諭の先生が教えないのですか?

 以前は養護教諭の免許は他の教員免許と違って教えることができませんでした。ただ、保健指導などを担任の先生とTT(チーム・ティーチング)で行ったりとか、そういったかたちで参加することはありました。1998年教育職員免許法一部改正により、条件はありますが、養護教諭も「保健」の授業を兼務で担当できるようになりました。でも、授業の時に保健室を空ける問題もあり、実際に兼務している方は全国では少ないと思います。保健の教科は保健体育の免許を持っている先生が担当されていることがほとんどです。
 健康教育にもっと主体的に関わりたいと考えていたのにできなかった養護教諭もいたことから、養護教諭が保健の教科も主体的に参画できるようになったことは、健康教育の幅が広がったのではないかと思います。学校分掌のなかに保健主事という役割がありますが、それも以前は養護教諭はなれませんでした。現場の先生方の働きかけもあって養護教諭も保健主事ができるようになりました。なんとなく養護教諭は一般教員の指示のもとで働くというイメージがあったのですが、一般教員と同じように責任のある仕事も持てますし、教科を教えることもできるという風に変わってきていると思います。

時代が変化していくなかで新たに養護教諭に求められているものは何ですか?

 学校教育法で養護教諭の職務について「児童の養護をつかさどる」と定められていて、それって一体なんだろう、と私自身も仕事をしながら常々思っていたのですが、だんだんと養護教諭の仕事内容について、様々な審議会の答申等で明確にされてきました。今明示されているのが保健管理(救急処置、健康診断、疾病予防など)、保健教育、健康相談(活動)、保健室経営、保健室組織活動の5つがあります。それにプラスして学校保健の中核を担うようにと言われていて、以前はなれなかった保健主事を担えるようになり、縁の下の力持ち的な存在から、先生方が学校保健を推進できるように支えると同時に、中心になって引っ張っていくような人が求められていると思います。あとはコーディネーター的な役割が非常に求められていて、例えば、スクールカウンセラーと教員の間に入って繋いだりとか、スクールソーシャルワーカーや医療との連携もあります。例えば医療との連携では、ずっと入院していた子が学校に復帰する時に、担任の先生と医療、保護者を繋いだり、そういったコーディネーター的な能力が求められていると思います。

いろいろな仕事や役割があるんですね。知りませんでした。

 学芸大のなかでも養護教育講座ができて10年ちょっとなんですね。東京の国立大学の教育学部であっても養護教諭の養成はされていなかったのです。
 養護教育専攻の学生が、「実習に行くと他学科の学生から、養護の実習って何やってるの?授業ないから楽でしょ?と言われちゃって辛い」という話をよくしていたんですね。やっぱり同じ学芸大生のなかでも認知度が低いですし、現場でも同じようなことがあって「養護教諭はいつも保健室にいて子どもと喋って楽でいいよね」みたいに言われることもあるんですね。養護教諭を目指して入学してきた学生自身も「養護教諭の仕事ってこんなにいろいろあったんですね」と学びながら知ることもあります。養護教諭の具体的な仕事ってなかなか認知されていないので、ぜひ他学科の学生にも、もっと知ってもらいたいなと思います。
 あと、養護教諭をしていた時に子どもから「先生、保健室で暇そうでいいよね。楽そうでいいよね」とよく言われてました。でも、そう振る舞わないと話しかけづらいというのもあるので、実際は非常に忙しくても、子どもが来たら普段ある仕事の手を止めて、子どもに向き合っていくことを心がけていました。なので、「暇そう」「楽そう」って言われることは、褒め言葉なんだなと思うことにしていました(笑)。

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大学でどのような研究をされていますか?

 養護教諭には看護学部出身の方とか教育学部出身の方とか様々なバックグラウンドの方がいらっしゃるんですね。そのため養護教諭自身のスキルにいろいろと差があるということを感じています。ですが養護教諭は一校に一人もしくは二人くらいしかいない少人数なので、一般教諭のように校内で先輩の先生方から学ぶ機会が非常に少ないのです。養護教諭は、学校で問題があったり疑問を持ったりした時にすぐに相談したり、先輩のやり方を学んだりすることができないので、そういう部分で養護教諭自身が成長してスキルをアップしていくためにはどんな手立てが必要か、そういったことに興味があって研究のテーマにしています。

養護教諭の先生がスキルアップするための学びの機会はありますか?

 他の先生方は授業研究など、自分自身の力量を高めるために授業力を磨いて研究するというのがひとつの方法としてありますが、養護教諭は職務のメインが授業ではないので、授業研究だけでは、スキルアップは難しいという面はあります。ですが、健康教育的な保健指導という分野はありますし、相談対応の仕方などの勉強会や研修会をやっています。
 ベテランの養護教諭の先生方から学ぶだけでなく、カウンセラーの先生からカウンセリングを学んだり、救急処置の場合は救急医療に携わっている医師から学んだりします。けれどそれぞれの分野にはそれぞれの専門家の方がいるので「自分自身の専門性ってなんだろう」と逆に思ってしまうこともあります。そういう意味では多岐にわたる養護教諭の専門性について考慮した「養護教諭の学びはどういうものか」ということは、ずっとテーマとしてあると思います。

学芸大でどのような授業をされていますか

 養護教育講座では救急処置とか健康相談活動、いわゆるカウンセリングや、養護活動論という養護教諭の具体的な職務についての授業をしています。学校現場で起こる具体的な事例を使った授業や、子どもたちが安心して話しやすくするために具体的な演習を通した授業を行っています。また中学と高校の保健科の免許を取るための保健科教育法の授業もしています。それから環境衛生の検査も養護教諭が担うことも多いので環境衛生検査についても授業内で扱います。
 養護教育以外の学生には、選択ですが二年生で「教育基礎としての子どもの安全管理」という学校保健についての授業をやっています。学校保健は免許を取るために必要な科目ではないので、深く学ばない学生もいるんですが、実際の現場に出た時、子どもの安全を守るのに一番近い立場の人は担任の先生だったりするんですね。子どもたちの安全と健康を守るのは養護教諭だけではないので、選択ではありますが学芸大生のみなさんにぜひ知ってもらいたい授業です。

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趣味や癒しはありますか?

 忙しくてあまりできないんですけれども、手芸が好きなので、今家にいる時間で手作りマスクを作ったりしていました。千葉に住んでいて大学まで2時間くらいかかるので、普段はなかなか時間が取れなくて、趣味の時間をもう少し取れたらなぁと思いますけれど。癒やしは...、家に着いたら子どもがいるので子どもと過ごすのが息抜きなのかなと思います。

学芸大生に一言

 教員は、子どもたちをこれから支えていくという意味ではすごく大事な仕事だと思っています。養護教諭でなくても子どもたちの成長のそばにいられるというのはとても貴重な仕事ですしやりがいがある仕事です。燃えつきるとか疲れてしまうとか、仕事が大変だという話が多いですが、子ども自身の成長に寄り添える素晴らしい仕事だと思いますので、ぜひ皆さんが学校現場で活躍して、子どもたちの支えになってもらえたらと思っています。あとは養護教諭のことをもっと知ってください(笑)。

(掲載日:2020.6.16)

取材/今野由唯、渡部光

荒川 雅子 先生

Profile

荒川 雅子 先生

1972年千葉県生まれ。千葉県立八千代高等学校卒業、千葉大学教育学部卒業後、千葉県の八千代市、千葉市の公立小中学校で養護教諭として勤務。保健室登校の子供と向き合う中で、カウンセリングについて一から学びたいと考え、現職5年目に勤務しながら夜間に大学で学び、千葉大学教育学研究科学校教育臨床専攻にて修士(教育学)を取得する。千葉市では、千葉市養護教諭会の研修部長、調査統計部長として、養護教諭会の運営に携わってきた。2014年より東京学芸大学に赴任。専門は養護教諭の実践全般に関わる養護実践学。また附属の養護教諭と連携し、養護実習の効果的な実施方法について研究している。 主な著書に「子育て支援員 研修テキスト」(共著、中央出版)、「新版 学校保健 チームとして学校で取り組むヘルスプロモーション」(共著、東山書房)等